環
「戦争よ――戦争の為に、彼女達は勤労動員で兵器を造っていたのよ」
万千の反応は薄く、何か残念そうだった。何を期待していたのか。
「そう。それはまたお気の毒に」
「解ってないなぁ。何でそんなもん造っているか考えろよ――そして、今自分が何をしているか」
「わたくしは、てっきり、優雅なお茶会や、舞踏会を開いているのかと…」
「馬鹿っ!貴女の今縫っているそれは、戦争の為にやって――私達も、人を殺す為の手伝いをしているのよ!」
「ばっ、馬鹿ですって!?そういう貴女こそ馬鹿ではなくて?その様な事――わたくしにどの様な関係がございますの?わたくしに如何しろと?」
「別に、何もないわ…。ただ、貴女という人間が解ったわ。所詮、唯の高慢ちきってことがね」
「なんですって、このじゃじゃ馬!」
口より手が早い万千は、立ち上がり、私に掴み掛ってきた。
「戦争よ!戦争。解っているの?戦争が起きるかもしれないのよ!」
相変わらず凄い力で押し潰されそうだ。
「そんな事、貴女に言われなくとも――わたくしは…。わたくし達ではどうにも…」
何時もなら投げ飛ばされるところであったが、万千の腕からはしだいに力が抜け、意気消沈していった。
彼女なりに思うところがあったのだろう。調子が狂うな…。
ガラガラガラ――。そんな矢先、彼女は現れた。
「八乙女ツクス!またですの?貴女という人は――喧嘩なら私の見ているところでおやりなさいと、いつも言っているでしょう!」
彼女は部屋に入るなり、私と万千が取っ組み合っているのを見ると、とても残念そうにしていた。
彼女、環涼風は、私と万千の喧嘩が好きだった。しかも取っ組み合いの喧嘩が。
私達と言うより喧嘩を見るのが好きなのだろうか、況してや女同士の取っ組み合いなんて滅多に見られないからか。
彼女がそれを初めて見た時なんて、頬を赤らめ何とも言えない表情をしていた。
よほど気に入ったのだろう、その都度観戦しないと気が済まないのだ。
環は万千に負けず劣らず良家の出だった。
才色兼備で級長を務める優等生。
そこだけを見れば万千以上に『お嬢』そのものであった――。
しかし実際は、その真逆。『お嬢』とは程と遠く、彼女をそうさせた原因ともいえるそれは、彼女の家にあった。
所謂、良家の令嬢である環。
殺伐とした家庭環境に時代錯誤の男尊女卑。
私が聞くに、その何倍も厳しいであろう父親――その所為か、彼女は家に居たくなかったのだろう、勉学に励んだり、級長として雑務に積極的に取り組み、出来るだけ家に帰らない為の口実にしていた。
今がまさにそうだろう。