噂
そんな万千ではあったが、彼女もまた、私と同じ補習の一人だった。
と言っても、私を含め二人だけである。
おかげで二人きりに――二人きりになるのは何時以来か…。
私の目の前に座る万千は、怒りを露わに震えていた――。
震える指に握られたそれは、およそ彼女には似つかわしくなく、まるで彼女の体がそれを拒んでいるかの様だった。
どうやら糸が針穴に通らないらしい。
その太く逞しい指では針に糸を通すのも一苦労だろう。今にも針が折れそうだ。
私も万千も、裁縫が苦手で嫌いだった。
それに私は、裁縫を女性の仕事と強制されることが嫌だった。
しかし『今』の空気は、尚更女性だからとそれを許さず、女性のあるべき姿を私達に求め、それはいかに万千でも例外ではなかった。
「ねぇ万千、知っている?あの噂――」
針と糸に苦戦している万千は、私に一瞥もくれない。
「どの様な噂か存じませんが、わたくしが知らないであろう事を、貴女(アナタ)ごときが知っていて?」
万千は持っていた針を力強く振り下ろし、針刺しへ深々と刺した。
「それもそうね、邪魔をしてごめんなさい。噂なんて興味無いわよね、況してや勤労動員についてなんて――」
「気にもならないですわね――ですが、貴女がどうしてもと仰しゃるのなら、聞かなくてもなくってよ。まったく、鬱陶しいですわね」
まったく、ひねくれているのか素直なのか、唯の会話だけで腹が立つ。
しかし、ここで突っ張ってもいいことはない。それならお言葉に甘えさせてもらおう。
「そりゃどうも――私が聞いた噂は、とある女学校についてよ。私も何処の女学校とまでは知らないけど、こればかりはいくら万千でも、どうにも出来ないわね」
「それで?一体何がわたくしにも、どうにも出来ないと仰しゃるの?」
「その前に、勤労動員が全国的に女学校で行われている事は知ってる?」
「あら、そうでしたの?それは存じませんでしたわ。てっきり、わたくし達だけの奉仕作業かと」
「そう。でも問題は、全国的に一体何をさせているか――私達はたまたま軽い裁縫程度のことかもしれないけど、噂の女学校は他とは違っていたのよ」
万千にまじまじと見つめられ、私は目を逸らした。
「万千は私達が何の為に裁縫をしているか知っている?」
「そんなの社会奉仕の為でしょう。何を勿体ぶっているの、早く教えなさい。その女学校のことを――」