だからこそ
「こんな時に――外まで我慢しろ。馬鹿」
「馬鹿は貴女でしてよ。こんな時に冗談など。死にたいの?」
このっ。死にたいのはどっちだ。
「ミス大郷司――私は、貴女という人間を理解した上で言わせてもらうわ。その野暮用、行く必要はないわ」
「貴女にわたくしの何が解って?」
「だからこそ、貴女を迎えに来た――私達も下調べくらいしているわ。この建物には我々以外誰も居ないわ」
「大郷司さん、勤労動員の補習なんて、やりたくても出来る事じゃない。誰も好き好んでこんな所には居ないわ」
あれ、今胸に何かが刺さった様な――しかし、環の言う事をいちいち気にしていたら限がない。今は逃げよう。
「ほらっ、行くぞ万千!」
私は覚悟を決め、物静かな階段を降りた。
焦げたにおいが立ち込めてはいるが、それ以外変わりは無かった――それもそのはず、一階には見る限り火の気は無かった。
とうに消火されたのか。今さっき、大量の煙を見ていたのに、一体――。
「これはどういう事でして?火事など何処にも無いではなくて?」
そう、これは鎮火というより、元々火事など無かった様な…。
「――火事ではなく、誰かが室内で焚火でもしていたのかな」
それでは今までの事は――。
「嘘なの?万千を連れ出す為に――」
「貴女を殺そうともしたし――迫真だったでしょう?」
「貴女!?――」
「冗談よ。でも、どの道この建物は消すし、ミス大郷司も連れて行く。そして、貴女は――」
「ハイネさん、見て!ここで誰かが焚火をしていた様よ」
環と万千が火元であろう部屋を調べていたらしい。それにしても、まさか本当に焚火とは。サンマでも焼いていたのか。
「バイロンの仕業だろう。彼女もまた、人の子らしい――それより、ミス大郷司と少し二人きりにしてほしい。きっと貴女も、頼めば解ってくれる」
「ハイネさん――。…えぇ、分かったわ。約束ですものね」
私は少し心配だったが、環の手前、何も言えなかった。
「オーライ――彼女、少し借りるわね」
そう言うと、環ではなく私に目配せをくれ、万千が一人居る焚火をしていたであろう部屋に入って行った。