私は…
万千は冷静さを取り戻してはいるが、退く気は無いようだった。
それに、万千に至ってはこんな状況にも慣れている様に見え、それは悲しいことに思えた。
――万千…。
二人は全く動かなかった。動こうとも迂闊には動けないのだろう。動いた瞬間、それは――。
異様な空気だった。
音が聞こえない程張りつめていた。
二人は、今にも動きそうだが、このまま永遠に動かないのではないかと思うくらいに静かだった。
しかし、このまま二人が争ったら怪我だけでは済まないかもしれない。どちらか、或いは双方が…。
まだ間に合うなら、もし止める事が出来たら。そんな力が私にあったなら――。
違う。最初から分かっていた事、私は唯、信じていなかっただけだ。私の『力』を。
万千を救う為なら。私なら、私にしか出来ないから――私にはそれが出来るから。
「ハイネさん。もう、止め――」
耐え切れず止めに入った環だったが、その瞬間、ドレスの女性に万千が飛び掛った。
不意を突かれたが、止めるなら今しかなかった。万千さえ止めれば納まりがつく、そう思った。
私は万千を止める為飛び出した。
行く手を遮り、抑え込むつもりで――しかし、その刹那、空気が固まった様な感覚に包まれた。
まるで時間の流れがおかしくなった様にゆっくり流れた。
実際には、そう見えていただけだろうか。
その現象に気付いていたのは私だけだろう、万千達の様子は変わらず、その動きを変える事は無かったのだから。
とても不思議な気分だ。
万千も環も、とてもゆっくりと動き、私だけその様子を眺めている様な。
しかし、何故こんな――いや、今はそれ処ではない。万千を止めなくては。
それにしても、環のあんなにも驚いた顔も、万千の怖いくらいに冷たい目も初めて見た。
普段とはまるで正反対の表情に、見てはいけないものを見た気分だった。
気が付けば、窓からは煙が見えた。火の手も迫って来ているだろうし、大人しく彼女に従ってでも逃げなくては。話はそれからだ。
二人の間に割って入った私は、両手を広げ、万千を止めようとした。
飛び掛って来る万千をゆっくり眺めながら。
「止まれ、万千!――」
どうやら声は普通に通るらしい。おかげで環の声も聞こえた。
「おとめ!後ろ――」
振り向けば、彼の女性が握っているそれは、私の顔へ向けられ、指先だけが動いているのが分かった。
端から使うつもりだったのか、万千を殺そうとでもしたのか、今にも指が握り込まれそうだった。