乙女のおとめ
デモクラシー真っ只中の春休み、私は休み返上で補習に来ていた。
しかも、それが勤労動員の補習だなんて、花の女学生のすることではない。
女性の社会進出も進まず、進学もままならない『今』では、女性は家庭に入るべきとされており、『裁縫ごとき、乙女の嗜み程度のことで補習だなんて――』そう言われても仕方がなかった。
このご時世、デモクラシーの波に乗り遅れ、女性解放運動のしわ寄せに苦しむ乙女も少なくなく、この私も『今』という風潮、空気には逆らえずにいた。
大郷司万千、彼女も『今』怒りに震えていた――。
私と万千は所謂幼馴染というものだ。
彼女とは何かと縁があり、望まなくとも一緒になる事が多く、それは女学校に入学しても変わらなかった。
おかげで私と万千の仲はすこぶる良く、今でも取っ組み合いの喧嘩をする程だった。
というのも万千は体格に恵まれており、腕っ節が強く、おまけに喧嘩っ早い。
気に食わない事は文字通り『力』で解決しようとし、こと私にはよく突っかかって来た。
つい私も昔の様に応戦してしまうが、今や力の差は歴然だった。
万千の言動は乙女と呼ぶには憚られる様な存在そのものだった。言わずもがな憎まれっ子で、私にとっては目の上のたんこぶでしかなかった。
さらに質が悪いことに万千の家は公家であり、彼女はそれをいい事に家柄を盾に横柄な態度をとり、傍若無人に振る舞っていた。
そんな彼女が好かれる筈もなく、そうである筈だった。
そうなる筈だった――が、彼女は憎まれるどころか、嫌われてすらいなかった。
それどころか、万千は女学生達の人気者だった。そんな筈はないと、私からすれば不思議なくらいの人気だった。
ガキ大将の様な彼女が、何故人気者になったのか――。
それは彼女が、万千が頼まれ事を断らなかったからだ。
ただ、断れなかっただけだろうが、面倒見は良かった。
御人好しなんて良いものではなく、姉御肌より傲慢である。だからだろうか…。
頼まれたら断れない性格に、ご自慢の腕力と、公家の地位家柄は、乙女達の悩み、問題、頼み事を悉く解決していった。
実際に見たことはないが、色々噂は聞いていた。
偏見、差別、暴力、恋愛相談まで。
万千は乙女達の悲鳴に応え続け、それは数多くの乙女の純情を守り、彼女の流した血は乙女達の涙そのものだった。
何時しか万千は、尊敬と畏怖を込め『お嬢』と呼ばれる様になり、確固たる地位を手に入れていた。