3億レリーズ手に入れた男はそれを何に使う?
その日、ソーマ=ネイルという男は浮かれていた。何気なく買った券がまさかの大当たり、1等では無かったものの2等の3億レリーズを手に入れたからである。
「それにしても惜しかったよなぁ、1等なら10億レリーズだったのに」
それでも3億もあればしばらくは遊んで暮らせる。こんな普通の暮らしからはおさらば出来るのだ。僕はもう一度帳を確認してみる。確かに3億が振り込まれている。それを見てまた口元が緩むのだった。
「おっといかんいかん」
ソーマは頬を叩くと首を横に振った。もしこの事が誰かに知られたら襲われかねない、この辺は治安は悪くは無いが良くもない当選した事を他の人に知られるメリットは無くても、デメリットはあるのだ。
「さて、何処で豪遊するかなぁ。やっぱりあそこかなぁ、一度行ってみたかったんだよな」
なんて事を口ずさみながらふとある場所で立ち止まった。
円形状の大きな建物、その建物の中からは割れんばかりの歓声と地鳴りのような音が鳴り響いていた。
コロシアム。金持ちたちの道楽で奴隷達を死ぬまで戦わせ賭け事をして楽しむ何とも不快な場所である。っと以前は思っていて近寄ることもしなかったが、僕はその歓声に引き寄せられるように中へと入っていった。
ドームの中は溢れんばかりの人でごった返しになっている。
「殺れー!そこだーーー!」
「いいぞー!殺せー!」
周りからはそんな怒号が飛び交っていた。
「勝者、グラス=クレイマン!」
ワアァァァァ!
何をそんなに盛り上がっているのかさっぱり分からない、中央には赤く染まり倒れ込んで動かなくなった男と、右手を高く掲げる男。
「ちくしょう、バルバスが勝つと思ったのに!」
「いいぞーー!クレイマン!次も殺せー!」
会場のあまりの熱気に少し気分が悪くなってきたソーマは、外に出ようとした。
「さぁ、次はいよいよ奴のお出ましだ。これまでまさかの連勝、可憐なる決闘者…アディラ=レディアントォ!」
見ると、中央に剣を持った女性らしき姿が見受けられる。途端に会場からブーイングが飛び交った。
「弱い癖に生き残りやがって!」
「さっさと死ねー!」
「対するは、剛腕の持ち主、アレスト=ドレイク!」
その名前が呼ばれたと共に今度は歓声に変わった。どうやらアディラとかいう女性は嫌われているらしい。
「ドレイク、そいつを殺せー!」
両者、見合ったまましばらく動かない。しかし、そこには開始の合図など無く、男が大きな棍棒のようなものを振り上げたかと思うと、一気に突進して行った。
女はというと動く気配がない。男の振り上げた棍棒が女へと振り下ろされる。
「うわっ」
思わず声が漏れて、ソーマは目を瞑った。そしてそのままゆっくりと目を開いた時、見たことも無い光景が目に映る。
振り下ろされた棍棒は勢いよく地面に叩きつけられると砂埃がまう。それと同時に女がまるで鳥のように空に舞った。そしてそのまま男の背後に回り込むと同時に剣で切り裂いたのである。
男は、苦しみながらも振り返りながら棍棒を振るったがそれを軽く躱し、喉元に剣を突き立てると男は力なく倒れ込み動かなくなった。すると再び会場からは大きなブーイングが飛び交う。
しかし、ソーマの耳にはそれは届かなかった。初めて見たその光景を目にして僕はなんと美しいのだろうとただただ彼女の姿を目で追っていた。
ソーマは彼女がゲートに見えなくなるまで呆然と立ちつくした。それから数日、ソーマは毎日のようにコロシアムへと足を運んでいた。その度に彼女の戦いを見て心躍るのである。
そんなある日、いつもの様に彼女の戦いを見た後ふと、帳に目をやった。そして何かを決心したかのようにソーマは近くにいた男に話しかける。
「あの、すみません。ここの決闘者って買えるんですか?」
「あぁ?あんた奴隷を買うのか?そんな金持ちには見えないが…まぁいい教えてやるよ。普通の奴隷なら大体200万から500万レリーズってとこだ。だが決闘者となると話は変わるぜ、アイツらはそれぞれ飼い主がいるんだよ。大体はどっかのお偉いさんとかの金持ち共だ。奴隷を買って、決闘者として鍛え上げてここで戦わせて勝てば金が転がり込むってワケだな」
「つまり、普通の奴隷より高くなると?」
そう聞き返すと同時に男は馬鹿にしたように高笑いする。
「ぶっはっは!馬鹿かお前、折角の金蔓を売るわけねぇだろ。それが強い決闘者なら尚更だ。売るとしても法外な高い金を請求してくるだろうよ。最も、怪我したやつや闘えなくなったやつは売りに出すこともあるみたいだがな」
「そうですか、ありがとうございます」
ソーマはそう言うと一目散にある場所へと向かっていた。そこは、賭け事ををする際の受付場所、全ての試合が終わってしばらくたった後だからか人は殆どいない。
「いらっしゃいませ、今日は何方にお掛けになりますか?」
「いえ、今日は賭け事をしに来たのではないんです」
「はて」
受付の男は困ったような顔をすると再び話し出す。
「では、どのようなご要件でございましょうか?」
「決闘者を買いあげたい」
「……」
しばらくの沈黙。
「あの、お客様。そのような事は困ります」
「何故ですか?」
「決闘者の所有権はこの街の役人や権力者たちなのです。そんじょそこらの小金持ち程度では手が出ない商品なのでございますよ?ましてや、貴方のような…ねぇ?」
商品か、奴隷達に人権など存在しない。所有権を持つものが死ねといえば死ぬし、いらないと思えば即処分ずらされる酷い扱いなのは知っている。
「金ならある!」
「そう言われましても困ります」
「どうした?」
2人の言い合いが聞こえたのか、奥から管理者のような身なりのいい男が姿を現した。
「す、すみませんオーナー。実は此奴が…ゴニョゴニョ」
「ふむ、ここの決闘者を買いたいとな?本気なのかね?」
「はい、その為に来ました」
オーナーと呼ばれた男はしばらく考え込むと口を開く。
「因みに…どの決闘者を買うと言うのか聞かせてもらおうか」
「アディラ=レディアントという女決闘者です」
そういった途端オーナーと受付の男は顔を見合わせると高らかに笑いだした。
「わはははは、何を言い出すかと思えばあんな嫌われ者をご所望とはね、あんな物を買ってどうするつもりかね?性奴隷にでもするつもりか?んん?」
「いえ、そんなつもりは…」
そう、僕はただ彼女をここから出してあげたいだけなのだ。ただの自分勝手な自己満足でもいい。いつ死ぬかも分からないこんな場所で死ぬまで戦わせられるのを見ていられなかったのだ。
「ふむ、まぁいい、あいつの飼い主は今日は来ていない。確か明日おいでになられるとか何とか言っていたが、そうだな…500万だ」
「は?」
「500万レリーズでお話出来るように頼んでやろう」
500万だって?面会するだけでそんなに取られるのか?しかし、他に手段は無さそうだ。僕は袋から金貨袋を取り出すと机の上に置いた。
「これで足りるか?」
男達は面をくらったように顔を見合わせると、袋の中身を確認した。
「はっはっは、まさか本当に持っているとはねぇ。良いでしょう私はお金の商談では嘘はつきません明日、あいつの所有権を持つゼルニダ様にお声かけしてみましょう」
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ、本当ですとも。それとこれも何かの縁ですし1つサービスさせて頂きましょう」
「サービス?」
「あの女と面会させてあげます。それでお買い上げなされるかもう一度検討してみては如何ですか?」
「彼女に会えるのですか?それは願ってもないことです」
「えぇ、えぇ、私は商談では嘘はつきませんとも」
そう言うオーナーの手元は何やらゴマをする仕草を見せる。
「いくらなんですか?」
「100万程」
僕は袋から再び金貨を出すと差し出した。
「確かに、では此方にお越しください」
そう言って案内されたのは地下に通じる階段だった。長く暗い階段をゆっくりと下っていくと鉄格子が目の前に現れる。
「此方が控え室です」
腰から鍵を取り出すと、その鉄格子をゆっくりと開ける。錆び付いているらしくギギギギという音が暗い内部を木霊した。そこは控え室と言うより独房と言った方が良いだろう、光はロウソクの明かりしかなくジメジメしていて、時より唸り声やら叫び声が辺りに響いているのである。