恐怖する幼女
「はやくっ!はやく逃げて!!瑠璃!!」
「……ぅう、いぁだ!!いあぁだ!!ママといっしょに、いくんだもん!!」
お母さんといっしょにいたくて、泣きじゃくる私がそこにはいた。
当時、6歳の私には、お母さんがなぜあそこまで必死に私に逃げて、と言っていたのかが判らなかった。
「ルリ!!わがまま言わないの!!……いい子だから、この前行ったところに一人で向かうのよ」
「ッツ、ッツ、でも、でも……わかんないよママ!!」
いいえ、その時の私は、しっかりと避難所のある場所を覚えていた。
でも、なぜだか、私は、嫌な予感がして、いいえ、子供であった私にはそれが嫌な予感であったということすらも判らずに泣いていた。
「わからないの?だったら、ここからこの道を真っ直ぐ道なりに進めば着くわ。だから、ルリ、お願いだから逃げて……ごめんね、こんな時くらいしかあなたを守ってあげれなくて。愛してるわ、ルリ。あなたが生まれてきてくれたことが、私の一番の宝物よ」
そういって、お母さんは私の額にキスをしてくれた、
今でも私は、その時のお母さんの唇から伝わってきた暖かさを忘れてはいない。
「ぅ……ぅぅうぐぅ、うぅっ、うぅっ……」
「よしよし、いい子ね。大丈夫だから」
「うぐぅん、……ぅぅ……ぅぅ……わかった」
「えらい子ね」
「……お母さん、また会えるよね?」
少し悲しい顔をしながらお母さんはその時、こう言った。
「……えぇ、会えるわよ」
「……ぅん、わかった」
私は、優しく抱きしめていてくれたお母さんの手の中から離れて、瓦礫が散乱する道を走り出した。
その時、走っている私の後ろで大きな音が聴こえてきたが振り向かずに私は、お母さんが言った通りに道を走った。走っている途中で、「愛しているわよ、ルリ……」という声が聴こえた気がするが、その時の私には確かめる余裕すらなかった。
のちに、駆けつけた『アンヘル・ネメシス』と呼ばれる。北部を担当する、半人半異形の組織によって、北部に現れた捕獲型の『エグリアルマティアス』通称ーネットスパイダーは討伐された。
そして、私には後日、お母さんが私とお揃いで着けていたクローバー型のネックレスが遺留品として渡された。そのネックレスは、半分が赤黒く染まっており、元々綺麗だった艶のある黄緑色ではなくなっていた。
残念ながら、お母さんの遺体は見つからなかったようだ。
__あの日から、5年が経った。
私は、亡き母の復讐のために『エグリアルマティアス』を殺すことが専門の組織、
『アルマティアス』──通称、『アルマ』に入ることを決めた。
そして、現在。
私は、アルマ入団試験会場へと足を運んでいた。
「思ったよりも、人が多い?」
試験会場である旧:富士山と呼ばれている山の山頂には、私が思っていたよりも多くの入団志願者が集まっているようだ。
年齢層は、私と同じ10代だろうか?
まだ、あどけない顔立ちの幼女たちがそこには私を含めて100名ほど集まっており、各々が腰や肩などに鞘に収まった刀をかけている。彼女たちも私と同じように自身の体内に敵、つまるところの『エグリマティアス』の臓器を移植しており、ある程度の基準をクリアしたのだろう。
そんなことを考えているうちに会場に拡声器により拡声された、芯のある強い声が響き渡る。
当然、私たち入団希望者はその声を発しているであろう人物へと注目を向ける。
そこには、鉄製の壇上の上で左手を腰に当て、右手に拡声器を持った深紅のような赤色が特徴的な少女と呼ぶには身長が足りていない、幼女が立っていた。
ただ、その場にいる誰もがそんな外見から得られる情報よりも、その内部に宿っているものに畏怖のような、恐怖を覚えていた。これは、私の人間の部分が恐怖しているのではなく、私の『エグリマティアス』の部分が恐怖を感じている。潜在的な格の違い、それを直接叩きつけられているかのような気分に陥る。
「スッー!!」
息をするのも忘れるほどの、存在感。
あの時の死の恐怖すらも生温いと感じるような恐怖。
「……ぁあ」
この、恐怖のような威圧によりその場にいた何名かの幼女たちが倒れ込み始める。
「うん、どうやら。今年の子たちはなかなかに逸材が多いようだね。あっ、救護班!!倒れてる子たちを運んだ上げて、目が覚めたら、聞いておいて、まだ、やれるか……ってね!!」
先ほどまでとは打って変わって、可愛らしい声で話し始める壇上の幼女。
「あぁ……ぁ、えぇ……と、皆さん!!こんにちは!!私は、北部担当『アンヘル・ネメシス』の団長?みたいな立場にいるクレア・西ノ宮だよー。よろしくね!」
「団長、しっかりと挨拶をしてください。見てください、皆さんが困ってますよ」
クレアのいる壇上したにて、待機していた副団長らしき人が団長の挨拶を戒める。
「えぇ~そうかな?このぐらいがちょうどいいとおもうけどな~」
「はぁ~まったく、団長は相変わらず戦闘以外のことになると適当になるんですね」
「うんうん、よくわかってるじゃん!!さすが、副団長兼参謀だね♪」
「わかりました、団長。壇上から降りてください。後は、私が説明します」
「は~い~」
副団長が壇上に上がる。
「えぇ~、それでは、団長の代わりに副団長である私が今年の入団試験の方法を説明いたします」
副団長である彼女も、また同様に、団長ほどではないがかなりの存在感を感じる。
その、温和で優しそうな顔。そして、声。まるで、風鈴のようにスゥーと耳に入ってくる。
クリスタルのような白群色の長髪の髪がその美しさをさらに際立たせている。
「まず、皆さんにはそれぞれ1人でこちらの指定した場所に移動してもらいます。その後、その場にいる『エグリアルマティアス』と戦ってもらいます。もちろん、討伐してもらっても構いません。それと、安心してください、今回相手をしてもらう『エグリアルマティアス』はかなり弱い個体なので、油断をしなければ死ぬことはありません。以上です。それでは、みなさんご健闘を祈っております」
そういって、副団長は壇上を降りていく。
降り切ったところで団長に肩をツンツンされていたが、流石に、会話内容までは聞こえなかった。
「それでは、みなさん。受付で渡された番号を持っている場所へ移動してください!!」
その号令が響くや否や、その場にいた参加者全員が自分の所定の位置に向かって走り出したのだった。