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6.一同謎の高僧の行方を詮議して敵の尻尾を垣間見るの事

 異端審問が始まるという懸念……


「世紀末的にやべえッ!」

「いいえ黙示録級かもですわ」


 ……イーダさん瞬時にクールに戻って、

「それで師の足取りですが、嶺北へ向かわず追分から南路を取れば、プフスからこの町へは西に百里。夜道というから大木戸が日没に閉まる寸前に発ったとして、理屈では若者の脚力なら朝まだきには此処に着く勘定になりますが、実際そうは行きません。真夜中頃に峠の関所に行き当たってしまいます。一般人ならば無論外出禁止の時刻で不審者扱い。然るべき地位の方ならばーー」


「真夜中に突然お偉い爺さんが来て、すんなり通すかって話ですねえ」

「うむ、いい着眼点だ。あの関所はもと由緒ある古城でな。いま伯爵が置いている関守も単なる小役人ではない。城主とまでは言わないが、それなりの身分の騎士を駐屯させているぞ」

 今は昔の帝国末期のこと。プフスブルに入城したキシュ辺境伯と北部諸侯らの反帝国連合軍ーーそれが今の「王国軍」であるがーーに、旧帝国が其の命運を賭して最後の反攻を挑んだ。

 が、いま関所となっている支城を攻め倦ねているうち、パルミジエリやガルデリの帝国騎士達が反旗を翻して背後を衝き、最後の戦局が決したのであった。斯くして嶺南地方に二家の自由領主ふらいへるが初代国王直参のグラーフ職を賜った。伯爵家草創にかかる勲功の淵源である。


「ーーこんな感じですわね。『御坊、仔細は存じ申さぬが、何卒御身を愛われよ。暫しご休憩を、いや茶漬けの一杯もうにゃらうにゃら』そして伯爵にご注進」

……イーダさんが芝居気たっぷりだ。


「もし……師が資料帯出に正道を踏まなかったのも……事を暗々裏に進めたがっていたからだとしたら……」

「ちゃちゃっと行きますかね? どこかのニトくんがやったみたいにッ!」

 ……イーダさんの優しい指がブラゲットの裏に忍び入って来る。

「暗々裏にですわね」


「山中の間道を抜けたとしても、多分ラマティあたりで軒先を借りますわ。するとそこが二人ほど失踪が出ている村と知ります。果たして調べずに先を急ぐでしょうか? やはり此処には早くても夕刻、城門が閉まるぎりぎりかと」

「もしかして、最初から抜け道の岩登りする気で徒歩ッ? じじい元気過ぎッ!」

「ちょうど百里……なのですね」

「ははは、測ったように、ではなく測ったのだがな。訓練された兵士が六尺一歩をひと呼吸。三百歩で一里だ。十里ごと小休止するとして、日の出に発って日没前に着く。この町は旧帝国軍がプフス攻めに来たとき建てた陣屋跡だ。ちょうど街道を一日強行軍の距離を測って宿営地を決めたのさ」


「それ、ニトくん半日で来たの凄え。羽根でも生えてんですかね」

「まあ……飛び回るのは得手ですよ」


「だが油断は禁物だ。町の市立公文書館、日のあるうちに行って調べておくか。資料持って行っちゃう前歴アリの御坊が着かぬうちにな。エルテス側なら審問阻止派には違いないが、こっちも情報は欲しい」

「それがいいですわね」

「荷物はイーダくんに預けて、すぐ出よう。ここの7階が私の居宅だ。部屋数は十分あるが一部屋しか掃除させてない。今夜は取り敢えず、きみら相部屋でいいかね? 椅子を押してくれ」


「うほッ、従者まで個室って、まるでお貴族様並みじゃないですかねえ」

「貴族だって同性の従者同士は相部屋が普通ですわよ。ねえアラン?」

「ははは、部屋は余ってるしな」


「ニートさんかわいいから、アル君とは別室がいいですわ。部屋が無いなら5階の妾の部屋においでなさい。ベッドがひとつで嫌でなければ」

……イーダさん……私の外見みえてないですよね?


「ぼく、そんなに見境いなくないしッ!」

「あらあら、寝床に招いたのアル君じゃないですわよ」

「そうじゃなくってさッ!」


「……私、お給金は無くても個室なら嬉しいです……」

「ほらアル君、警戒されてますわ」

「そういう意図では、ないのですが……」

「しかしギルド会館のペントハウス借り切りですかぁ。流石ドラゴンスレイヤーさん良い暮らしだッ! もっと長期契約は駄目ですかね」

 アルくんが……懸命に話題を変えた。


                ◇ ◇

 立つ矢先、こんこんと衝立がノックされ、隣窓口の美人さんが覗く。

「先程、この一週棚ざらしだった求人の貼り紙を持ったスカウト職の猫獣人さんが来ましてぇ、説明していたんですが、猫さんのお耳がぴくぴくそちらを向きますのよぉ。で、つい今しがた『ヤメ』と言って素っ気無く帰られました。やっぱり案件受付って個室がいいですよねぇ」

「どうせ聞こえる奴には聞こえちゃうので経費の無駄ですわ。尾行は?」

「稲妻小僧を行かせました。ギルド舐めんなよですわぁ」

「手掛かり棚ボタってか、なんかもう向こうから来てるみたいですねえ。危険無しで行けますかねえ」

「有れば避けるさ」と、アランさん事も無げに。


「……私、不用意に御坊の情報……漏らしちゃいました……」

「当協会の不手際ですわ。手も打ちましたし、あなたが気に病む必要はありません」

「ははは、会ったら謝ろう」


                 ◇ ◇

 出掛けに……練習も兼ねて、室内用の車輪と屋外用との付け替えなど、イーダさんからてきぱきとした説明を受けて実習する。

「本当はギルド長のところで入会宣誓して貰って、典礼主任に『仁義』の切り方の手ほどき受けてと、色々有るのですわよ。結構大事なことなのですが、特例で後回しします」


「刺客が来なくて万々歳ですかねッ!」

「そう生易しいものでもありません。仁義の切り方を知らないと貴方達には身分の証明が無いのです。町方役人から浮浪者と同じに扱われます。浮浪者狩りに捕まって罰金払えなければ問答無用で強制労働キャンプ行きですわ。門衛さんも通してくれません」

「それッ、これまでと一緒ですがね」

「無軌道な若者の『浮浪者狩り』ごっこで殺されてしまう犠牲者だって、現実に毎年何人か出ているのですよ。戯れ言では無いのです」


「それ、市警なにやってんだよッ」

「捕まえても……原告いないと裁判にならないですよね」

「あなたが非居住者でも浮浪者でも、人前で殴打されたなら市警は加害者を捕らえて軽微な『平和破壊の罪』で罰金を課しますわ。殺されそうになったらったら叫べばいい。警官は助けてくれます。でも、あなたが誰も見てない所で殺されちゃったら、たとえ犯人が誰なのか見え見えでも、家族も仲間もいない人の為には誰も告訴してくれません。罰がないなら、罪と感じない人は平気でやります」

「うむ、こっそりは『平和破壊』にならん。市警が現行犯を職権で告発して略式判決が出せるのは、原則的に罰金で済む微罪だけだ。血の出る刑罰ばんは原告がいて裁判があって、判決があって始めて執行できる。警察にそんな権力あったら怖いだろう。法の常識だぞ」

 

「その法律、穴ありすぎッ!」

「古い古い時代の掟の名残りですわ。昔の社会は殺人犯に有罪判決が下ると、死刑にはならず、人権停止処分になるんです。被害者の遺族や友人が罪人を闇討ちで殺しても罪になりません。逆に、彼を庇ったり彼のために復讐することが罪に問われました。殺されたくないから村を遁れて森に逃げ込むと、狩場を荒らす『人狼』と呼ばれて、討伐されたのです。法廷で裁かれた者ばかりでなく、暴力や放蕩で家族から見放された者も同じ運命を辿りました」

「浮浪者は犯罪者扱いなわけっ!」

「いや、仲間なき者が権利なき者で、反社会的な仲間が市民の敵なだけだ」

「市当局に名乗り出て3K職種に応募することも出来ますし、当協会とか慈善兄弟会を頼る道もあります。そうやって元浮浪者から三代かけて成り上がった豪商さん銅像立ってます。此処は、そういう町なのですわ。逆に『敢えて兄弟を持ちたがらない者は裏社会の隠れ兄弟だ』が市民の常識なのです」

「随分とまた殺伐とした勤労のススメですかねッ」


「そうだな。よその町じゃ乞食の組合も認めて警察の下働きに使ったりもするが、この町は変なところが潔癖だ」

「まあこの町、節制だらしないようで妙にお固かったり、余所者には理解しがたい所が多々ありますわ。元々が、綱紀のダレ果てた旧帝国の軍団基地跡に、逃げ遅れた工兵と賄い方の部隊が建てた商工業の町ですもの」


「……それでは、この町を商談で訪れた他領の商人さんも危険なのですか?」

「彼らは訪問を約束したギルドを訪ねて泊めて貰うのですから、この町の然るべき者から『お待ちしてます』という書状を受け取っていますわ。それを見せて門を通るのです。訪問先が仮親となります」

「ははは、こっそり色街に出かけて見ぐるみ剥がれる馬鹿者も跡をたたんが、死体になる者は滅多に無いな。まあ馬鹿者の自業自得でも招待者の名折れ、町の恥だ。南部人の気性から言っても、一度庇護下に入った者が害されたら報復は徹底的にやるぞ」


「それで安全なのって、結構なご身分の人だけッ?」

「いえ、近所の村人が朝市で野菜売りするのに八百屋ギルドが鑑札を発行すれば、ギルドは市内での仮親ですわ。庇護義務懈怠は村長ばうあまいすたから訴えられます。閉門後の市内に不法残留してたら自己責任ですが」

「賭場で丸裸になってる奴は多いぞ」

「身から出た錆です」

「渡り職人なら仁義を切って門を通してもらって、まっ直ぐ職人ギルドに行く。登録してすぐ求職活動だ。三日間はギルドが庇護者になる。その間に就職できないとギルドも見放して泊めてくれなくなり、浮浪者に転落だから次の町へと急いで旅立つ。余計なことしている暇が無いので逆に安全なのだよ」

「……子供の捜索依頼に来た農村の方は?」

「村方役人の紹介状を持って探索者ギルドを訪ねるのです。市内でこれほど安全な人は滅多にいませんわ。例え町一番の富豪の館に入る押し込み強盗団がいても、うちの客に手を出す者はいません」

「というわけで、この町で自分とこの客人に手をあげた相手の喉頸に噛み付かない南部人はおらん」

「それって、やっぱり治安悪いんじゃないですかねッ!」


「だーからぁ、うちらの『兄弟』にチョッカイお掛けになった人は親兄弟様共々そのうち冥途でメイドがご接待! って印の『仁義』のステップ、覚えてって下さいねぇ」

 隣窓口の美人さんが突然割り込んできて、

「イーダっち、ちょっとVIPご接待で窓口上がるんでぇー、ヨロシクっ」

 と去っていく。

「ニトくぅん、ギルドってやっぱりちょっと怖いね」


「反面、市民から招かれざる者は原則的に不法侵入者で、法の保護は無いのです。入市税を払えば門をくぐれる他所の町とはだいぶ違います。特に城下町プフスの方には戸惑う人が多いですわね」

「……まるで会員制の町ですね」

「それでも経済的に豊かな今、不正侵入者や不法滞留者は増え続けるし、彼らの犯罪は後を断たん。非市民の合法居住者ばいざせんにも問題ありだが」

「悪ぅ御座んしたねッ!」

「ええ。やんごとなきお方が市民の義務を負うの嫌がって、家来に市民権取らせて自分は客人として居座るのは未だ我慢しますし、伯爵家の文官や近隣の自由騎士といった上層階級が市民権を取るのも彼らの自由ですわ。でも、彼らが勝手に連れ込む護衛たちは喧嘩っ早くて迷惑します」

「うむ。暴力沙汰のトラブルが多いのは市当局が無宿者の摘発をやらせてる放免とかも同じだがな。だが、その対策を上手に組合員の飯の種に仕立ててる当のイーダくんが迷惑そうに言うのは、筋が違わないか?」

 イーダさんが「ぷっ」と膨れたので話題転換して、

「……拐われて来た子供たちは不正侵入者ではないので、自ら歩いて城門を通りません。馬車の出入りから追えないのでしょうか」

「うむ。通行記録など几帳面に取る町ではないことは保証する」

「ありがたみの無い保証ッ!」

「門衛が荷台まで検分しない相手には絞り込めますわね」

「ううむ、幌馬車の幌を密封したまま門を通れるのは、賞金首を獲って来た当協会うちの身内だけだな。これは無い。門衛が顔パスで通すのは常連くらいだ」

「偉いさんの箱馬車はッ?」

「ありますわね」

「……樽詰め、箱詰め……」

「むう、さっぱり絞り込めん」


「ねえねえ聞きます? ぼくが町に入った方法ッ! 城壁をーー」

「君らが市内に入り込んだ方法は敢えて聞かんがね」

「……私の場合は……街道を歩いていたら、郊外すぶるびおにお持ちの農園からの帰り道だと仰る上流階級の方が、ご親切にも箱馬車に同乗させて下さり、一緒に中央広場まで来ました。お屋敷にお誘いも戴いたのですが、急いでいたので固辞して此方に参りました。何かあったらとご住所も……」

「ニトくん、それ行ったら絶対ダメだからッ! 危ないから!」

「……黒髪の美しい、優雅で魅力的な紳士でしたよ」

「ちびでぶ出腹中年ッ?」

「……私より拳ふたつばかり高い背丈で肩幅の広い、穏やかな中に威厳がある感じの……」

「後で住所教えてくださいね。チェックしておきますわ」


 ……皆が喧しいので話を戻して、

「アランさんと一緒なら……問題ないのですね?」

「求人条件にある『お使い走り』をお願いできないので幾分問題ありますわ。仕方ありません。その間はお給金を半額にいたしましょう」

「うげげげーげッ!」

「私は……異存ないです」「ニトくんの裏切り者ぉぉッ!」


                 ◇ ◇

 アランが先程まで車輪止めにしていた四本の四尺棒を手慣れた手つきでバヨネット繋ぎすると、二本の筋金の入った八尺杖が出来上がる。

 ノルディックに突くと、脚を使わぬ竹馬の如くに巨体が腕力だけで浮き上がる。

 二人がもたもた車輪を付け替えている間、平然と浮き上がっている。

 漸く椅子が出来ると、空中から器用にすとんと着座。体重に床が軋む音を聞き咎めた優男二人の脳裏に、今後の苦役の予感が大層現実味を帯びつつ重々しく浮かぶのをイーダが察する。


「その杖、車椅子の左右に嵌めて輿になるのですわ。階段など、車輪が使えない場所では担いで下さい」

「お住まい……7階……でしたよね?」

「ははは、心配するな。大荷物用の自索式昇降機があるぞ」

「この建物は……ですね」

「求人、なんで一名だったんですかねえッ!」

「ん? 私は何でも結構一人でやって来たがな」

 八尺杖を四本に分解すると、するりと車椅子の背凭れの裏に収める。

 松の古木の幹の様なアランの腕を見て、二人が溜息をついた。



:扨て、厄介ごとが向こうの方から来てくれている気配、如何相成りますかは、且く下文の分解をお聴き下さいませ。


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