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411. 憂鬱な還俗者

《四月三日、朝》

 メッツァナの町の最高級宿。ロランとジェシカの二人が投宿する部屋。

「早く支度しなさいよ。朝一番、迎えに来るって言ったでしょ!」

 二人、わたわたしている。


「もぉうっ、貴方たち! 身ひとつで手形だけ持って出発しなさい。脱ぎ散らした服とか、樽にでも詰めて後から遅らせるわ!」

「そんなぁ! 恥ずかしいわ。勘弁してよラリサぁ」

「貴方たちの事なんて知らない是の街の人を雇ってあげるっ。それで諦めなさい。遅れるわけに行かないのよ」

「ちょっとだけ待ってよぉ」

「皆んな一階で待ってるのよっ! それとも今すぐ皆を此処に呼ぶ?」

「ひぇぇぇぇ!」


 敢え無く二人、拉致される。


                ◇ ◇

 サーノ河畔、ブラーク城の船着場。

「んちわぁ!」と、ジョルジャ。

「どうした坊主。もしや、また事件か!」

 いつの間にかう番兵と仲良くなっている。


 家令のオーギュストが直ぐ飛んで来る。まるで待機していたようだ。

「執事さん、予測してました?」

 彼、もう一段格上の家令だが、気にした素振りは無い。

「ああ。フィリップさんに洗って貰ってるボスコ方面で動くか、西のそっちでかと気を揉んでたとこだ」


「前の現場になった宿酒場で昨夜遅く、女将さんが二人組に襲われました。一人を身柄確保、一人が逃亡中です。捕虜取扱いについて、町の衛兵隊が協議したいとの事です」

「あそこの戦力を把握してないのか? 八人で襲って失敗してたのに」

「女将さんが屋外へ出たところを待ち構えていて襲った模様で、女性が一人と見て拉致しようとしたのでは無いかと衛兵隊は見ています」

「単に、夜中に一人で外出した女性ということで襲った、ということか?」


「これって、雇った者に情報与えずに働かせているんじゃ無いでしょうか。八人と二人で、ちょうど十人です。本隊がちっとも戻らないので、後詰めの二人が様子を見に来たとかじゃ無いでしょうか」

「様子見に行って女性を拉致なんて乱暴な話だが、部隊で二人だけ取り残されたら確かに不安に駆られて暴走するかも知れないな」

「今度の捕虜は軽傷だから尋問しやすいけれど、もともとが情報を与えられてない下請けじゃ、あんまり得る物が無いかも知れません」


「うーむ、君は悲観論か・・」


                ◇ ◇

 ノビボスコの町、富裕者層の多い街区。ガーバー家。

「残念だ」

 一網打尽にした不逞の輩たちの中に『此奴だけは取り逃したくない』という男の姿だけが無い。


「どうします? 全員刑場送りにしないで、尋問用に数人の残しますか?」

「ううむ・・」

「令状さえ取って置けば、執行は後回ししても大丈夫ですから」

「・・そっちの・・専門家と、コンタクトが取れるだろうか?」

「俺たちの人脈には、ありません」

「居ない・・か」

「俺たち、というか此の町の冒険者の殆んどは元州兵で、戦闘訓練は受けているし警備や警邏のスキルも有ります。けれど捜査関係者とは付き合いが薄いのです」


「しかし、そういう分野の冒険者もいるのだろう?」

「元州兵にも監軍えむぴいは居ますからね。情報を探してみますよ。それと・・」

「それと?」

「それと、『暗殺者』というのが、噂通り司法取引とかで恩赦になって、警備側のコンサルタントとかやってる元アレなのか、それとも本物がいるのか、とかも」


                ◇ ◇

 市内中心部、旅館『銀瓢亭』

「おはようございます、メーザー卿」

「ああ、良い朝だなフィリップ殿、フックス殿」

 この人達、ちゃんと名乗ってしまっている。いいのだろうか。

 屈託なく談笑しつつ朝食の卓を囲んでいる。腸詰入りのパイに豆と野菜のスープという献立だ。


 ・・フィリップ氏が、万が一にも此の街で暗殺されちゃったら拙いよなぁ。まぁ見たとこ簡単にられる玉でも有るまいが。

 ギルドで頼んで護衛なんか付けたら、逆に疑われそうだし。すぐ撒かれちゃって終わりか。

 いや、捜査の妨害してると思われちゃうよな。

 フックス氏、いろいろ悩む。


 騎士も困っている。

 ・・もっと荒くれ者を集めて来いという要望、集めたらブラーク殿にけしかけるのであろうか。断る訳にも行かぬ。

 要望どおり、もっと荒くれていれば良いのなら、荒くれるだけ荒くれていて碌に戦えぬ者でも集めて来るか・・

 いや、死なれても辛い。

 騎士バルトロメオ、いろいろ悩む。


「さて」と三人、食事を済ませて夫々出掛ける。


                ◇ ◇

『銀瓢亭』から見えるところに在る冒険者ギルド。

 食欲のないギルマスのウルリッヒ、具の無いスープだけ啜っている。


「ギルマス!」

 フックス氏、早足で入って来る。

「近隣都市の冒険者ギルドで、フィリップ・ルノワって人、知ってる? 可成りの出来る人!」

「げげげげ・・ 会ったの? 来てるの?」

「昨夜『銀瓢亭』で同宿した」

「・・ってことは、この辺にいる?」

「その辺にいる」


「まずずずず。いま観にこられたら、まずずずず」

「何者?」

「メッツァナのナンバー2で次期ギルマスの最右翼。相当の腕利き」

「結構大物か。じゃ『生き餌』って事もないけど手を出したら大変だな」


「あいつに手を出すような奴が其処いらに居るもんですか」

「いや、チョーサー家脳筋武士団とか」

「なんでお侍が冒険者に手を出すんです」

「痛い腹探られたらヒス起こすかも知んないでしょ?」


「・・ってことは、怒らせたのがチョーサーで、怒ったのが嶺南?」

「十中八九そうだと思う」

「なんで分かるんで?」

「だって、ぼくじゃないもの」

「ははぁ、自分だけが知ってる自分の無実ってやつか」

「それが此方こっちが怒られたら合わないだろ? 理不尽だろ?」


「怒られそうなんですか」

「フィリップ氏がしこっち領内で『暗殺』されたら、そうなる」

「そりゃ大事おーごとだ」


「ギーズ伯が我が領内にある不動産を『人質』にしてお財布代わりにしてた商人がメッツァナに居てな。その商人に、伯爵の威光を借りて『タカり』を働いた騎士の後ろ盾が、実はチョーサーだった」

「なんすか、それは」

「その騎士の『やらかし』が南側を怒らせたんだが、あっちの連中にはその元凶の区別が付かない」

「じゃ、フィリップが調べに来たのは・・」

「チョーサーの痛い腹さ」


「そこでフィリップの奴がしこの町内で『暗殺』されたら・・」

「そりゃもう大事おーごとだ」

「どど、どうしましょ。護衛つけますか?」

「逃げられちゃうよ。捜査妨害してると思われて」

「束縛しないでガードする・・」

「どうやって?」


                ◇ ◇

 ガーバー家警護チームの隊長がギルドに戻って来る。

「あ、ギルマス! 『暗殺者アサシン』って知ってます?」

 ウルリッヒとフックス、ちょっと吹く。


「ああ、来ないといいな」

「え? 来そうなんですか?」

「いや、ぼくんとこに、暗殺しに」

「なんだ、冗談でしたか」笑う。「いや、このギルドに仕事しに来ないのか、って意味」

「真面目な話、組合員の『暗殺者アサシン』という職業の人は絶対数が少ないのと、契約の仲介が公序良俗に反するという世間の目が有るので、全て相対あいたい契約になるのだ」

 ギルマスのウルリッヒ、いつにない真顔。


                ◇ ◇

 騎士バルトロメオ・ド・メーザー、教会に来る。

「あちらの六人、こちらの六人。どうか安らかに」

 祈る。


 隣りに騎士が一人やって来て跪く。

「メーザー卿、神妙な面持でいらっしゃる」

「つい先日まで神に仕える身でありましたからな」

「世の底辺にまで身を落としてしまった同胞を救済する尊いお仕事、宜しくお願い致しますぞ」

「気力を失った者が多く、難航して居りまする。戦士の気概を持つ者は既に自力で仕官の途を求め、旅立って居るのでしょう」


「いや天下泰平で腑抜けてしまった人士が失ってしまった牙を、今も持った者とかは居らぬものですかなぁ」

 騎士、立ち上がり、去る。


 見送らず呟く。

「人を使い捨てにする輩が美辞麗句を並べたものである」



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