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393. 憂鬱な黒騎士

《四月二日、昼》

 嶺南、ファルコーネ城。

 旧練兵場の一角、もと司令部棟だった建物前に仮設テーブルが並んで、ランチが振る舞われている。

 休日だ。朝の礼拝を済ませた人々、近隣の村からばかりではない。

 広大な嶺南州に初めて『冒険者あばんちゅりえギルド』なるものが出来るのだ。物見高い者らは結構遠くからも来ている。

 飯も無料ただだし。


 なぜ嶺南に冒険者ギルドが無かったか、いま思えば不思議だが、何の冒険もない農村地帯だからと言われれば理解わかるといえば理解る。

 それと、商都エリツェにある探索者ギルドが大きくて、冒険者ギルドの出る幕が無かったのかも知れない。

 無論、それだけではない。嶺南の二大勢力であったパルミジエリ伯爵家の嫡流が絶えて、甥でもあったガルデリ伯爵が全土を掌握したこととか、嶺東州都の冒険者ギルド長がエリツェの探索者ギルド長と、従兄妹同士の人が就任したので、上手く棲み分け調整交渉が進んだとか、話せば長くなるので別の機会に譲る。

 兎も角まぁ、嶺東州都プフスブルの冒険者ギルド長ミランダ・ディ・サバータ=ガルデッリ男爵令嬢は本日の立役者であった。


「父上と顔合わすと『いい男まだ出来んか』とか『孫が見たい』とか鬱陶しいこと極まりないからな」

 三十やや手前のミランダ女史、本丸から逃げて来る。

「まぁったく、あの人は『いづれはのハーケン・トロニエと並び立つ武豪』とか言われてて相手が先に死んじゃってから、目標見失ってんだから」


 化け物揃いと言われるガルデッリ家の侍衆の顔色を無からしめる大剣豪が嘗ては嶺南にも居たのだが、弟子で娘婿のフェンリスヴォルフ卿、責任重大である。いま嶺南随一と言えば断然スレナス卿であるが、年齢差五歳なので望みは有る。

 ちなみに其のフェン君、サバータ家のクラウス卿とどっちが強いかとか噂されて居るうち、其のクラウス卿がスレナス卿に実戦で負けて義弟の契りを交わしたので世評は嶺南三位に下がってしまった。

 いや、同順二位だが。

 まぁご本人様は若いくせに修道院に通って学術問答を楽しんでる様な文人気質の御仁で、気にしてないようだが。何せ、つい先日までは公文書館で司書をしていた人だ。


「今日は盛況。いや、タイミンング絶好ですね」

 声を掛けてきたのはモンサンジュ卿。

『冒険者』クリスの仲間で、上手いこと地位を手に入れたエクスラーテンロット王国の情報将校で、コードネームを『お猿』という。間違ってリュテナン・ジーグという格好いい名前が鳴り響いて居るらしい。

 本当は『おさる中尉ルテナンジンゲ』なのだが。


「この調子で此処に腕自慢が集まれば、ヴェルチェリ様のエウグモント城みたいに常備兵を置かなくても、十分に有事の備えになります」

「おれらみたいな、もと正規軍とか傭兵団の斥候隊員の職種が、冒険者登録すると『泥棒シーフ』職になっちゃうのは不本意にゃん」

 南部では猫獣人が珍しいので、子供らに尻尾を触られている。

「そうですよ。農村で警備を依頼されて行くと、大抵変な顔されます」

「うーん、それは理解できるがなあ。今の制度だと『泥棒でいぶ』から転職しやすいのは『暗殺者アサシン』くらいだし・・」

「おれたち殺しは、やらないにゃん」

「いやはは・・自分じゃね」

 おさる、歯切れが悪い。

「小才の利く者が多いから『泥棒』なギルマスも結構いて、格好悪いのを自分らはずっと我慢して来たのにって言って、改めないんだよなぁ」

「ニンゲンの発想は、ときどき理解し難いモノが有るのにゃ・・あ! こら!」

 尻尾をいじっていた子供に肛門をつつかれて、ついに怒る。

 それまでは黙って触られていたのだから温厚な猫である。

「猫は晴れ着でもパンツ穿かないのにゃ」

 クリスの御供衆だから金モールなんかの付いたタバルドを着て居るが、下半身は黒猫丸出しであった。


「あれ? 喇叭の音だ。何かセレモニーが有るのかにゃ?」

「ふふふ」

 ミランダは知って居る様だ。


                ◇ ◇

 北部高地、サーノ中洲のブラーク城。

 結局ノビボスコのギルマス、昼まで居座って飯に有り付いている。

「お皿は下男たちの物と一緒ですからね。お客様用の銀器なんて出しませんよ」と執事。

「なんに乗ってようと食うもんは同じだ」

 ウルリッヒ・ブロイケラー、拘らない男である。


 元々が城主様のお食事、食べきれない程たくさんの数の料理で食卓を飾った後は使用人一同でお下がりを頂く慣習なので、料理人も承知で冷めても美味しいものを作る。

 だが今日は男爵が二日酔いで自分は果物だけと仰るので、一同まだ熱々の料理が食べられる。ウルリッヒも得をした。

「このロースト美味えし」

 小ぶりな鶉の丸焼きだが、果物やナッツ、いろいろな肉類などの詰め物が入って手の込んだ料理だ。


「いやぁ、家格は『たかが男爵』だけど昔からの名家のお食事は違うね」

「もう一度『たかが男爵』などと仰ったら、次回からは特別料理に鼠のローストをお出ししますぞ」

「やだなあ、そこいらの豆男爵たぁ格が違うって褒めたんだぜ」

「豆雑炊がよろしいですか?」


「んもうっツンツンすんなって。ときに、大旦那に客人って、だれ?」

「腕利きの冒険者あばんちゅりえ様です。貴方のとこに碌なのが居ないから、大きな町からお呼び寄せになった様ですよ」

「俺んとこだって居ねえ訳じゃないよ。ただ俺に似て働きたがらねぇだけだ」

「それを碌でもないと言いましてな」

「てへへ」


                ◇ ◇

 ノビボスコの町、碌でもないと言われた冒険者ギルド。

 あちこちに寝椅子や空き小樽の卓など乱雑に置かれ、結構な人数が屯して居る。職員らしきは奥の方に気配もするが、目に付くところには料理人ぽい前掛けの男と女給がひとり。


 目深にフードを被ったマントの男が入って来る。

 辺りを見回す。

「・・(ううん、押し込み強盗できそうな位に凶悪な奴は、居ないな)・・」

 大半はブラーク男爵が主計官として乗り込んで『整理』した州兵である。教練は受けていて使えると言えば使えるが、太平の世で実戦経験が無い。そもそも、身を持ち崩しそうな奴は男爵が再就職を斡旋していない。

「・・(あの五人組で無理となると、もう居ないか)・・」


 彼ら、特殊部隊とまでは言わないが、特別に高度な訓練を受けたチームだった。そんな彼らも『整理』されてしまったのだから、ボスコ州兵団ギーズ連隊も相当の財政難だったのだろう。

 ノビボスコはそれ程には大きい町ではない。大公領グランボスコの新市街が伯爵領として割れただけである。南のナシュボスコと三つ併せても、メッツァナに遠く及ばない程度だ。

 やはり人材のバリエーションは狭い。


 貧民街は広いのに。


                ◇ ◇

 嶺南ファルコーネ城。

 喇叭の音で人目が集まる。

 育ち過ぎたお小姓姿の黒髪兄弟が長喇叭でファンファーレを吹いている。

 なんと新着任ギルマスのアルヴィド・ラミウスとクラウス卿の模範試合が始まる報らせであった。

 ミランダ女史、本当は馬上試合を仕組みたかったのだが、クラウス卿の磨墨号に匹敵する馬が入手不能で、話は流れた。黒髪娘のラパンルージュ号に話したら馬が慌てて「疲れていて到底も無理」と固辞したと言うが、嘘だろう。


 旧練兵場を望む司令部跡の建物が新しい冒険者ギルドだ。入り口にはカット前のテープが張られているが、中に誰か人影がある。と・・思ったら、バルコニー上に続々と人が現れた。

 嘗ては整列した軍団を見下ろしたのであろう高いテラスに、ガルデリ伯爵夫妻と五人の男爵が整列したのである。。

 伯爵の背後には槍先の旗ファーネンランツェが翻る。

 公侯プリンツの証である。

 歓声が上がる


「やりにくいのである」

 クラウス卿、思わず呟く。





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