380. 憂鬱な道化師
《四月一日、日の傾く頃》
スカンビウムの冒険者ギルド。
赤い顔したギルマスが帰って来る。
「あら、来てたのオットカール」
娘、父親に肩を貸している様にも、下から首根っ子掴まえている様にも見える。
「『あら』じゃないですよ。職員が全員留守して如何するんです」
「重要な会議だったの」
「なんで打合せ室でやんないの」
「町の事情通も参考人として入って貰ったのよ」
「それってエルザ小母さんの事だろ。要するに日が高いうちから飲みに行ってたんじゃないか」
「エルザママんとこ行くんなら酒を注文しない訳に行かないじゃないの」
「こっちに呼びゃ良いんじゃないか」
「招いて謝礼包むより、交際費で立てた方が処理が楽なんです」
後ろから随いて来ていた役人っぽいが役人じゃない若禿げの男、冒険者ギルドの会計係らしい。
「だからって、職員が全員留守して、如何すんだよ」
「いいじゃない。どうせ客もいなくて暇なんだし」
「だから、客・・俺が来てるじゃないか」
「なに? 胡散臭い客でも来てんの?」
「胡散臭いってよりモロ危系だな。見るからに訳ありの兵隊崩れ」
「ここ数年はノビボスコで常備兵が大量解雇になってるから、些少も俄商人珍しくないわよ」
「そういう笑って済ませる気配じゃなさそうだ」
「ふぅん・・」と、ギルマスの娘。
「じゃ、いつもの感じで一人行かせる。衛兵にも通報しとくわ」
「いつもの感じじゃない方が・・良いんだがな」
「って言ったって、そんな人材いないわよ」
「とほほ・・」
◇ ◇
其処へまた、客が来る。
他でもないオルメス商会のハイメスその人であった。
「ここ、泊めて貰えると聞いたんだが」
「いいえ、ここは冒険者のギルドで、求職中の冒険者が泊まる施設ですわ」
「他所から来た依頼者は泊めて貰えると聞いたんだが」
「それは依頼の契約がなかなか成約しない場合の特例で、レアケースですのよ」
「食堂の利用は一般人も可と聞いた」
初老の男、粘る。
もとよりギルドの宿泊施設というのは、手元不如意な冒険者が求職中に限り最長三日まで無料で泊まれる仕組みの、業界の厚生施設の如きものだ。
就労意欲を促す政策的な制度である。
外部者が旅費を浮かすのに利用されては堪らない。
「で、ご依頼の向きは?」
「ボディガードを一人ふたり雇いたい。なるべく腕の立つ人を」
一番弱いところを突かれて内心狼狽するギルマスの娘。
だが、受付嬢の矜持を賭して噯にも出さぬ。
「ひと口に腕が立つと仰っても、些か漠然としておりますが・・」
「メッツァナのギルドで会った人は超一流アサシンで、日当が最低でも王国金貨で四枚からと言われた。流石にそこまでは能う出さん。矢張り実際会って、本人から話をいろいろ伺って決めたい」
「・・(げげげ、何それ!)それでは・・」
日当八デュカートの暗殺者って何者ですか? 何処ぞの王侯貴族の首でも取って来るプロの人?
・・いや、こいつは間違いなく強かな守銭奴じじいだ。駆け引きにと、最初から先制パンチを放って来たのだ。
契約交渉を引き延ばして無料で何泊もする気に違いない。
だいたい顔見りゃ、因業大家とかそういう類いの、絵に描いたような筋金入った渋ちんの面構えだ。
此処で引いたら女が廃る。
「では、人選に掛かりますので、少々お待ちください」
「それじゃ、晩飯でも食いながら待たせて貰うかな。メッツァナの冒険者ギルドは食堂も安くて美味いと評判だった。こちらさんも楽しみですわい」
・・いやはや困った。この町の冒険者、剣士どころか柄物が使えるのは退役した衛兵の白髪組くらいだ。若いと言えば商人宿に行かせる予定のトービンの奴とか。彼奴は図体だけの見掛け倒しだ。パリスは弓使いじゃ護衛にならぬ。うちの親父はアレだから駄目で・・
え? もしかして一番強いの私だったりする?
まずい・・。これは不味い。
◇ ◇
其処へまた、客が来る。
他でもない『道化師』その人であった。
「あれ?」
・・まぁ、私ゃ面も割れてないし、多少ニアミスでも構わんかね。
「少々草鞋を脱がして頂きますよって」
「冒険者の方ですね? 認識票を拝見します」
「認識票? あ、認識票ね・・」
もぞもぞと財布を探す『道化師』。
「あれ、何処に入れたっけ」
ようやく思い出して首から下げていた小さな金属板を取り出し、ギルマスの娘に渡す。
彼女の目が輝く。
「草鞋を脱ぐという事は、求職なさるんですよね?」
「は?」
◇ ◇
商人宿。
炉に薪をくべながら、女将がちらりと見る。
五人の旅商人らしくない男たち、一応は旅商人の格好をしているし、商品らしき荷物も持っている。
二人と三人の二組、態々別々にやって来て、もともと知り合いだが出会ったのは偶然のような演技をしているが、少々故意らしい。
女将、此の歳になる迄欠かさずに毎日旅商人を見て来たから、大部屋に泊まった彼らが商品を幾何だけ後生大事な位置に置くか知っている。
だが、彼らが何者だかは詮索する気も無い。彼らが宿の中で騒動事を起こしさえ為無ければ良いと祈りつつ、チーズを炙ってパンに乗せるだけの質素な食事をする彼らを見ている。
「んちわぁ」
馴染みのトービンが来る。熊のような大男だが、心優しい村の青年だ。旅商人の形りをして泊まって居るだけで、あとは客同士が何を盗っただ取られただと揉めた時に一喝する仕事である。
今回の五人組相手に役に立つか如何かは知らないが、男手が一人増えるだけでも気が休まる。
「おや?」と、女将。
明かり取りと換気のために開け放った戸口に、宿屋の親父が現れたのだった。
「やあ」と親父が会釈する。
「賑やかで羨ましいな」
五人組が静かなので、ちっとも賑やかでないが。
「宿屋は一見客ひとりだけだ。寂しいのなんの」
メッツァナから来た裕福な商人がそりゃもう酷い吝嗇でなかったら、宿屋に客が二人だっただろう。
宿屋といえば彼方の事。此方は商人宿である。
冒険者ギルド員はギルドに泊まる。飲ン平は宿酒場で宵越しする。あと放浪者や貧民は教会の救護所に行くので、こんな小さな町に宿泊施設多すぎである。
しかも今日は、何処に宿泊する気もない人間が、あと二人居た。
◇ ◇
フィリップとジョルジャ師弟、いつの間にか合流して、物陰から冒険者ギルドの入り口を窺っている。
「ギルドから出て来る気配が無いな。てっきり宿屋に行くと思ってたんだが」
「うん、ちょっと困った・・」
宿屋だったら狐鼠ぉり忍び込んで内緒で監視する場所を作る自信があるのだが、流石に冒険者ギルドでは、フィリップ相手でも気配を察する手練れが居るだろう。と言って、堂々乗り込むにはメッツァナでフィリップの顔が売れすぎている。
町内野宿になりそうな流れだ。
◇ ◇
「ありゃ、この気配は覚えがある」
宿屋ただ一人の客、夕食後に悠々散歩していたらフィリップらを見付けた。
「幸い、こっちは気取られて無いな。結構厄介なヤツだから用心しとくに限る」
鷲木菟と異名をとる男なので、夕刻からが本領である。ふわっと舞い上がると、納屋の屋根の上にいた。
「さて、ドラ公どう動くか」
◇ ◇
冒険者ギルド。
「わたし、アンヌマリーと言います」と、受付嬢をしているギルマスの娘。
「そりゃどうもご丁寧に」
当惑気味の『道化師』。
彼女、遠くの席で食事中のハイメスを目線で指して、囁く。
「あちらの商人さんが召し上がっているシチュー、わたしが作ったんですよ。是非ブッフォーネさんにご馳走したいな」
「そりゃどうも」
「あちら様、メッツァナでたぶんS級のアサシンにお逢いになったらしくて・・」
・・ああ、お嬢でやんすね。
「それで全然目が肥えちゃったらしくて。それで是非是非、ブッフォーネさんをご紹介したいんですの」
・・なんだか面妖な事態に成って来やしたね。




