表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
611/686

380. 憂鬱な道化師

《四月一日、日の傾く頃》

 スカンビウムの冒険者ギルド。

 赤い顔したギルマスが帰って来る。


「あら、来てたのオットカール」

 娘、父親に肩を貸している様にも、下から首根っ子掴まえている様にも見える。

「『あら』じゃないですよ。職員が全員留守して如何どうするんです」


「重要な会議だったの」

「なんで打合せ室でやんないの」

「町の事情通も参考人として入って貰ったのよ」

「それってエルザ小母さんの事だろ。要するに日が高いうちから飲みに行ってたんじゃないか」

「エルザママんとこ行くんなら酒を注文しない訳に行かないじゃないの」

「こっちに呼びゃ良いんじゃないか」

「招いて謝礼包むより、交際費で立てた方が処理が楽なんです」

 後ろから随いて来ていた役人っぽいが役人じゃない若禿げの男、冒険者ギルドの会計係らしい。


「だからって、職員が全員留守して、如何どうすんだよ」

「いいじゃない。どうせ客もいなくて暇なんだし」

「だから、客・・俺が来てるじゃないか」

「なに? 胡散臭い客でも来てんの?」

「胡散臭いってよりモロやば系だな。見るからに訳ありの兵隊崩れ」

「ここ数年はノビボスコで常備兵が大量解雇になってるから、些少ちっとも俄商人あきんど珍しくないわよ」

「そういう笑って済ませる気配じゃなさそうだ」

「ふぅん・・」と、ギルマスの娘。


「じゃ、いつもの感じで一人行かせる。衛兵にも通報しとくわ」

「いつもの感じじゃない方が・・良いんだがな」

「って言ったって、そんな人材いないわよ」

「とほほ・・」


                ◇ ◇

 其処へまた、客が来る。

 他でもないオルメス商会のハイメスその人であった。


「ここ、泊めて貰えると聞いたんだが」

「いいえ、ここは冒険者あばんちゅりえのギルドで、求職中の冒険者が泊まる施設ですわ」

「他所から来た依頼者は泊めて貰えると聞いたんだが」

「それは依頼の契約がなかなか成約しない場合の特例で、レアケースですのよ」

「食堂の利用は一般人も可と聞いた」

 初老の男、粘る。


 もとよりギルドの宿泊施設というのは、手元不如意な冒険者が求職中に限り最長三日まで無料で泊まれる仕組みの、業界の厚生施設の如きものだ。

 就労意欲を促す政策的な制度である。

 外部者が旅費を浮かすのに利用されては堪らない。


「で、ご依頼の向きは?」

「ボディガードを一人ふたり雇いたい。なるべく腕の立つ人を」

 一番弱いところを突かれて内心狼狽するギルマスの娘。

 だが、受付嬢の矜持を賭して(おくびにも出さぬ。


「ひと口に腕が立つと仰っても、些か漠然としておりますが・・」

「メッツァナのギルドで会った人は超一流アサシンで、日当が最低でも王国金貨で四枚からと言われた。流石にそこまではう出さん。矢張り実際会って、本人から話をいろいろ伺って決めたい」

「・・(げげげ、何それ!)それでは・・」

 日当八デュカートの暗殺者って何者ですか? 何処ぞの王侯貴族の首でも取って来るプロの人?

 ・・いや、こいつは間違いなくしたたかな守銭奴じじいだ。駆け引きにと、最初のっけから先制パンチを放って来たのだ。

 契約交渉を引き延ばして無料で何泊もする気に違いない。

 だいたい顔見りゃ、因業大家とかそういう類いの、絵に描いたような筋金入った渋ちんのツラ構えだ。

 此処で引いたら女がすたる。


「では、人選に掛かりますので、少々お待ちください」

「それじゃ、晩飯でも食いながら待たせて貰うかな。メッツァナの冒険者ギルドは食堂も安くて美味いと評判だった。こちらさんも楽しみですわい」


 ・・いやはや困った。この町の冒険者、剣士どころか柄物が使えるのは退役した衛兵の白髪組くらいだ。若いと言えば商人宿に行かせる予定のトービンの奴とか。彼奴は図体だけの見掛け倒しだ。パリスは弓使いじゃ護衛にならぬ。うちの親父はアレだから駄目で・・

 え? もしかして一番強いの私だったりする?

 まずい・・。これは不味い。


                ◇ ◇

 其処へまた、客が来る。

 他でもない『道化師ブッフォーネ』その人であった。

「あれ?」

 ・・まぁ、あっしゃ面も割れてないし、多少ニアミスでも構わんかね。

「少々草鞋を脱がして頂きますよって」

「冒険者の方ですね? 認識票を拝見します」


「認識票? あ、認識票ね・・」

 もぞもぞと財布を探す『道化師ブッフォーネ』。

「あれ、何処に入れたっけ」

 ようやく思い出して首から下げていた小さな金属板を取り出し、ギルマスの娘に渡す。

 彼女の目が輝く。

「草鞋を脱ぐという事は、求職なさるんですよね?」


「は?」


                ◇ ◇

 商人宿。

 炉に薪をくべながら、女将がちらりと見る。

 五人の旅商人らしくない男たち、一応は旅商人の格好をしているし、商品らしき荷物も持っている。

 二人と三人のふた組、態々わざわざ別々にやって来て、もともと知り合いだが出会ったのは偶然のような演技をしているが、少々故意わざとらしい。

 女将、此の歳になる迄欠かさずに毎日旅商人を見て来たから、大部屋に泊まった彼らが商品を幾何どれだけ後生大事な位置に置くか知っている。

 だが、彼らが何者だかは詮索する気も無い。彼らが宿うちの中で騒動事を起こしさえ為無しなければ良いと祈りつつ、チーズを炙ってパンに乗せるだけの質素な食事をする彼らを見ている。


「んちわぁ」

 馴染みのトービンが来る。熊のような大男だが、心優しい村の青年だ。旅商人のりをして泊まって居るだけで、あとは客同士が何をっただ取られただと揉めた時に一喝する仕事である。

 今回の五人組相手に役に立つか如何かは知らないが、男手が一人増えるだけでも気が休まる。


「おや?」と、女将。

 明かり取りと換気のために開け放った戸口に、宿屋の親父が現れたのだった。

「やあ」と親父が会釈する。

「賑やかで羨ましいな」

 五人組が静かなので、ちっとも賑やかでないが。

宿屋うち一見いちげん客ひとりだけだ。寂しいのなんの」

 メッツァナから来た裕福な商人がそりゃもう酷い吝嗇ケチでなかったら、宿屋に客が二人だっただろう。

 宿屋といえば彼方あちらの事。此方は商人宿である。

 冒険者ギルド員はギルドに泊まる。飲ンベイは宿酒場で宵越しする。あと放浪者や貧民は教会の救護所に行くので、こんな小さな町に宿泊施設多すぎである。


 しかも今日は、何処に宿泊する気もない人間が、あと二人居た。


                ◇ ◇

 フィリップとジョルジャ師弟、いつの間にか合流して、物陰から冒険者ギルドの入り口を窺っている。

「ギルドから出て来る気配が無いな。てっきり宿屋に行くと思ってたんだが」

「うん、ちょっと困った・・」

 宿屋だったら狐鼠こそぉり忍び込んで内緒で監視する場所を作る自信があるのだが、流石に冒険者ギルドでは、フィリップ相手でも気配を察する手練れが居るだろう。と言って、堂々乗り込むにはメッツァナでフィリップの顔が売れすぎている。


 町内野宿になりそうな流れだ。


                ◇ ◇

「ありゃ、この気配は覚えがある」


 宿屋ただ一人の客、夕食後に悠々ゆるゆる散歩していたらフィリップらを見付けた。

「幸い、こっちは気取けどられて無いな。結構厄介なヤツだから用心しとくに限る」

 鷲木菟ウフーと異名をとる男なので、夕刻からが本領である。ふわっと舞い上がると、納屋の屋根の上にいた。

「さて、ドラ公どう動くか」


                ◇ ◇

 冒険者ギルド。

「わたし、アンヌマリーと言います」と、受付嬢をしているギルマスの娘。

「そりゃどうもご丁寧に」

 当惑気味の『道化師ブッフォーネ』。

 彼女、遠くの席で食事中のハイメスを目線で指して、囁く。

「あちらの商人さんが召し上がっているシチュー、わたしが作ったんですよ。是非ブッフォーネさんにご馳走したいな」

「そりゃどうも」

「あちら様、メッツァナでたぶんS級のアサシンにお逢いになったらしくて・・」

 ・・ああ、お嬢でやんすね。

「それで全然すっかり目が肥えちゃったらしくて。それで是非是非、ブッフォーネさんをご紹介したいんですの」


 ・・なんだか面妖な事態ことに成って来やしたね。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ