22.再会四景
御城。本殿の一室。
大姫は一旦他家に嫁いでの里帰り中なので、嫁ぎ先から家臣ら引き連れ、特別な上客間に逗留中だ。
その大姫が修道士姿の老人と向き合っている。
どちらからともなく、手を執り合う。
「お父様・・ですのね?」
「母さんに、生き写しじゃのう」
「でも、まあぁったく同じ顔は四人もおりますのよ。母様に、双子の姉君様。私と妹・・量産品でも娘で宜しいですの?」
「儂、量産しとらんし・・」
大姫、俄に老人の首根株に抱き付く。
涙ぐんでいる。
部屋には二十人から人がいるが、みな車座になって「龍殺し」アラン氏の神宝脇差を拝見し居り興奮気味。誰も此方を見ていない。
「ううむ、其れは父親にする接吻でないぞ」
「あら、お父様いい男なので、つい」
「(うう、大丈夫かこれ?)」
「触って下さいまし」
手を執って下腹に当てる。
「このように、日々すくすくと」
「おお! 健やかで何よりじゃわい」(当てる場所、下すぎないか?)
「ふふ、お兄様の子宝を授かる日が来るなんて思いませんでしたわ。お祖母様に伯母様に母様に乳母や、それに妹。ガルデリの城が割と女ばあぁっかりでしたから、お兄様が父様かと思い違いしてた幼い頃。今でも兄とか妹とか呼び合って、夫妻な実感がありません。お兄様ったら妊娠中の妻に『恋人できた?』とか聞くのですよ」
「従兄じゃちうに」
成る程、西の谷で幼い頃を一緒に過ごした従兄妹たちが強く兄妹感覚を抱いとって、兄妹なのに此の御城で生まれ育った御曹司一人が蚊帳の外か・・ちと不憫じゃのう、などと心中で呟く。
「お前たち、親が兄妹同士の従兄妹じゃろ。儂と母さんは両親が姉妹同士で幼馴染じゃから、もっと血は近いのに判然恋人しとったぞ」
「私たちは親が両方とも兄妹ですもの、こちらの方が血が近いです」
「儂と婿殿の母御とは腹違いの兄妹じゃわい」
「でも母様の従兄でいらっしゃいまぁす」
変なところで張り合う父娘。
教会に莫大な寄進をして特免状を取らないと結婚できない近親者達なる模様だが、そこはそれ、お貴族様である。
「龍殺し」の従者らしい弓使いの男が緑なす黒髪を掻き上げつつ横目で
「爺さん出家して正解」と、ぽつり。
「此処だけの話、お兄様って彼処の銀髪の彼みたいな、ああいう凛としたタイプが好きなのですわよ。でも妹がとっぉても彼にお熱みたいです」
「あんまり凛としてなくないか?」
寧ろナヨナヨじゃわ・・と口には出さぬ元騎士団長殿。柔和温厚で控えめな彼は、良く気の回る秘書官気質。跡取り娘への入婿候補なら悪くもないかと思ったりする。昨日が初対面にしては結構彼のことを気に入って居る自分に改めて少し驚くが、歩くとき少し尻を振る癖だけは気に食わない。
とか、一瞬考えて、
「え? 婿殿の好きなタイプ?」
☆ ☆
主殿裏、果樹園の片隅。
「感動の再会に水を差して済まんとは思う」
刺客が無造作に間合いを詰める。
ルキウス・スパダネーロが庇うようにルキア・ボルサを抱き寄せる。
「済まんとは思いもするが是れも憂き世。せめて苦痛は少なく済ます」
「お情け深い物言い、お前らしくないな」
お猿が割り込む。
「ルテナンS、貴方が俺の標的になる日が来るなんてな。運命は不可測ん」
「ああスタン、頼む。今の仲間の前で俺の旧悪言わんでくれ」
「相済まん。配慮が足りなかった」
「お猿って情報将校にゃん。伍長じゃないにゃん」(Lieutenant Singeだった)
「まぁ下っ端じゃないって知ってたよー」
「緊張感のないお仲間だ。貴方らしい」
「子供達を殺したの、お前なんだって?」
「怪我を手当てして、お祈りを教えて、目を閉じて祈っているとき瞬時に痛くなく殺る配慮もした。なるたけ恐怖心を与えないよう、一生懸命やった。丁寧に葬った。墓標は立てるわけに行かなかったけれど」
ぽつり、ぽつり話す。もの静かな男だった。
「デキムス・デ・ボルガスの命令か・・」
「あいつ、下級とはいえ侍の生まれだからね。俺ほどには割り切れなくて、数人目でもう耐えられなくなった。で結局、俺に御鉢が廻った」
「そうか・・」
「俺は、根っこが武器職人だからね。血振りで血糊の飛ばし易い工夫とか、そういうこと考えて気を紛らせたな」
「そうか・・」
「こっち来て、陰惨じゃない仕事に就けるかと望みを持って居たけれど侭ならん。矢っ張り附いて回るんだな、斯う云う業は」
「こりゃ、ネモのおっちゃんも罪なこった」
「それで提案なんだがルテナン殿、皆さんも! 抗われると仕損じる。目を閉じて膝突いて礼拝してくれないか。もと上司と其のお仲間だ。苦しませないと約束するから」
「お猿、どうが上策と思うにゃん?」
「ううん、こいつに狙われたら抵抗するだけ無駄だっていうか・・」
「でも、わたしは抵抗したいです。お兄ちゃんとも会えたのに」
「あたしも足掻きたいかなー。たとえ背中斬られて泥濘の溝で縡切れるんでも終いまで一生懸命生きたいっていうか」
「承りました」
刺客コンスタンティン=フェリクスの背後から声がすると同時に、彼の首が変な角度に曲がる。糸の切れた操り木偶の様に手足が垂れる。
そんな彼の頸あたりを左手で握ってぶら下げている空色コートの初老の男。
「あら、執事さん」と、お猿。
今は言葉を発すること無き常吉の遺体をぽんと路側に擲げて、
「此の方が、何を懊悩し苦しんで居られたかは不知れど、解脱のお扶けに為れて嬉しう存じます」
「ああ! そんなゴミ投げるみたいに」と、お猿。
「最早や物故なされましたし」
「いや物故ろしたにゃ」
「当家の主が警視殿との取引に応じました」
「取引?」と、お猿。
「異な事を。白絹の書状を齎されました貴殿が」
「なんだっけ?」
「城門から一番近い岩山に待ち人が居られます。其れでは約束は果たしましたので、彼の件は何卒御内密に。平にひらに。某は此れにて罷ります」
なんのことだか解らない一同。
「おい、起きろ。何だか解らん裡に助かったみたいだぞ」
手刀の一撃で昏倒してたポルフィーリの息子が息を吹き返す。
「待ち人って誰にゃ?」
「多分じいちゃん」
執事が消えたのに未だ誰も気付かない。
☆ ☆
御城正門脇、躙口。
ネモが目を凝し、暗がりに人影を認める。
「シェイマス・・なのか?」
「ジャンの妹 かわいかったね」
「もう早や、ふた昔か・・」
「町に かえろ」
「町じゃ俺にゃあ居場所が無えんだ」
「おぢさん。 すねても、かわいくない」
「ふん、だ! 小僧が生意気言いやがって」と、まだ不貞ながらも
「ルカ坊の世話んなって此処い来て早や最う二十四年、文句を言っちゃあバチが当たろうが、俺ぁ生きてて死んだ人だった。俺も幽霊みたいなもんさ。それが、ラーテンロットのどうしょもなく詰んだ人々の世話係、仰せ仕うた此の一年は、なんか生きた気がしてたんだ。別にその・・殉じるとか、そんな気はさらさら無ぇが、もう仕舞いで良い気がしてるのさ。安楽椅子に座りてえ」
「・・・・」
「どうした?」
「いま・・ 月からふくかぜが かわった・・」
「なんだ? 意味わからん」
「時計の・・はりが おちた。 何かとびちって、とんでく。とおくに」
「もしかして、ヤバいのか?」
「善いものだ。 でも、悪いことが はじまる」
「意味わかんねえ。ちいとも良か無ぇじゃねえか」
「ここは、いけない。 町にいこう」
「だから、俺ゃあ町に居場所が無ぇんだよ」
頑なだ。
「なぁ、ジャンは?」
「しらない。 おれ、ずっと町にいたから」
「彷徨ってたのか?」
「ううん。 ギルドでしごとしてた」
「なあ、就職してる幽霊って・・珍しかぁないか?」
☆ ☆
御城から五里ほど南、街道を見下ろす岩山の上。
「こっちかにゃ」
誰かが手を振っている。
「猫の兄哥さん、無事だったすか!」
「あー、尾行ヘタクソなゲルダンの下っ端くんだ」
「言ってやるにゃ! こいつ情報の読み方とか見所あるから」
「ほっほ、猫どん有望な若い衆紹介して呉れたな。早速働いて貰うとるぞ」
「じいちゃんオトトイぶりー」
抱き付いてやがる。気易過ぎにゃ。
「本人来ちゃわない内に急いで言うけど、落ち着いて聞いてね。ルカ坊ちゃんとその娘さん連れて来たよー」
「ほえっ?」
「二歳の子持ち若後家にゃん」
「ええええええ」
「じじい、今日から突然『ひひじじい』にゃ」
「そ・それ、意味違うぞい・・」
「一文字で随分と違いまさあ、ねぇ旦那」
「皆、無事かえ?」
「無事ゃ無事なんですが一大事! 想定外の強力な敵が城に向かって来てるっぽくて、いや未だ正体不明なんすけどね。プロで探索やってきた俺らの勘が全員一致で生存本能緊急警報なんでさぁ。多分この御城で一番強いお侍さんからも『急いで逃げろ』って言われてますし、日のあるうちにズラかりましょう」
後続組が追いついて来る。
「父さん・・!」
「お前ぇ、妻子あるんだって?」
「すいません」
「わし・・そんなこともお前の口から聞かせて貰えん父親だったんか?」
「あの件で父さんの信頼を失ったから・・」
「言うな。父の愛はすべて許す。急いで帰ろう」
「ふう、ふうう、お兄ちゃん・・ 警視閣下?」
「わが孫よ・・」 抱擁する。
「ええええええええええええええっ! わたしぃ?」
「どうすんのー、この事態!」
「これっぽっちも、おれたちの責任じゃないにゃ」
「すみません。ぼくが契りを交わしたソフィアさんは夫ある身で・・」
「母さんが生きておったら相談したか?」
「いえ、きっと出来なかったと・・」
「なら、いいわい」
「ほらー、常人の2倍気楽な南部人だもん」
「お前が言うにゃよ。じじい、放蕩息子の亡命は中止か?」
「イザとなったら西谷が匿って呉れると話が付いた。ひと安心じゃ」
「ルカおじさん、もしかしてネモさんが死ぬ気な理由って・・」
「うっ! まさか・・」
「あ、うん。まだ時間あるけど、おれ迎えに行くから皆は遠くで待ってるにゃん」
猫、飛んで消える。
「あの、お兄ちゃん・・母って独身なんですが」
「そうだっけ?」
丘から見遣ると街道を遥か南、輜重車の最終便が見えて来る。




