21.陰謀の全貌
一同、広間を窺う。
「お坊さまと伯爵ってさー・・なんか似てない?」
「そうですか? わたしには正反対に見えますけど」
「背格好とかは似てるにゃ」
「どっちも同じ、典型的な豪傑武将って感じじゃねぇの?」
「あー、移動する! 応接間とか行っちゃう?」
「尾行るけぇ?」
「駄目にゃ」
「なんでー?」
「怖いひとがいるにゃ」
やがて皆の視界にも入る。
「はぁー、うん。髪をアップにしてると、確かに筆頭侍女さんに見えるよ」
「改めて明るいところで窺うと、うちの母より美人さんですね」
「そういう言い方されると、ばばあと言いづらいにゃ」
「言ってるじゃーん」
「おい! 今こっち見たぜぇ!」
「お姉さん目が怖いのにゃ」
「あ、あっち向いた・・偶然な気がしないなー」
「坊さん一行をマークしてんのか。 あそこに立ち塞がれちゃ、ちょいと近づけねぇな」
「こっちの目標は坊んさんじゃなくて坊ちゃんにゃ。あちらの関心がそっちに向いててくれれば大いに結構。このまに他を当たろうぜ」
黒衣の侍女、はなで笑う。
☆ ☆
別館の一室。
町から来た紳士の腰が低い。
「このたびは取る物も取り敢えず駆けつけましたので、お見舞いの品も持たず不調法を。しかし不幸中の幸い。丁度の機会に居合わせました。今朝お呼びになっていた薬師への支払い、私共に御立替させて下さい。それと、剥き出しで恐縮ですが、滋養のつく物を御用達の折の足しにでも」
宿老の一人が揉み手して財布を受け取るのを、物陰から窺う年寄本役。
吐き捨てるように、
「なんでも懐に入れる佞臣に金など預けて、ありゃ町の大商人にしては、また人を見る目の無いこと」
その商人、宛も余談めかして、
「いま伯爵家の方に訪ねてきた修道士、姫様の婚儀に異を唱えている派閥の者ですな。また嫌なことを吹聴しておらんと良いのですが」
「迷惑な! 羽虫のように湧いて来おって。ああ、このまま御成婚が延び延びになれば外聞の悪いことに!」
迷惑はお前だと言いたげな年寄本役、
「また余計なこと吹き込みおって、後で釘を刺さねば」と、ひとりごちる。
町の商人、辞去して
「あの爺さん馬鹿だろ。ご容体がこんな時に風聞の心配が先かよ」
「だから、馬鹿を狙って焚き付けてんじゃねぇか! 踊ってくれりゃ万々歳だが、上役のじじい警戒心が強いから、どうだかなあ。まぁ取り敢えず、鼻薬の効いてる兵隊を何人か動かそう」
「コンスタンを行かす?」
「いや、その手札は目下温存だ」
「姫さんは大丈夫なのか?」
「二十四年前にその目で見たろ? 呪法の仕掛けは完了してるんだ。十五夜まで薬湯で凌げば、その先はあっちの姫の生命力を吸い取り始めてぐんぐん回復する。伯爵の初孫が先に生まれて相続問題も一挙解決だ」
「御成婚問題は?」
「そんなもんゲルダンで坊主買収して、婚姻は済んでたが亡命中につき御披露目を控えてたことに為りゃいいのよ。復位を果たした暁に公表ってこと。王国だって統一ゲルダン王が臣従礼をとりゃ文句言わないだろ」
「だけどよプロ公、土地勘ないゲルダン兵に生贄集め遣らせた所為で、東の代官所や北の大司教座が動いてるって報告が上がってるみたいだぞ」
「ふん! 動いたって、越境しては調査権も裁判権もない連中だ。それが所詮は隠密行動だろ。恐るるに足らん」
「まあ今はその強気が頼もしいわ」
「有難いことに、エルテスの大司教座は異端審問反対派の旗頭なんだよ。そっち方面の捜査権振り翳しちゃ来ねえさ」
「薄氷の綱渡りだな」
「ゲルダン併合は国益になる話なんだ。やり切れば勝算はある」
☆ ☆
ネモの家。
「いや・・俺はここで死ぬよ」
「って! 彼らにゃ何の義理もないじゃないですか!」
「義理ゃ無ぇが、其こ此こ情は移った。町に帰っても居る場所ぁ無ぇしなぁ」
「それに就いては、返す言葉ひとつも無いですが」
「ルカ坊の娘に会った。いい子だな」
「すいません」
「命の恩人のあんたが謝る筋合いじゃねぇさ。俺ももう、牛角とか自分で名乗っちまうとか、クラウス様の冗談で笑えるくらい割り切れてる。若様にも皆にも今更もう含むところは無ぇよ。昔の話だ」
「だからって、『ここで死ぬ』は無いでしょ」
「ガレッティの倅、寺町で乞食してたんだって?」
「誰から聞きました?」
「月影の姐さんだ」
「・・・」
「みんな報いは受けてる」
「プロキシモは暢う暢うとしてるじゃないですか!」と、若い男。
「それでいいさ。あいつには得意満面の闊歩最中に高転びするのが相応しい。夫れとも名乗りぃ上げて仇討ちでも成たいかえ?」
「護衛が付いてて・・」
「コンスタンティンだろ。先月雇った。西ゲルダンの暗殺部隊にいた超一流だ。チョッカイ出さなくて正解だな」
「ただ者じゃないとは思ってた」と、ルッカ溜息。
「西ゲルダンって、お姫さんの仇敵じゃないですか!」
「仇敵どころか、姫様を殺る担当だったってさ。刺客って割り切りが早いな。とは言っても姫様のお側に付ける訳にもいかんので、プロスペローに売った」
「ネモ小父さんって、ひょっとして最強の敵?」
「ははは、レニィ坊にしちゃ洒落た皮肉だ。敵も味方も、俺はラーテンロットの筆頭奉公人として契約どおり真面目にやってるだけだ。売り込んできた特殊技術者を安く雇って高く売って、姫様の治療費を捻出してる。結構ぎりぎり遣り繰りだ」
若い男、憤然と
「あいつらゲルダン侵攻狙ってるんだぜ。私利私欲で戦争始める気なんだぜ。小父さんそんなのに加担するんですか?」
「二、三年に一度内乱起きてる国の民衆の気持ちゃどうだ? いっそ同じ南部人の伯爵領に併合されて、安定政権の下で生きたいと言ってる奴と何人も会った。平和なエリツェの町に生まれた俺らが、手前勝手な正義感押し付けて善いのか?」
「プロスペローたちも! 町生まれの者の私利私欲じゃないですか!」
ルッカ・スパダネーロ割って入り、
「プロキシモ邸で親父さんに一服盛ったのはデブのニコロだ。おととい寺裏の川に浮かんでたってさ」
「指図したのはプロスペローでしょ!」
「マーキュスも、正気を失うまで良心に苛まれながら二十年以上乞食した挙句、絞め殺されて川に浮かんでたってさ。ネモさん、聞いてすっきりした?」
「いや、痛ましいだけだった」
「そんなもんさ」
「そんなもんって!」
「二十五歳で未だ従騎士のレナート*・ダ・ポルフィーリ殿。お前もきっと、プロスペローの死を聞いても晩飯を美味くは感じねぇ」
*註:父はRenard、子はRenato
「ルカおじさん意地悪い」
「前を向いて生きろってことだよ」
過分に大人ぶってるなぁと心中自嘲しつつ、
「昔、坊ちゃんの母上が危篤と聞いたとき、何とかしなきゃって思った僕らぁ、曲がりなりにも純粋だったと思ってるよ。だからマキュが人身御供の儀式とか言い出したときは皆が純粋に狂ってた。今は欲得が絡んで濁りきった狂気だ。この先ゃどうせ地獄さ。お前は付き合うな。早く騎士になれ。世の中、資格はあっても叙任の御披露目に金が掛かるから我慢してる人だって多いんだぞ」
「ルカ坊、それより早く娘に会え。俺なんか良いから、さっさと逃げろ」
そこへ来訪者。
「応! 雁首揃えておるな」
「これはクラウス様、お暇なら丁度の昼下がり、また軽く一杯飲りますか」
「いや、危ないものが来ているので、城下を歩いて気配を聞いている」
「合戦、近いのですか?」
「ルキウス、其方勘違いをしておる。軍勢などではない。もっと険呑な物だ」
「え?」
「近いが、何故か近づいて来ない」
「城内に籠るべきですか?」
「いや。ネモは『姫の御薬の件で医薬ギルドに急用』とか云って、町に奔るのが良かろう。ルキウス、其方も早々に町に戻れ。身共に左手剣の納品急かされたとか言えば良い。そこな若僧、貴様も身共に二人の警護を命じられたと謂えば言い訳が立つ。日没前に御城から離れて居ろ」
「クラウス様がそこまで仰るたぁ・・」
「其れ程尋常なら非る物が、怪しく近くに居るのでな」
「クラウス様は?」
同年配に上から目線で若僧呼ばわりされたレニーが、さも不満そうに混ぜ返す。
「身共の持ち場は此処である。闘りたい相手も城内にをる。第一、此処に残った方が事の顛末見届けられて物事万事面白かろ」
ニヤリと笑う。
「それじゃあ、昨夜お目にぶら下がった斥候隊共も町での任務を拝命した様ですんで、皆で合流して晩の輜重車便ででも町に発ちまさぁ」
「其れが良からう」
「では!」
「身共は城外もう少し見廻る。では!」
去る。
「ルカおじさん。騎士団の急襲じゃないって」
「まあ何でも一段厄介云うし、逃げときゃ間違いないさ。ネモさん!」
「俺はもうひと仕事する。そっちは四人組と合流を急ぐがいい」
「晩の定期便に必ず間に合って下さいよ! 後程!」
☆ ☆
脇殿の三階、物蔭に二人の兵士。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫なもんか、凄まじい猛者が相手だぞ。幸いなことに、町の旦那が雇った刺客は他にもいる。みろ、あそこの蔭!」
「にい、さん・・四、五人は潜んでるな」
「あちらに気を取られた隙に、弩一発打ち込んで退散だ。此処は吹き抜け挟んだ回廊の反対側。一目散に逃げれば大丈夫だ」
「大丈夫かな」
「一人でも仕留めたら、残りの半金貰って町に遁げて、今度こそ地道に暮らそう。棟梁の姫様が明日をも知れねえじゃ、王城奪回なんて夢のまた夢だ。
「闇討ちで金貰うって、天罰下らねえか?」
「もう俺たち天罰なら醜溜ま食らって来ただろ」
「じゃ、斯うしよう。俺たち、どっちか死んだら残った方が葬式出す。野晒し放置は無しだ。約束!」
「応」
「来た!」
弩を構える。
構えた男の眉間に矢が突き刺さる。即死。
「ずいぶん早い天罰だ」
約束どおり遺体を背負って立ち去る。
☆ ☆
町から来た裕福な商人たち。
色鮮やかな絹織ホプランドにヴェルヴェットのシャペロン。
お大尽くさい華美な装いだが、大手両替商プロキシモの現当主一人を除けば皆は部屋住みの次男坊三男坊。懐は潤沢でも所詮は捨て扶持のようなもの。余程の巡り合わせが無ければ次代当主の座は回って来ない。
「徒花か・・」
彼らと同じ華美な装いで、然れと无く一団に混ざっている男。コンスタンティン=フェリックス・カリバーンは由緒ある刀の研師の家に生まれ、若くして既に王の名剣を手入れする一流職人だった。だが或る日ふ図、無性に試し斬りが仕度くなった。刑死者の据物斬で満足出来なくなっていた。
最初は職人らしい拘りだったが、辻斬りを始めると病み付いた。夫れで夜な夜な徘徊した。百人か其処いら殺した辺りで足が付き、遂に御縄と相成った。
まあ縛り首じゃ済まんかな車裂きかな等と惟って居たら、牢へと妙に陰気な男が面会に来て、狂犬デキムスに匹敵するとか何とか、褒められた様な貶された様な退屈な話を長々聞かされて、気が付くと、お上公認の殺し屋になって居た。
自分はやっぱり何時の日か、誰かに車折*で処刑される、という不吉な懸念が脳裏を離れない。
*註:Rädern,Radebrechen
車折、車裂きというのは語感から牛裂きと混同してる人が多いが実は、重い荷車で四肢を蛸烏賊くらい柔らかくなるまで轢いて、柔らかくなったら車輪のスポークにうねうね巻いて磔にして餓死するまで広場に晒すという刑だ。太古の昔に太陽神に捧げる生贄のお作法だったとか聞いた。
それは嫌なので、俺の人生最終目標は返り討ちですっぱり殺されることだ。
では、なにが楽しくて生きてるかって?
もちろん人殺しなんかじゃない。
血脂で穢された美しい刀剣を綺麗にしてやるのが心から愉悦しい。
だから帯剣出来ない今回の出張は辛い。
早く帰りたい。
☆ ☆
御城。本殿の一室。
大姫が修道士姿の老人と向かい合っている。
「お父様・・ですのね?」
☆ ☆
《註》
「そこな若僧」:Junker
揶揄って従騎士になる前のひとつ低い身分を懸けて呼んでいる。
謹厳に見えて騎士クラウスは、ちらりと毒を吐く人である。
ネモのことも遠慮会釈なくSeigneur de Cornabueと呼んでいる。
Cornabueは実在の地名だが「牛(Bue)角」(=NTR)の意




