4.孤児等炊事し助手は敢えなく身分詐称露見するの事
《三月八日木曜、夕刻》
街の北寄り丘の上。寂れた伽藍の一角。小さな僧院中庭。
年老いた尼僧が炊き出しの支度をしている。いや正確には、尼僧は座っているだけ。孤児院の子供たちが笑いさんざめきながら働いている。
集まって居るのは貧民街の浮浪児たちだ。自分ら程たくましく自活できない子供を尼僧のところに残して、北の旧河川敷あたりを根城にしている。つまり毎週木曜は孤児院組から兄貴姉貴分らへの感謝の日だ。
「今日はねーしゃま来ないの?」「先しゅう来たやん」
「おヒメっていわなきゃダメなんだから」「どうよんだって へんじするだろ」
赤髪の少年が大きな麻袋を抱えて入って来て、「差し入れ!」
子供らが群がる。
手近な二三人の頭をぐりぐり撫でると、もう仕事だと、手を振りながら帰って行く。
後ろ姿を見送る尼僧の肩を年嵩の女児が揉んでいる。
最近はもう世話するより、される方が多くなって来たなぁ、と老女が微笑む。
後ろにがっしりした老人三人組。傭兵を引退して警備仕事で暮らしていたが、今はそれも引退して、すっかり住み込みの寺男だ。この辺りは街中でも治安が良くないので、男手は無いといけない。
前の住持がとんだ破戒僧で、裏で金貸しやら賭場胴元から、果ては女衒元締めまでやらかしている間に、悉皆り寺域一帯が荒れてしまった。こと露見して町の庇護者である伯爵の手で所払いの刑になった前住持、余程嫌われ者だったのか、教会筋も抗議するどころか、逆に後付けで『既に破門済み』ということにして伯爵を援護したらしい。何処ぞの野山で野垂れ死んだか誰も知らぬ。とはいえ彼が正式な賃貸契約を結んで了った土地建物は如何とも致し難い。結果、伽藍敷地の中に怪しげな商業店舗から裏色街までも入り込んで終った。
お蔭様で、立て直しに遣って来た尼僧が、二十年か其那らで実年齢より随分と老け込んだ。生きている間に何とか施療院の再開までは果たさねばと呻吟しているが、先は長さうだ。三棟あった尼寺のうち二棟は廃墟。残り一棟に訳あり娘が四人入って今は勤行中。晩課が終わり次第手伝い勢に加わる。
他に男手が無いかと言えば、無くもないが、あるとも言えない。
件の破戒住持がいびり出した助祭が西門外に庵を結んで猫の額ほどの畑を耕しつつ信仰生活を続け、今は代替りもして三人ほど修道会のような清貧の暮らしをしているが、彼らは近隣の村を巡回して皆の為に祈り、喜捨も受け取らない。水清すぎて魚が棲めぬ。尼僧に言われた子供らが時折差し入れを届けてるくらいで、寺の男手には期待できぬのであった。
少し離れたところの薄暗い物陰で、やや年嵩気味の浮浪児風の少年が見ている。
脇木戸の方から、黒い衣の長身の女が入って来る。髪にボンネットもヴェールも被らぬ女性は此の町には珍しい。他には市長夫人くらいしか見たことがない・・いや、子供らの言うおヒメも同様であったか。
遠くで立ち止まり、ちらと様子を見ては、踵を返し帰っていく。
◇ ◇
「そこから先は私が説明しよう」
舞台変わって、ギルド大広間から鉤形に張り出して続く奥。衝立蔭の受付ブース。
二人が揃って声の方に振り返ると、奥の扉の陰から円卓の様な物を左右に付けた椅子に乗って大柄の男が滑り出して来た。
「合格のようです。ドラゴンスレイヤーのアラン・アランですわ」
白いゆったりとしたチュニックの上に金糸刺繍のあるダブレットを袖だけ通し、しどけない姿で編上げを緩めた鍵襟の隙間から分厚い胸板が覗く。膝掛けに覆われた腰から下に視線を向けないのが不自然でないよう……私は、彼の首や胸板の逞しさに素直に見惚れていた。でもアルくんが露骨に見てる。
そして、
「その体格から体重を拝察いたまっすに、介助にはできたら優男の二人ともお雇い頂けると嬉しいんですが、駄目ですかね」
……ちょっと噛んでる。
剃り上げた禿頭、顎鬚を短く清潔に刈り揃えた精悍な大男は……人好きのする笑顔を浮かべると、
「その前提で、非公開の情報を共有しよう。既に遺体が四体出ている。損壊が著しいので断定は出来ないがな」
「そう……でしたか……」
「共通の特徴とか無いんですかね」
「うむ、市内の地下水路に遺棄されていてな、損壊が著しいとは、そういうことだ」
「街……の?」「うむ」
「あの……もう一つ疑問なんですが……」「何かね?」
「……なぜ動いてるのが市警でなく、探索者ギルドなのかと……」
「それはだな、今月になって急にわらわらと出て来た人探しの依頼を、そこのイーダくんが一件に纏めたからだ。事件性の有る一連のものと睨んでな。それを私が請けて、助手を募集した」
「今月になって急に……ですか」
「うむ。新月から三日間に集中してだ。それも市外のあちこちの村からな。遺体の話は市警から故々のリークなので、彼らは表立って動けんという話だろう」
「そもそも市警は市民を守る市民による警察で、裏を返せば『市民』とその財産以外守らない警察でもありますわ。市内でも市民権のない単なる居住者だけの案件には、心ある警官がいちいち『市民に禍の及ぶ可能性があるから』とかの理由を付けて上司に捜査許可を貰っているのが現状です。市外も市外、農村部の子供の行方不明など元来り管轄外ですわ」
「はは、まあそこまで割り切った連中でもないんだが、スポンサーが煩いのさ。今のところ『外部者の遺体が市内に遺棄されていた』事件なのだ。まだ市民の子弟が犠牲にはなっていないのだよ。彼らはこれから市民が被害に遭わぬよう警戒強化する方向に集中せざるを得ないわけさ」
「……門衛さんのヘルプに回ると……?」
「面白くはないさ。義憤に駆られ凶悪犯を追いたいのに待ったを掛けられ、門衛局の『お手伝いさん』に回される。巡回警備してると市民は顔を背ける。同じ巡回を門衛がやると市民は手を振る。かわいそうだろう?」
「奴らインケンだもん当然だねッ」
「極論すれば、この町は伯爵領に囲まれた小さな半独立国なのですわ。ここの警官は『外国』である伯爵領の村を捜査できません。無許可で入って来て不審死した『外国』人遺体の扱いは、市警の捜査官でなく防疫局の医官の仕事と考える人も多いのです」
「辛辣に言えば、そういうことだ」
「いえ、冗談や皮肉でなく現実に、こういう案件を巡って、警視を務める参事と、医監参事が胸倉掴み合ったりもしているのですよ」
「なんでッ?」
「ううむ、それは防疫局にしてみれば、余所者の不審死遺体をすぐ焼却処分しない市警こそ言語道断だからな。殺人犯は疫病ほどには人を殺さない」
「……其れは至言です」
◇ ◇
……アルくん若干焦れたのか、
「ええッと、まとめれば、市警は『市民に被害が出ちゃ大変』と防犯に当りきシャカリキ掛り切り。『事件の解明は後だ』とか上に言われた刑事がブン剝れ、上手いことやってロハで下請に丸投げした。で、こちとら自腹キリで長丁場覚悟の調査ってことですかね。ぼく、ありがたいけどッ!」
「きみも回転が早いな。激安賃金で募集かけたのに、こんな良い人材が集まってくれたのは何とも僥倖だ。何が起こっているか、順を追って説明しておこう」
「高評価あざーすッ、給金に反映かたお願い致したいけど、ダメですかね」
「子供が行方不明になって何日も帰らないという捜索依頼がギルドに来はじめたのは、一昨々日の五日が最初。それが一昨日時点で都合7件に登った。失踪日は朔日に2、二日に4、三日月の日に1件だ。それを私が調べると決めて、助手募集が今朝から貼り出されて、きみらがさっき見たわけだ」
「…………だんだん……町に近づいて?」
「そりゃ慌てますよねッ!」
「五日に地下水道で身元不明の子供の遺体がまとめて3つも見つかり、翌日4体目が出たところで、市警の捜査官が気色ばんで此っちに情報交換を申し出てきた。深夜だったので正確には昨日のことだ。上同士が犬猿だからな」
「町の名士のアランだから、現場が独断で接触してきたのです」
「どれも死後数日は経過していたようだが、市警は着衣等から農村の未成熟児童と判断。こちらの持ってる失踪情報と一致した」
「……立て続けに拐ってきて片端から殺害……という動きでしょうか?……人の目に着き易い市内に遺棄する意味がわからない。事件を隠す気がないのか……」
「危険な相手ですわ」
「実にてきぱきとやっている。この進行速度と行動範囲。猟奇趣味的な愉快犯の線はまず消えて、手慣れた殺人のプロか、統制の取れた組織的犯行か、というあたりに絞れてくるのではないかな? その割には、遺体を隠すとか身元が判り難くするとかに努力した跡が見えない」
「……市内に平気で遺棄したのは……アジトが市内にあるから? そして市警が動かないと多寡を括っているから? 或いは……三日間で仕事が終わるので、その後に市内で騒動を起こしておけば逃走が楽だから?」
「ときに何故、まだ説明していないのに『町に近づいて』いると判ったのかね?」
「……失踪が月初三日間なのに捜索依頼が六日……ほぼ一昨日に集中しているということは……依頼に来る移動時間を考えると、失踪が早い件は町から遠いかと……」
「ふむ、正解だろう」
「そう。現在の7件という数字はきっと氷山の一角ですわ。農村部での遺棄は見つかりにくいだけ、市内の誘拐事件は発覚していないだけかも知れません。しかしそれでも、これが月初めの三日間だけ起こった事件である可能性が高いと、妾たちは考えています」
「週末の聖なる三日間に、誘拐はあっちこっちの村で。街であったって話はまだ聞かないッ。でも遺体はまだ街でしか見つかってない、ってことですかね」
「……聖なる……三日間?」
「週末の木・金・土が、いわゆるホリデーですわ。お祭り好き南部人が何かかんか理屈をつけて、聖なる日曜日の前に『聖なる晩餐の木曜日』『受難の金曜日』『復活を祝う土曜日』とかいう具合に、午後から飲みに行っていい日を追加して行った結果、終日真面目に働く日は週に月・火・水の三日間になったのです。外国生まれの妾たちがこう言うと地元育ちは怒りますが」
「生産性低ッ!」
「理屈より、兎に角『飲みたい』南部人、ですわ」
一同、顔見合わす。
◇ ◇
「事件が月初三日で終わってたなら、捜査おっぽり出して『起こるかもー』ってずっと警備ばっかしてる市警、ばっかみたいですよねえッ」
「ははは、言ってやるな。『市民の安全第一』という上の意向で足枷嵌められてるからこそ、協会に頼るという苦渋の決断をしてるのだから」
「組織としての判断とは思いませんわ」
「ほらほら、このようにギルド職員のイーダくんは市警が好きでない」
「いえ、客観的判断です」
イーダさんが少しふくれた様子で……何やら可愛い。
……と、思ったを察知されたのか、いつの間にか窓口を出て車座に加わっていた彼女に腿を軽く抓ねられた。
「とまあ、こんな事情で被害者の生存は望めない。つまり事件を解明しても依頼者からのペイは期待する余地がまず無い。家族の生還を喜ぶ笑顔という何よりの報酬を我らは手にできない、たぶんな。そして・・」
「犯人特定まで漕ぎ着けても、捜索依頼しか請けていない協会に出来ることは飽く迄でも『捜索』です。告発も逮捕も権限が有りません」
「それでも!」
と、珍しくアラン氏が少し声を大きくするが……すぐ平静に戻って、
「放置はできん。人として、な。きみらの給金はもとより諸経費も私の懐から持ち出しだ。故に薄謝だが、よろしく頼む」
「すみません。『手付金の相場が幾ら』とか切り出しにくい依頼者ばかりでしたの」
「せめて賄いの食事は人並みでお願いしたいんですが、駄目ですかね」
「少なくとも量は期待して良いですわ。アランって、人一倍食べますから」
「やたッ!」
……アルくんの生活が偲ばれた。
「そういう訳で、君達にはフットワークを大いに期待する。私はこれだからな」
ぽんぽんと車輪を叩く。
「はいはい……飛び回り嗅ぎ回るのは得手ですよ」
◇ ◇
ひと呼吸して……少しく躊躇した後、
「あの、もう一つ……」 「何かね?」
「遺体の指なんですか……」
「やれやれ、きみは小出しにする人のようだな。どこまで知っている?」
「はあ……その……」
「何処ぞの村役場で働いていたと言っていたが、もしや前職ではなくて現職かな?」
「いや、まあ……」
「敢えて聞かんがね、きみの村でも『あった』と考えていい訳だ」
「その……プフスブルの代官所管内では3件だけです。ただ……」
「ただ?」
「二十四年前の記録だけが昨夜借り出されていて、確認できませんでした」
「なぜ、突然二十四年前の話ですの?」
「はい、私が過去に類似の事件が無いか調べ始めた矢先……原則的に資料を貸し出さない天領の公文書館から、このタイミングで不規則に借り出されていたため、まず湮滅を疑いました。……が、資料帯出に至る経緯を追って、我々と別に独自に調査に動いている人物がいると確信するに至りました。そこで近隣諸侯領の行政官府を訪ねて、同じ二十四年前の記録に手掛かりを探しつつ、可能ならば連携をと……」
「つまり、当協会に来たのは、その『調査に動いている人物』を探す意味もあったのですわね? でも一番の目的はーー」
アルくんが……遮って、
「なに、それでぼくの些少な生計を脅やかしたわけッ? ひでえよニトくぅんッ!」
「ふむ、『独自に調査に動いている人物』か。そう読んだ理由を聞こう」
「はい、プフスブルの公文書館は閉架式です。あれこれ調べず、最初から『二十四年前の資料を』と指定して司書に取り出させた。司書に確認致しました。過去に……二十四年前に類似案件があったと予め知っている人物としか考えられません」
「なるほど。勝手に書庫の中を歩き回れるこの町の方式に慣れていた私の盲点だったな」
アランさんが……嬉しそうだ。
:扨て、身分なかば露見しましたニート隊士、このまま取り繕いまするか素直になるか、且く下文の分解をお聴き下さいませ。




