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285. 憂鬱な畜産業者

《三月二十二日、日暮れ》

 ミーゼル領の北隣、自治村ゴルドー。

 アルパの町の冒険者ギルドマイスター、ヤーコブ・ローレンガーが、辻の角の『健康な野豚』亭に投宿する。

「旦那、おひさ」と、亭主。

「ああ、昔みたいに彼方此方あっちこっち旅したいぜ」

「なんだかう冒険者をめたみたいな口振りだな」


「ああ、毎日が事務仕事やら寄り合いやらの合間に酒場の経営者やってるみたいな具合の日々で、若いもんの育成にすら手が回らん。勿論、冒険ひとつ出来とらん。こんな筈じゃなかった」

 亭主、肩を竦める。

「聞いた話じゃ、プフスだと面倒見のいいオーバーマイスターがいるんで、昇格で親方マイスターん成っても自由に冒険者やってられるってさ」

「は! あの毛並みのいいお嬢ちゃんだろ? 政治絡みで各方面あちこち顔が利くって本当ほんと便利だな。親方マイスター連中の面倒事は一手に引き受けるんだと」

 言ってしまった後でヤーコブ、今回こそはプフスの協力を仰がんと不可いけない事態に発展するかも知れないと思い直し、言いざまを変える。

「でかい所帯を纏められる才覚が羨ましぜ」

 ・・お貴族様づらはかんさはるが、今度ばかしは背中を曲げにゃならない事態かも知れねぇ。癪だが、仲間の命にゃ代えられん。


「まぁ飲め」と、亭主がエールを注ぐ。

「腸詰も頼む。カリッとな」

「ふふふ、。今日は特別料理があるんだが、どうだ?」

「何だ?」

「団栗豚のいい部位とこかず手の入ったんで、まる二日マリネしてから熾火でじんわり焼いた奴だ。注文があったら最後に焼き色をつけて出す」

「聞いてるだけでよだれが出るな」

「上客様御予約の宴会用に仕込んだんだが、食うか?」

「もち!」

                ◇ ◇

 関所のある橋の袂。

 シュテファン・フライシャーが日没ぎりぎりに到着する。

「いらしゃい『無料フリー』さん。お通り下さい」

 関守、警部補の顔も見ない。

「関所じゃなくて料金所と看板替えとけ」

「何か?」

「いや、なんでもない」


 警部補、橋を渡ると客引きが纏わり付く。

「旦那、安くて女中が愛想のいい宿があるよ」

「いや、夜中ふらつくんで、大辻の目の前がいい」

「ンなら野豚亭でげす」

 案内される。先客がいる。


「あら、ギルマス」

「あら、フライシャー警部補。意外なところで会ったな。お仕事ですか?」

 警部補、声を潜めてギルマスに囁く。

「あれからトスティ家の所有する牧場を調べたら、なんと事件前にカインゲルトの牧場管理人がられてたんです」

「なんだって!」

「それで、警官じゃ手が足りないんでギルドの方に、あの家が持ってる各牧場への安否確認を依頼しました。ギルマスの出かけられた後でしたが」

「亭主、トスティ家の牧場って遠い?」

「近くないけど、パヴロ・トスティなら二階にいますよ。なんせ今日の寄り合いの幹事なんで」

「寄り合い?」

「だから、今焼いてる肉ぅ出す上客様の宴会ですよ。村の畜産家の寄り合い」

「いい匂いだと思ったら、その肉か!」

「名物団栗豚のいい部位とこを、丸二日マリネして熾火でじんわり焼いた奴を、最後に焼き色付けてるとこですよ。この村産のエールに合うこと太鼓判」

「・・俺、一人前もらっても、いい?」


                ◇ ◇

 アルパの下町、モールドの店。

「あの元傭兵、全盛期はC級の上の方くらいか? 足の障害を衝けば、まぁ一応は大丈夫だな」

「何が大丈夫なんだよペルシャン。あんた、冒険者ギルドとは揉めたくないんじゃ無かったのか?」

「無用な揉め事を起こしたい訳じゃない。なるべく『想定外』が起こらないように考えてるだけだ、いろんな事をな」

「つまり『想定』してるだけか」

「策を立てるって、そういう事だろ? さっき居た若いのがC級の下の方くらいと見積もると、状況は悪くなってる」

「まぁ、そう考えりゃ悪くなってるな」

「だがファジアンよ、探りに来たなら、自分らのことばかり喋ってないで此っちの声を聞こうと黙るだろう。なのに彼奴あいつずっと喋ってる」

「只の偶然ってことか?」

「最初『標的の家にE級のギルド員が宿直してる』と言う情報が入ったから、この仕事は降りると言ったんだ。組織と揉めたくないからな。だが見掛けるギルド員が順に格上に変わってる。これは偶然か?」

「偶然っぽかぁ無いな」


「いま言っても仕方ないが、さっきの若いのが帰ったタイミングで町を出て、契約破棄しときゃ良かったんだ。八人も始末させといて『町中に潜伏しろ』と指示する依頼者が可訝おかしい。暗殺者は小心者でいいんだ」

「で? どうすんのさ?」

 パニーナと呼ばれた女が聞く。

「考えてみろ。あの大男、こっちの様子を窺ってる節がない。なら何だ?」

ただの偶然か・・さもなきゃ、あたしらの動き封じだね」

「なんで封じる?」

「『これ以上なんかしたら黙ってない』って警告か、さもなきゃ『準備が整うまで時間稼ぎ』か・・」

「なんの準備だ?」

「『襲撃する』か、それとも『警察が包囲する』だな」と、ファジアンと呼ばれた男。


「何をすべきか見えただろ? 『大人しく逃げる』機会はのがしちまった。『怪しさ丸出しで逃げる』も『闇雲に喧嘩売る』も無い。向こうがその気なら今更騒いでも遅いし、騒げば墓穴を掘る。としたら?」

「残るは『こっそり逃げ道を探しながら大人しくしてる』だろ? なら、私の出番だ」

 女が立ち上がる。

「ねぇご主人。雑魚寝なら泊まる場所あるんだよね?」

「ああ。上の階だ」

「じゃ、男が居ないうちに身支度して来るわ」

 女、ひとりで階段を昇って行く。


                ◇ ◇

 ゴルドー村、『健康な野豚』亭。

 パヴロ・トスティが来ている。

「ショックです。ご本家が一家皆殺しだなんて」

 沈痛な面持ちだが正直者らしく、その財産が転げ込んで来る嬉しさも隠し切れていない。

「大丈夫でしょうか? いちばん得した人間って疑われるんでしょ?」

「あんた、自分も狙われてないか心配しろよ」と、ギルマス。


「だいじょうぶ大丈夫。犯人はそんなに嬉しそうな顔しませんから」

「え? おれ、嬉しそうな顔してました?」

「恵比寿様*が泣き真似したような顔でしたよ」 *:似たような神がいるらしい。

「ご本家を恨んでる向きとか、居ねえのかい?」

「おれだったらハインツだけぶっ殺して、後家になった従兄妹に求婚しますね・・なんて不謹慎な冗談はやめて、あの一家を恨むような者って言や、おれ以外は・・いや、おれも恨んでません」

「ちょっとあんた、正直すぎねぇか?」


「いや、あそこで団栗豚の飼育を始めたって噂が流れた時は、育成法漏らしたって村のみんなに疑われて、ハインツの馬鹿ん殴ったろと思いましたけど、管理人がハンスの・・村長さんの次男とこの農場から引き抜かれた男だって分かって疑いも晴れましたし、本家が村に慰謝料払うことで皆が納得しました。今この村じゃ誰もハインツ一家を恨んでません。あれ? じゃあ慰謝料おれが払うのか?」

 パヴロ・トスティ、お喋りな正直者である。


「ところで、そろそろ始まるっていう『寄り合い』の議題は何でしょう?」

「それがですね、ベーニンゲンの業者が始めた価格破壊ダンピング対策なんです。うちらの村は銘柄豚が主力なんで其れ程の痛手じゃ無いんですが、よその村じゃあ結構壊滅的だったりして、協調して対策しようって申し出とか来てるんです」

「何がダンピングされてるんです?」

「食肉加工品と穀物です」

「精肉は?」

「加工品ばっかりです。日持ちのする物を何処どっか近くないとこで安く仕入れてるのか大量備蓄してた物を放出してるのか知りませんが」

「その安売り品、どこの加工業者か分かるような手掛かりはないんですか?」

「それも寄り合いの議題です。うちの従業員のフリでもして傍聴されますか?」


「いや、もう結構エール飲んじゃってるしなぁ」



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