284. 憂鬱な旅人達
《三月二十二日、夕刻》
ミーゼル領北部。森を抜ける街道。
「おおい、旅人さん」と、小太りの男が呼び止める。
「またですか」と、うんざりした声のシュテファン・フライシャー。
「此処は、皆のために森を切り拓いた新道でな。通る人みなに開拓費用を分担して貰っとるんだ」
「ここは昔からある公道です。あなたは誰ですか?」
・・露骨な詐欺だな。不逮捕特権でも持っている貴族の手下かな?
「ここいらを担当区にしている徴税請負人の身内の者だ」
「何という徴税請負人ですか?」
・・なら、民間人だろ。たぶん不逮捕特権は無いな。
「あ、逃げた・・」
男、馬で追えない藪の中に姿を消す。
「まあ、拘ってる暇はない。陽のあるうちにドーザ川を渡りたいからな」
フライシャー警部補、再び駒を馳せる。
◇ ◇
アルパの下町、モールドの店。
袖口を少し捲り上げた大男が、身を屈めて入って来る。
「毎度お出んした」
「エールをくれ」
「何がいい?」
「軽いやつ」
主人の近くに座り込む。店の奥の方に四人組がいる。
「景気は如何で?」
「どうもこうも・・今日も馬に乗れないんで仕事にあぶれた」
「そりゃ残念」
「古傷だからなぁ」
「名誉の負傷でしょ?」
「傭兵に名誉なんぞ有っても邪魔になるだけだ。歩兵になる気も起こらねえ。んで廃業したら収入九割減で此の始末よ」
「でも冒険者で食えてるじゃあないですか。俺の昔の知り合いなんて、膝の故障で冒険者稼業も続けられなくなって引退しましたよ」
「そりゃ難儀だな」
「それが、そうでも無いんで」
「そっから逆に運でもついたのか?」
「人生どこに潮目があるやら分かりゃせん。奇な人の縁で、あんまり歩かんでいい番兵の仕事に就けたって」
「どこが乙だい。甲じゃ無か」
「それもそうか」
奥の暗がりのテーブル。
「冒険者ギルドの奴みたいだわよ」
「渡りに舟じゃねえか。様子伺って情報仕入れてやりぃ」
「あたしが話しかける?」
「やめとけパニーナ、こっちの情報出す事ぁない。カーニス一人聞き耳立てときゃ良い」
◇ ◇
ミーゼル領界ドーザ川に架かる思案橋。
橋の袂に徴税の為の関所がある。
関守は民間委託先の徴税請負人だ。
ミーゼル侯爵家で抱えきれなくなった家臣を解雇する代償に、徴税請負人という特権的な職を与えたのも随分と以前の話。既に彼らには、旧臣という意識は無い。第一、今はその職それ自体が金銭で売買されている。
「あー、『無料』さんね。どうぞ、さっさとお通り下さい」
通行手形だけ見て、馬上のギルマスの顔も見ない。
ヤーコブ・ローレンガーさっさと通る。
「ちゃんと通行手形と使用者をチェックして記録しないと手形の盗難があったとき手配できないだろうに、行政はなに為とるんだろうなあ・・」
まあ、郷土を思って悲憤慷慨するタイプでもないギルマス、別のことを考える。
「これって、北側から橋を渡るのは無料なんだよな」
いや、渡ってもミーゼル領に入れないから。
向こう岸はもう自治村ゴルドーなので、あちら側に徴税ブースとか作れないだけだが。
しかし、ゴルドー側の橋の袂には小さな天幕が張ってあって、人が幾人も座って居る。
何のことはない。旅館の客引きが雁首揃えているのだ。
ゴルドーの旅館街、過当競争である。
◇ ◇
ファルコーネ城。
「長剣と短剣の違いは長さだけじゃないのだ」「ないのだ」
黒髪兄弟、ジル少年の手を執る。
「この長く確固した十文字鍔」「ぐわるでぃあ」
彼の握っている柄と棒状の鍔に手を添える。
「短剣には無いのだ」「あっても小さいのだ」
「だから単なる指 ガードじゃなくって、パリィ用の鉄棒として積極的に活用うのが長剣ならではの妙味なのだ」「なのだ」
「貸してみ?」
ジル少年、黒髪弟A(誰一人アズラエールと実名を呼ばない)に剣を取られる。
「あ・・」と、名残惜しそうなジル。
「この刃の付け根と鍔のV字で敵さんの剣を捕らえるのだ」「のだ」
黒髪少年団、きょろきょろする。
「ううん・・剣が一本しか無いのだ」「無いのだ」
ジル少年、走って箒を一本持って来る。
「右袈裟に斬り掛かってみ?」
打ち込む。弟A、剣を右肩に背負っていた姿勢から、上半身を左に捻って、刃と人差し指側の鍔のV字で受ける。其の儘すっと刃先を下げて、ジルの右の首筋へと当てる。
ジル、「ぞくり」とする。
「大丈夫、引かなきゃ切れないから」「切れないから」
「この、剣と体躯の並び順を覚えて置くのだ。ジルから見て右から『ジルの剣』『ぼくの剣』『ジルの首』『ぼくの体躯』の順でしょ? だから、ジルは剣で身を守れない。ぼくは守れる」
「だから、いつでも敵さんの刃が外側に流れるように捌く」「捌く」
「い・・今はどうすれば良かったんですか?」
「ぼくの剣が左頭上に居たでしょ?」「居たでしょ?」
「ということは・・『雄牛』の構え!」
「正解」「正解」
「ん?」と、兄弟。
慌てて戦場剣を隠す。
足音がして、執事が現れる。
「皆様方、徐々夕食の時間ですぞ。
ジル、独り掃除している振り。
◇ ◇
プフスの町、役所街のギルド。
「おりょ? なんかお祭りが始まるのか?」
ローエンヴァルトのロベルトと弟たちが、仕事から帰って来て突然のことに目をぱちくりしている。
「今日はラミウス組の頭領がB級昇格で親方に就任したお披露目会だ。たんと飲み食い出来るぞ」
会計長が太っ腹である。
「おっ、こぉりゃ有難い。晩飯代が助かった」と、裸の男。
「お前はぁ先に体を洗って来い。裏のパン窯んとこに行って待ってろ。湯をひと桶やるから」
溝浚いだったらしい。
ミランダの伝で親方らしい衣装を借り揃えたラミウスが緊張の面持ち。
「スピーチとか有るとは思いませなんだ」
「短くても構わんが、親方衆の仲間入りをするんだ。格好は付けとけ。まだ時間は有るから、今のうちに考えておけ」
「いや、祝宴なんてあるとさえ・・」
「そんなこと先に他人に言ったら、試験が出来レースだと思われるだろ? きみは虚心坦懐に戦って立会人の親方衆を唸らせたんだ。胸を張れ」
態度言葉遣いは普段の儘だが何時の間にか白絹のブリオーに金のサークレットで正装して貴婦人然としたミランダ、発破掛けまくる。
「大将がB級に昇格るって、単に冒険者等級の昇格だと思って其処まで深く考えて無かったけれど、町の名士の仲間入りって事なんだな」
タンクレドがルシアン青年に囁く。
「副長がその番頭ってことでしょ? いつもの服でいいんですか?」
「ははは、君は壇上に上がる訳じゃないから其の侭でも良いんだが、一応上着だけ用意して置いたぞ。職員会議室にあるから羽織って来い」
「ほんとにギルマス、何から何まで有難うございます」と、タンクが謝する。
何だか来賓っぽい服装をした人達も続々やって来て、クリスがレヴェレンツァで迎えている。此方も既う喪服ではない。
ふと、ラミウスが目を見開く。修道士トゥックが来て、抱擁する。二人とも目が潤んでいる。
副長タンクが職員会議室から出て来てミランダに助けを求めている。シャペロン頭巾の被り方が分からないらしい。
◇ ◇
ミーゼル領の北、ゴルドー村。
橋を渡ったギルマスに、客引きが声を掛ける。
「すまんが、宿はもう決まっているんでな」
定宿とまでは言わないが贔屓にしている宿があるのだ。
「案内しやすよ」
「いや、もう看板が見えているから必要ないんだ」
「そう言わずに一緒に行かせてくだせえよ。仕事してるって証明になるんで」
其処まで言われて断るのも気の毒なので、勝手にさせる。
行く所は目の前だ。
『健康な野豚』亭。
ネームングセンスは無いが、料理は美味いのだった。




