283. 憂鬱なD級シーフ
《三月二十二日、午後》
プフスの町、役所街のギルド。
クラウス卿が姉君に無理難題を吹き掛けられている。
つい先日スレナス卿相手に一籌を輸したので嶺南随一とは言わないが、名だたる豪傑には違いない。其んな彼に有無を言わせぬのは、幼時に四つか五つ歳上という関係が如何に力関係を決定して了うかといふ好例である。
「それで、ベーニンゲンと言うはゴルドーから遠くないのであるか?」
プフスの町がある天領から街道を北へ。ミーゼル侯爵領に入り、これを縦断して領北境界ドーザ川を渡るとゴルドー村。ミーゼルは東西広く南北が狭いので、此処プフスを七つ発ちならゴルドーまで昼前に大丈夫であろう。磨墨号の脚ならば。
無論、ミーゼル侯爵の設置した関所など知らぬ顔して駆け抜ける非常識を貫けばの話だが、この姉弟そんな常識は持ち合わせない。領兵の百や二百追って来ようが知らぬ顔である。
「目と鼻の先だ」と、ミランダ事も無げに。
「なら、それで」
今朝、騎士マレリ卿の葬儀に出て、其の足でファルコーネ領からプフスまで遥々クリスを乗せて馳せて来た。着いたら水の一杯も出されずにラミウスと試合して、次が是れである。
クラウス卿、溜め息をつく。
◇ ◇
アルパの町の冒険者ギルド。
ガス青年が厨房のヒンツ少年相手に呟く。
「あーあ、俺も乗馬を習っときゃ良かった」
「大丈夫っすよ。一日くらい休んでもE級の首位から落っこちないって」
「俺って来年はもう年長組だろ。さすがにもうE級脱出したいんだよ」
「無難な仕事選んでたって、今度みたいな落とし穴があるんだなあ」
「刑事さんが信じてくれたから斯様して此処にいるけど、今頃牢屋の中だったかも知れないんだぜ」
「いや、墓の中ですよ。あのままトスティ屋敷に行ってたら」
「ホーストヴェサー家の執事って、俺を助けようとしたんだろうか・・陥れようとしたんだろうか・・」
「さあ、助けようと為たんじゃ無いですか? ガスが八人も長剣でばっさばっさと人殺せる腕、あるわけないもの」
「違ぇ無ぇや」
「だったら、人の好意を信じましょうよ。悪意を疑って生きるより幸せですよ」
正直、ヒンツの処世訓は、まぬけだが幸せそうだ。
「俺って、これでも侍の家の子なんだぜ。牢人しちゃったけど」
「それでも剣術なんて下手くそなの、みんな知ってますよ」
貶されているようだけれど暖かい。
「お前って、そういう奴だよな」
「?」
そこへ、D級シーフのベラミーが帰って来る。
「ギルマスは?」
「外出だよ。おかみさん呼ぶ?」
表情で何かあったと察するヒンツ、答えを待たずに奥へ行く。
ベラミーは口数が少なく愛想もないので、ガスは余り会話した事が無かったが、決して感じの悪い人物でもない。
ふと話し掛ける。
「あの、ベラミーさんが腰に差してるのって、なんですか?」
「あ、これ? 工具・・って答えることにしてる」
一尺八寸ばかりの鉄の棒か何かを革で巻いたものを、食事用の小刀と一緒に腰に提げている。先端は尖っていない。
「なんの工具なんすか?」
「本気で尋かれたら考える」
「ふぅん」
ガス、聞くのをやめる。要するに、護身用でも武器は持ちたくないけれど、身は守らにゃならんので何か適当なものを持っているのだろう・・くらいは察する。
おかみさん出て来る。
「如何した? 何かあった?」
「ガッツィガーさんの依頼で、不審人物を探してた。モールドの店で挙動の怪しい四人組を見つけて、依頼主に一報したら俺が追ってるのは相当危険な連中らしいと判ったいう話で、危険手当て上乗せて金貨一枚くれて、これで契約完了でも良いと言われた」
「なんで怪しいと思った?」
「街の中で、左前輪が微妙に歪んだ馬車を見つけた。ホーストヴェサー家の紋章が付いてた。けれどモールドの店に乗って来てたのは四人組で、どう見ても堅気じゃなかった」
「ううん・・折り悪しく、明日ベーニンゲンで冒険者ギルド地域連合の寄り合いがあるんで、ギルマスが今夜から外出してるんだ。戦力不足だから今日明日は出入り捕り物の荒事を避けたい。どんな連中だ?」
「二十代の男三人女一人。見た目目立たないが殺気が半端でない。平服の下に多分メイルを着ているので、わかる奴は音でわかる」
「たぶん大当たりだね」
◇ ◇
ファルコーネ城、大広間。
男爵夫人を上手くやり過ごした悪童三人、また『おいた』している。
今頃きっとバッティ少年とドミニクは夫人から、さぞ帝国古典語を扱かれている事だろう。
「これが『雄牛』の構えなのだ」「なのだ」
ジル少年が、待望の戦場剣を手にしている。
黒髪兄弟、左右から人形でも弄るかのようにジルの姿勢を修正する。
「今、剣先は敵さんの喉元をプントしてるけど、柄頭を握った手はそのままで右をぐっと下げると、守りの構えが強くなるのだ」「のだ」
「そのまま剣先を背中越しに右へ回して体重を左足」「左足」
ジル、左にスウェイする。
「剣を左肩に担いじゃう」「担いじゃう」
「これが『左の貴婦人』構えなのだ」「なのだ」
「そこで左を一歩踏み出して、左袈裟に斬り下ろす」「でんて!」
「そのままクロスした両手を胸に引き付けて、『窓の構え』に戻ったら、すぐハイポジで『逆雄牛』。剣先はまた敵さんの喉元」「なのだ」
「お兄さん、この動きの意味は?」
「敵さんの真っ向斬り下ろしを、『雄牛』の構えの剣先を下げて右肩方向に受け流したら、そのまま剣を左肩に担いで袈裟斬りするけど、右下から水平打ちで敵さん防ぐから、剣先を左に回されるのを鍔競りに持ち込んで上から抑えて妨害しながら『逆雄牛』で喉を突くのだ」「突くのだ」
厨三、厨一を教える。
◇ ◇
アルパの町の冒険者ギルド。
「ベラミー、あんた連中に顔・・見られてる?」
「見てない振りでも、チェックは入れてるでしょうね。プロだもの」
「ゴーバルト! 聴いてたね?」
乗馬が得意でないだけで、実力者だ。
「モールドの店だな?」
「ああ」
「なら、顔が利く」
大男が静かに出て行く。
「此処は景気が悪いから昇格が仲々侭ならんけど実力ならば、プフスの連中にゃあ侮りやがるなと、ひとこと言わせて貰うよ」
「おかみさん、程々に願いますよ」
◇ ◇
ミーゼル領北部。森を抜ける街道。
「おおい、旅人さん」と、小太りの男が呼び止める。
「もう七度目だ」と、うんざりした声のヤーコブ・ローレンガー。
「此処は、皆のために森を切り拓いた新道でな。通る人みなに開拓費用を分担して貰っとるんだ」
木の切り株など見た限りでは、古代の新道に思える。
「すまんが、公用だ」と、手形の金属板を見せるギルマス。
「なんだ、役人ばらか。官服着てろよ」と露骨に機嫌悪そうな小太り男。此処らの徴税請負人の使用人だろうか。も少し地位のある人間はもっと愛想が良い・・ほぼ外面だけは。
冒険者ギルドの長は色々経緯あって、侯爵府の役人と同じ通行手形を発行されている。
「これが当地の病巣なんだよな」
こんな場所に出るのは、おそらくは自分の小遣い稼ぎだろう。こういう詐欺師を公職者が飼っているのが、ここ侯爵領に蔓延する病気なのだ。
溜め息をつきながらギルマス、馬の腹をひと蹴りする。
◇ ◇
メッツァナの町、繁華街。
「ぎぼちわるい」
悪酔いするディア嬢を介抱するオラツィオ。
・・この人も、切れ者な割に、結構間抜けてるんだよな。
いろんな意味で可愛い女だとは思うが、変な気は起こさない。この人の旦那って冗談じゃなく強いから。
「明日は早起きして朝から馬車に揺られるんだから、もう酔っ払うのは大概にして下さいよ」
「らいじょーぶ、あたひ醒めるのは早いから」
大丈夫かよ、これ・・




