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2.無資格両人求人を見て職を争うの事

「ニートです。ニート・ガミシュ……」

「ニートさん、これまでお仕事は?」

「していなかったので村役場に徴発されて汚れ仕事とかに使役つかはれてまして……」


 小綺麗なリネンの襯衣しゃつをずるずるだらりと着て、下は露草色のショースを腰の剣帯で吊って履いているが剣を帯びていない。何とも亦ちぐはぐな格好だが、受付彼女の目には瓶底近くの一、二寸しか映らない模様。代わりにと云うか、隣りの黒髪青年が下がった目尻を益々下げて、

「ニトくん、剣ないの?」……いきなり距離を詰めて来る。

「……そういうの、苦手で……」

 ……言われて見交わすと、当の黒髪君も萌葱色のコイフ頭巾が頭頂から額にかけてぱっくり割れて……少しウェーヴした豊かな黒髪が盛大に覗いている。刀疵なら被った人の頭蓋骨もぱっくりな筈の裂け目だが……生え際に小さな傷跡があるだけだ。まあ特に気には懸けず、顎紐掛けずにだらり垂らした頭巾の左右が犬耳みたいだなあ、とか思う。

 ……きみ、ちょっと顔が近い……


 ……頭巾と同系色で揃えたレトロで小洒落た衣装こたるでが今は若干、いや甚だ煤けていて、彼の求職に割り込んだことを若干遺憾に思う。

 ……黒というより緑に近い瞳に、些か近すぎる距離から真っ直ぐ顔を覗き込まれて思わず目を逸らし、瓶底さんの方を見る。今度は彼女の鼻梁唇頤の造形美に、心中で瓶底瓶底と呼んでいた事を省みて忸怩とする。

 ……何方どっちを見ても安らかでない。臆だうしやう……心中内心心の中で脳内独白の呼称は「お姉さん」にしやうと……。


「今おひと方、危険については?」

「アルです。後衛で支援程度の戦闘なら、苦になりませんッ」

 見えていない筈の『お姉さん』が……アルくんの腰のゴリトス*を露骨に一瞥、ふむふむと何やら独りごちたあと、

「お二人とも、最低クラス賃金でしかも文字ばかりの風変わりな求人票を取って受付まで来られた。しかも明確には書かれていない言外のニュアンスまで理解なさっている。採用の第一条件はクリアですわ。しかし、この町には馴染みが薄いようですね。種明かし致しますわ」


 これ見よがしに咳払いして、

「ドラゴンスレイヤー氏は『龍殺し』と謂うより事実上相討ちで引退して居りますので、基本的にもう戦闘はしません。依頼内容は主に車椅子周りの介助と、お使い走りです」

「成る程、それで危険は無いと……」

人間じんくわん得てして、栄光の頂点が軌跡の終わりだったりするのですわ。斯く言うわたしもその頂点で躓いた口です」と瓶底の銀縁を薬指で優雅に弾いて見せるのだった。


 お姉さんは、私らの持って来た……貼り紙を立てて見せながら、

「ご覧のとおり『必要とされる技能』を示す絵文字が付いていない無印求人です。『探索者』(インべスチガトオル)と一括りに総称されております各種技能者の『資格』の、どれも不要な汎用のお仕事なのはご理解頂いているとおりですわ。ただしーー」

 ……お姉さん、vとbの発音が曖昧で、東か西か、余所のお国の生まれだろうか。

 アルくんが不安そうに上目遣いで見る。細い上がり眉がぴくり。

 お姉さん少し笑みを浮かべて、

「ーーただし、採用になってから後付けでも結構ですから、この協会こんゆらで求職するための『資格』は改めて取って下さい。宣誓だけで取れますから」

「よろこんでッ!」

「資格取得時の宣誓に背くと刺客が行きます」と急に真顔。

  「えッ!」

「冗談ですわ。資格と刺客に頭韻を踏んだだけです」

  「ほッ」           (註:偶然この国の言葉で同韻だった)

「ということになっています」

  「(ええッ?)」


「刺客が先制攻撃するとか、言うと思いました?」

  「いえッ、これっぽっちもッ!」

「刺客は先制攻撃を好むものですわ。覚えておいて損はありません」

「それは……このギルド(あるて)で仕事を受けるには相応の覚悟を持てとの……教訓ですか?」


「いいえ、自分の冗談を自分で解説する惨めな行為をしただけですわ」

                 (註:偶然この国の言葉で同韻だった)

 ……冗談と言いつつ一度も笑わない。いや、私も笑えないが。


「お綺麗なうえ楽しい女性と知り合いになれて、ぼく感激ですッ」

「楽しい……?」

「真面目に説明しましょう。今回は『技能』の持ち主である事を示す資格は問いません。ただ誓約して、相互扶助を掟とする吾儕わたしたちの『兄弟ふらてり』となる資格を手に入れてください。細かいことは誓約するときに説明があります。聞いて辞退するも結構。今は『兄弟』を裏切るべきでないことだけ覚えて置いていただければ結構です」

「それ、結構こわいですよねッ!」


「また今回のお仕事には不要ですが、初めての方には説明する決まりですので簡単に」

 何やら勿体付けて、

「将来的に等級が欲しくなったら、ご自分の適性に合うと思った技能のマスターに師事して免状を貰って下さい。お給金の多寡にも関わって来ますので留意を。因みにお二人は無等級なので、ちゃんとう親方に師事して技能修行をしている幼い見習い小僧さんの8割が上限と決められています」

「なんて惨めなッ」

 商工業系のギルドと違って、太学や私塾にいるマギステルに貰った免状で通用する職種も有ります」

「……例えば?」

「本草学とか法学とか魔法術みんかんいりょうとか、剣術の印可も左様うですね。広く社会的に通用している資格が当然ここでも通用します。商工業系の医師・薬剤師ギルドで資格をお持ちの遍歴職人さんもよく就労されてますわ」

「そんな資格有ったら、懐中ふところが瀕死してませんがねッ!」

「……あちらとも交流があるのですか?」

「正直、此の町の商工ギルド連合さんと、当協会は参政権問題で目下係争中なのですが、彼地あっちの会員でも医薬ギルドや酒類関係ギルドさんとは昔から蜜月ですし、就中あの大立者の武具職人ギルドさんと関係良好なので、皆さん気にしなくて大丈夫です。連合会と協会とで、上同士の個人的喧嘩くらいに思っておいて大過ありません」


                ◇ ◇

「そんなお偉いさん、さっさと死ねばいいのにッ!」

「そういう発言は気をつけた方が宜しいですわ。魘魅呪詛の容疑で逮捕されます」

「またうげげげーげッ!」

「市警がそちら方面かなり神経質ですから

「…………」

「異端審問官が嗅ぎ付けたら大変ですから、市警は動くの早いのですわ。広場で即決裁判やって下半身丸出し大公開のお尻叩き刑。翌日から素顔で街を歩けなくなります」

「ちゃんと取り調べとか、ないわけッ!」

「だから、ウダウダしてて審問官来ちゃったら困るのですわ。エルテス大司教管区が反糾問主義の最後の牙城ですから、阿吽の呼吸で情報伝達サボってくれてる内にサッサとっとと微罪で判決宣告出しちゃって、茶化した刑で笑い話にしたあとは一事不再理で逃げまくります。火炙りおじさん来ないうちにすべて処理」

「……火刑」

「野蛮ッ! 野蛮ッ! ヒト社会って野蛮ッ!」


「まあ、そうですわ。確かに野蛮ですわね。困りものです。妾ら子供の頃に異端認定された某会派が内乱騒ぎ起こしてからというもの、鎮圧戦に同行した従軍聖職者がすっかり軍隊式の尋問を覚えちゃってーー」

「……審問とか糾問とか、訊問とか拷問とか……ですね」

「ーーそういうの、裁判手続きで正式にやるもんじゃないですわ。戦友を殺されて怒りに我を忘れてヤリ過ぎして、後で後悔して後悔して、懺悔するものではありませんか」

「…………」(あ……何か踏みました)

「普通ッ、普通ッ! 傭兵じゃ普通ッ! 後悔しないし気に病まないッ」ふぅ


「まあ本物の異端審問官は会議室で理論闘争してる人が大半で、実際に害毒を振り撒いてるのは取り巻きの『自称』対魔専門家のコンサルタント共ですけどね。どう利権が流れてるか知りませんけど。穿ほじくり返し触れ回り、脅しすかし賄賂をせびる。犬の様に嗅ぎ付けて鼠のように群がり、烏のように集まって来る。奴らが世俗裁判所の顧問に成り上がった町は悲惨です・・・この町に出たら潰しますわ」

 ……害虫みたいに言う。


「でも村のブラッドバン法廷だってヤルでしょッ! 池に放り込んで沈んだら無罪だぁとかさ。無罪でも土左衛門じゃんッ」

「それは罰令権ぶるうとばんとは違いますわ。元々が古代成人祭の『溺死して同胞の献身で蘇生する』という誕生やり直し通過儀礼ですもの。まあ『事故』って帰らぬ若者もいるわけですが」

「ムラ社会って怖ッ! 憎まれワル餓鬼みんなでリンチ?」

「今でも職人が一人前になるとお祝いに中央広場の池に放り込まれてます」

「……古代の恐ろしい生贄の儀式が今は微笑ましい子供のお祭りになってたり、よく在りますよね……」

「ドラゴンや魔法使いが跋扈する時代じゃあるまいし『神さまの意思』なんて裏があるもんですのよ。結局どれくらい皆から憎まれてるかで決まるんです。不倫カップル池ドボン処刑しても『あの亭主は若い愛人と一緒になりたいから糟糠の妻を陥れた』って疑う村人が引き揚げて助けちゃう。コミュニティが裁くという社会的側面の、その辺はむにゃらむにゃら」


「……法で裁けぬ強者でも社会には裁くすべがある、ということですか……」

「運命の車輪ろおたぼるびるということですわ。ヘクバも嘆きます。だから友人には敬愛を、弱者には慈悲を以て接しましょう。そういう道徳的なお話です」

「なにその綺麗事の暗黒面ッ!」


「この町の集団保護司制度も性格は逆ですが、ある意味で似てます」

「……集団保護司制度?」

「『必ず更生させるから今回は許してやって! 責任持つから』って誓ってくれるひと三十六人集めると殺人さえ無罪になる豪華特典システムですわ。トライアル本番で、一人でも『やっぱり誓えない』と前言撤回したら被告は有罪確定即処刑。お金払って誓わせたのがバレても法廷侮辱罪で即処刑。再犯したら本人極刑で誓った皆にもペナルティ」


「そんなの誓ってくれる人いなくね?」

「問われた罪が軽ければ必須な誓約者数も減るし、割と普及してますわよ」

「……再犯に厳しいところが肝腎ですね」


「そういうわけで、ふた言目には決闘だと騒ぐ貴族も、なあなあ調停の好きな市民も、池ドボンの農民も、皆な集会でワイワイ決めたがるのが南部人。彼らが毛嫌いするのが密室でやる『糾問』ですわ。ご縁がないのを祈ります」

「祈りますッ!」「……祈ります」


                ◇ ◇

「で、逸れた話を戻して免状の話ですがーー」

「……突然戻りますね」

「ーー仕事で成就した功績が免状に裏書きされていきます。たった数段階の格付けに過ぎない等級より、今後お仕事をなさる上では寧ろそちらがずっと重要ですので、覚えておいて下さい。詳しい話は追々」


「あの…私、少々疑問の点が……」

 お姉さんが……どうぞとも言わんばかりにたなごころをひらと向ける。

「貼り紙に拠れば、最近行方不明になった7人の子供の行方を探る仕事と……」

「ええ。そのとおりですわ」

「それで、助手を雇う契約期間が最低三ヶ月保証と長期にわたっていて……私たちに危険は無い、私たちは原則的に戦闘はしないとは……その……」

「つまり?」

「……危険を伴う救出活動とか、身代金交渉や受渡なんかは想定外と?」

「つまりそれ、良い方じゃなくて悪い方の話で確定してて、拐われた子供たち到底もう無事じゃないのが判っちゃってるッ! そういうことですかね」


「そこから先は私が説明しよう」

 背後から……渋いバッソ・プロフォンド*が響いた。

                           註*:重低音の響く声

                ◇ ◇

 市街の喧騒から稍や離れて閑静な一等住宅地の一角。

 と或る上級貴族の別邸と覚しき大きな建物の一室。

 居間に次の間二つと寝室一つ付く広い客室。

 客人一人が従僕三人と逗留中。

 昼下がりに、だらしない寝巻き姿のブッカルト博士。ベッドの上に立っている。

 若い生学生なまがくせうの姿其の儘に、格好だけ付けたモノキュラァ。

 梁から懸けたロープの輪に震える手を添えつつ、

「魔女めぇ!」


ーー「そんな者など世に居らぬ」

 寝室の隅、木の丸椅子に背筋伸ばして端坐した黒髪の女が、事も無げに。

 黒渾成くろづくめの女は、魔女と云うには身綺麗。貴人扈従の礼儀作法教師か何かに見ゆる。


「お前が魔女でないならば、俺は大声で助けを呼べる筈だ」

ーー「其許そこもとが、臆病者ゆえ大音声だいおんじゃうの出ぬだけじゃ」

「お前が魔女でなかったら、俺の手足が勝手にこんな事をする筈がない」

ーー「其許が、左様たいから其の手足、左右そう動くだけの事であろ」

「・・ち・・がう」

ーー「其許は、自分の勝手で山ほども罪なき人を殺させて、財産を奪い情欲を満たし、自分勝手をやって来た。今もまた自分勝手に地獄へと行きがっておるのじゃろ。をのが勝手じゃ。わしは知らん」


「地獄に! そんな! ・・俺は行きたくない」

ーー「異な事を。其許の帰る家であろ」


「・・ああ」

ーー「思い出したか? 己れの身上ことを」

「・・そうだったね。そうだったよおぉ。妻も子供もあっちに居るんだった」

 女が立ち去る。

ブッカルト博士が縊れる。


 長い廊下。

空色の服の執事が女に、

「当家を強請ゆすりに来た馬鹿者は、如何に?」

「言葉責めで地獄じゃ。他愛のない」


                ◇ ◇

 屋敷中庭。

 すらり長身端正な黒髪壮年男性。

 新春の花々を愛でて苑を散策しながら、

「背教行為で当家の客室を穢したる愚物の遺骸は消毒焼却処分のうえ廃棄す。遺品も焼却すへき汚物なれど瀆神異端者の疑義拭い難ければ厳封し送付致すので受領のうへ検分精査されたし。改行ーー

 栄誉ある常任判事殿が斯かる慮外ものに当家への紹介状を付与されし事、世に知らるれば御立場も有之これあり甚だ遺憾ゐくわんかと拝察致すゆへ、当家は堅く箝口致す所存なれど人の口に戸は立てられぬ由、御身の周り呉々も御注意をば召されたく。改行右寄せーー

衷心より」


 執事が、手札ほどの小さな蝋板数枚に器用に書き取りながら後に従う。

「儀礼的文飾は任せます」と、主人。


「親展でエルテス大司教座の膝下から発信して下さい。勝手に政治利用して貰います」

「此れで、あの馬鹿者に『後から密かに届く』筈の荷、プフス経由で来てもエルテス経由で来ても、検問に掛かりますなあ」

「ふふふ、倍にて返しますよ、審問官殿」


「あの人は?」

最早もう発たれました」

「何時も忙しいひとですね」

た、焦臭きなくさって参りましたわい」

「あの人の御母堂には恩義があります。倍で返すのが我らの谷の流儀でしょう?」

「うむむむ、何やら今日また借りが増えた気が致しまするが」

「妹の警護、矢張やはり増やしましょう。人選は任せます」

「殿、『奥様』です。『奥様』! ・・・」

「あ、左様そうね」



:扨てこの先はと思いきや、時は少しく遡り、舞台は暫し他所の人々の所に移りまする。続きはしはらく下文の分解わけをお聴き下さいませ。


註*:Gorytus スキタイ式胡簶。弓袋矢筒一体

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