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156.憂鬱な老執事

《三月十三日、午前》

 ラマティ村、村長館。


 村長ルイジ戻って来る。

「とんでもねえ親父だったろ」

「息子を亡くして流石に落ち込んでやがったから色々多目に見たら『補充する』とか抜かしよって、速攻で町に行ってミラちゃん口説いて来やがった。いや、どうも前からじわじわ口説いてた節も有ってな・・」

「驚きました」

「おどろいたよー」

「しかし、ローラちゃんが当家うちの養女になったら、ファッロは俺の義弟だなあ」


 どうも此の村の人々、娼婦に偏見が無いようだ。

 エリツェの町も、町が大きくなって他所者も増えたから嘗てほどでも無いにせよ、古株の住民である程に其の傾向が強い。

 実はそれ遥か昔、此の地方の何処ぞやに、性愛と豊穣の女神信仰の中心地が在った事に起因している。嘗て娼婦は巫女だったのだ。

 今は北嶺に一大名刹が鎮座し教会の大司教座として政治的・社会的にも大きな影響力を持っていて、古代の信仰も尽く消え果てたに見える。

 だが、人々の気風の中に色濃く残っている何かが依然として其処に在る。それは古歌にも残っている。失われた魔都ヴェヌスブルクの伝説として。


「ミラちゃんも引退か・・」と述懐するファッロ。プフスの色街はこれでまた危機的な若手不足が深刻化する。その責任の一端を負っている当人、困ったことに其の自覚が無い。

 そうしているうちにもプフスの色街、十人並み三人娘の一角が早くも崩れ、ますます層が薄くって行くのであった。


                ◇ ◇

 ソロティーヌの法廷。傍聴席での囁き。

「ハンスの家も散財だったな」

「いや、良家から嫁取りゃ一段もっと散財だろ」

「弍プフント拾シリンゲゲルトったら王国金貨で二十五両か。パウルんとこは働き手が一人減るが、農耕馬が四、五頭買えたら焼け太りだぜ」

「持参金になる分は結局ハンスの家へは戻って来る事になんだから、広い目で見りゃ赤黒なしだ」

「一番儲けたのは孕んだ下女だな」

「いつだって女は強ぇのさ」


「ん? 騒ぎか?」

 法廷の入り口あたりで気配がする。

 フロンボーテのセザールが走って飛んで行く。


                ◇ ◇

 ファルコーネ城。

「つまり、令嬢は何が仰たいのです?」

「男爵家から新姓を賜っていると言う事は、男爵家の臣籍に在ると云うことです」

「つまり?」

「男爵家がそう世間に発表したと云うことです」

「と言う事は?」

「わたくしが申し上げた事は全て世間側の認識。つまり、最初に申し上げた通りです。何も暴いておりません」

「僕ひとりだけ認識が違うと、そう仰りたいのですか?」

「そう云う事になります。証拠に基づいて、事実を申しました」

「話がた振り出しに戻ったわけですね」

「貴方のお父上が姉君を害された事は一部の人しか知るところで有りませんが、城主様も執事殿もかねてよりご存知。わたくしれも暴いておりません。そして、姉君を除かれたという事は、『男爵様に万一の事あらば相続人は姉君』とお父上は知っておられた、ということ。これが何を意味するか、お分かりですね?」


 流石にそろそろと、クリスが口を挟む。

「黒髪ちゃん、お弔いも有るし、巻いて行きません?」

「我が国の裁判は、法の専門家でない裁判員の方々が、世間の常識を代表なさいます。彼らの評決が判決となります」

「今日は午後から裁判なのでしたね」

「あー、無視しゃあがった・・」


「午後から始まるのは公聴会です。世間の常識どおり未成年である貴方に代わって後見人が召喚に応じ、世間の常識から余り乖離しない答弁をなさるでしょう。それを聞いて訴人が現れれば裁判に移行するし・・」

「現れなければ、無いと」

「いえ、おそらく後見人の方が貴方の身分確認請求をなさるでしょうから、裁判に移行して確定判決が出ます」

「判決に不服の場合、再審を要求すれば良いのですか?」

「再審制度はありません」

「では、上級審は何のために在るんです」

「被告人が当該法廷で扱える範囲を超えた身分であった場合か、適切な量刑が扱える範囲を超えた場合に、上級審へと回されます」

「では、判決に不服な被告人は、どうすれば良いのです?」

「判決非難をなされば良い」

「具体的には?」

「決闘ですね」


「仮に若し、ここが法廷であれば、僕は不服を申し立てるために決闘を申し込めば良いのですか?」

「判決非難の場合ですと、裁判員全員と決闘する事になります」

 フレディ、芝居がかった身振りで一同皆を指差して叫ぶ。

「あなたたち! みんな死んでしまえ!」

「キレました?」


 気まずい空気が流れる。

「あなたたち! みんな死んでしまえ!」

 ますます気まずい。


「ユピテルの雷は飛んで来ないようです。天から硫黄の雨も降って来ませんね」

「来ませんか」

「来ません」


「失敬するっ」

 フレディ・パッサル、足早に立ち去る。

「誰も来ませんでしたね」と黒髪娘、ぽつりと。


 と、柱の陰の隠し扉が開いて、ミュラが現れる。続いてクラウス卿が徐に。

「武者隠しにいた八人、片付けました。生きてる人もいると思います・・少しは」と、ミュラ。

「それは呼んでも来ませんね。死んでいては」と、黒髪娘。

「あれって、合言葉か何かだったのかー。フレディくん、ちょっとセンス悪いね」

「指揮を采る素振りの男の懐に金子百両在ったので、此処に回収して参った」とクラウス卿。

 如何にも意気消沈という態の執事アメデオ

「ああ、あの百両は此処でしたか・・」


「それではクリスティーナ様、そろそろお弔いの方に」

「ああ、急がなくっちゃ」

「急がずとも、多分大丈夫。公聴会も少々開始が遅れると思いますので」

 一同、広間を去る。

 黒髪娘ひとり、男爵らの処に残る。


「お行きになりませぬので?」

「何かわたくしに相談事がお有りなのでしょう?」

「お察しの通りで。宜しければ少々こちらにお越し下さい」

 黒髪娘、執事アメデオの案内で奥に去る。


「旦那さま、お部屋に戻りますか」

「うむ」

「其では・・ふんぎっ!」椅子を押す女中が力む。

「のう・・」

「・・何です旦那さま・・えっしょ!」

「お前ら、まだ倅のお手付きとか居らんだろうな」

「居ませんよ、そんな馬鹿娘」


                ◇ ◇

 ソロティーヌの法廷。一同が硬直している。


汝らに平安あれパクスヴォビス不穀われである。懼る勿れ」

 伯爵が皆に会釈する。

 黒服に着替えたスレナス弟らが小姓の如く控える。

 執事見習ルカの声。

「マッサの男爵ガブリエーレ様っ」

 市長が入ってきて挙手の礼をする。

「サバータの男爵ヴィットリオ様っ」

 黒髪に稍や白髪の混じった精悍な男性が挙手礼。

「ヴェルチェリの男爵セルセス様っ」

 同じく挙手礼。

「ウーゼルの男爵シルバ様っ」

 義足の古豪が入来し、胸に手を当てる礼。

「スレナスの男爵ゼノ様っ」

 黒髪の美青年が挙手礼。

「ヴィッリの男爵御名代、継嗣フェンリスヴォルフ様っ」

 柔和な青年が挙手礼。

「フィエスコの参審人スカビニラツァロ様っ」

 初老の紳士が胸に手を当てる礼。

「トルンカの参審人マリウス様っ」

 なんだか機嫌の良さそうな青年が両手を大きく広げる・・礼?」


伯爵グラフ閣下が来臨なされた。郡判事ガウクラフは左陪席に移動致す」

「ほんの暫し、席を拝借致すのである」

 騎士カルル、席を移動する。傍聴の一同、まだ硬直している。

 会計長ケルナーヘルマン漸く我に返へり、慌ててマッサ男爵に席を譲る。裁判員らもそれに倣う。

「扨て、予而かねてより政情不安の懸念されていた領南に、先般エウグモント城の復興が成った件、報告を受けた。この件に関し、何か問題を抱える者有らば訴え出るが良い」

 ヴェルチェリ男爵が挙手する。

「新城主ブルクヘルライモンド・ダ・ユグモンに当ヴェルチェリ家の世襲領アイゲンを私的に譲渡致しました。機会を得て確固たる法廷譲渡と致したく、伯爵法廷に認証を求めます」

「城主ライモンド、前へ」と右陪席のマッサ男爵。

「譲渡人ヴェルチェリ男爵セルセス、エウグモント城のレーヘンを譲渡するか?」

  「譲渡いたします」

「譲受人ライモンド・ダ・ユグモン、汝はこれを受領するか?」

  「受領いたします」

「裁判員はこれを証するか」

 一同、賛成のポーズ。

 伯爵、厳かに宣言する。

「法廷譲渡は為された」


                ◇ ◇

 ファルコーネ城。

 黒髪娘、執事に案内されてと或る一室に通される。

 ひとりの女性が居る。


「この方は・・」

 

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