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155.憂鬱な御落胤さらに憂鬱

《三月十三日、午前》

 ファルコーネ城。

 広間に現れたフレデリクス・パッセルス青年、言葉は嫌味っぽいが表情は実に柔和にこやかだ。

「僕の素性も、父の素性も暴いてくれた。感謝感激です」

「いえ、別に暴いてなどおりません。皆が知っている事ばかりです」

 対する黒髪娘、すこぶる愛想が無い。


「ライヒムント村で貴方が住んでいる家が皆から通称何と呼ばれているかご存知ありますか? 『御落胤屋敷』です。ファルコーネ家の御嫡男を人は『御落胤』とは呼びません。村の一人残らずが貴方の素性を知っています」

「なるほど?」

「貴方は来年成人の年、つまり姫様と同年齢おないどし。姫の母君は廿年はたちでお亡くなりです。その異母弟であるお父上様は何歳でお子を成されました? 此れも亦た多くの人の知る所」

「なるほど」

「人は二十一歳にして成人し、後見人が不要になり、六十歳を過ぎては成人を終わり、ときに後見人を指名します。御当主さまは目出度き傘寿。何故お父上に譲位なさらぬか、何故お父上が官途に就かれぬか。噂せぬ者はおりません」

「・・・」

「皆が知っている事です。何も暴いておりません。感謝なされる理由ゆえも無い」

「・・・」

「フレデリクスさま、改めまして。私めの呼び出しに応じて下さいまして、有難うございます」

 黒髪娘、初めて莞爾にこりとする。レヴェランス。

 ・・聞き耳を立てていると承知で挑発して来ていたか。

 一見して歳下の娘に『してやられた』感が沸々と湧いて来るが、かろうじて冷静を保つフレディ君であった。

 

                ◇ ◇

 ソロティーヌ村の広場、郡法廷。

「これにて一件落着。次、無いか?」と、判事。

 挙手する者がある。

「犯罪行為の自首です。ソルデロ村北辻のハンス、当事者である息子が未成年なので、代わって出頭しました」

「いかなる犯罪か自白せよ」

「倅が隣りのパウルの家の下女まくとに手をつけて妊娠させました」

「右陪席、判例は?」

「うーっと・・窃盗・強盗行為に該当すれば上級審に送って重罪。平和破壊に該当する暴力行為や強制の有無によって量刑が異なる」

「下女の所有者である隣家のパウルは出廷可能か?」

「ここにおります」と挙手。

「被害状況を証言せよ」

「被害なんて・・俺、ハンスの従兄弟ですしね。本人同士が好きあってんなら文句ありません」

「暴力行為や強制が無いという証明は可能か?」

「俺とハンスが宣誓します」

「ハンスに問う。汝の倅は女を遺棄するか? 婚姻するか?」

「本人らは婚姻を望んでます」


 裁判員席から挙手。

「判決発見します。ハンスはパウルに、女の人命金相当額を賠償金として支払え。その上で、下女を適価で買い取るべし」

「異議あり! それだと子供が無法者れひとろすになる」

「判事さま」と、パウル。「俺は、賠償金なんて要らんです。ハンスとはガキの頃からの付き合いだ」

 裁判員席から挙手。

「判決発見します。パウルは、下女を自由人身分に解放して代親として嫁に出せ。ハンスは、下女の適正価格を結納金としてパウルに支払え。またハンスは人命金相当額をパウルに支払い、パウルはそれを女に持参金として与えよ」

 裁判員一同、賛成のポーズ。

「右陪席、女の人命金は如何程いかほどが適切であるか?」

「法と先例に照らし、弍プフント拾シリンゲゲルトである。売買価格はこれに倣え」

「以上の通り判告とする」と、判事。


                ◇ ◇

 ファルコーネ城。

 フレディ青年と黒髪娘が対峙している。

 その背後にクリスティーナ嬢とフォーゲルヴァイテ夫人、そして養子の少年。

 エウグモントから来た護衛兵は城門入って直ぐの控室に留め置かれたので、いま帯剣しているのは騎士オッタヴィオ父子のみだ。さり気なく婦女子の左右に展開している。

 フレディ青年寸鉄帯びていないと見受けられるが、それでも警戒しているところは如何にも武人である。


「貴方のお父上シュパーツェル氏・・ああ、『シュパーツェル氏』という呼び方は本当に正しかったんですね。『シュパーツェル』はうじでしたから・・シュパーツェル氏が二十年前に異母姉であるアルテミシアさまを暗殺した事実は、既に明るみに出て了いました。ご理解なさっていますね?」

 再び声調まで無表情に戻った黒髪娘、淡々と語る。

「僕は急にそう言われて、すぐ抗弁できる材料を持ち合わせません。何せ乳飲み児でしたから」

「相続権順位の上位者を殺害した者が、その相続権を喪失するのは、生得身分如何に関わらず不易の定法でございます。ご理解なさっていますね?」

「そのような疑惑は今まで、囁かれた事も無かったと存じておりますが?」


「領内でそう囁いた人は、直ぐお亡くなりになっていたのかも知れませんね。フォーゲルヴァイテ家で大量の書簡を押収させて戴きました。お父上の発信で、筆跡は執事のアメデオ殿と確認済み。内容を精査する機会がないことを望みます。何せ姫様は既にフォーゲルヴァイテ嗣子の後見人になる意思を表明されました。故人の罪は問わないという意思表明です」


「では、仮定の話には踏み込むのを、もう止めましょう。踏み込んでも、所詮どうせ結局は無駄になるのでしょう?」

「そうですね。では伺います。貴方の目から見て、お父上の姿は男爵さまの職務代行をなさる嗣子と映りましたか? それとも、主人をたすける分家出身の家令と見えましたですか?」

「僕は幼い頃からボロディーノとライヒムントで暮らしていましたから、仔細を存知ません」

「でも、幼時は主に此方こちらの城ですね?」

「幼時ですから分かり兼ねます」


「実際『シュパーツェル』は姓で、事実貴方が『パッサル』というという姓をお使いです。契約文書上でです」

「『シュパーツェル』と『パッサル』は別の姓では?」

「別ならば、貴方は既にファルコーネ家の人間ではありません」

「いや、僕は法務に暗くって。これ、人前の公判とかでなくて良かったな」

 また一本取られたと感じるが、まだ不敵に笑っていられるフレディ君であった。

「(女って法廷で弁論しないからね)」

 伝説では、むかし皇帝陛下御出座の法廷で、不当判決だと騒いだ女が居て、彼女が法廷で抗議のストリップをやったので爾後女性は出廷出来なのだと。陛下、なぜ喜ばなかったのだろうか。


                ◇ ◇

 ラマティ街道。

 ファッロとローラの夫婦・・いや、未だ式は挙げてないが・・痩せ馬に大荷物載せ、リハビリ中のユリアを連れててラマティの村に入る。

 広場で満月祭の段取りを皆と相談していた若村長、早速見つけて声を掛ける。


「おう、来たか。親父が待ってたぞ。今夜は泊まってくんだろう?」

「いや、それが荷物に鮮魚があって、今日中にプフスの『金の仔牛』亭に届けちゃいたいんで」

「そんなの、うちの若い衆に代理で納品に行かせる。それより一匹分けてローラちゃん料理してよ。親父から聞いて興味津々なんだぜ」

「うー、じゃ・・兎も角、旦那だんさんに御挨拶に」

「ところで、その新顔のお嬢さんは? まさか第二夫人じゃねえだろうな!」

「おともだちだよ」

「ローラちゃん騙されてないか?」

「ギルドから転地療養にと、うちら夫婦がお預かりした身元確かなお嬢さんですよ。プフスで暮らす面倒を見るんです」

「フーン」

 村長ルイジ、なんだか未だ疑っている。


 村長屋敷に向かう。

 前村長の爺さん、昔はトルンカ家に使えた騎士だったそうだが、隠居した今は飄々とした好々爺である。

「おお! 来たか。待っとったぞ。まあ一杯やろう」

「まだ午前、ってか巳の刻の内じゃないですか」

「良いじゃんか。祝いじゃ祝い!」

「何の祝いっすか」

「うちの息子夫婦、っていうか村長の弟夫婦の葬式をつい先週末に出したばっかりでな、滅入った気分を晴らしたいんじゃよ」

「そんな、ご不幸があったなんて・・お弔いに伺いもせず、申し訳ありませんでした」

「ごめんなさい」と、ローラも頭を下げる。

「あんたらが謝る事じゃない。それより『災いを転じて福となす』のがわしの信条じゃ。それが一番の供養じゃろ?」

「じいちゃんの、そういうとこ、好きだな」とローラ。前村長が目尻を下げる。


「それで、死んだ倅の女房・・ちゅうか結婚する積もりだった娘が、名をアウラと言うてな、農奴の娘なんじゃが可哀想で、つい自由人の娘という事にして倅と合葬してしもうた」

「あうら?」

「ローラちゃんとひと文字違いじゃ。戸籍に一文字書き足すとローラになる。つまり我が村は存在するはずの娘が今ひとり存在しとらんちゅうこと」

「もしかして・・」

「ローラちゅう農奴の娘が昔からこの村にいた事になる。それを解放して自由人の、わしんとこの家の養女にする。そこからエリツェの市民でプフス準市民申請中の自由人ファッロんとこに嫁に出せば、できた子供は生得身分が生粋の自由市民。どうじゃ!」

「そんなこと、お頼りしちゃって良いんですか!」

「条件は、式の親代わりにわし夫妻を呼ぶ事じゃぞ」

「夫妻?」

「ローラちゃんのお仲間ミラちゃん、わしの後添いに決まった」


「えぇぇぇぇぇ〜」




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