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150.憂鬱なナイト

《三月十二日、丙夜》

 ファルコーネ城の老人二人。

 老人といえば城主のファルコーネ男爵ヴァイテマール老が一番高齢だが、早寝の早起きだからうに就寝中なので数に入れない。


 此処で言う老人二人とは執事のアメデオと、例の訳あり屋敷に転出したボロディーノ・カンピである。元はアメデオが筆頭執事でボロディーノが次席執事であったが、例のお仕事のため、ボロディーノが一足先に家士みにすて身分から自由人へと解放されたのである。

 家士と言うのは非自由人ウンフライエの中でも別格と言える管理職であり、家人や体僕とは格が違うのだが、それでもアメデオはボロディーノが羨ましい。

 だが、ボロディーノはボロディーノで心痛が絶えなかった。

 勿論『例のお仕事』の所為せいである。

 もう睡眠を取らないと明日の出廷が苦しいのだが、もう少し下準備をしておきたい所なのだ。


「シュパーツェルさまが亡くなった・・と云うのは間違いないのか?」

「ああ、うむ・・多分九割九分九厘」

「一厘一毛有るのか」

「無いかも知れん・・が、ご遺体が未発見だ」

「ふらっと出て来て、生きていると思ったら矢ッ張り幽霊だったとか、そういう落ちは無いだろうな」

「いや、以前から昼間の幽霊のようなお方じゃったからのう」

「行燈でないだけ、多少増しか」

「いや、行燈だったらほど良かったか・・」

 ・・そう。突如類い稀なオーラを纏って精力的に行動するかと思えば、ランプの油が尽きるように消えて停止するお人であった。


「ご遺体が・・未発見か」

「御城の大火で誰一人骨も残らんじゃったと」

「なんでまた、そんな」

「両派の抗争がついに城内での武力衝突にまで嵩じて、終いに希臘火薬の貯蔵庫に火が入ったとか・・本当かどうか知らんが」

「一体何が・・」

「それを聞いても知っても詮ない。先代伯爵と御曹司派がそっくり消えた。確かなのは、それだけだ」

「それだけが確かな事実か・・」

「今やガルデリ系一色の時代。御一門有力分家ベリーニの血を引く姫様が、当家生き残りに唯一の希望だ。今この時、坊ちゃんに余計な真似して欲しう無い」


「なあ、アメデオ・・」

「何だ?」

「変なこと聞いていいか」

「嫌だ」

「そう言わずに聞け」

「嫌だちゅうに」

「わし、ここ十年くらい坊っちゃまの不行跡の始末に明け暮れた。いや十年は鯖読みじゃが六、七年は忙殺された」

「ちいとも偉くないな。俺はシュパーツェル様のに忙殺だ。俺のが長い」

「ほんに似たもの親子だこと」

 二人の爺いが笑う。顔付きは泣き笑いっぽい。

「あっちの娘こっちの娘、手ぇ出して・・こっちは土下座して回る日常じゃ。暴力を振るわんのがせめてもの救いと思っとった」

「今回は例外か」

「それはそれで気になっとるんじゃが、問題は別のとこじゃ」

「別?」

「・・今まで一度も・・やや子が出来とらん」


 アメデオ、しばし黙ってしまう。そして、怖ずおずと口を開く。

「・・もしかして、言いたいのは『アルテミシア様の呪い』の話か?」

 アメデオ老人勢いよく立って、書類棚の裏から青い硝子瓶を取り出す。

「もう呑もう。寝なきゃ、明日法廷に呼び出されて満足に受け答え出来んだろう」

 陶製の盃をボロディーノの前に置いて、先に自分の盃に注ぐ。一杯煽ってから徐にボロディーノに注ぐ。

「その話か・・」


 そうだ。あの日、血達磨にって帰って来た若者達を見てどんなに仰天したか。

 異母姉アルテミシア様の暗殺を命じたのは、シュパーツェルさま。

 前代未聞の惨劇を、証拠隠滅したのは・・我ら二人だった。

 シュパーツェルさまに命じられはしたが、むしろ・・いや、どうでも良かった。ことが露見したらファルコーネの御家が滅ぶ。そう思って必死に隠蔽工作したのだった。

「後悔はしとらん」

 ・・あれを隠しおおせなんだら、ベリーニ家の報復合戦ヴェンデッタ)が始まっていた。何倍もの人が死んだに違いない。

「あの惨劇を生き延びた赤子が、次の御当主様か。運命とは転じる車輪の如しじゃなぁ・・」

 人の口には戸は立てられぬ。広まった噂の中には正解に近いものも多々あった。

 『アルテミシア様の呪い』


 あの日・・いや、夜か・・片付けた死体の数は夥しかった。いや、片付けた訳ではない。身元の分かる物を毟り取ったりと、野戦場の死体漁りが如き恥ずべき姿だったろう。襲撃した者は数えて三十有余名、生きて帰って来たのは十名に満たなかった。

 そう。生きて帰って来た者は何故か誰一人として子宝に恵まれず、養子をとったフォーゲルヴァイテを除き、皆な絶家となるだろう。

 詳しいことは知らねども、何となく察した領民言うに、これが『アルテミシア様の呪い』である。


 あの時、フリドリヒ坊っちゃまは母御の胎中。

「爾来二十年・・シュパーツェルさまには、お子が無い」

「坊っちゃまにも・・じゃ」

「まだ成人前の二十歳で子供ないだろ普通」

「いや、あれだけ取っ替え引っ替えで、一度も出来とらん」


「あ。なんか明日の裁判で使えそうな気がして来たな」


 結構強かな爺い達であった。


                ◇ ◇

 ソロティーヌ、村長館の一室。

「やっと眠りました」

 ヴェルチェリ男爵夫人エステルがホルナートの娘らを介護している。

「こんな夜更けまで、頭が下がりまする」と、村長。

「わたくしも医術者の端くれ。労は厭いません」

きに日付も変わります。夫人も、どうかお休みくだされ」

「大丈夫です。リナも居てくれます。交代で休みますわ」


 暗に男性の退室を求めているのかと気を回した村長、一礼して早々に去る。廊下にヴェルチェリ男爵セルセスが待っている。

「オッタヴィオ殿、寝酒でも付き合って下さい。明日は休めるのでしょう?」

「輪番ゆえ、明日のガウ判事はライヒムントのカルルに交代致しまする。

 二人、別室へ向かう。

 エウグモントの新城主ブルクヘルライモンドが待っている。


                ◇ ◇

 その隣室では村長の息子、従騎士リコが女たちに囲まれている。

「なぁによぉお、付き合い悪いわねえ」と絡んでいるのがディア嬢。

「僕は、酒はそれほど・・」

「そうなんです。ほどほど程度」と婚約者が庇う。

「造り酒屋も営まれる家の一人娘グレッチェン嬢を娶られるのです。ゆくゆくはリコさんも騎士にして酒蔵のオーナー。武術以外も少し鍛えられては?」

 黒髪娘も容赦が無い。

「ねぇ! 黒髪ちゃんって、どこに着替え持って歩いてんの?」

「企業秘密です」

 いつの間にか侍女風の装束いでたちに変わっている。

 ちなみにクリスの着替えはエステルの侍女が持って来た。本人は早く平素いつもの男の子のような格好に戻りたいのだが。


「みなさん、何故こんな夜更かしを?」

 リコくん若干口調が踉々蹌々しどろもどろ

「ヴェルチェリのエステルさまが夜一夜介護なさるお積りで被在ゐらしつては白川夜船も悪ろかりなんと存じますりまするわ」

 クリスの口調がもっとなんである。

「酒飲んでたらダメじゃん」


「それはそうと、リコさん・・御落胤屋敷のボロディノ老人、雀親父がクリスさんの親の仇と知っていたの、気が付きました?」

「雀親父?」

「土曜日に死んだスパッツのことです。『ファルコーネ男爵の長女を暗殺したのが異母弟シュパーツェル氏だったと云うことが明るみに出た』って言って、伯爵家が今さら死者の罪は穿ほじくり返さないと説明した時の態度、見ましたよね?」

「あ・・シュパーツェル氏の訃報にだけショックを受けていました!」

「こういう注意力は、戦場でも大切ですよ」

 リコ、十八歳の娘に説教される。


「リコさん、明日は此の辺りから攻めて参りましょう」

「攻める? 僕が・・ですか?」

「だって、クリスさん明日の原告の一人でしょ? ベッリーニ男爵が新たにクリスさんの後見人になる人だから、当然そういう含みでリコさんを名代に送って来たんじゃないんですか?」

「でも、裁判になるとか誰も知らなかったし・・そもそもクリスティーナ様が来ているとか・・」

「男爵様はトルンカで別れた後にヴェルチェリ城へ向かった事をご存知です。私もベッリーニのユスティナ様からそう聞きました。そして次期ファルコーネ領主として御自身が後見することと決まったなら、立ち回り先を先読みなさって、要所要所に信頼する部下を派遣なさいます。武将として間違いなく、そうお気配り被成なさる筈です」

「今朝の急な出張命令って、そういう含みだったんですか!」

「それにリコさん、伯爵さま直々にナイトくねひと役も仰せ付かってますよ」

「リコ様、責任重大ですわ」と興奮気味の婚約者グレッチェン嬢。


「う・・ん。頑張ります。


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