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146.憂鬱な女料理人

《三月十二日、夕刻》

 ソロティーヌ村に隣接する広場。

 申の刻を少々回って奉公人市場が終了した。

 せっかくガウ判事と証人が揃っているので、打ち上げに入る前に少々法廷として機能する時間がある。本日は昨夜発生した婦女暴行未遂事件を人定質問だけして上級審に回す処理をしてさっと終わる予定だったのだが、残念ながら、会場内で事件が有ったようだ。

 叫喚告知が行われて容疑者が突き出されている。

 裁判長、本日は緊張感の中で長時間お仕事し、結構疲れているのだが、もうひと頑張りと自らを励ます。

 というより奉公人市場は村興しの祭典として育てたいのが村長たちの政治的判断であるからして、本音は辛気臭い判決など出したくはない。開場中に不埒な不始末やらかした馬鹿者の尻を叩くくらいで、笑い者の一人も出させて皆で笑って終わりたい。

 しかし、入廷した面々には深刻そうな空気が漂っている。

「あ、これ・・いかんやつだ」と、村長である騎士オッタヴィオ溜息つく。


「本法廷は『流血裁判権』を有さないので、判決で出せる刑罰は『髪と皮膚』に止まるものである。『首か手』に及ぶ重犯罪は上級審に回されることを予め申述べておく。代言人が居れば、代表して起訴事実を申し述べて下さい」

「はい、それではエウグモント城のブルクマン、自由人ウィレム・ド・フリースが代言人に立ちたいと存じます」

「許可します」

「訴人は自由人ホルナートのリナ。自治村ホルナートは去る三月五日未明、野盗の襲撃を受けて多数の死傷者を出し、略奪を受け、訴人リナほか未婚女性都合三名が拉致されました」

 会場がどよめく。

「訴人は三月八日、ヴェルチェリ男爵の兵に救出され、今は男爵が後見人として保護しております。自分は男爵の命により彼女の安全を図っております。代言人と訴人の続柄は以上です」


「続いて、告発の内容を述べて下さい」と、裁判長。

「被告人は、三月七日に野盗の隠れ家を訪れて訴人に暴行を加え、他二名を野盗から購入した者です。なお、他二名も既にヴェルチェリ家の兵が救出いたしました」

「それ、もう野盗の一味じゃねえか!」

 傍聴者が激昂する。

「静粛に」

「他の証人も時間があれば用意できるのですね?」

「はい。そして本日、訴人が被告人を見て叫喚告知した際に、被告人が逃亡を図ったので、居合わせた人々が取り押さえました。訴人の顔を見て被告人が逃亡を図った現場については、目撃者六人がただいま出廷しました」

「繰り返しになりますが、本法廷は死刑判決が出せません。目撃者の皆さんは再度証言が可能ですか?」

「皆、挙手する」

「それでは、個々の証言を記録して、被告人の身柄とともに上級審に送ります。訴人及び証人の皆さんは、後日の開廷に備えて下さい」

 これで、ひと区切り。

「日没が近づいているので、次の件を」


 自警団長がクラインら三名を連行して出廷する。

「本法廷は死刑判決が下せないと言いましたが、それは被告人が法を生得している場合です。証人の皆さんは裁判員として臨席下さい」と、裁判長。

「では、罪状を」

 団長、朗々と演説口調。

「被告人らは昨夜日没過ぎ、村内の夜道に於いて三人で共謀し、女性一名を抱きすくめているところ、叫喚により駆けつけた自警団によって取り押さえられた者であります。未遂事件ではありますが。一つに犯行が夜間であること、二つに若く壮健な男三名で女性一人を襲っていること、三つに計画的であること。これらを鑑みまして、厳罰が相応しいかと思われます」


「右陪席。未遂についての判例は?」

「『後悔して自発的に中止したとこを護衛に捕まった。罪を軽くして』と慈悲を願った人も、『下半身が元気じゃなかったから未遂だった』と同情を乞うた人も、やって自慢した人と同じく死刑です。差をつけた方が世の為になると説く人も居ますが、判例的には定着していないかと」

「やったが得かよぉ」という野次に、裁判長「そこ! 二度目は罰金」


「量刑については?」

「条文解釈で『寝たら死刑だ』という意見もありますが、相手の抵抗を抑圧する暴力行為という点では、立って抱きすくめた時点でもう開始しています。夜間ですので、破廉恥罪が加算されて絞首刑が妥当かと」

「被告人、あなたらは村内で犯罪を起こし捕縛された外来者である。出生地や居住地でなく、本村の法に従って処罰される。異存はありませんね? 特別な認可や不逮捕特権はお持ちでないですね?」と、裁判長。

「お忍びの貴族さんだったら自己申告してちょー」などと野次が飛ぶ。

「被告人は本名と出生地、身分と現住所を、何事も包み隠さず付け加えずに述べて下さい」

「自分は名をクラインといい、ファルコーネ家の下人の子として城下で出生しました。お城内外で下人として雑役をしてましたが、昨年の春にライヒムント村にある屋敷の主に譲渡されたんだと思います。でも飯はくれるけどお給金はくれないもんで、週に二、三日はご城下に戻って日雇いをしています」

 あと二人も似た身の上で同期の桜のようだ。


「『ライヒムント村にある屋敷』の主人とは?」

「ファルコーネ家の古株召使いが隠居静養するとのことで特別枠の『非村民村内居住者』として建設許可した家です」と、ライヒムントの評定衆ラーテン

「隠居した召使いですか? 解放されて自由人になっているのですか?」

「ボロディーノという男です。解放された自由人です」

「裁判長に提案します。非村民でも、公認の村内居住者ならば本法廷の召喚に応ずる義務があります。もう日没が近いので、召喚に代えて今夜のうちに法廷の使者ボーテを立てて、使用者責任に関する事情聴取をしては如何でしょうか」

 裁判員から色々意見が出だす。

「判決発見します。その三人は絞首刑か水審判。ただし人命金により助命する。支払義務者は主人。払わなきゃ居住者登録の更新拒絶で応じる」とライヒムント。

 ・・ふむ、ファルコーネ男爵に事実上の引退勧告が出た今となっては、姫様への扱いの悪さに抗議などしても嫌味なだけで男らしうない。今後また姫様に害を生しそうな者に矛先を変えた方が良さそうだ。


「なんだか生き残れそうな風向きになってきたぞ」と、クラインが仲間と。

「俺らを口封じで殺そうとしたフレディさんに義理立てする必要ないだろ。そもそもお金貰ってねえし」

「爺さんや女中おばさんが困るより、フレディさんが困る方が筋が通った話だろ」

 彼ら、刺客三人と同房で縛られている間に、あちらも囚人同士と気が緩んだのか、結構色々な話を聞き出しているのだった。

「そうそう。あいつって手下を犠牲にするの、なんの躊躇ためらいもない奴だからね。世の中時々いるんだよ、ああいう倫理観すっぽり抜け落ちてる人類ってさ」

「え?」とクラインが振り向くと。自警団員の格好した黒髪娘が彼らの腰縄を握っている。

「なんだぁ殺し屋のお嬢さん、男の子の格好も結構似合ってるじゃねえの」

「ま、お前らも『大向こうの人前で喋ることは多少セーブ気味に』って覚えておくと良いのじゃ。聞き付けて新しい刺客が送られて来ても困ろう? それよりフレディくんのこと聞かれるからね、確実に知ってる範囲だけで控えめに答えればいい」

 裁判長が彼のことを聞くのは打ち合わせ済みであるから、これで誰が事情聴取に向かうにせよ、『彼が何者であるのか』が要質問項目にリストアップされる事になる。


「判決発見します。地所無し自由民ラントザッセの人命金が十プフント、永代小作権持ちの下人が九プフント。これからすると、若くてイキのいい無一文下人は自由民の半額五プフント、つまり三人で六百両で如何?」


 なんとエマより高かった。



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