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141.憂鬱な城主

《三月十二日、午前》

 ソロティーヌ村。やがて午の刻に差し掛かる。

 奉公人志願者が籤で引いた順番に、最初の十人ばかり整列を始めた。

 証人席にもちらほら着座者が出て来た。


 奉公人市場はガウを構成する近隣四っつの自治村が合同で運営しているので、契約の証人には各村の評定衆リトネスクラスの家格の者が出席するのだ。証人の頭数が揃って居れば後々に契約当事者同士が揉めても大丈夫だ。

 いったん法廷で成約した年季奉公契約を解除するには、法廷の派遣した見届人の立会いが必要になる。雇用主の横暴が抑制される一方で、法廷で「出来る」と申告した仕事が実は不慣れで満足に出来ないとかが証明されてしまえば、奉公人側に違約金の支払い義務が生ずる場合もある。

 簡易法廷と言っても歴とした法廷の要件を備えている。六週に一度の本法廷えひとぢんくで審議するような深刻な訴訟でない案件、つまり法廷契約を専ら数こなすというだけの違いである。


「今日は家政婦さんをお探しかね?」

 町の若手警吏オルシーノ君と婚約者のカップルに話し掛ける者がいる。

「ええ、妻より少し年上くらいの既婚者女性に良い人がいれば良いのですが」

「さよか」と初老の村民であろうか。

「いま十人ばかり並んどるだろ? 見てみ、若い娘が多かろ。嫁入りの持参金を貯めに来る奉公人志願者が多い。若い既婚者女性は、まずおらんぞ。皆な子育てしとるからな」

「ううん・・じゃ、今日は冷やかしの見物みたいになっちゃうかな」

「それ、あったかいうちに食べなされ。会計官けるなどんは冷めても美味いちゅうとったが、わしはやっぱり温ったかい方がええ」

「もう召し上がりましたか」

「一等先よ」

 レトゥカの葉を軽く巻いてある蔓を解くと、鉄板で焼いたパン種を二つ折りした中に、先ほど見かけた焼き挽肉が挟まれている。

「上手に食べられんで手が汚れたら、ほれ、あそこに手水場がある」

「ここも水が豊富なんですね」

「町の水場にゃお呼びも無いがな。ちょっと水藻の風味が強くて飲むにゃクセがあるが綺麗な水だ。手を濯ぐにゃ十分過ぎる」

「お先に」

 婚約者の方が先に食べ始めた。好奇心が抑えられなくなったらしい。


「ふっふふふ。今日は絶対に飲み物が売れるわよ」

 復活したディア嬢が仕切っている屋台に並んでいるのは小ぶりな陶製達磨瓶すとんじゃぐ入り鉱泉水だ。強気な値付けをしている。と瓶買えば、次からは詰め替えを鐚銭で売るという商法である」


 村の入り口にはアルゲント商会の馬車が着いている。

 こんなに仕入れて大丈夫なのだろうか。


                ◇ ◇

 ライヒムント村。

「旦那様、お昼の支度が出来ました」

「うむ」

 騎士カルル、ソロティーヌの会計官けるなをしている昔仲間のヘルマンこと雑貨屋親父から聞いた新作料理の話が気になって仕方ない。

 軍隊にいた頃は軽騎兵を率いて何でも真っ先に駆けつけていた男である。

「もどかしい」

 いかにも武装人あるみげり上がりな執事が来る。

「サンドロ、一緒に食おう」

「そう仰ると思いました」

 元部下、遠慮なく主人の向かいに座る。

「成金屋敷の様子は?」

 御落胤と呼びたくないようだ。

「動き、ありませぬ」


「新たに来たのは全部で七人で間違いないな?」

「間違いありません」

「夜中に増えたりしておらんな?」

「おりません」

「うむ」


                ◇ ◇

 自警団詰所の小屋。

 黒髪娘が鉄板で焼いたパン種の切れ端を男どもの口に突っ込んで三周目。

「終わり」

 相変わらず素っ気ない。

「ふかふかして美味いっす」

「けれど黒パンの方が体にいい」

 身も蓋もなく、かつ素っ気ない。


 表に出ると、草叢に人の気配がある。

「あなたも欲しい?」

 隠してあった一切れを草叢に放る。

「まだ来る気配ないです」


 立ち去る。


                ◇ ◇

 ファルコーネ城。

「代参を許すと言うのは、代参させよと云うことだな」

 ヴァイテマール老、車輪付きの安楽椅子に横たわっている。


「しかも、お使者には見るからにガルデリ系のお侍をお立てになりました」

「使者に敢えて中間派を起用するような配慮はなされぬと云うご意思を鮮明はっきり示されたのであろう」

左様そういう事でありましょうな」

「いや、それだけではないな。恐らくだが・・」

「そう云う事なのでしょうか? 我らへの顔見せと」

「伯爵本家と一緒だ。ファルコーネ家もガルデリの血筋に飲み込まれる」

「・・・」

「思えば、婚姻政策で嶺南を制しようとか云う軟弱な政治姿勢が間違っておったのだ。逆に閨閥でも西谷の力に屈した」


                ◇ ◇

 奉公人市場、午の刻。証人席に六人揃う。

 書記官席には助際、舞台周りには雇用主足らんとする者たちの人垣。

 村長がガウ判事として入場すると、会計官こと雑貨屋親父が手にしたベルを振る。

「判事が着座します。皆様、帽子を取って法に敬意をお示し下さい」

 村長が一同の脱帽に応えて胸に手を当て、自ら判事の帽子を被る。

「右陪席、本日は開廷に相応しい日ですか」

 雑貨屋親父、慌てて判事の横に着座して答える。

「本日はいかなる休日祭日にも当たらず、適切な日です」

「まあ市場が開くのはお祭りだけんどな」とか証人席で誰かが口を開き、笑い声が上がる。

 皆な結構くだけた感じだ。

「契約者も証人も飲酒は罷りならぬぞ。参集した立会人はその限りではないが、進行妨害は尻叩き一発と罰金四ダニロ、泥酔したら足を縛って醒めるまで草原に放置だ。一同品格を保つように。一応はな」と右陪席こと雑貨屋親父。

 会場から笑い声が溢れる。

 彼が酒蔵主人と皆が知っているから。

「多少厳粛でなくても法廷は法廷である」と郡判事。

 判官様からしてが、もう厳粛じゃないと言っちゃってます。

「右陪席、左陪席に着座はありますか?」

「ありません。万一伯爵様やシュルトハイス様が来ちゃったら、裁判長がお席を譲って移動するために空席です」

「ただし伯爵様でも素面の場合に限定と宣言致す」

 会場また爆笑。

 右陪席、皆に抑えるよう手振り。


「それでは第一番、ウルドゥのポリアンナ・シウミー、壇上へ」


「スミーです」と言いながら最初の娘が登壇する。

「ウルド村のポリアンナ・スミー、二十歳。世襲地持ち自由農民の娘ですが兄が沢山いるので実質ラントザッセ身分相応です。掃除洗濯、料理にベッドメークまでハウスメイドの仕事は人並みに出来ますが裁縫は少し不器用です。農作業は自信ありません。年俸十八ソルダ希望です」

「万が一、実家の相続人になって実家の女主人になって契約中止になる可能性は残る。その場合は月割りで契約金払戻しが出る。了承して契約する者ありや?」と右陪席。

 挙手した者が「読み書きは?」と質問。

「韻文はさっぱりです。読めますが、書くのは簡単な文だけ」

 会場から「ハウスメイドは主人の手紙とか読めない方が却って安心」「育ちは良さそうだな」とか囁きが漏れる。

 また挙手した者「婚姻の予定は?」

「三年以内にはありません」

「右陪席、三年以内に婚姻が結ばれた場合は?」

「予定を答えただけなので、違約金支払義務は生じないと存ずる」

 証人席の六人、揃って右手で帝国式敬礼のようなポーズ」


 また挙手者がいる。

「挙手者、質問は?」と右陪席。

「質問でなく、契約希望だ」

「彼は了承した」と右陪席。証人らが唱和。娘、右手を挙げる。

「彼女は了承した」と一同唱和。

「成約と認めます。書記官、書類を!」

 書記官、板に乗せた書類とペン類を証人に回す。

 雇用人、壇上に上がるよう促されて、娘と右掌を打ち合わす仕草。契約が済んだようだ。署名でまだ時間がかかるが、ほぼ一人終わった。


                ◇ ◇

 ライヒムント村。

 御落胤屋敷、もしくは成金屋敷の勝手口から三人出て来る。

 ファルコーネ城のある方角の村はずれへ向かっている。

「もと兵隊くさいな」と、村長の執事アレッサンドロ。

 自警団長の、いかにも「なんで?」と言いたそうな顔に執事が答える。

「歩き方の特徴を見ておけ。行進っぽいだろう」

「なるほど」

「危ないから、見える限界まで離れて尾行しろ。見失ったら待ち伏せの可能性があるから、諦めてすぐ戻れ」

「それから、連中の服の特徴をよく見て、ソロティーヌに早馬」


 見当違いの方角に出発するが、あちらに向かうと云うのはサンドロの勘だ。


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