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136.憂鬱な囚人ふたたび

《三月十二日、早朝》

 ソロティーヌ村、村長館の二階テラス。板石を磨いたベンチで女二人お喋りしている。

 見下ろせば、広い中庭は、まるで井戸を囲んだ広場のようだ。南側は菜園、北は家人けにんの職場と言ってもいい生活空間だ。パン焼き窯があって物置があって、家禽が歩いている。

「なんかお城か、それとも小さな村が城壁まうあの中にあるみたいだね」

「参審人身分も代々騎士を輩出していると、下手な城主より上です」

「町で屋敷住まいのサラリーマン騎士とは格が違う感じだよねー」


「耳が痛いです。当家うちは嶺北に持ってた領地を失った引揚者家族で、或る方の伝手つてで母方の領地を西谷にちょびっと相続しまして、まぁ名前だけの『なんちゃって男爵』です。クリスティーナ殿は大きな男爵領ふたつも相続なさるんですね。格が違います」

「うーん、実感ないなあ。町医者んちの娘として育ったんだもの」

「幼い頃はお城に居られたんでしょう?」

「記憶ないし・・」


「記憶ないって言えば、母親の顔も知らないし・・てか、母親の氏素性うぢすじゃうからして全く知らされてなかったんだよね、あたし」

「あんな有名人だったのに」

「なの?」

「ファルコーネ家のアルテミシアとトローニェ家のワルトラウテの遺恨試合七番勝負って、巷の講談にもなってますけど」

「ナネットママの話さえ知らんかった・・」

「ベッリーニ家のディアナ様とサバータ家のワルトラウテ様は同族で同門の剣友だったとか。それが嫁ぎ先は仇同士。ディアナ様が若くして亡くなられた後はワルトラウテ様が嶺南一の女剣士として名を轟かせられましたが、それも遺児アルテミシア様が新星の如く抬頭される迄のこと。母子二代に亘るライバルの物語は語り草です。ただ・・」

「ただ?」

「不幸な事に好敵手お二人とも若くして世を去られ、其のご落胆尋常ひとかたならずと」

「それでマル高だったのか」

「その方ですが、長剣構えた騎士くずれ四人に襲われて、シチュー鍋のおたま一閃殴り殺したとの伝説が、最近つけ加わりました」

「殺さないで、鍋の蓋ででも受けりゃ良かったのに」


何故なにゆへ、ベッリーニのお孫様と知らされて居なかったのでしょう?」

「それがね、子供のあたしを旗頭に担いでファルコーネ家に討ち入りしようって動きが絶えなくって、あたし隔離されてたんだって」

「はあ、西谷の流儀じゃ翌日には私的戦争フェーデ始めてあた三族、家の子郎党から家畜家禽まで馘って並べて晒しますが」

「やりすぎ」

「お母上は・・その・・むごいお最後を遂げられたのでしょう?」

「あたしって、この茶髪。黒メッシュ入ってて、口の悪いやつは茶虎とか言いやがるんだけどさ、どう? バイトちゃんの黒髪と比べてさ。血が薄いんでしょね。復讐とかピンと来ない。だいいちファルコーネの当主って、あたしの祖父ちゃんだって事だし」

「その・・りょ・りょ・りょ・・」

肉体そおま牢獄せえまなんだってさ。死んじゃったら切り刻まれようが犯されようが、痛くも痒くも気持ち良くも無いでしょ?」

「きもっ・・きもっ・・」


「バイトちゃんって、もう事実上ギルドの『中の人』だよね?」

「はぁ。ギルマスも親戚ですし・・」

「だから極秘情報も知ってるって前提で話しちゃうけどさ、あいつら大勢で女の寝込みを襲ったのに、生き残ったのは数人だったんだってさ。生き残った数人はみんな男の機能ダメんなったんだって」

「激戦が心にそういう『傷』を残すという話は承って居ります」

「生き残った男たち、その時に正常だったって思う?」

「その後二十年間も異常だったと思います」

「二十年間地獄にいて昨夜死にました。あたしはもう許してあげる。黒髪ちゃんの感覚では、甘い?」

「甘いです。敵は殺せる時に確実に殺しとくと云うのが家訓で・・」

「あたしは違うな。残された奥さんと家を継いだ養子には、むしろ目をかけて上げようと思う。敵を殺すより味方を作る方がいいでしょ?」

「お姉さん、大人ですね」

「伊達に二歳年上じゃないわよ」


「それに真犯人は母の異母弟キャラハン氏だと思ってるし」

「そんな名前でしたっけ?」

「違ったかなー」

 印象の薄い男である。


「その異母弟も鬼籍の人。それに、あたしの祖父って人が、どう関与してるのか? 同意したのか? 黙認したのか? 後で知って隠蔽したのか? 会って聞いてみたいかなー」

「貴女様の剣親を僭称してフィエスコ家の領地を押領している件も含め、伯爵法廷から召喚状が出ました。召喚状を三度無視すれば、自動的に敗訴です。改めて正当な後見人が指名されます」

「ラッツァおじさんかエステルちんの旦那さん、それに一昨日初めて会ったけどベリーニの男爵さまか。村長さんとこの寄親さんだよね。村長さんとも長い付き合いになりそだなー」

「ベッリーニ男爵は、亡きアルテミシア様の従兄殿に当たられます。あたには最も容赦なきお方でしょう」

「ファーゲルヴァイテの養子くんとか、あたしが護ってやんないと不可いかんかえ」

「如何とも因果な事に存じます」


「ときに脚絆親父の庶子とやら居るのだけれど、貴女ならばう扱う?」

「賢明な者なら良民地位確認の恩寵を求めて参りましょう。分家の地位を望むとか、幾何どれ位に欲を出してくるかで危険度をご判断なされませ」

「いや昨夜、下人の不成ならず者なんかけしかけて来ちゃってさ」

「そりゃ即刻消し架けて置きましょう枝にでも」

「聞いたあたしが馬鹿でした」

人命金ヴェアゲルドが無料です」

「まぁ、お得!」


 クリス、手で頬を扇いで続ける。

「いや、冗談でなく・・組合員の間で『黒髪ちゃんと金庫番姐さん、新旧二大銭ゲヴァ』って言われてるの、知ってる?」

「『新旧』はヴィナさんに申し訳ないと思ってます」

「・・・って、そっちですかー、気にしちゃうポイントは・・」

「仕方ないんです。わたしたちスレナス兄弟がしっか仕事ばいとして仕送りしないと領民が冬越せないんです」

「それってさー、領主と領民が逆じゃない?」


 物陰で黒髪少年団。

「女ってお喋りだよなー」「だよなー」


                ◇ ◇

「ああ、いたいた。ここに居たんだ」と、ディアマンテ嬢が登場。

「聞いたよ聞いた。あの婦女暴行未遂犯、ほんとの狙いはクリスちゃんだったんだって?」

「ディアさん、何か悪いことを思い付いた顔してます」

「黒髪ちゃんには敵わないなぁ」

 町の自由人、言葉遣いは相手が貴族だろうが何だろうが関係ない。


「襲われた騎士夫人も結構イイ女だったじゃん」

「三十代半ば、十代で嫁いで二十年間孤閨の無聊を託ちて来られた方です」

「黒髪ちゃん詳しいのね」

「関係者の公式記録は昨夜調べました」

「昨夜?」

「公文書館の館長様は旧知の御方、夜警はわたしが人選して派遣した子です」

「ったーく! 協会コンユラの女職員は軒並み『敵に回したくない女』番付に載るよ。ちなみに黒髪ちゃんは『娼館にいたら絶対指名する女』妄想番付でもう壁新聞に載ってるけどな。打擲しばいて欲しい人ナンバーワンだって」

「そうか。今度から白状させてお金も貰うとしましょう」

「ほーでんは潰れない程度に握って欲しいって」

 自分が囚人を取調べている処を見たことのある人物を指折り数える黒髪娘。スパ曹長が情報漏洩者と疑われている。

「クリスちゃんも載ってるの知ってる? 『お尻をでたい人ナンバーワン』毎週不動の第一位だって」

「町じゃ撫でても腹パンで済む事を、未遂で縛り首になる人は可哀想ですわね。でも、村長は今日ガウ判事としてシュルトハイス法廷に申し送る決定を出すでしょう。そこで下人所有者の管理責任が問われる筈です。所有者がファルコーネ男爵ならば後見人僭称に加えて後見義務懈怠で、また伯爵から召喚状が出ます。村長は、その辺まで視野に入れて厳正に処理なさるでしょう」

 黒髪ちゃんが冷徹。

「で、捕まった彼らは?」

「騎士夫人へ暴行の現行犯はんとはふてです。自由人の量刑より軽くていい道理はありませんから縛り首は間違いありません」

「斬首じゃなくて?」

「夜中の犯罪は量刑が重くなります」


「それでなんだけどさ・・」

 赤毛のダイヤモンド姐さん何を企らむ?



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