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114.憂鬱な初老騎士

《三月十日、昼下がり》

 カイウスの店、三階四号。

 甘いチーズと果実のデザートが出たら、女三人が完全に雑談モードに入ってしまったので、真面目な打ち合わせは事実上お開きとなった。

 もう、この蜂蜜味に鉱泉水のどのフレーバーが合うかという話しか出ない。


 ハンス主任は主任で、今日あたりに完了報告に来て日曜から手の空きそうな人材の顔を思い描いては、指折り数えている。ラツァロ参審人は参審人で、いま空席の南部シュルトハイスの座をなんとか婿殿に、なんて考えている。テオはテオで、陽のあるうちに帰る約束をしてるから、限られた時間グレッチェンお嬢様をあと町の何処へ案内しようか、とか思案中。

「いやぁ親父っさん、ただの雑貨屋の親父じゃなかったんだなあ・・」

 村で村長に次ぐ有力者っていうと酒屋が多いんだけどな・・いや、そういえば雑貨屋の裏手に石造の酒蔵ケルナーが有ったような気もする。

 いや、それは後の話だ。

 これから、どうする?

 いっそ聞いてしまう。

「皆さん、この後どっか河岸変えます?」

「わたし、夕方に御屋敷町のほうでお約束があるのだけれど、それまで時間を持て余してしまいますの。近くに感じの良いテラスのお店があるのだけれど、そちらでお喋りしません?」

 エステル夫人が乗って来る。


 やること色々あるだろうに・・と言いたげなラツァロ・フィエスコ氏、ぐっと堪えたらしい。

「それではハンスさん! おぢさんは・・おぢさん同士で少々事務的なことを打ち合わせましょう。テオ君、お嬢さん方の子守りをお願い出来るかな?」


「やだなあ〜、あたしだけ此んな格好でさ」

 ディアねえさん、店の小僧さんに小遣い渡して、ギルドに預けてある変装道具の鞄を取りに行かす。女性らしい恰好は彼女の中では変装らしい。

 いや、「変装」すれば、ちゃんと年頃の娘さんだ。

 女三人のうちで一人だけ成年だからって再三にわたり年増みたいな呼び方して申し訳ないが、ディアさん年上は年上なんだから許して欲しい。


                ◇ ◇

 同じ街で、平和そうにしている女性もいれば平和でない女性もいる。

 寺町、丘の上の僧院。

 町中を暴走した十二騎が行き着いた先だ。


「ひぃぃぃ〜」

 剣を突き付けられた小柄な尼僧が悲鳴。

「ドルチーナさん、落ち着けよ。そんなおしっこ漏らしてそうな声出さないで」と、尼僧アンヂェ。

「ひっ・・もっ・・もう漏らしてるわよぉぉ! 悪ぁぁるかったわねぇぇ」

「いや、落ち着こうよ」と、ヴァスカー。

「お前が言うなよ」

 対峙しているベルコーレ隊のリノ伍長も抜剣しているが、声は冷静沈着だ。

「そっちの尼さん若いのにずいぶん落ち着いてるなあ。修羅場を知ってるのか」と、リノ。

「まあ若い尼僧の過去なんて聞くのは野暮ですよ。本気で聞くならお酒でも用意して三日三晩くらい覚悟してください」

「あたしなら一週間話すわよぉぉ。アンヂェより若いしぃぃ」

「一歳じゃん」

「あんたもなぁ・・お漏らししながら張り合ってんじゃねえよ」

 つい、ヴァスカー突っ込んでしまう。

 リノ伍長、ため息を吐く。

「殺意がないのは理解した。条件があるなら、言え」

「図らずも人質のようにしてしまった。女児から順に解放するから、無理に突入して制圧とかいうのだけは待ってくれ。被害者を出したくない」

「もう被害でてるわよぉぉ! 離しなさいよぉぉ!」

「暴れててブッスリ刺さっちゃっても恨むなよ」

 じょー・・・


「なあ、若いみそらで世を捨てて尼さんになるって、いろいろ問題あるわけか?」

「世の中、いろいろ有ります」と、アンヂェ、同僚に冷たい目。


                ◇ ◇

 東区、白亜のテラス席。

 女三人小洒落たテーブルを囲む。

 透明な瑠璃杯の中でエリツェ名物の鉱泉水が泡立つ。


 四人目に男もいるが、牽かれて来た飼い犬と割り切っている。申し訳ないが番犬と名乗るほど強くはない。当然ダニエルの犬より弱い。まぁ、最年少組だしね。過度の期待をされていないのが幸いだ。

 すっかりテオの入って行けない話題になっているので、観察する。

 ディアさんも、ちゃんと女装すると満更で無い。派手な赤毛で存在感がある。

 まあ男爵夫人が地味なお召し物にも関わらず群を抜いて華があるのには、比ぶくもないが。

 聞けばクリスさんの又従姉妹だそうな。見れば目の色髪の色、顔の造作つくりもよく似ている。あの人もちゃんとドレスを着てお澄ましするとこう成るのだろうか。あまり想像が付かない。


 何気なく日のあたる下の道を見ていると、洗練された感じの若い男女がやって来て、隣りに席を取る。隣と言っても春の花咲く植込み越しの向こう側だ。

 男性は帯剣しているのが見えなくとも一見して貴族の身嗜み。女性の方は背筋が伸びて慎ましやか。此方の席の男爵夫人が身に纏う優雅で闊達な感じとは対照的で、清冽な官女のような雰囲気だ。どういう組み合わせだろう。とか思いつつ見ていると、書類鞄を抱えた書記風の町人がやって来て、席に掛ける。色々書類を取り出しては、二人に見せる。

 テオ、ようやく合点がいく。あれは町の代書屋だ。たぶん入籍の書類作りか、或いは市内に求めた住宅の登記か、そういった事務処理を依頼しているのだ。

 気が付くと、ソロティニのお嬢さんも見ている。

「あれって・・」

「多分そうですわね」

 男爵夫人も笑っている。

 その様子を見て、ディアさん独り怪訝な顔。


 ふと見ると反対側の隣り席、若い女性がずっと独り俯き気味。グラスの鉱泉水がもう全く泡立っていない。

 仕事柄結構遠目の利くテオには、彼女の目が涙を湛えているのも見えてしまう。

「余計なものを見てしまったい」

 ちょっと生暖かい気分になっていたところが、どよんとする・・

 いろんなドラマが有ったもんだ。みんなは見ない方がいい。

 とか思っていると、ディアさんひとり気が付いている。

 なんだか口許が笑っている。

「ああ、この人ったら・・」


 と、下の通りを若い男性が走って来る。

 その姿を彼女が目で追う。

「ちっ」と、ディアさん。 ・・ヨカッタデスネ。

 そうでした。今日の三人は若妻さんと、来春に結婚を控えたお嬢さんです。中で彼女、いちばん年長でした。そんな気にする事ないよ。あねさん若いじゃん。協会のヴィナさんとかよりも若いじゃん。あ、あそこも最近バイトちゃんが来て、世代交代とか噂が立ってたりするな・・言ったら藪蛇か。


 青年が駆け込んで来る。端正きちんとした容姿みなり。貴族ではないが素封家の御子息といった雰囲気。そして、青年というより少年な面立ち。息を切らして喘ぎがち。微笑ましいじゃん年上だけど。あ、あねさんより下か。

「爆発しろよ」

 あ、ついに口に出した。


「ごめん。仕事が入っちゃった・・」

 彼女の笑顔が凍り付く。

「じゃ・・今夜の予約は」

「ごめん」

「・・・」

「ごめん、もう行かなくちゃ」

「待って! オルシーノ! 待って!」

「ごめん!」


 少年ぽい青年、走って去る。

「くーっくっく。爆発しやがった」・・ディアさん喜色満面。


 この人、土壇場で敵にったりしないだろうな。


                ◇ ◇

 オルトロス街、協会の大広間。

 ラツァロ・フィエスコ参審人、野盗からの鹵獲品をヴェルチェリが取得するという話、ベラスコ家とは略々ほぼ話が付いていて後はギルドとの交渉なのだが、振られてしまった。

 金庫番ヴィナ嬢、ハンス主任と急な外出である。例の暴走賊始末に協会が一役買うらしい。そう言われると引き止められない。

 大広間で頬杖付いて溜息つく。

 其処へ「一杯どうかね?」と火酒コルンが注がれる。

「いや、突然すまぬ。お主の目が飲みたそうだったんでな。儂も手持ち無沙汰で飲もうと思ったら、売店が夕方まで閉まっておるという。仕方なく従者にひと瓶買いに走らせたのだが、相手が居らぬ」

「目で分かるとは、貴殿・・練達の呑んべいで御座るな?」


 フィエスコ氏、酒肴も無く初対面の初老騎士と呑み始める。



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