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112.憂鬱な副頭目

《三月十日、昼頃》

 オルトロス街、協会大広間。

 昼食時ひるどきに掛かり、人の姿が増えて来る。

「話も剣呑になって来たし、河岸変えるか」と、ハンス主任が席を立つ。

「えーっ! じじい逃げちゃうにゃー! 今日はイーダっちもバイトちゃんも居ないのにぃぃ!」

 慌てたヴィナ嬢が猫人みたいな喋り方をしているが、皆で無視する。


                ◇ ◇

 通りを渡ってカイウスの店へ。こちらも昼食客で賑わっている。

 広場側には大樽を卓、小樽を椅子にしたテラス席。ほぼ満員だ。店の中も可成りの盛況な様子。


「部屋、あるかい?」

 上の方の階は月極め週極めの下宿屋だ。

「食事は六人? おまかせでいい?」と、おかみ。

「三階の四番」

 鍵を渡される。

「男爵夫人様もおでだ。ご馳走頼むぜ」

「お貴族様って、エステルちゃんじゃないのさ」

 旧知らしい。

「なんだか亭主が浮々うきうきしてるよ。面白い話らしいね」と、おかみ小声で。

 基本的に南部人というのは物見高い。


                ◇ ◇

 ギルドの典礼主任ハンスことヨアネス・ボンディ摚然どっかと座り議長然。

て」

 と、仕切ろうとした途端に小僧がチーズの大皿と白葡萄酒を持って来るので、話が明後日アサッテ)に行く。

「ハンスさん、なんで昔のこと知ってんの?」

「そりゃテオ、カンニングだ。公文書館行って『尊卑名鑑』当たっとったのよ」

「ゾンビメーカン?」

「嶺南地方の紳士録みたいなもんさ。まぁ公表された上っ面情報が載ってるだけだけどな。そう思って皆が忘れてる意外な情報が載ってたりすんのよ。俺はプフス生まれの余所者なんでな、こういうもん使うのも岡目八目で良いんじゃねえか? 地元の人は見ねえだろ、こういう資料」

「成る程。我ら知っていて当然という頭があるから、そういう資料には目が行きませんな」

「だろ? ラツァロの旦那」

「うむ。我ら・・ファルコーネのご老体憎しで目が曇っておったと云うか・・アルテミシア暗殺の首謀者、実の父より異母弟の方が百倍も怪しいこと、気付いたのはつい最近です。色眼鏡とは恐ろしいものだ。ましてや、その異母弟の出生が怪しいとか・・考えもせなんだ」

「いえ、実際すっごく影の薄い人なんですもの。表舞台に全然出て来ないし」

「んまあ取り立てて何か役職に就いた記録も無いし、当主はヴァルテマール老のまんまだしなあ」


「仮にも領主一家の事なんでしょ? ソロティーヌの人ってファルコーネ家と付き合い無いの?」

「自治村の私たちは領民じゃないんです。エリツェの市民さんだって伯爵家の家臣じゃないでしょ?」

「うん。でも伯爵家家臣の文官連中はけっこう市民権取って市内に住んでるよ」

「村だと、男爵の封臣でもある村長が間に立って、男爵家の役人は立ち入らせてません。変な税金とか思い付かれたら困るし」

「なーるほどぉ。村長の家を乗っ取りたくなるわけだ〜」

 ディアさん金の話には敏感。


「ファルコーネ家も、伯爵家の家臣団の中で飛ぶ鳥落とす権勢を誇った嘗てのファルコーネではありません。今はもう、町の経済力を背景にしたマッサ家の発言力が圧倒的ですし、伯爵家そのものからして、先代の外孫であるガルデリ子爵が跡取りになるという世評が本当になったら、間違いなく大逆転が起こりますのよ」

「まず、二十年前の伯爵世子廃嫡論争で敗れたトルンカ家の巻き返しが必定だ」

「あのお家騒動で、なぜか負け組がみんな仲良くなっちゃったんですの。絶家になってしまったトロニエ男爵家に、我がヴェルチェリ男爵家、そして・・」

「そしてフィエスコ男爵家だ」

「ファルコーネ男爵が後見人をしているいう若殿様ですか!」

「自勢力に取り込みたがってるのさ。実の孫だからな。しかしフィエスコの遺臣は今だに彼を仇敵だと思っているよ」

「でも、若殿様ご本人は?」

「のほほんとしてるな」


「それじゃ、ファルコーネ男爵が自治村を取り込みたがっているのって、けっこう尻に火が点いてるんだね!」

「伯爵家中の主導権争いに割り込む力はもう無いと思ってよかろ。手の届く範囲を囲い込む段階だな。自治四村の自治を切り崩して、領地化の方向に持って行きたいのは切実じゃろな」

「思い込みや決めうちは禁物ですが、ファルコーネ家の抱えている問題点は犯行の強い動機になりますわ。野盗に情報を流して誘導し、奴隷商人を陰で操って、狙いは奉公人市場の暗黒面を創り出すことで相違ありません。燐寸喞筒まっちぽんぷの術です」

「なにそれ暗黒魔法?」

「そんなもんだ」


 サラダが出てくる。


                ◇ ◇

 ラマティ街道の終点に近づく十五騎。

 木々の間から東の見附の東屋か見えて来る。

「ここから一気に駆け抜けるぜ」

「え? デリックさん!」

 一同疾駆する。


 物見に立っていた門衛の若者、長閑な日差しを浴びつつ具材入り揚げパンを齧っていた彼が目を皿にする。別に昼食を盛るのでない。騎馬集団の姿を凝視したのである・・言うまでもないが。

「きっ、緊急ぅぅ!」

 仲間、すかさず旗竿を手に執る。

 高く掲げた旗竿の、その先端から左右二本の細鎖で金属製の筒が水平に吊ってあって、そこから市の紋章を描いた旗が下がっている。

 これを、竿を軸にしてぐるぐる廻して振る。

 緊急事態の合図だ。


                ◇ ◇

 東の城門塔にいた見張りの門衛が我が目を疑う。

「緊急警報! 緊急警報! 跳ね橋上げっ!」

 門衛皆が復唱する。

「緊急警報!  跳ね橋上げっ!」

 橋の袂の門衛が両手広げて、入市審査の列を押し戻す。

「どいてっ! 緊急事態! 跳ね橋が上がるっ!」

 人々を門衛小屋の脇へと誘導する。

 土屋根の穴屋なので、入り口周りが窪地になっている。そこの垣根の陰に皆の身を屈ませる。塹壕のような場所だ。


「間に合いません!」と、ヴァスカー。

 一瞬遅く、跳ね橋は上がってしまった。

「のこねんっ!」ヴァスカーの知らない隠語で悪態つくデリック。

 東門の薬研堀に落ちそうになる数騎。馬首を廻らしたデリックが号令する。

「迂回!」

 城門塔の見張りが叫ぶ。「敵は南門へと迂回ッ!」

 伝令の門衛が走る。ひとりは城壁の犬走りを、ひとりは東西大路を。


 書記官が呟く。

「だめだ、馬の方が早い。警報の半鐘設置を予算申請するぞ」


                ◇ ◇

 カイウスの宿、三階四号。

「二十年前のお家騒動は、わしの従兄弟の義兄がまさに当事者でしてな、先代伯爵が・・内孫ーーつまり今の伯爵世子を廃嫡にするって決めて、正式の確定判決出す直前にぽっくり亡くなったんですよ。それを今の伯爵が息子可愛さに有耶無耶にしたんで、外孫擁立派の梯子が外れて仕舞しもうたのですよ。それで伯爵家の二大侍大将だったトロニエとトルンカが爵位を返上して出仕しなくなった。追い落としたのがファルコーネ男爵です」

「しばらくはファルコーネの天下でしたわね」

「だが、伯爵家の軍事力は如何せん低下した。皮肉な事だが、侍大将二人抜けた穴はガルデリ一門の武力が埋めることになり、外孫殿の求心力ますますが高まる事となった」

「そして廃嫡論争で中立を保っていたマッサ男爵はトルンカの実兄の家系なのですわ。外孫派が二十年間じわじわと盛り返した結果が、今の嶺南の勢力地図です」

「ってことは、時間の問題?」

「まずソロティニ家に手を貸してファルコーネ領内の自治四村を守り切り、次にフィエスコ領に後見人として不当に居座ることを許さなければ、鷹はおのづと羽根をもがれて地に墜ちますわ」


 男爵夫人、高々と盃を掲げる。


                ◇ ◇

 南門市場。

 十五騎暴走する

「一気に走り抜けろ!」

 屋台が倒れて商品が散乱する。

「引っ掻き回せ! 壊せ! 怪我させるな!」

 飽く迄も弁償で片の付く範囲で騒ぎを起こす。 ・・今は。

 ・・しかし市内に突っ込めなかったら全てお釈迦だダゴンだバアルの神だ。


「突撃ッ!」

 キルデリックは傭兵だった時代を思い出す。まぁ、突撃などしない後方撹乱要員だったが。


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