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108.憂鬱な眠い人

《三月十日、未明》

 ソロティーヌ村の雑貨屋。親父が語る。

「因縁と云う奴さ」

「つけないで下さい・・」

「ナニ言いやがる、二十年っぱかし前の話さ。伯爵家は相変わらず独立系の中小領主を呑併しちゃあでかく成るの繰り返し・・かと思ったら、其の顎門に噛まれず強かにむかって来る或る男爵家があって、しもの伯爵も攻めあぐねた。其れで何処の誰ぞが一計案じたや知らねぇが、ファルコーネの娘が其処の分家に嫁いだのよ」


「省略結婚て奴か」

「ん? いや、貨殖の宴を挙げてたぜ」

「儲かったのか?」

いや、設けようとしたんだ後継あとつぎの子をな。んで手を替え品を替え、其の本家を絶家へ追い込んだ。ファルコーネの孫が跡継ぎんなる様確固しっかり仕組んだ訳よ。万事御覧ごろじろってとこへ持ってった」

「持ってった!」

「それがおめえ、ファルコーネの娘、赤子を産んで寝てるとこを突然、謎の大勢が斬り込んで一寸刻み五分刻みよ」

嬰児あかごもかい!」

「いや、夫れは忠僕が抱えて逃げ延びたとさ」

「はあ、良かった・・駄目だったら寝覚めわりいや」


「な、酷似そっくりだろ?」

「何が?」

「あ・・だから、そのファルコーネの娘ってのが『嶺南一の女剣士』って謂われた美女だったのよ。酷似そっくりだろ? 昔『伯爵夫人と侍女に扮した護衛三人の女剣士』が謎の一団に襲撃されて討ち死んだ話とさ」

「そんなに似てるかな?」

「いや、だから当時は『酷似そっくりだから親の因果が子に報いた』って怪談ばなしで知れ渡ったんだよ」

「どこが似てんだ?」

「んー、わかんねかな! 『伯爵夫人と侍女三人、都合美女四人の女剣豪が謎の一団に襲われて、多勢に無勢で討ち死んだ! 無念ッ』って話と、『ファルコーネの娘が美女剣豪で、謎の集団に囲まれて斬り死した! 無念ッ」って話! 似てんだろ?」


「いや、美女だとか女剣豪だとか、後から言われてもなあ」

「わーかったよ! 俺の説明が悪かったっ! だーかーら、当時は噂んなったんだよ。伯爵夫人暗殺を手引きした裏切り者が屹度あのファルコーネだから、自分の娘は・・親の因果が子に報いて、かーわいそーに同じ運命辿ったんだってな! 二十年前に噂んなったの!」

「ハイ、ワカリマシタ」

「納得してねえだろ」

「他にも酷似そっくりな点があんだよ! 曰く『伯爵夫人が死んで、後妻の産んだ子が老けてすぎ』と『後妻の産んだ男爵の長男は先妻が産んだ長女と年齢近すぎ』とかさ」

「それって死んだ人の続きがら違ってるし」

「おめえって、細けぇ事をうるさい奴だったんだな。いい! もう、お前にゃ娘はやらねえ!」

「おいおい・・親父っさんの娘って、村長の息子と恋仲じゃなかったのかい」

「そういやあ、あいつが婚約者だったっけ。来年の春に結婚するんだ」

「親父っさん親父っさん、酔っ払ってるよおー」

「村長の息子がまた好青年でなぁ」

「忘れてたくせ・・」


「むかし・・あの謀反事件があって村じゅう縛り首んなったとき・・な、俺らの親父は伯爵の外征に従軍してて無罪お構いなしの沙汰だった。『兵役義務あり限定自由人』で息子が徴兵されてた家だけ無条件に無罪放免で、あと村のみんな・・木という木に下がって絞首刑になってた。がきだった俺には、怖くなくて、ただただ奇妙な風景だった」

「俺って平和な時代に生まれて良かったな」

「村長の倅と娘が結婚して、当家は・・孫で騎士に返り咲きだ。三代かかった・・」


 親父っさん、寝落ちする。

「俺も明日は寝坊しよう・・」と、テオ。


                ◇ ◇

 エリツェの町、市警本部。

「すぐ止血したひと、素人じゃないですね」と、若い軍医。

「古参兵だそうだが」

 感心するニクラウス曹長。

「これから発熱が酷くなると思いますが、それを乗り切れば助かると思います。まぁ約束はしないですけど」

「んまぁ容疑者であって犯人じゃないから、死なれると後味悪いしな。助かるに越したことは無い」

「あちらの三人は無理です。死んでます」

「(そりゃ、素人でも見てわかるから、首とれちゃってるし・・)」


「曹長、掌典局から早朝会議に出席依頼です」と事務官の使い。

 ・・はぁ、誰か頼む。もう俺を寝かせてくれ。

 曹長、祈るように言う。


                ◇ ◇

 ラズース峠、夜明け。

 例の門番騎士、本当は遅番なのだが、朝一番の通関には必ず顔を出す。

 ここは税を徴取する関所ではないので会計官がいない。この時刻は、プフスの朝市に農産物を卸すラマティの農民が一番よく通る。ほとんど時間を取らせず、どんどん通って行く。

 逆に、プフス側からラマティに行く商人は農家の手がく時間に合わせ、昼少し前に通る者が多い。エリツェまで徒歩で行く商人が一日行程だから、当然この時間帯だ。数はそれほど多くない。


 北東側の上り坂を騎馬の一団が来るのが見える。下級の士分と思しき出立ちの若い者たちばかりの集団で、高位の者の供でない。

「むぅ」

 門番の騎士、渋面を作る。


                ◇ ◇

 ソロティーヌ。

 雑貨屋夫妻とその娘、それにテオ・チーゲルが朝食を摂っている。

 歳の頃はテオと乙かつ。人見知りしない、なかなか気立ての良さそうな娘である。

「ねぇねぇ! エリツェの町って、どんなとこ? 華やか?」

「んー、そうね・・地方都市にしちゃ結構まぁ垢抜けてんじゃないかなぁ。街並みも綺麗だし。商人や職人が建てた自治の町だから、揃う商品の質も量も、そんじょ其処いらの都会にゃ負けないよ」

「このやろう! 小娘にそんな話ぃしたら田舎暮らしに文句言い始めて困るぜ。可怖おっかねぇ話も一発して置きな」

 親父早速水を差す。

「あー、うん。華やかなぶん・・危ないことも多いねぇ。こないだも人が殺されたんだぜ。五人も!」

「まぁ怖い!」

 (・・そう。暴漢五人、襲った女に殴り殺されたんだぜ。怖いだろ。)


「ときに親父っさん、昨夜聞いた話の『或る男爵』って、名前は秘密?」

「いいや、別に構わん。フィエスコ男爵だ」

「えっ! フィエスコ!」

「知っとるんか?」

「いや、同じ名前の知り合いが居ただけ。もしかすっと・・親戚かもな」

「かもな。本家は絶えたそうだが、一門は町に行ったかも知らん」

「じゃ、そこの領地って、どうなってんの?」

「跡継ぎが未成年だから剣親*のファルコーネ男爵が後見人になっとる」

「後見人!」                    *註:最近親の男系尊属


「そう言やぁ二十年前のことだ。そろそろ成人だな」

「ふぅーん」

「彼と同い年なのか。どんな若殿様かなぁ」

「彼って、村長さんとこの?」

「うん。いま従騎士で修行中なんだ」

「聞いた話じゃ、騎士になる御披露目式ってすっごくお金かかるんだろ? おれの知ってる人なんか、結婚式に回わす資金がとっときたいから従騎士のままでいいって言ってんぜ」

「それがねそれがねっ大丈夫なのっ。彼の修行先がとっても良い城主様でねっ! 来春になったら叙任式と結婚式、ぜーんぶ面倒見てくれるって!」

「なんだって、その太っ腹!」


「まっこと有難ぇお話でなぁ。村長夫婦とうちら夫婦、四人揃って土下座に行ったのよ。そしたら却ってお城で歓迎されちゃって、夢のようだったわよ」

 おかみさんが興奮気味になってきた。

「まあ村長んとも当家うちとも浅からぬご縁のある方でな・・恩ばっかし溜まっとるわけだが」

「あのさあ・・自由人の親父っさん夫婦はともかく、村長さんって曲がりなりにもファルコーネ家の家臣なんでしょ? 主君と恩人様が万が一にも仲違いしちゃったら、どうするわけ?」

「そりゃ村長も家禄なんぞ突っ返して恩人様へと馳せ参じるわ。間違いない」

「はあ・・、その恩人の城主様って、ちなみに何方どちらさま?」


「来たるべき若殿の御母堂様の実家でな、ベリーニ男爵と仰る」


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