103.憂鬱な強力の人
《三月九日、宵》
北区東斜面、荒屋外。
樹上から男が落ちて来て、そのまま動かない。
「死んだ・・のか?」と、スパ曹長。
「今は生気が未だありますが、打ち所次第です」
曹長、右手を見ると旧城壁辺りに人影。
「用心に狙撃手をひとり、連れて来ましたの」
「僅かな月の薄明かり・・この距離で当てるかよ」
「どうします? 止め、刺します? 手当てします?」
「姉ちゃん淡々と怖ぇ事言うなぁ。生きてりゃ手当。死んだら死んだで良いだろ」
「ですが敵の襲撃に備え、防衛に不利なこの場所は早急に離れる可きです。それには確保した身柄三名、運搬に難ありです。少し間引いては如何でしょう?」
・・可怕ぇ姉ちゃんだ。
「男で二人で三人運ぶのは・・」
しれっと自分を含めず数えている。
「姉ちゃんも一人くらい運んだらどうでぇ」
「否。其処は夫れ、わたくし繊弱い少女ですし」
曹長「どの口が・・」と言いそうになって、言葉を飲み込む。
まあ十八歳が少女であるか否かは意見が分かれようが、繊弱いか?
「それはそうと、あっちの締め落とした男、ちゃんと蘇生したんだよな?」
「はい、呼吸戻りました。髭熊の方も首の骨逝っちゃわないよう注意しましたし」
「・・あれで手加減したんかい・・」
議論の余地は無いと、強く思う。
「先日ちょっと失敗しまして、敵頭目を尋問不可能にしちゃって猛省中なのです」
「はいはい左様かい左様かい」
「審問官さんも・・」
「審問官ではごじゃりませぬが、そちらの小柄なひとり位なら背負えそうかと」
「すみません。小娘の身で出過ぎたことを致しまして」
「・・で、俺がふたり担ぐんかい!」
◇ ◇
オルトロス街の空中庭園。
食前酒と前菜で歓談が始まっている。
判事補閣下のお相手は主にヴィナ嬢で、門衛局の書記殿がなんか微妙に牽制してる感じ。反対側で市警の人が割と控え目ながら要所要所で良いポジションをキープしてる。伯爵府の書記官殿はちょっと空気読めない系の人だが、なんかトリックスターっぽくて面白い立ち位置だ。あれ、計算してヤってんだろうか?
幅は有っても皆二十代、気鋭の新世代だ。
のし上がって来た余所者あり地元の白眉あり。
この町の次世代トップって誰が言ってたんだっけ。
これ、その侭この町の各勢力の縮図だったりすると結構怖い。
「偉い人の付き合いって大変なんだな」とか、脇で見ているファッロ。
ミランダさんが「ブラック・プリンス」とか冗談で呼んでるかと思ったら、本当に侯爵家御曹司らしい。将来本当に諸侯になる人だ。
あの人なら確実に、ローラがもと娼婦だって知ってんだろうけど億尾にも出さないし、接する態度も優しそうだ。懐深い人なんだろうか。それともそれ程ブラックなんだろうか。
ギルマスが話し掛けて来る。
「いやぁ、女性が二人給仕に加わってくれたら華やかさが段違いだなあ」
「すいません、勝手に押しかけちゃって」
「いやいや、すごく助かってるよ。うちら、女性組合員も少なくないのに何故か空気が男所帯っぽくてさ、料理長のメシも美味いけど、見るからに野郎料理だと思わない?」
「それ、ちょっと有りますね。だから組合員に人気なのかも知れないけど」
「あの誘拐被害者ちゃん・・、この調子でお給仕とかできるんなら協会で後々面倒看てもいいし」
ローラの方をスカウトに来る流れかと身構えたけど、そっち行ってくれました。
「スレーナ嬢が、彼女ってリッピの侍女さんじゃないかって」
「売られた時期から見て、その線も考えてたよ。面識あるはずのベラスコさんと面通しも考えたが、養生って意味で、あんまり急じゃない方がいいと思ってる」
「ご配慮ありがとうございます」
「ファッロ君、早くも身内感覚だな。イーダくんの目は確かだなあ」
目鬘書記殿・・『イーダさん』って言うのか・・知らなかったよ俺。
◇ ◇
北区、夜道。
「ぐ・・ぬぅ・・ン」
スパラフィシル曹長、縛り上げた男ふたりを振り分け荷物の様にクロスして担いで、大した強力伝である。
「すごいすごい。曹長さま凄いですわ」
黒髪娘、少し白々しい。
「首級にすれば楽なのに、俘虜にするのは本当大変ですわね」
「姉ちゃん徒手な癖に言って呉れるよ」
「でも、そんな担ぎ方、初めて知りましたわ」
「業界にゃ、色々あんのよ。死体が有っちゃ不可ぇ場所からチョイ移すとかさ」
「んなら少し此れで練習してみるか?」
「本日は遠慮致しておきますわ」
「そう言わずに! 何事も経験だぜ」
「今夜は此れから侯子様のレセプション宴ですの」
「もう宵の口じゃねえぜ。始まっちゃってんじゃねえの?」
「メインのお料理には間に合いたいですわ。結構体も動かしたし」
「スレーナ嬢、乙に澄ました十七、八の小娘かと思ってたら、結構佳い女だな」
「お褒めに与って光栄ですわ」
「ジャーマネ兼・情報係って公称だけど姉ちゃん、結構裏稼業の人だろ」
「『影』は我が家系の伝統職ですが、わたくしは単なる傭兵貴族の娘ですわ」
「傭兵貴族って、あれか。領民からの税収だけで食えないから、あちこち陣借りで食ってるって」
「ガルデリ谷は寧ろ、領主が村の若衆引率れて出稼ぎに行かないと領民が冬を越せないような痩せた山間部の地侍集団なのですわ。略奪貴族から傭兵貴族になったのを褒めて頂きたいくらい」
「ま、お貴族サマなんてのも所詮野盗の大親分てのがお理解みたいで結構だな」
「法律という物も、所詮は大盗が小盗を参入規制する方法論にすぎません」
「それ言ったら裁判官怒るだろ」
「裁判官だって人の頭をちょん斬る裁定を下す権限と人頭税付きの土地を国王から貰って、命じた罰金のうち幾許かを懐に入れる人です」
「所詮は暴力の独占てか?」
「そもそも人頭税というものが、勝者に切り取られず体にくっついた侭にしてもらった頭の年間使用料ですもの」
「なるほど、胸の肉1ポンドを質草にするか担保にするかって違いか」
「そりゃ質屋に預けてたら死んじゃいますから」
「それを手から口にしちまうのが野盗ってか」
「人を生かさないのが小盗です」
「だから吊るされるわけか」
目前に西区の大木戸へ続く大階段が現れる。
「ぬわっはは・・ これ登るんだったな」
「さあ後は僅か。頑張って」
◇ ◇
西のソロティーヌ村。
「テオドール君と言ったね。その商品、半分くらいなら当家で買い取ってもいいよ。なにせ小さな村だから、売り捌くには時間が掛かる」
村で一軒の雑貨屋亭主、安く買い叩く気ありありである。
「売れ残り抱えて無計画に立ち寄ったんで、少しでも売り捌けりゃ御の字っす。目一杯勉強するっす」
怪しい騎士、ことフォーゲルヴァイテ卿を尾行して来たテオ・チーゲル。上手い具合に村へと潜り込んだ。
中年の雑貨屋夫婦と食卓を囲む。
「そうかあ・・市は週末明けかあ」
「市場ったって、まぁ人は集まるが、奉公人市場はモノ売る市場たぁ違うからな。集まる人目当てに飲み食いの品なら売れに売れるが、日用品はお呼びじゃねえ」
「んでも奉公人市場って見たことないから興味あるな」
「土日は何んにも無い田舎村だ。居ても楽しい事ぁねえぞ」
「週末は羽伸ばして来ていいって路銀も貰って来てるんで、野原で昼寝も悪かぁ無いし」
「んなら月曜に食い物屋開くから、売り子手伝って貰ったら?」と、おかみ。
どうやら宿賃の現金収入は魅力らしい。
「路銀も在庫も余ってて、なんで帰って来ちまったんだい?」
「だって残り商品ぶんの粗利より市場の参加金が高く成っちまったんだもん」
「そりゃ残念だったな」
テオ、月曜市に参加決定。土日のうちに怪騎士の行く辺を探す拠点も確保した。