20.熊姉妹一堂に会するの事
時系列同時進行のアナザーストーリー
「ドラ猫の憂鬱」
が進行中です。
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同じ事件を別のパーティ視点から記述しています。
主殿裏手の小果樹園の奥に建つ別館。
空気の佳い最上階にある病室。
寝台傍らに侍医らしき者。
戸口の外で秘々囁く者。
「取り付く島もありゃしません。伯爵家側の女衆、指一本動かす気も無ぇ。あちらの姫様に対し無礼があったからの一点張り。洗濯物洗って遣るだけ有難く思えって言われました」
「うむむむ、そんなに頑ななのか。病人に手も差し伸べてくれん程に」
「先にこっちから助力を断ったじゃありませんか潜伏中だから情報漏らしたくないって」
「拗れて始末ったのう」
「そもそも伯爵家の侍女様はバロネサお一人だけ。あとはあの鉄仮面みたいな女中頭も含め全て近くの村から通いの女中です。こっちは故国から伴なわれた御側仕えの女手がお三かたも在って、人手貸せって言やあ嫌な顔しますよ」
「伯爵家が質素すぎるんじゃ」
「あっちの目にゃ、こちらが贅沢で怠惰に見えてますぜぇ年寄本役様。御側仕えがゆっくり寝たいから夜中に働く女手を貸せと頼みに行く肩身の狭さ、分かって下さいやし」
「居候の三杯目なのは重々承知じゃ。しかし当方の女ども看病疲れで実際からだ悪くしとる。何とかならぬか?」
「だぁから『兵隊雇う金があるなら町で看護人雇って来い』って、鉄仮面に散々小言われて帰って来たとこですよ。正論でグゥの音も出ねえ」
「・・済まん。三人の中の年少の役立たず、最初に体調崩しおった・・あれ、孫娘じゃ」
「どっちにせよ、そろそろ男の薬師だけでは限界です。助産師手配に当たりを付けないと。でも、町で腕の良いのってば、エルテス出身の修道女ばかりだし・・確実にあちらに情報流れますぜ」
「薬師殿のような、仁義を弁えた信用出来る者を探すのは至難か」
「闇医者の女房とかじゃ、こっちも任せて不安ですし」
「ああ、伯爵の姫君は経験豊かな側仕えを幾人も連れて居られると云うのに」
「だーから、彼処にゃ喧嘩売っちゃったじゃないですか」
老人、深く溜息。
「あたしゃ寧ろガルデリ相手に啖呵切った胆力ぁ天下一の女傑と感心しましたけどね、それも一朝病に臥っちゃ何とやらだ」
薬師が出てくる。
「お眠りになりました」
「お見立ては如何じゃ?」
「危険な状態を一旦脱したやには御見受致しますが、お側仕えの夫人がたに介添え頂けないと、男の私では触診も叶いません」
唯、其処へ普段たてぬ足音を故意立てて近付く者が存る。
優に長七尺半は有らんかと云う中年女、器量は決して悪くはないが鉄仮面と呼ばれた仏頂面の侭で粗雑に、
「薬師殿の手伝いに限りまする。それと夜中はお断り申す。他の者も遣しませぬ」
と言い放つが、肌着とシーツの替えを抱えた女中二人を従えている。
老人、深々と頭を垂れる。
「目覚められたらに致しましょう」
病室隅のベンチに女三人腰掛ける。
薬師が隣に掛けて小声で細かい相談始め、残された男二人は所在無しげにして居たが、頓てとぼとぼ階下に向かう。
一階の奉公人詰所前まで来た折丁度、町から来た商人たちが伺候する。
レヴェランス。
◇ ◇
妹姫の居室。
「亡き父の銅像建立叶いました暁には、師の御坊様何卒除幕式にご来臨賜りますれば某し欣喜雀躍」
「この御城には何やら不穏不吉な空気を感じますのじゃ。御一党は御父上の柩と共に急ぎ早々にさっさと国許に戻られよ。今なら『暫し服喪を』の一言で伯爵殿の元を辞去する名目も立つ。襲位並びに本領安堵の請願も忘れぬようにな」
「重ね重ねのご厚情痛み入り申す。然らば是にて御免」
「鬼だな」
「心外な。親身になって遣っておるじゃろ」
「姉上さま、久々にお声を聞けますかしらっ。」
「儂、まだ心の準備が出来とらん」
と、ノックの音。
「ウルサ・ミノル姫様、大姫様の使いにございます」
「あら、ユスティ?」
「うるせえ姫様?」スレナスの二人の弟が小声で唱和、長兄の拳骨を食らう。
扉を開くと、眉目秀でて凛と男装した短髪の侍女。
「身重の大姫様の許へは小姫様の方から参上なさるのが筋、というのが建前で、あちらの部屋の方が危急の折に堅固です」
後半は小声の早口で囁く。
◇ ◇
一同、回廊に出る。
「ふむ、長兄が先鋒で弟二人が殿、目配せだけで瞬時に陣形を組むか。一流は違うな」
ドラゴンスレイヤー氏が……珍しく懐刀を手にする。
「あた……」
長身のニートが鴨居に頭をぶつける。
「なんで扉もない所に鴨居が……」
「ははは、有事に防火扉とかを嵌め殺しにするんだろう」
「ふぉほほ、おぬし好い緊張感解しになるわい」
「いえ、アランさんの懐刀が気になって……それ、龍爪刀ですよね?」
「国宝級?」スレナス弟が覗き込む……。
「しんがり、よそ見駄目。大姫様の部屋に着いたら見せて貰えるよう頼み込んでやるから」と……優しい叱責。
長兄の後ろに付いていた男装の侍女も成人まも無いくらいか……興味ありありげに視線が泳いだのを自戒した模様。
「俺の索敵も時に出し抜く奴いるから、お前ら気を抜くな。ただでさえ反応多すぎで識別苦労してんだからさ」
「多すぎ……ですか」
「ビンビンだね、遠巻きで近づいて来ないけど」
結局なに事もなく空色お仕着せ部隊の処に着く。男装侍女が先頭に代わって符丁のようなノックをする。終始無言で部屋まで通される。
◇ ◇
「姉上さま、まる一日お声が聞けなくて、わたくし・・もうーー」
華のある女性二人、駆け寄って抱擁…… まさに名花二輪。
「百合姉妹ごっくんッ」
「(小声で)さっき久々って……言ってませんでした……?」
やがて大姫様と呼ばれる夫人が……院長と見つめ合う。
「ウルサ・マイヨル・ダ・パルミジエリです。あ、旧姓でした。ガルデリです」
「アサドじゃ」
しばし……沈黙。
「母さんに、生き写しじゃのう」
「えへへ、でも同じ顔は四人おりますのよ」……目が……潤む。
「あなたっ、いま百合って言いましたっ?」と、小姫。
「(ぎくッ、聞こえちった)」
「(結構おおきな声で言ってましたわ)」と……イーダさんが肘で小突く。
「うふふふ、そんな雰囲気有ります? 当家の家名は『両手いっぱい百合の花束』って意味の言葉が訛ったものなのですっ。武家の名にしてはロマンチックだと思いません? 私たち姉妹に似つかわしいですっ」
「(通じてなくて、ほッ)」
「あの、ドラゴンスレイヤーさん、もし差し支え無かったらさっきの懐刀、弟たちに見せてやって頂けないです? 形りは大きくても未だ子供で」
空気を読んだか……読まないか、スレナス兄が声を懸けた。
途端に、車椅子を囲んで車座が出来た。当のスレナス兄が……真っ先に齧り付く。
……見つめ合う老人と貴婦人の二人残る。
「これが龍爪刀ですのっ、あの伝説級の!」
「こんなモノ持ち歩いてて盗まれないですかねッ!」
「ははは、問題ない。私以外が所有しようとすると呪われるからな」
「ひっ」
恐る恐る指先を伸ばしていた男装侍女……ユスティが仰反る。
「いや、手に取っても大丈夫だ。腰に差しても今まで誰も死んでないぞ」
「いっ、可いのですか?」
「ああ、所有しようと為無ければ害は無いぞ」
「拙者は、ほっほーしくな〜い! はあ、ほーしくな〜い!」と……呪文?
「ははは、切れ味を試してみたまえ」
< からん >
「せ、せ、拙者の剣がスッパリ切れちゃいましたあ」
「嬢ちゃん、これから修羅場あるかも知れないとき、何やってんだ」と……スレナス兄。
「ひ、人に貸し出すのは?」彼女一瞬……色気を出したが、
「それは、これまで試して無いな。娘さん、やってみるかね?」
「え、遠慮しときます、替え有るし」
「血脂対策で替え剣持ち歩くのも一策だけど転戦し難いでしょ? 斬りかた工夫する方がいいよ」
「あ、どうも。勉強になります。先輩まだ若いのに戦さ人の風格凄いですね」
「十二で戦場出たから、たかだか1と半デカッドか其処らだよ。こいつらはヒヨッコ」と、弟らを小突く。スレナス弟ら、愛嬌たっぷりに親指立てて挨拶したらユスティの顔が大崩れ。
「年紀上殺しかッ!」
真顔に戻って
「龍殺し殿! 呪いって、貴殿には害は無いのですか?」
「ちゃんと黒龍から貰ったモノだからな」
スレナス弟たちが……次は自分と取り合い、「お前ら、手を切るなよ」と兄。
「自分を倒した勇者に贈り物とか、英雄譚にありがちなヤツですかねッ」
「いや、お葬式の為に朋輩の龍どのを呼べって遺言を守ったもんでな。貰った」
「それで龍を……呼び出したんです?」
「そのへんは秘密だ。龍たちとの約束でな」
「ペロっと言っとるやんかッ!」
妹姫様は……古美術品でも手に取るように龍爪刀をうっとり眺めつ……眇めつ、息など吹きかけたりしていて珍しく静かだ。スレナス弟らが指を咥える。
「龍の爪って……龍の牙以外では折れませんよね?」
「よく知ってるな。だから黒龍が自分で噛み折って私に与れたのさ。遺恨なしの勝負だったと朋輩に証明して呉るためにな」
「持ってなかったら食われてたですかねッ!」
「食べ……ませんよ」
「貴殿は、そんな紳士的な龍と何ゆえ決闘したのです?」
「ははは、それは言えんな。王国との契約だ。言ったら刺客が来る」
「いろいろ物騒なんだね」と……スレナス兄。
姉姫と院長がやって来る。なぜだか……手を繋いでいる。
「兄の手駒には水増しの雑兵が山程おりますが、手強ぁぁい本物はガルデリ衆が十と余名。対等に戦えるガルデリ武者が此処に四名。皆様と合力すれば遜色ないか、頭数の差ぶん稍や劣勢かという程度です。力押しに攻めには来ないでしょう」
「警戒すべきは呪術ということじゃ」
「礼拝堂の地下に秘密の部屋があるという有力な情報がありますわ」
「ナマンダーハニャー」 アルくんが……訳わからない。
「伯爵様に……全てお話ししては?」
「父を信用してはなりませんっ。あれは真っ直ぐな武辺者ではありますが、最後の最後には肉親の情に流される男ですっ。必ずや祖父の轍を踏むでしょう。過剰な偏った愛情こそが、わが一族に伝わる呪われた血なのかも知れませんっ」
「貴女は?」
「わたくしの愛は家族という狭い枠には縛られませんのよ、白銀の龍騎士さまっ!」
「では礼拝堂の地下を探って見るかのう」
院長が……空気を読んだか話題を変えてくれる。
「では御坊と私と、優男くん両名で行こうか。武闘組四人は姫様らを防衛」
「応」×3
「あら、妾は頭脳派ですわよ」
「うむ、なんとなく女性は行かない方が良い気がしてな、ははは」
「なんとなく察しました。それでは妾は姫様らと居ります」
「では、コソコソ参ろうかのう」
姉の姫が院長の、妹の姫が……私の手を執って無事を祈る。
アランさんたちは……目配せだけ。
「ぼくは? ぼくは?」
スレナス弟二人が……肩を叩いてアルくんを慰める。
「階段で……行くんですよね……」
優男二人が既に死にそうな顔色。
:扨て露骨に何かありそうな地下の隠し部屋、果たして鬼が出ますか蛇が出ますか、将又た蛇に足がありますかは、且く下文の分解をお聴き下さいませ。




