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85.憂鬱な殺人者たち

《三月八日、日没》

 エリツェの町、北区。人気ひとけのない貧民街の外れ。

 寺裏川に架かる橋の袂から戻って、寺町参道へと登って行く階段道。

 此処は嘗て城壁だった。


 城域拡張で北区がで出来て以来このかた旧城壁の一部は法地のりちに擁壁として残り、一部は自然の崩落に任された。崩落して出来た緩い崖地を、斜面に差掛けた貧民街の小屋が半ば迄這い上がる。

 階段道は其処から登って参道男坂の辻付近ちかくに出る。


 階段坂を登りながら、男はおもう。

 折角ここで警護という真っ当な職に就けたと思った途端、復た是んな仕事に逆戻りかと。

 警護対象パオロ・フロリアーノに言われるがまま、訳も分からず道端に居た乞食を拉致して絞殺し、川へと捨てた。昔散々さんざやっていた仕事だったから平気で体が動いたが、何故あの時「自分らは護衛です」と言って断らなかったのか。兵隊だった頃の習い性となって俺の不義だ。

 そうだ。

 自分は這い上がる契機ちゃんすを棒に振ってしまったのだ。泥濘どろぬまに逆戻りだ。

 警護対象になに危害加えるでもないひ弱な男だった。抵抗すら、しなかった。まるで自分の運命を受容うけいれるかのように絞め殺されて行った。

 何者だったのだろう?

 パオロ・フロリアーノという金満家にとって、余人に喋られては困る何かを知っていた男なのだろう。

 昔の仕事を、て了った。

 泥濘から這い上がろうとして、掴んだ手が滑った。

 また泥濘の中だ。


                ◇ ◇

 寺町参道の石畳上り坂広小路に戻る。

 既に日は落ちて、辺りは行き交う人の姿も無い。

 人待ち顔の足元灯だけが、ゆらゆらと彼方此方あちこちに光っている。

 仲間の姿が見えない。灯りから目を逸らし、暗闇に慣らしてから見廻す。


 見廻すと、仲間二人と警護対象パオロの姿は、男坂下の辻の暗がりに在った。

 三人揃って、壁に向かって暗闇の中に立っていた。

 壁に向かうと云うより、顔で壁にもたれていた。

 死んでいた。

 胸が早鐘を打つ様だ。辺りのどの闇にも怪物が潜んでいる気がした。

 同僚も同じ思いだったのだろう。

 背と背を合わせて防御姿勢になる。

「此の儘急遽帰営するか?」

「いや一体ひとり連れて行こう」


                ◇ ◇

 西区南の流通業者街。

 低層階が倉庫で上が住居。

 親から相続した自宅を持て余し気味なアルゲントの家の屋根の上。いや、以前よく闊歩した屋根の上でなく、ちゃんとした階段で階下したから登る物干台だ。

 今夜は八日月。

 陽の落ちる頃、月は中天に在る。こんなにも分厚い雲が空を覆っていなければ夜はこんなに暗くない。

 商人になったミュラは、この昼と夜の狭間の刻を感慨深く味わっていた。

 ほんの数日前までは、人様のお命を頂戴する職業で夜の世界の住人だった。良心が咎める様な仕事をしてきた意識はさして無い。良心が麻痺して居るだけであろうが。だが足を洗った。

 いま、昼間の住人になった。

 生活する時間帯の違いだけの問題だ。自分は自分のままだ。

 月が雲間から顔を出す。僅かの間だろうが闇夜に明かりが射す。


「雲に覆われていたけれど、月はそこに在ったのだ。これから満ちて行く月が」


                ◇ ◇

 公文書館。

 司書として残業中の騎士フェンリス、膝の上に新妻が無理矢理座って来る。

「もう、それじゃ書類が書けないよ」

「あーら、両手は自由な筈よ」

「いや駄目、左手がこっちに廻ってしまう」

 何か曲芸的なことに為って居る。


「じゃあ、夜が更けないうち、義叔母をば様の家に行って来るね」

「月に出ている間にお行き。暗くなったら夜道はいけない。そのまま泊めて貰っておいで。俺もあとで顔を出すよ」

 広い通りだし直ぐ其処だ。途中に門衛詰所も在る。

「今夜はまだ遅くなるの?」

「今日のお客さん、かなり真剣に調べ物なさっててね。『閉館だから帰れ』とか些かちょっと少し言い出し辛い雰囲気なんだ」

「そうかあ・・」

「それに、あながち俺たちに関係なくも無い話なんだよ」

「へぇ」

「とある事情で、月影の伯母様が後押しなさってる案件なんだ」

「月影様が?」

「詳しいことは知らないけれどね」

「それじゃ残業仕方ないのかぁ」


 フェンリス、もう書類は諦めて両手をナネットの腰に回す。ナネット、その手を胸まで掻き上げて、夫に凭れ掛かり、接吻を交わす。

「いけない! もう行かなくちゃ」

 戸口まで小走り。振り返って手を振り、去る。


「やれやれ、何時まで掛かる調べ物やら」

 差し入れのポットに残っていた汁物の、最後の一口を飲む。


「・・これ、お店の味だよなぁ・・」


                ◇ ◇

 寺町坂下。

 浮浪者ふうの服を着た男、背筋伸び過ぎ。


 変装とか尾行とか、そういった実技方面はお世辞にも上手でない。彼の得手は観察能力とか考察の鋭さとか、そちら方面だ。それと、ゲルダン人でも此の町生まれの二世なので、言葉に訛りがない。わざと話すときは別だが。


 彼の姿を目敏く見付け、賑わう店から七人の男が出て来る。

「いたか?」

「近くです」

 先導して、きびきび歩く。

「印象は?」

「一個小隊で囲んで互角。とてもとても」

「それ程か」

「弓隊の支援でも無くば、到底とても無理」

 軍曹、考え込む。

「達成不可能、無謀な指令っす。しかも探索方との連携は指示されていない。つまり、敵と遭遇できなかったら作戦ミスなんす。実行部隊の責任じゃない。おれに聞かなかったことにすりゃ、それで解決なんす」

「貴様は何故、俺に教えた? 命令されておるまい?」

「そりゃあ、聞かれちゃったから」

「俺も命令されてしまった」

「・・・」

「貴様と俺とは、同じだ。解るか?」

「・・・」

 中央区北の五叉路まで来る。

 軍曹、公文書館に向かう。


「握手・・されちまったっす」


                ◇ ◇

 オルトロス街。

 会館前に男らが聚まる。

 盾を担いだ者、担がぬ者。手に手に松明。

 黒髪娘必死のチェックで、帯剣した者は無い。警棒か六尺棒。兜割は許すがメイスは不可。まあ盾でも殴れば人は死ぬのだが、要は一般市民の目。凶悪そうに映らねばいい

 これがお祭りの松明行列と言って通るのか如何かは怪しいものの・・というか先ず無理だが、言い訳として押し通せるか否かが問題だ。


 既に、警視閣下が坂下亭に陣取っているとの情報は得た。連中の本拠が寺町にあるのも公然の秘密だ。つまり市警は例の凶状持ち七人相手に限って目を瞑ると、全面対決までは不許ゆるさんというメッセージと受け取った。

「まあ、此処まで手を打っとけば、バイトの職務としてはベストえふぉと!」

 黒髪娘、額の汗を拭う。


 でも、深読みだった。

 

                ◇ ◇

 西区、フィエスコ館。

「ここがクリスさん

「ここ、知ってるぞ。有名なお医者さんじゃないか」

「んばんわぁ」

「あら、アベルくん?」


 クリスは今オルトロス街。カイウスの店で腸詰入り薄皮饅頭を咥えていた。まったく行き違い続きである。


「そうかぁ。またお留守なんですかあ」

「立て続け面倒事に首突っ込んでるみたいだねぇ、あの子ったら」

「皆から頼られるんですよ。若奥様も相談したいこと抱えてるみたいだし」

「あっち、進展が有ったってことじゃな。騎兵のお兄さん活躍したのかい?」

「偵察に毛のはえた程度です。スレナス兄弟が野盗一味一網打尽という話は聞いてらっしゃいますよね? その後に我が隊が取り零しを掃討して、誘拐被害者の女性を一名保護しました。若奥様が診てらっしゃいます」

「我が愛弟子じゃ」

 女医殿、機嫌が良い。


「出来れば人買い組織の尻尾でも掴みたいところで、ギルドで捕らえた連中の尋問結果が知りたいと、先触れに参りました。本交渉はラツァロ様からになると思います」

「此っちじゃ、ちらちらファルコーネ家の影が見えとるんじゃけどな、そっちは如何じゃ?」

「五里霧中です」

「ギルドが大騒ぎで、話を聞くどこじゃなかったんだよ! 街中に凶状持ちの団体様がお着きだって」

「山狩りならぬ町狩りとか、大変な騒ぎでした」

「あらまあ」

 肝の座った婆さまである。

 その凶状持ち七人組、割と近くに居たのだが。


                ◇ ◇

 公文書館すぐ南の路傍。七人は姿勢を低くし潜んでいた。

「む、扉が開いた」と、軍曹。



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