19.大熊の姫が大輪の花でありましたる事
時系列同時進行のアナザーストーリー
「ドラ猫の憂鬱」
が進行中です。
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同じ事件を別のパーティ視点から記述しています。
「強盗殺人? それはどのような?」
「姫様がご存知ないと謂う事は、やはりアル君の読み通りだった模様ですわね。恩赦に項目をもう『ひと盛り』勝手に追加した人間が犯人、いえ! 犯人の父親たちの一人です」
「あの……もうひとこと宜しいですか? 伯爵様もお姫様も、二十四年前の事件の話だけを……なさっていますよね?」
「はいっ?」
「姫様、私たちが何故……今ごろ過去の事件を調査していると……お考えですか?」
「えっ! え?」
「皆さん、伯爵さまの……さっきの言葉を覚えておられますか? 伯爵様は……シロです。いま事件が起きていることをご存知ない。以前の事件当時は未だ当主でない」
「どういう事ですっ? 今まさか町でっ!」
「姫、落ち着いて聞いて下され。悪夢の再来を食い止める鍵は貴女だけじゃ」
「孤児院はっ!? 子供達は!?」
「うむ、今回は農村部が狙われた。孤児院から行方不明者は出ていないな」
「…………」
「おそらく兄君の妻を蘇生させる呪法で消費される生命は、距離的に近くにいる年齢の近い同性の貴種じゃ。つまり今度狙われるのは姉君か貴女じゃろうて」
「妻、じゃないっ」
……アルくんが小声で「そっちかよ」
「いえ、好き嫌いではなくてっ、嫌いですけどっ、好きじゃありませんけど、ガルデリの武士団にも兄が当主に相応しくないと従兄殿に心を寄せる者多く『姉上様との間に嫡男誕生の暁には父上から初孫に飛ばして襲位を』と願う向きは、伯爵家側の内部にすら強いのですっ。父上ご本人が兄と愛人の婚姻を認めないのも、そういった方面への配慮がある筈です」
「御曹司四面楚歌じゃの」
「思えば祖父がふた昔まえ、幼い姉上を十二も年上の従兄殿の婚約者に指名したというのも、周到な読みがあったやも知れませんっ」
「閏位の下拵えじゃな」
「……内孫の器量に絶望しておられた先代伯爵が、二十余年も前から外孫系擁立の布石をなさって居たという事ですか」
「其れはそれで恐ろしいですわね」
「いや、よくあるだろ?」と、スレ兄呟く。
「姉君様のお母上が寵妃であることに相続法上で問題はありませんの?」
「不幸にも寡婦となられたお母上殿を縁続きの当家が後見し、姉上様を養女にお迎えした形になっておりますっ。亡き実のお父上殿との間の嫡出子として公式に届けられ、家格も問題ないと伺っております。万事抜かりは無いかとっ」
「ふむ、周到なものだ」
「実子に何か欠格事由があるなら、妹の子を相続人に指名するのはよくあること。男子さえ授かれば、伯爵に万一のことがあっても実父である従兄殿を後見人として伯爵位を相続可能じゃ。伯爵もまだ五十代。十分手の届く計画じゃわ」
「……兄君が、公民権剥奪と死刑を宣告されている隣国の亡命王女と結婚すれば……」
「欠格確定ですわね」
「左様。詳しく言うと相続には二段階ある。まず先祖代々の世襲領地。これは先代が物故すれば指名された相続人が即刻受け継ぐ。誰に譲るかは親の一存、伯爵の勝手じゃ。二つ目が封建領地。こっちは私的財産ちゃうから1年と6週の猶予期間中に異議申し立ての訴訟食らうじゃろう。判官職の継承もじゃ。此処で欠格事由が効いて来る。勝ち目は薄かろうて」
「うむ。しかし・・」
「……設し機先を制して、伯爵とガルデリの武力を背景に亡命王女がゲルダンの玉座に返り咲き、兄君の手で其の王冠を陛下に献上なされば……」
「一転して勝ち組じゃ。兄君夫妻が王国で屈指の大領主になる。侯爵に陞るも十分射程内じゃ。ガルデリ子爵も叔母である故伯爵夫人に後見人を務めて貰った恩がある。その息が礼を以て接すれば徒らに敵対も致すまい」
「一攫千金大博打ッ!」
「外交ルートで抗議してくるであろう相手を先に片付けて終うという力技ですわね」
「ははは、ずいぶん見えてきたな。劣勢の伯爵世子派とゲルダン王女派が組んで一挙逆転を狙って来ているわけか」
「画餅くさいがのう・・。まぁ後が無い御曹司じゃ。勇んでルビコン渡るじゃろ」
「そこで元王女重病は世子派の命取り。呪法の標的は、姉君ですわね」
「それ、ヤッちゃったら子爵家の仇敵確定じゃんッ! 匙は投げられたッ」
「姫様……共に邪法を永遠に葬りましょう」
「白銀の龍騎士様っ!」と、抱き付く。
「緊迫感が台無しだよッ!」
「うむ、ともかく呪詛の発動阻止が当面の課題だな」
「それには姉君と連携を取るのが上策ですわ。幸い『姫様の気鬱をお慰めせよ』と伯爵様からお墨付きを賜っておりますもの。大義名分は立ちます」
「儂から『上の姫様、何卒妹君に親しくお声を』とか願い出れば叶うかのう」
「女の妾が使いに立ちましょう。目立たぬ様、いちばん弱そうなアル君ひとり従者として伴いますわ」
「姐さん酷ッ!」
「姉上は他家に嫁いだ身。出産のため里帰り中という立場ですので、主殿の客間に居ります。空色のお仕着せで白薔薇の花弁内にチチャック兜とメイスと新月刀と薔薇の棘蔓の紋章が従兄の家中の者で、信用して大丈夫ですっ」
「全部盛りかよッ」
◇ ◇
部屋を出ると、アルが三歩下がって従う。不本意極まる面持ち。
最初の角を曲がるや否や物陰から数人躍り出る。
「父の仇!」
言い終わる前に四本の剣が床に落ちる。
イーダの弓手には笞が、馬手には笞に仕込まれていた鍔無しレイピアが。
剣を構える姿勢のまま徒手空拳になった男達が、事態を飲み込めぬまま硬直している。
「いや、妾って『仇』じゃないですわ」
「尋常ならぬ強豪と見受けたが故の早合点、御無礼平にお詫び申す。左様然らば某ら、さしたる用事もなかりせば此れにて御免仕る」
帰ろうとする。
「あなた、文法おかしいですわ」
「姐さん、突っ込むとこソコですかッ!」
「口上の韻律もよろしくないですし」
「だから、ソコですかッ!」
「物陰に潜んでいながら相手に声を掛けるのも戦略的に不徹底ですし」
「だから、これから名乗りを上げようと」
「なら、その覆面は何ですの。ブレ過ぎてます」
「だから、覆面を取って正々堂々の名乗りをーー」
「『だから』が多すぎますわ!」
一人で応答していた若い男が力なく項垂れる。
「すみません、ひとこと良いですかねッ! 急だったもんでつい咄嗟に、向こうの柱の陰から弩を撃とうとしてた人の眉間に矢を当てちゃいました。この間抜けた展開で人死にが出てると寝覚め悪いんですがね」
「でもそれ、多分死んでますわね」
「拙者らの一党はこれなる四人だけで御座る」
「あら、別口さんですの?」
「一寸見て来ますッ!」
「拙者、ポンテ・ディニョーリェ・ウニョーラ(Ponte de Ignori-e-Ugnora)男爵バルトロメオが一子、グラツィアーノと申す」
「あら、準男爵さんでは?」
「故人には追悼の意味で生前通しての最高位を名乗らせて可いのがグェルディンの流儀で御座れば、身分僭称に当たらぬとお聴し下され」
「筋がとおっていれば許しますわ」
「忝く存ずる。長いのでポンティとお呼び下され」
「もしやトピロッキ伯爵のご眷属では?」
「ご存知でしたか。これには深い事情が有るのです・・シクシクシク」
「成る程それではお聞きしますまい、ですわ」
「姐さん、撤収済みでした」
「あらあら、あちらさん毎度手際いいですわね」
「というか、悪いのと両極端じゃないですかね。別系統の2組いる感じ。あ、準男爵の息子さん御免ね」
「あなたを同伴に指名した意味、解りました? アウトレンジの敵はお願いしますわ。どう? 妾とアル君、相性最高でしょ?」
アルのにやけが止まらない。
「妾がギルドで何年受付やってると思いまして? 無等級とか言って、あなたの弓はマイスター級ですわ。魔術も小マギステル並み」
「嚢中の錐って奴ね。真の実力って隠そうとしても見えちゃうんですかね」
「それでも一番弱くて役立たずに見えるのが、アル君の最高に好いところですわ」
「ふ、複雑ッ!」
振り返ると、姫君の部屋の扉が扉が少し空いて、院長がオイデオイデをしている。
イーダは手振りでポンティ党に「行け」と促すと、もう素知らぬ顔をして階段を登る。
「大丈夫なんですかね」
「海千山千の爺様が取り込みますわ」
結論だけ言うと、ポンティ党は加勢にならなかった。
ただ、後年あのデスマスクで銅像が建ち、ポンティ家はこれより代々教会に多大な寄進をすることになる。
◇ ◇
上の階から本館主殿に渡り廊下がある。
「次に来る子は射たないでね」
「?」
「味方ですから」
上への階段の最下段の暗がりに、貧民街でよく見かけるような少年が座っていた。
イーダは眼も合わせない。
「礼拝堂の祭壇裏に隠し階段」 ぽそりと、少年。
イーダが後ろ手に人差指でマルを描くサインをする。
それで通じるらしい。少年は物陰に姿を消す。
「あれが稲妻小僧ですわ」
「こんな死地にあんな子供ッ! 連れて来てどうすんですかッ!」
「彼、死なないから」
「え?」
「彼、ずっと前に貧民街で死んでるから」
「え? え?」
「彼への報酬は孤児院に払うのですわ」
「それって、そのーー」
「今回の件、彼、やる気です」
「イツァナーギ、イツァナーミ、ツァルダピコカーミ」
「なんですの、それ?」
「よく知らん。厄除けになりそな気がしたんですがね。ダメですかね」
「たぶんダメね」
「テンショダー」
貴人逗留中の部屋が見えて来た。
◇ ◇
空色お仕着せ部隊は寸鉄も帯びていないが、配置を見れば厳戒体勢なのが判る。
なのに、妹姫の使いだと言った途端に警戒心が雲散霧消した。
それでいいのかッ! などと、彼らの年長らしき者に歯に絹衣着せずに言うと、答えは意外なものだった。
「東階段の辺りから大姫様の友敵感知域に入ってますから、それでも警戒していた我々が僭越なのです。その上で小姫様のお使いと仰る方なら全体何を疑いませう」
なにそれ、魔法? 姉ちゃん只者ではないようだッ!
◇ ◇
あっさりお目通り叶ったッ!
「妹を励ませば可いのですね? いえ、何も仰らないで。あらかぁた判っていますから」
話が早すぎて不安になるッ!
「誰もが訝しむのは仕方ないことです。真相を知らぬのですから」
「真相?」
「父が寵妃の母を格別に愛したと思っている人が多いですが、間違いです。父は最後まで区別が付きませんでした」
「え?」
「母と伯爵夫人は双子の姉妹でした。頻繁に入れ替わったり為て居りまして、父は最後まぁぁで区別が付きませんでした」
「なんやそれー」 イーダとアルが唱和する。
「内乱さ中のこと、大人の事情あって母は北嶺寺社領で出自を秘して養育されました。幼い頃から治癒の法力が有ったので修道院で清信女の身で秘跡に与り、病弱だった子爵令嬢こと実姉付きの介護人を務める聖職者と世の目を欺きつつ、客分の貴人としてガルデリ家にさりげなぁぁく戻ったのです。すべて祖母の筋書きですが」
「では、御夫君は実の従兄殿なのですわね」
「世に言うクロスカズンです、ダブルで。累代エルテスとは御縁之れ有り、私の後見人様も院の然るべき御ん方なので近親婚の特免状もさらぁり頂いて大司教座聖堂で祝福された婚姻です」
「何だか人間関係もうわかんねーよッ!」
「と申しますか、母は北嶺時代に恋人が有ったので私の実父も実は少ぉぉし若干微妙にあやふやで、あの子は異母妹か従妹か、まぁ確実に孰方かなんですけれども実質大差ありません。私の確かな血縁は此の世で夫とあの子だけですの。大事な妹なのです。ーーあ、まだいました」
「いや、その連弩射撃みたいな喋り、確実にかな〜り濃い血縁者ですがね」
「その、妹の姫様の為にーー」
「ええ。最後の最後、決定母は自分の生命が何処に怎う流れて行くのか感じながら逝きました。今際の一言が『嬉しい』でしたもの。母は幼時より看護が天職と思い定めて居られたお人であった而已ならず、伯爵夫人に成られた姉様がそれはもう大好きな大好きな妹で、体の弱い姉様のご負担を軽くせんがため秘かに成り代わって伯爵様の夜伽をも勤めて居り存た位だと聞き及びました。夫人が妹を孕られました時も、それは嬉しそうでありました姿を子供心に覚えております。ですから、あの子の中に母がいるのです。というか、実際すごぉぉく似てます。顔も言動も生写し」
「うおッ、先代百合姉妹ごっくんッ!」
「初対面の妾らに明かしてしまって宜しい事なのです?」
「私の友敵感知魔法で極上桃色印が見えている方々ですし、何より他でもない実父かも知れぬアサド師のお仲間内ご一行ですし」
「えええええええ?」
アルの失言はさりげなく無かったことにされた。
「計算合わなくないですかねッ」
「そんなこと有りませんわよ。母が伯母に随って伯爵家に来たのが十代半ば。すぐ兄を産んで、亡くなったとき兄が十二で私が四つ。妹が産まれた日です。つまり母が生きておれば、いま五十と少し。御坊さまが九歳上な筈です」
「い、いまサラっと、すっごいこと言わなかったですかねッ!」
「凄い新情報を聞いた気がしますわ。再び聞き返して再確認したく無いくらい」
「はい? ええ。伯爵世子は実はーー」
「あッ! い、いいです。説明しなくていいですッ!」
「妾も結構ですわ。せめて少し休んでから伺いますわ。些か可り思考が追従いて参りません。情報が津波で・・」
「兄は未だに、どちらが自分の母か区別がついているやら、いないやら」
「ハァッ?!」
「随分と毀れたお方のようですわね」
「まぁぁ入れ替わりをやり過ぎ気味だった母たちにも責任はありますが、その兄も直き不惑。少しはまともに成ったやら、なっていないやら」
「兄上さまの、その、当面のお連れ合い様は、どういう方ですの?」
「左様ですね、毀れ方ならお似合いの方かしら。いえ、ゲルダン下級貴族の娘として育ち王女になり、近隣諸国まで回状の廻るお尋ね者になれば、まぁぁ普通、あのくらい毀れましょうかしら」
「それ普通じゃないしッ!」
「お加減が重篤と仄聞いたしましたわ」
「左右ですわね、兄の心の何処かに妻子への情が沸いて、復た『あれ』をやろうと為ているなら幾分は人らしく化ったとーー昔と同じに面白半分欲半分ならーー」
「なら?」
「ーー相変わらず怪物ですわね」
「姉ひ、いえ大姫様はご自分が狙われているとお察しでしたの?」
「唯。其れで侍女に街で、私が『臨月で危篤』と偽の噂を流させましたの。必定来て下さると思って」
「きっと?」
「ええ、母の死に目には間に合わなかった、彼の方が」
:扨て剣戟さして響かず女人ひたすら喋る展開、まだ続きますかは、且く下文の分解をお聴き下さいませ。




