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77.憂鬱な男爵

《三月八日、昼過ぎ》

 エリツェの町、東区。丘の上の屋敷。


「ともかく、参審人しぇっぺんから判事りひたへの報告として市長しゅるちすに至急会いに行く。証拠品の確保は市警で頼みます。あ! ここ、サイン、サイン!」

 カペッラ門衛局長だいぶ焦っている。

「とにかく、エルテスまで早馬が届けば、こっちの義理は果たしたと胸張って言えます。アヴィグノまで届くかは、あちら様の問題だ」

「局長ぉ、まだ書いてる途中です。字が乱れます」

「とにかく、今日起きた事件ですから日のあるうちに大司教座に一報入れれば、うん! そう・・大丈夫!」

 なんか自分に言い聞かせてらっしゃる。


「都市参審人殿お急ぎの様子ゆへ馬車が即刻すぐ出られる様手配致しました」

「有難い! 執事殿も大殿の御留守中に大変な事でござりましたですなあ」

はい。異変の予兆が今少し早ければ、惣領様も御出掛おでましになりませなんだものを」

「ああ・・市長ふらふら出掛けて無いだろうなっ」

「局長、これ」

「おお、出来たか! 有難う」

 局長、う風のように走り出している。


「お忙しいことだ」と曹長つい本音。

「人には急ぐき時が御座ります。左様そう云う時ほど周囲は落ち着かねば」

「おお、執事殿よいことを仰います」

「如何どうぞ存分にお調べ下さいまし」


 散乱する書き散らしや書損。ひとんの紙だと思ってまあ、よく使うわ。

「どうやら・・随分と身勝手な客人だった様子ですな」

「此の方を当家にご紹介になった方が方ですので粗略にも致せませぬ」

「門限厳しかったりメシ無かったり、結構ソリャクだったなぁ」

「昼間は公文書館でお調べ物と承りましたれば、昼食は無し」

「コラード審問官の隠し子という話はご存知でしたか?」

「当家、氏素性の詮索は致しませんゆえ」

「旦那の親なぞ見たこと無ぇな」

「親のつらぁ見てみたかったがな」

「長年銭だけ送り付ける親だし」

「そうか? 書き残したのは仲々と切々たる文面だったがな」

「餓鬼の側じゃあ、そーかもな」

「仕えて長いのか?」

「長いって言やぁ長いだろうか」

「旦那が餓鬼の頃からだからな」

「お前の出身は?」

「カラトラヴァ領のアルソー村」

「カラトラヴァ? お前、異国の生まれか?」

「いや、この国。北部の西の方」

「この国もカラトラヴァあるぜ」

「領主のご先祖さまが外国人だ」

 そう言ゃあ、カラトラヴァ公爵領とか何とか有ったっけな。思い出した。本姓がカラッファだか何だかを出身地の名前に変えたとか何とか・・ううん、西の方はあんまり知らんから・・

 曹長ぶつぶつ口に出ている。


「お前ら、事情聴取に応じる義務があるから当面のかん市内に居て貰うぞ」

「ちなみに、当家でお預かりは致し兼ねますのでご承知下さい」

「あぁ先に言われちまったなあ」

「浮浪者取り締まりに掛からないよう鑑札を発行する。居る場所だけ届け出ておけ。呼び出しが行ったとき其処に居なかったら罰金刑だ」

「また面倒見のよろしいこった」

「仕事が無ければ民生局へ行け。斡旋がある」


「それって、タコ部屋じゃねえか」


                ◇ ◇

 南街道、エウグモント城砦のドンジョン。


「南方より馬車二台、馬匹多数! ・・騎兵なし」

「俺が行く」と、ウィレム伍長。

 階段が完成していないので、磨かれた丸木の柱を滑り降りる。

 敵対勢力ではないと見て単騎で近づく。

 接近して来る一行の先頭は、なんと驢馬に片乗りした町娘であった。


 友好的なジェスチャーで接近する。

「お嬢さん、自分はヴェルチェリ男爵の警備兵だ。何かあったのか?」

 歳の頃なら十七、八の結構な黒髪美女。垢抜けた装いでエリツェ市民と知れる。

「スレナス兄弟が野盗討伐を完了しました。襲撃現行犯の十三名を協会に連行します。馬匹はベラスコ家の衆が鹵獲しました」


 クリスさんが言ってた超一流ってのはスレナス兄弟だったのか。もっと大人数を想像していたが、考えてみれば納得がいく。

「驚いたな、一網打尽か」

「さすがスレナス兄弟と納得して下さいな」

「いや、素直に驚くよ」


 素手で捕獲したと知ったなら、伍長はもっと驚いていたであろう。


                ◇ ◇

 エリツェの町、東区。御屋敷町。

 事件現場の屋敷を辞去したニクラウス曹長、西へ向かう。

 エリツェの町は昔の軍団宿営地跡で、防衛より居住性を意識した立地である。数万の軍団が駐屯するには良い水場である事が重要だった。だから北は段丘の崖、南は緩やかな斜面の丘に築かれ、濠は全周していない。

 東西に伸びた脊梁を切通しで割って最高地点の西側を本丸に、東を二の丸に、稍や低い中央を中の郭とした。

 いま、旧本丸は寺町で、裾の平地が市の中心街、二の丸跡が御屋敷町だ。

 そんな来歴のせいで、御屋敷町は大きな袋小路の様相を呈している。町内会が雇った私兵が出入り口を警備している。そんな御屋敷町の西の外れは、あまり人に知られていない階段坂だ。なぜ知られていないかというと、袋小路で人が通らないからだ。階段を降りた先が、旧・中の郭、もと市長公邸いま公文書館及び館長公邸である。そう。厳密には袋小路ではない。館長公邸の庭に入って公文書館の玄関に回れば官庁街の外れに出る。

 まあ、人は通らないわけだが。


 ニクラウス曹長、腰高くらいの鉄格子扉を傍若無人に乗り越えてーーまあ人目がないから傍ら無人だがーー館長公邸の庭に入る。

「入りますよぉ」

 後から言う。

 公文書館の裏扉を叩くと、騎士フェンリスが出て来る。司書のような格好をしている。いや、実際に司書なのだが。

「館長は?」

 旧知だった模様。

義母おかあさんは・・さぼり」

「聞きたいことが幾つかあったんだが」

「ぼくで分かる事なら答えるけど、本人がいいならフィエスコ家行って」

 こいつは回りくどいから本人に聞こう。

「あ、それから」とフェンリス続けて「来るのは玄関からにしてね」

「ああ、出来るだけな」

「急に入ってぼくとナネッタが睦まじくしてたら、独身の君は気まずいでしょ?」

「ああ。けたくそ悪いな」


 一瞬考えて

「君らは・・いいのか?」


                ◇ ◇

 南部、ヴェルチェリの城。

「連中、ベラスコ館で網に懸かりました」

「残兵は?」と、男爵。

「縛に就いた者十三。文字通り一網打尽」

「本拠を当たって見ますか」


 男爵と隊長、軽騎六を率いて南へ向かう。

 ウィレム伍長が先導する。

「盗賊らの騎行と思われる土埃が見えたのは目測で十余里南であります。ギャロップ二百四十呼間辺りで捜索します」

 伍長が言う辺りで重量犂で耕起された紐状耕地に多数の馬蹄痕を発見する。

「ふむ、大したものだ」と男爵が感心する。

「土埃が立ったのが二十呼間あまりでした。西へ一町歩程見て見ましょう」

 馬蹄の痕跡を追う。

「伍長!」

 軽騎の一人が指差すかたに、怪しき灌木の茂みがある。近付くと草地のただ中が大きく抉れた窪地になっていて、周囲から見えない。

「ふむ」

 隊長が下馬する。

 隊士六名、馬上用の短弓にマジュラを装着して引き絞った状態に固定する。即席のクロスボウだ。

 警戒しつつ接近する。

「有りました。アジトです」

 隊長が再び馬上の人となって周囲を警戒、隊士六名が窪地に入る。

人気ひとけなし」と、伍長の声。

「リッピの生存者とかは希望のぞみ薄のようですね」

 男爵が渋面を作る。


 二名戻って来て歩哨に立つ。

「行って見ましょう」と、男爵。隊士四名四方を固める。

 窪地の三方、斜面に藁屋根の小屋を差し掛けて厩舎もある。馬が三頭。

「少ないですね。慎ましい連中なのかな」

「とりあえず鹵獲致しましょう。所有権はギルドと相談で」

「そうですね。我々が残党討伐に参加でもして居れば兎も角・・空き巣と思われたら悲しいですしね。金品は私の名で封印しておきましょう。収公のお手伝いということで」

 建物内を改める。

「男爵、こちらを」と、隊長。

「ふうん・・ここは牢だった様ですね」

「靴の跡です。女物の靴の踵のようであります」

 男爵、何かを見つける。

「紳士的では無かった模様ですね・・。悲しいことです、実に」


「それは!」


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