18.小熊の姫が可憐で多弁でありまする事
時系列同時進行のアナザーストーリー
「ドラ猫の憂鬱」
が進行中です。
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同じ事件を別のパーティ視点から記述しています。
「実はその前も亦た祖母の姉が嫁いで来て、この城で不可解な死を遂げているのですっ」
「……!」
「あんたらン家の闇、深すぎッ!」
「その時は、実弟を下手人と告発した祖父っ! 確たる証拠も無いままに犯人よと名指しされ強く反発する大叔父そして怒り狂い暴走するガルデリ衆と、三つ巴の戦争が表沙汰に始まってしまいーー」
「やってしまいましたのね」
「ーー大叔父一家一族その一派、末端家臣の末のまた末端残らず根切り根絶やし果てるまで先の国王陛下すら何も口出しせぬほどに、ベルセルカー化したガルデリが暴走したと聞いてますっ。ガルデリは古い体質の血の結束で固まった一門ですんでっ、ぜんぜん上意下達じゃあなくって、戦士それぞれが燃え尽きるまで銘銘勝手に戦う灼熱の武闘派っていいますか、壊滅的にブレーキ毀れてるっていいますか、手袋と血塗られたフェーデの剣がもうびゅんびゅん飛び交って、既に外国に亡命げた仇をも地獄の底の底まで追いかけちゃったのですっーー」
「ガルデリ怖えぇよッ!」
「ーー聞けば、ゲルダンの地で落人匿う町を片ッ端から焼いたとか、庇ったゲルダン国王を彼の玉座に縛り付け、全身の生皮剥いで藁詰めた人形に紙の冠かぶせて曳き回し広場で吊るして炙ったとかーー」
「国ひとつ滅してんのかよッ!」
「ーーそれで、あの国では半世紀経った今も、愚図る子供に『寝ないとガルデリ谷から鬼が来る』と言って躾けるそうでっ」
……この地方の鬼伝説の由来がひとつ明らかになった民俗学進歩の瞬間であった……
「なので負い目があ利まして、当家は今もゲルダン難民に冷たくできないでーー」
「野盗は取り締まれよッ」
「ーー長い戦争、長い長い落ち武者狩りが一息ついた頃、陛下から『お前ら、気が済んだら適当にオトシマエつけろよ』と俗語の話し言葉で走り書きされたナプキンが送られてきたそうですわっ」
「王様、なんかすごくヤル気なさそうですわね」
「なんでナプキンッ?」
「ははは、食事中だったのだな」
「……いいえ、そういう意味でなく……」
「ちゃんと書簡にしたら勅令になっちまうじゃろ?」
「結局、ガルデリのお祖母様がお祖父様に終生臣従礼をとったので、ガルデリは伯爵から子爵に家格が落ちました。お母様が襲位した時点で夫婦は相互に法定後見人という事で伯爵に戻ったのですが、兄が継いだら親子で同格はいけませんので復た子爵になり、分家の従兄様と本家が同格という変なことになってしまっております」
「この国の相続法って、わけわかんねッ」
「ConteとVis-Conteじゃ。『副』が付いたり外れたりしておるだけじゃが」
「流石にややこし過ぎますわね」
「ギルド長の話にも出て来たじゃろ。氏族同士の抗争で死者が出た場合、加害者氏族の長が被害者氏族の長に贖罪で一代限りの臣従誓約をすることで、抗争を止めて手打ちすることがあるのじゃ」
「血族が最後まで血の報復やりあって滅ぶよりマシではありますわ」
「ある主君が、同格だった別の主君に臣従すると封建身分は一段降格となる。この意味が解るかの?」
「……家臣が行き場に困ります」
「正解じゃ。国王が領主に領土を賜い、その領土を小分けにして封建家臣に再授封しとるわけじゃ。その領主が、同格じゃった別の領主の家臣へと降格になってみい。それまでの家臣と同等身分になってしまい、君臣関係がオシャカじゃ」
「玉突き降格にはなんないのッ?」
「それは嫌じゃろ? じゃから、主君が臣従誓約した上級主君のもとへ集団移籍する。一代限り臣従でも家臣ごっそり抜かれて戻らんわけじゃ」
「領地持ちの家臣が大漁ですわ。オイシい話です」
「姫の御家の場合は正確に言うと、両家ともが同格の伯爵職でありながら国王より御旗を賜った諸侯という封建身分であったのを、ガルデリが御旗を返上して自由領主身分の伯爵に戻った。同名で紛らわしいんで謙譲して子爵(副伯)と自称しとるわけじゃ」
「……子爵や男爵と同格なのですか?」
「大枠ではな。ところがガルデリ衆ちゅうのは皆ぃんな古風な先祖代々土地持ち地侍の自由領主じゃ。本宗家から封建なんぞ受けとらん。分家らは血族の契りで本宗家に従っとるんで、破綻する君臣関係なぞ元々ない。集団移籍は起こらぬ。誰に臣従しようが、本宗家の『お館様』は『お館様』で変わりない訳じゃ。だから伯爵家に臣従礼を執れたと云えば左右云う事なんじゃが」
「……院長様に解説いただいて、漸く飲み込めてきました」
「わかんないよッ!」
「……問題は……」
「そう。感情じゃよ。ガルデリ衆は先代伯爵の弟一族を皆殺しにしたが、正確には三つ巴じゃのうて伯爵は味方じゃ。弟を妻の仇として告発し報復宣言しとるからな。それが弟一家皆殺しになっとるからその財産の相続人は伯爵じゃ。手を汚さずに肥え太った。被害者どころか受益者じゃわい。その親族殺した贖罪で本宗家が臣従するとは、納得いかんじゃろ? 不満も渦巻こうぞ」
「得してる人に賠償するって、変だよねッ!」
「血讐の私闘で殺した相手の相続人にはなれん。ガルデリ衆が伯爵に領地を与れて遣ったも同然じゃ。普通の神経なら伯爵が恩賞出すわ」
◇ ◇
「……先の女子爵様は何故に、徒に波風立ててまで両家合一を急いだのでしょうね」
「ってゆーか、王国の相続法で普通に行ったら、姫のイトコにーさんとやらが普通に次期当主で両家は親戚。ゆっくり進めて何も問題なかったんじゃないですかねッ」
「おばあ様、確かに性急であったかも」
「血を分けた姉に、我が子に其の新妻。半生の間に家族を相次いで亡くした叔母上は、うち続く血の讐に心底嫌気がさしたのじゃろ。四半世紀も前のこと、今さら是非を問うてたとて詮無い事よ術も無し。祖法を守れば独立を失なう。自立に拘れば歴史を喪う。根深い闇の其の中で、悩んだろうよガルデリ衆」
「……それでも歳月は徐ろに深い闇を溶かして……いま姫様たちが御在ますのですね」
「アイセーナは顔が魔女っぽいだけで魔法も呪術も使いません。剣は強いけどっ」
「いや使うだろ」と、スレ兄小声でぽつり。
「彼女も、教唆犯とされたエルフの人も、まったくの冤罪です。実の術者は兄なのですからっーー」
「現在進行形で、まだ闇深ッ!」
「ーーそして兄が何より望んでいたものはガルデリ家の富でも権力でもなく、旧帝国から王国へ連綿と連なる深い闇の中に潜んできた暗殺団棟梁の座とか、秘伝の邪法とか、そういった拗れた引き籠り少年の浪漫だったのですっ」
「うわッ!」
「そして御坊様は強力な異能戦士たちを率いて陰謀を探りにいらした国王陛下の間諜なのですねっ」
「多分、兄妹で同じ病気じゃ」
◇ ◇
「妾、お茶淹れますわ」
「あ、イーダさん起きた……んですか……」
「妾、寝てなんかおりませんわよ。ときに姫様、姉君のお加減は如何です?」
「ええ、十七週に入って母子ともお健やかですのよ。秋にはわたくしも叔母上とか呼ばれるのかしら。この春が過ぎ夏が来て、ああ待ち遠しいっ。いいえ生まれて直ぐお喋りする訳ないわ。わたくし何を舞い上がってるのかしらっ」
「え?」
「父方母方両方揃いの従兄殿と姉上の子ですもの。わたくしとの血の繋がりも、それはとっても濃ゅぅいのですっ。わたくしとも似ているかしら。うふふふ」
「えええええ?」
「では、難産で母子ともに危険……という噂は?」
「は?」と合点ゆかぬ様子の姫。
「その・・ 姉上、至ってお元気ですけど?」
暫し考えて、
「そういえば・・兄の愛人が体調を崩したとかで最近すっかり姿を見かけなくて、まさかそんなにお悪かったのかしらーーそのぉ、姉上に辛く当たったり姉上に横柄な態度をとったりっ、姉上に失礼な事言ったり姉上に生意気な口聞いたりっ、姉上に向ける顔のいかにも悪役令嬢ないけっ好かない女性だったので清々とか思っていたのっ・・
悪かったかしら」
「うぉぉッ! 急展開きたッ!」
「姫君、貴方は……ご自身の出生の秘密を、最近お知りになったのでは?」
「いえ、幼い頃から兄の自慢話に食傷しながら育ちました。わたくしが孤児院に手厚くするのも罪悪感からです。二十四人もの子供達の命を吸い取って得た人生なのですもの。どうして徒だ疎そかに過ごせましょうっ」
「いいお姫やんかッ!」
「わたくしばかりではありませんっ。強欲な孤児院経営者を所払いの刑に処したのは祖父ですし、お優しい修道女さまをお招きして院を委ねられたのは父ですっ。贖罪の気持ちが無かった者など居りません。被害者である姉上でさえーーあっ、無かった例外の人もいますけどっ」
「二十四人とは、予想以上に多かったですわ」
「お父上には……?」
「母が気に病んで直ぐ逝ったとは知られたくなくて、知って重荷を背負わぬまま此の世を去ったと思って欲しくて、わたくしも一緒に、ずっと何も知らぬ振りを通して来ました。でも、いつまでも知らぬでは通せませんよねっ。皆様が昔のことを調べ始めたという報せは良い踏切り時期 だったと思います」
「市警も昔は無能ではなかった、ちゃんと捜査しておったのじゃな」
「真相に辿り着く前に祖父が慌てて干渉いたしました。兄の人倫に悖る趣味には薄々気付いておりましたので」
「異端審問とかヤバいもんねッ」
「記録官にも意地があったわけじゃな。一体の呪法であった蘇生の禁術を、魘魅事件と子供らの事件の二つに分けて別々に記録に残し、重ね合わせて読む者だけには朧げに全体が見えて来るような筆法を用いたと」
溜息ひとつ吐き
「ときに姫、ポンティ準男爵という方をご存知かな?」
「間の抜けた顔をして結構如才のないゲルダン貴族ですっ。向こうの政変をきっかけに領地ごとこっちに帰順してきて、父は不忠者とか言って庶人扱いしたんですが兄に取り入って世襲貴族に返り咲こうと虎視耽々。わたくし、彼の地位は世襲幇間がいいと思いますのよっ」
「それが昨夜街道で行き倒れて亡くなりましてのう」
「あら、わたくしったら顔のこと悪く言ってしまって、お気の毒な」
「顔以外も言ってたよッ!」
「ひょんなことで彼のデスマスクを取りましてな。供養に墓碑の傍らに銅像建立でもと」
「計画……諦めないんですか……」
「どしたニトくん?」「……気配……」
◇ ◇
「んー、姫様って顔にこだわり有りますよね。顔が間抜けとか、顔が気味悪いとかッ!」
「(おじゃま妖怪、また来たかのう)」
「人は顔です。顔で解りますのっ」
「じゃあ姫様、ぼく、どう?」
「お調子者さんですよねっ。軽薄さで人生の四分の一ほど容易く棒に振るかた。心は子供、体は若者、頭脳は老人で性癖はおじさん」
「ひでえッ! 酷くない?」
「当たり過ぎてて怖いですわね」
「姐さんもひでえッ!」
「ほっほほ、姫が漸く笑顔を見せて下されたわい」
院長も……芸達者である。
「ニトくん、見てもらえよぅ」
「聡明で優しくて奥ゆかしいかた、お姉さまになって頂きたいですっ」
「何言ってんだよ姫さん、こいつ男ッ! 優さ男でもオ・ト・コ!」
「おかしいです。わたくしのお姉様探索魔法がっ・・」
「そんな魔法無いしッ!」
「お貌も淡麗しいですが其れ以上に、言葉を選びながらゆっくりお話しになるさまに思慮深さが顕れておいでで、わたくしには好ましいですっ」
軽口叩き乍らも皆の視線が……ちらちら戸口を窺う。
「おかしい姫さんだよッ! ニトくんちんちん見せてやりなよッ!」
「わたくし興味ありますっ。ぜひっ」何故か……激しく食いつく。
「妾も興味ありますわ」
「姐さんまで何いいだすのッ! こいつ、こんなにおっきいんだよ、いや、背ッ! 背が」
「盲目の女剣士さまも背がお高いですっ」
「妾、文字読めて本職が書記してますわ」
「そして白銀の龍騎士様ーー」
「龍に乗ったり……ません」
「椅子型戦車を駆る剛勇無双の戦士ーー」
「それ、絶対違うッ!」
「三身一体の魔法剣士ーー」
「まほ???」
◇ ◇
「……いきました……」
「ふぅ、妖怪婆さん厄介至極ッ!」
「あの、最初に『妖怪婆』と言ったわたくしが申すのも何なのですがっ、亡き母と同い年なので『妖怪おばさん』くらいに致しませんか」
「なんか親しみ湧き過ぎくないッ?」
「実はあれ、母の乳姉妹でわたくしの女傅なんです。本気で嫌いな訳じゃなくってその・・唯だ『贅沢はいけません!』て夕食がお豆スープばっかりとか、『背筋曲がっております!』とか口煩さいのが嫌で反発しちゃうっのて言うか、いえ無口ですけど存在感っていうか圧迫感が尋常でなくて、居ますでしょうっ? 其ういう人」
「普通いねえよそんな人ッ! つか、豆スープ美味しいよッ!」
「黙って正面に座ってるだけで絶えず叱られてる気がする人っ。もう妖気の域というか」
「……女怪とか、どうでしょう……」
「龍騎士様! センス抜群ですっ」
「もう勝手にしてッ」
「……姫、侍女殿がお側を頻繁に離れる様になったのは?」
「先月後半辺りから兄に近侍する日が多くなり、今週に入っては外出ばかりですっ。それで一昨日は孤児院に行けなくてっ。もうっ、皆んな待ってたのに」
……姫様、あの人が自分のボディガードだって理解なさってませんよね……
「おほん、それで話を戻すとじゃ、ガルデリ家にはゲルダンとのパイプがあるというわけじゃな」
「仰りたい事は解りますが、ガルデリ領は元々が陣借りの恩賞で生計を立てる地侍が蟠踞する土地柄で、傭兵貴族とでも申しますか、政変の絶えないゲルダンは良い出稼ぎ先、草刈り場になっていただけですっ。裏を返せばガルデリ領は農民の払う税だけで領主が食うてゆけない国ですから、亡命者を受け入れる余裕などありません。『ガルデリ谷の鬼』の話を聞いて育った世代など、向こうから逃げ出します。ポンティが仕官できたのは手弁当の土地持ちだからですっ」
「……つまり、特異な例と?」
「ややこしい政治情勢ですわ。」
「ということは、あと隣国から流れ込んでくる暴漢どもの上澄みを上手に掬って手駒を増やせる財力権勢のある者といえば、おのづと誰ぞの姿が見えて来るのう」
「……二十四年前に釈放されたゲルダン人の死刑囚というのは?」
「隠し書棚で見つけた祖父の手記には『引き渡せば向こうで処刑を免れぬ者のみ選んだ』と。ちなみに涜職者も『罰金刑を商業権剥奪へと寧ろ重く』と有りましたっ。市の自治に横槍入れて無実のエルフ魔導騎兵さんを無罪赦免にするためには、無理しても色々派手に親馬鹿やらかして見せる必要があったとっ」「ぎくっ」
「妾、失政などと浅慮なことを申しましたわ。先代様は先々まで読んで苦渋の決断をなさましたのに」
「いいお殿さんやんッ!」何故かアルくんが感激……している。
「どうして兄君ばかり歪んで仕舞うたかのう」
「息苦しかったのかも知れませんわね」
「……あの、そこには強盗殺人の捜査中止については、何か書かれていなかったでしょうか?」
「強盗殺人? それはどのような?」
一同、顔を見合わす。
「うむ。やはりか」
:扨て伯爵城内に騒動が巻き起こりますが詳細は、且く下文の分解をお聴き下さいませ。




