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75.憂鬱な独身親方

《三月八日、昼頃》

 ラマティ街道。

 豪奢な箱馬車の扉の前。

 銀髪の美青年、馬車の主人にレヴェランス。

 従者くなっぺの置く踏み台に足を掛けると、主人が貴婦人を遇する様に手を差し伸べる。主人が奥に詰め、青年は隣に掛ける。

 青年、主人が傍に置いたステッキを手に執り、渡そうとして、ふとグリップの銀細工を見る。銀製の蛇が、血のように赤いルビーの目を輝かせている。

「拝見して……宜しいですか?」

 主人頷く。

 青年、蛇の鎌首に両手の指を這わせて鱗の感触を確かめては、正面に貌を近づけてルビーの目を覗き込む。蛇にふぅと息を吹き掛ける。

 黒檀のシャフトを握る。艶やかな感触。

「見事なものですね」

「所望ならば、遣わそう」

「私には似合いませんので……」

 主人に渡す。

 人差し指と人差し指が触れる。

 長い黒髪の主人は小さい縁なし丸帽子を斜めに被り、ホウプランドに似るがずっと軽い袍の黒渾成づくめ、町であまり見掛けない膝当て付きの長靴を履いている。


 東の見附が目の前だ。


                ◇ ◇

 南街道。

 東にリッピの館が見える。

「まだ無人のようだなぁ」

「あの有様見たら、すぐ住み着くのは余っ程無神経な奴です」と、野盗の乾分。

  「小休止!」

「警部は無神経ですね」

 十騎ほど。下馬して寛ぐ。

「此処は見晴らしがいいからだ。敵の接近が見える」

「見えてたのに無防備だった馬鹿が住んでた館、寄りますか?」

「ああ、あの後どんな連中が来て何をしたか、一通り改めとこう」


 北から二騎、追い付いてくる。

「動き、ありません」

「ガチガチに守りを固める方針か・・」

「あれでアジトの位置を知られて夜襲とか、嫌ですぜ」

「おいおい! だから、それを誘ってるんだ。わからんのか」

 南から一騎。

「異常ありません」

「ここが襲われてんのに変化がないって方が異常じゃないのか?」

「警部が偵察なさった一昨日と変化ありません」

 頭目、暫し考える。

 これだけ毎日観察して、まったく尻尾を出さない伏兵なんて居るまい。そもそも騎馬の出入りが皆無だ。情報屋の話にも無かった。

 いや、北の方も傭兵が来るまで結構時間がかかった。こっちも傭兵待ちだったら、うちらは無駄な警戒して無駄な時間をかけて、ただ襲撃チャンスを逸してる事になる。

 いや、もう一度情報屋に会ってみるか・・今夜は来るはずだ。


 頭目は、迷う。


                ◇ ◇

 エリツェの町、西区。

 マリオ・フォルツァが家を出る。

 徒歩だが、馬車道まで出て東へ行く。

 馬車道が旧城壁通りと合流するあたり。

 此処らは北区ができた頃に造成された見晴らしのいい新市街で、割と良い御身分の連中が買った。農村部に館のあった準貴族とか、古くからの市民でない新来の上級市民だ。そこの角の医者とかも、そうだ。

 しばらく行くと、中央区北の五叉路に出る。そこから寺町に向かう。参道は石畳の登り坂だ。

 中腹右手に近道の男坂があって、廃寺の裏門に出る。通い慣れた道だ。

 何故通い慣れているかというと、町の二大色街の一つだからだ。

 マリオ・フォルツァは屋敷持ちの親方身分で独身中年だった。

 猥雑な一角を抜け、坂を登り切ると僧院の裏木戸に出る。

 昔は大きな伽藍だったが、今は尼僧院を除き略々ほぼ廃墟。


 そんな廃墟の一角に、約束の男が来る。


                ◇ ◇

 南街道方面、リッピ館。

 辺り一面血の池の跡。

「いや、人間って血が沢山有るもんだと毎度思うぜ」

「ほら、警部は無神経なお人だ」

「無神経でなきゃ出来ない仕事を俺ら散三さんざっ原やって来たんだ。今更何を言う」

「さすがに俺らが切り刻んだ死体は無ぇですね」

「表に埋葬した跡もない。回収して他所で調べたのか?」

 頭目、また考え込む。

「町の警察には管轄区域外だ。伯爵の法域になるが、あっちが動いたって情報はない。いや、それどころか相続人不存在に持って行って自分の領地に編入したがってるって情報だ。調べない方が得なんだ」

 頭目、神経質に足で床をこつこつ叩く。

「なら、調べたのは誰だ?」

 自問自答する。

「親類がいて、相続人がいるなら・・遺体だけ引き取って血の跡はそのままってのはせない。それとも遺体だけ一族の墓地へ運んで弔って? ・・いや法廷に持ち込んで、この血の池跡も証拠にして、血讐あだうち申請する・・それか」

 深呼吸する。

「その親類が、南のあそこの館だとすると辻褄が合う。今は呼び寄せた傭兵の到着待ちだとしたら、先制攻撃有るのみだ」


                ◇ ◇

 エリツェの町、東区。御屋敷町の丘の上。

 下男ロブ、帰って来る。

 皆な、まだ寝ている。

「さすがにお前ら寝過ぎだろ。また飯にありつき損ねっぞ」

「旦那起こすか?」

「起こせたぁ言われてねえぜ」と、下男シャル。

「実のとこ、言われてねぇ事やって褒められた回数は、やって叱られた回数よりずっと少ねぇなあ」


「そんじゃ俺らだけで飯貰いに行こう」

「下男飯は下男飯で、別枠だからな」

「ん? 元々昼飯ゃ無いんでは?」

「朝飯食わなんだのは痛恨だな」

「寝てたんだから仕方ねえし」

「ダメ元だ。行って見べえ」


                ◇ ◇

 西区、遊郭「金曜亭」前。

 夜の歓楽街、流石にこの時刻は閑散。

「姐さん、忙しいだろうに、足労かけて済まないね」

わたしは昼の休憩だから構いませんわ。姐さんには情報貰ってるし」

 お互いを姐と呼ぶウーテと目鬘書記、自分の方が若いと言って譲らない。

「今週売られてきた娘が訳ありっぽい。最近どっかから攫われて来た臭いんだ」

「内密の相談? それとも協会うちが手を出しちゃって良い?

「女衒の兄さんは説得した。くるわが面倒に巻き込まれるより良いってさ」

「なら、身柄から預かる方がいいでしょうか? 任して良さそうな男がいるんで」

「男? 男なの?」

「男女の組みです。丁度良いかも」

「姐さんの見立てなら信用して任せるよ」

「依頼料とか、お店からは出ないのでしょう?」

「あたしが自腹で頼むわ。伊達に稼ぎ頭やってないから」

「姐さん、いい女ね。何とか金庫番口説き落としてみますわ」

「例の子供誘拐とは別口だろうとは思うけどね。此れもひとつ頼むよ」


                ◇ ◇

 丘の上の寺院廃墟。

 マリオ・フォルツァ暫し待つと、修道士姿の眉毛のない巨漢が現れる。

 いや、修道士姿ではない。僧らが決して手にすまじき妙な道具を提げている。

「これ」

 開口一番、薬瓶を渡される。

「近づいて一気に顔にかけるだけ。すぐ毒煙になるからサッと逃げる」

「毒か・・」

「絞め殺すより楽でしょ。多少外れても大丈夫。胸あたりとか。出た煙を吸い込む辺りなら一発で効く。即死」

「誰の顔にかければ良いんだ? 頼むから、お前だと言ってくれ」

「あたしじゃないわ。まあ、名前は知らない方がいいでしょ。夕方ここへ来るよう呼びだしたの。多分坊さんの格好してるけど、学者風かもしれないわ。約束のものを持ってきたベレンガーの使いだと言えば、顔を突き出して覗き込んで来るわ。そしたら、パシャ! で終わり。後は逃げるだけ」

「来たのが一人じゃなかったら?」

「それひと瓶で三人くらい行けるから」

「もっと多かったら?」

「そしたら、言われた通り薬を届けたって言って瓶渡して、あとはとぼけなさいよ。誤魔化せるわよ、あたし本当に薬屋なんだから」

「ふん」と、瓶を見る。


                ◇ ◇

 寺町坂上の高台。石畳の参道の先に大きな古木。その蔭に古拙な神像の祠。

「ほら、眺めがいいだろ?」

「お花もきれい」

「もすこし晴れてたら良かったんだけどね。東の方から曇ってきてる」

「ふらないよ」

「そうだね、大丈夫」

「じゃ、お参りしようか」

「聖女さま、しゅじんをよろしくお守りください」

「聖女さま、妻を幸せにするのをお助けください」

 祈る。


「じゃ、食事したらギルドに行こうか」

「ギルドに?」

「屋上庭園見せてくださいって」

「わぁ、たのしみ」


                ◇ ◇

 南街道、ベラスコ館間近。

 野盗の十三騎が走る。



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