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70.憂鬱な執事

《三月七日、夜更け》


 西区、門衛分署前。

「困るのですよ、勝手に投棄されたら」

 ニクラウス曹長が腕組み。

「駄目かね」と、女医オルトリンデ・フィエスコ。

「駄目ですよ、死体五つも捨てちゃ」

「ほんとに、駄目?」

「駄目です!」


 門衛分署長が割って入る。

「ちょっとちょっと市警さんよ。これ、おたくの捜査権限外じゃないのかね?」

「むっ・・」と、ニクラウス渋面。

「まず、館長さんとお嬢さん。貴族で不逮捕特権者だ。これは良いな?」

「む・・」

「死因は頭部強打。医師が確認済み。これも良いな?」

「む・・」

「死亡者は不法滞在者。埋葬許可は出せない」

「問題はそこだ! 気を付けて欲しい。一人は『こんゆら』の組織員な可能性がある。あちらとのトラブルは避けたい」


「成る程、一人は合法居住者ばいざせんかもしれん。だが、身元引受人が発給する鑑札か引受済証を不携帯だ。生前ならば所属ギルドの仁義を切って口上述べて貰って済証ずみしょう)の携帯に代えてもいいが、今は物言わぬ死体だ。市域街投棄処分が最も遵法的ではないのか?」

「四面四角に言えば左様そうだが、事情わけ有って今オルトロス街と衝突もめう存ぜぬ」


 分署長、急に妙な侍言葉なんぞ使いやがってと鼻白みつつ少々毒づく。

「それは市警さんの事情でやんしょ? ならば死体おろくは呉れて遣らぁ。疾っとと持って帰って煮るなと焼くなと好きにしな」


 と、闇の中から、声。

「助かりましたわ曹長様。其の男、『市民の敵』容疑と利敵行為のかどで内偵致して居りましたの。あとで所持品だけお下げ渡し下されば幸甚に存じます」

 特大の羊のような動物に横乗りした女性が現れ、そのまま去って行く。

「扨て、わしらも寝るかいの」と女医らも去る。


 独り残されたニクラウス曹長、ぽつねんと呟く。

「死体五つ・・どう持って何処に帰るやら」


                ◇ ◇

 東区、御屋敷町。御屋敷の一室。

「旦那も閉じ籠って鍵まで掛けて、なぁにやってんだか」と下男ダム。


「あはは、女ぁ呼べねぇから一人で悶々してんじゃねえのか?」

「いや、便秘で苦しんでんじゃね?」

昨日きんにょあんなに下痢止め飲むから便秘にもなるわ」

「どうも旦那、無料ただって言われると矢鱈に食うからな、あの貧乏性」

「餓鬼の頃から金だけは山ほど貰って生きて来たのに、何だろなあ、ああも欲張っちまう『がめつさ』は」

「いや、それこそ餓鬼の時分から何でもんでも借り物で済まして暮らして来たもんだから、事の折々ものの次手ついでに無性に欲しくるんだろ、要りもしない『自分のもの』が」


 隣の部屋。

「狙い通りだ」

 ブッカルト博士、例の「万能薬」の効能書きを見ながら北叟ほくそ笑んでいる。

穿ほじれば穿るほど証拠がざくざく出て来やがる奴だぜベレンゲリウス」

 黒魔術師に仕立て上げて告発する標的は、予而自かねてより目を付けていた通りの男。

 伯爵御曹司の身近べったりな一の子分という証拠も公文書にしかと記されている。

「『我が黒魔術の力の精粋を注ぎたるこの丸薬を・・』だと馬鹿め、堂々と署名してやがるぜ。これも証拠品だぁ」

 然し、もっと悪どくて分かり易い犯罪を起こしてくれないと決め手に欠ける。

 まあ準備済みだが・・


『万病を癒す。頭痛に腹痛、下痢、胃のもたれ、陰嚢の痒みに精力減退、血行不良に悪寒に便秘・・』だと。笑わせるぜ」

 丸薬をぼりぼり食う。

「ん? この薬、下痢と便秘のどっちに効くんだ?」


                ◇ ◇

 西区外れ、遊郭「金曜亭」の前。

 大きな羊のような騎獣が隅で大人しくしている。

「寝てました?」

「いや、お客の鼾が気色悪くて階下したに居たとこ」と、ウーテ。

「氏素性は?」

「ハルコネンだか何だか云う一門だって。血統自慢を聞かされた」

「自慢以外は?」

「呪われた一族なんだって」

「呪い?」

「むかし天下無双の女騎士を寄ってたかって倒したときに呪われたんだって。何人懸りで挑もうとも女ひとり満足させられない子々孫々未来永劫って・・」

「それは恐ろしい呪いですわね」

「同情してる?」

「実はわたしの彼、戦傷で下半身付随の身なのですわ」

「そいつぁ・・お気の毒ね。色々してあげた?」

「それはまあ・・いえ、それよりお客は?」

「てんで駄目」

「そうじゃなくて、氏素性以外」

「まあ、そこそこ口は硬かったね。全身でそこだけかよってくらい」

「まあ、河南系の落武者を傭うだけにとどまらず、野盗に堕ちた連中とまで繋がってる嶺南貴族を見つけたってだけでも価値ある情報ですわ。ありがとう」

「どうするの?」

穿ほじくって膿を出す」

「例の誘拐との関わりは?」

「それも含めて穿ります」

「それじゃ、あたしは穿られに帰るか」


                ◇ ◇

 プフスの町。チンクの厩舎。

 エマがまだ穿られている。

「亭主は明日帰ってくるのか?」

「午前中にね。寝坊しちゃ駄目よ」

「あんたが出かける時に起こしてくれよ。仕事行くんだろ?」

「だめ。あたしの仕事は昼と夜の厨房よ。明日の朝はゆっくりするわ」

「俺も朝寝が出来る身分じゃなし、なら一層いっそ朝まで此処に居ろ。お前は明け方寝床に入りゃいい」


 彼らはまだまだ起きている。


                ◇ ◇

 此処には今頃起きる人が居る。

 聖ヒエロニムス教会の鐘楼で子の刻の鐘が鳴ったので判事補閣下が目を覚ます。

 こゆぅい緑の薬酒の瓶を繁々眺めて思案顔。

「はて、こんなに飲んだかな、飲んだから寝ちゃったのか・・」

 仕損しまったぞ政務もさぞ滞留たまった。そろりそろりと僧坊抜け出し、こそぉり夜道の閣下殿。首をすくめて西門の不寝番に声を掛ける。

「閣下遅くまでご苦労様です」

 若殿さぞかし激務かと労う番兵に太守代理閣下、心の中で手を合わせる。


                ◇ ◇

 其の頃何処ぞで息を殺している男また一人。

 大木戸の閉まっているラズースの関所脇、密輸業者しか知らぬ様な抜け道は、垂直かという岩壁いはかべに此処だけ何となく足掛かりが続いて有って、膂力が有れば登攀し切れる。其の岩壁を、頭陀袋を背に僧衣の大男がひょいひょい登って行く。

 到底とても老人の体力とは思われぬ。いや、結構な地位ある人物のする事とも到底思われぬが、此の人嘗つて若い修道騎士だったみぎり、斯う遣って独りで城ひとつ陥落おとした男である。

 エルテスハバール大修道院の副院長にして元御堂騎士団長のアサド師、城壁にぶら下がって息を殺し、歩哨を遣り過ごすと城壁の上を抜け、伯爵領側の暗闇の中に消えて行った。因みにアサドとは本名に非す、獅子を謂う異国語だそうな。彼の武威に恐れを成した異教兵士ら人呼んでの異名だと云う。


                ◇ ◇

 再びエリツェの御屋敷町、さる御屋敷の客間前室。応接風の間取りの調度の物蔭に然有さあら造作つくりで御付き下々か警護の者の隠れて寛げる場所がある。下男三人船を漕ぎ始めた折りもおり、主人の部屋から内鍵を外すの音高々。更に扉を開け放つと結構大きな音がする。

 三人確乎しかと目が覚める。

「お前ら明日朝一番にギルドへ行って早飛脚見つけて、此の書状を出して来い」

 大きな欠伸をして云うに

「寝坊するなよ朝一番だ。俺は寝る」

 ブッカルト博士、寝室に消える。内鍵かう音も高々。


「どうするよ?」

「三人揃って行くほどの仕事でもねぇな。籤引きで決めようぜ」

 がさごそと何やら籤を作る。

「あっちゃぁ! 俺か・・」と、下男ロブ。

「それじゃ寝るべぇ」


                ◇ ◇

 屋敷の屋根の上。

 銅板葺の破風の上に人影。

 銀細工脚付の羅馬硝子盃に赤葡萄酒盈盈たり。手にするは黒髪長い長身の男。

「はは、はっははは」

 背後に人影今一つふわりと。

「惣領様、何をご満悦?」と女の声。

「満悦でも無いのだが不覚つい笑って仕舞つた」

 階下でからり窓が開き、下から声。

「旦那様! 月影様も! 其処は声が響きまする。会話に適さぬこと夥しう御在おはしまするぞ」

  「左様か」

「亦た近所から・・」と言おうとして執事、上には既に気配が無いのに気付く。


「やれやれ」

 執事、窓を閉める。




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