17.一同服喪して獅子心伯爵に遇うの事
時系列同時進行のアナザーストーリー
「ドラ猫の憂鬱」
が進行中です。
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同じ事件を別のパーティ視点から記述しています。
街道が僅かに上り勾配になる頃、目前には突兀たる北嶺の山塊。やがて巨獣の爪が掻き抉ったような渓谷が目に入る。
その一つ、遠目には巨石で埋まったかに見えた谷が、人工物乃ち城壁で塞がれている全貌が見えてくる。御城の門の馬面が見える。上りが険しくなってくる。
街道のほかは斜面の至る処を巨岩が行く手阻まざるなし。
積木を積んでは崩し、積んでは崩ししたが如きの散らばり様。
城門前は段々の整地。家臣の私宅らしきが並ぶ。石垣が囲い、一つ一つが砦のようだ。
しんと静まり返っている。厩舎の馬匹のいんと嘶く声のみ時折聞こえる。
◇ ◇
「開門、かいもぉぉぉん 故ポンティ准男爵殿の葬列にて候。礼拝堂までご先導くだされぃぃ」
一同有り合わせの黒い布を喪章やヴェールに仕立てて即席の葬列出来上がりである。三本の百合の花を十本の指が周りから掴もうとしている様な奇怪な紋章の飾られた門を抜け、城内へ。
「ふしゅるしゅしゅ、この変顔で墓標に銅像建てちゃるけんのう」
「あんた鬼ちゃいますかね」
誰も先導はしてくれず、門衛も軽く頭を下げるだけで誰何どころか誰一人言葉を発しない。角毎に立っている赤備の衛兵が黙って進むべき方向を指差す。
「ふむ、無愛想だが無礼でもない。持ち場を離れる者のない合理的なやり方だな」
「物々しいのか無用心なのか見当も付きませんわ」
「へぇ、これ何処までもずっと虎口が続いてるのと同じ作りだね。外から来たもんが何処をどう歩いてても四方に矢の雨降らす櫓があるよ」スレ兄が物騒な観察をする。
厩舎の街区、兵舎の街区や工房群を過ぎると下馬門。ここから徒歩になる。準男爵殿ご遺体には亡き兵たちの長柄と盾を巧みに組み立てて敷き、更に途中で摘んだ花なども配って軍旗を掛け、両掌を胸上で重ねて急拵えとは思えぬ出来栄え。
「ニートさん、こういうの本当に上手ですわ。気が付くというか細やかというか」
「甲斐甲斐しくって良いお嫁さんになりますねッ!」
「ははは、きみは狙ってもダメだぞ」
「狙わないしッ!」
内曲輪の入り口は昇り階段だ。遺体が滑落しないよう必死に平衡をとる。先棒のアルが呻吟く。
奥には本館主殿と脇殿の間に、大屋根を架した中庭があって、恰も屋内の広間の前壁をそっくり取り払ったかの如き様相を呈している。手前側には主殿と脇殿の三階同士を繋ぐ渡廊下、中程に二階と二階のそれがあり、奥が一階だ。
中へと進む。大屋根も幾つかに分かれて段違いに渡されており、思ったより陽が差し込む。主殿側の二階には張り出したテラスがある。この大広間のような中庭が大勢の集会場に使われるのだろう。
列柱の影に隠し通用口があったらしく、何処からともなく人が来た。
やって来た執事らしい男と何やら押し問答して、……
「遺体はポンティ家所領の墓所に送ると言って聴かん。折角の計画が潰えたわい」
「準男爵のくせに知行地持ちって生意気ですよねえ」
「なんぞ不始末でもして家格降ろされた口じやろ。間抜けな顔しとったからのう」
「故人だから……もう許して上げません?」
計画とは……銅像の方だったようだ。
◇ ◇
「なんとしても姫に繋ぎを取るのじゃ。ここが正念場、唯一の突破口ぞ」
と、言い終わる寸前、主殿の大扉が音を立てて開いて、初老の偉丈夫が現れた。
「城主を相勤めまするコルレオーネ・ダ・パルミジエリ。御一行殿お見識り置き下され。御坊はお久方振りで御座る」
「先に御大来たッ!」
「此度は草枕に在って期せぬ不幸に見舞われた家臣をお連れ頂き、この感謝言い表せる言葉もありませぬ。剰え旅先で袖摺り合わせた程度の御縁で弔宰のお申出まで賜り乍らその栄誉を辞退するという非礼、虎狼の前に捨身致したい心境」
「サッパリわかんねえよッ」
「折もおり、某し御坊に懺悔致したい事が御座る」
「うっ、これは不味い展開だな」
「懺悔と言われたら一対一にならざるを得ませんわね」
「爺さん護衛ゼロの丸裸不可避ッ!」
「宜しければ御従者の皆にも聞いて欲しう存ずる」
「え……?」
◇ ◇
小広間。
奇妙な吹き抜けの……さして大きいという程でもない広間に通される。アルくんなど何時一網打尽にされるかと気が気でなさそうだが、ご老人は至って寛いで神色如常。
「内密の話は密室と相場が決まって居り申すが、当家は声の響かぬ特別な造りの広間を使う。却って忍び寄り難いのでな」
「ふむ、発想の転換だな」
街道もだったが、何か独特な防衛戦略というか……武人の思想があるようだ。
「扨て既にお気付きの事で御座ろう。当家血筋の女人のみが罹る謎の業病は母子倶に産褥で死を免れぬ。其が為、嘗て悍ましき左道に手を穢した愚かな父親が此処に居る」
「どストレートに告白来たよッ!」
「大勢の親の情を踏み躙った親の情、唾棄くだされい。こと露見すれば当家、改易は未か斬首絶家、いや火刑」
「ですよねえ」と一同唱和。
「我らが火消し側に回れば安心じゃのう。儂も、姫殿の顔を見たら情が勝って仕舞いそうじゃ。いや実は万一儂が横死を遂げたとき待ッた無しに陛下の許に届いてしまう手筈の書状があるのじゃが、儂が無事である限り無用無用」
この……狸と狐。
「そのことで御座る。ついに先日おのが出生の秘密を知った娘が病み、どう接して良いものやら。御坊、会ってやって下さりませぬか。」
「この一手一手、どちらが駒得しているのか見当も付かないな、ははは」
「声、大きいですわ」
去り際に……城主が院長の耳許で囁く。
「恥づかし乍ら城内一枚岩では御在ませぬ。保身の為に御坊らの寝首を掻かんと蠕く者らが有り申す。細心の御注意を」
◇ ◇
「流石ですね……逃げ道作って行きました……尻尾切り放題に」
「ま、欺瞞情報じゃな。不満分子の有象無象が、よう1個小隊出撃させんわ」
「でも、当主が懐柔策派で息子が強行派なんてのはアリなんじゃないですかねッ」
「うーむ、確かに実は伯爵世子の影もチラチラ見えてあるでのう。というのはーー」
と……言い掛けたところで来訪者。
齢の頃なら五十絡み、漆黒の引っ詰め髪に黒真珠の耳飾。長身の背すぢ正整と伸びて女教師か寮監かという佇まいの黒衣侍女……姫の部屋に案内するという。
「ずっと聞き耳立てとって、敢えてあそこで話の腰折りよった。邪魔ばかりしおるわい」
「作り笑いの顔が不自然すぎて怖ッ! 気味悪いですよねえッ」
やたら評判が……悪い。
「我々も割って入りづらい雰囲気作ってたがな、ははは」
「確かに」とスレナス長兄がぼそり呟いた。後ろの弟二人二度頷く。
◇ ◇
大屋根ある中庭の奥、生垣の先に小さな果樹園があり、中央には丸い花壇と石造りのベンチ。街から来た男たちが掛けている。
「来ちゃったじゃないか」
「プロ公、借りた兵隊ってどうしたんだ?」
「何だか、訳のわからない事態になってる」
「訳わからないのは若様も、だがな。こっちも見ないで何かブツブツ言ってるだけで」
「あれ、勘弁して呉れたんだろうか?」
「『叱責無し』ってことで、一応いいんじゃないのか? あとは俺たち、奥方の快癒を心から願う善良な市民ってことで、なにも問題ない。お見舞いに上がって、病状を気遣う皆様を『激励』して終わりだ。『激励』された人が何か勘違いして何か仕出来しても、俺たちには何の責任も無い」
「えぐいぜ」
「奥方の一党も当のご統領が病床で指揮系統が崩壊してるっぽい。『何かお力になれること』があれば申し出ようぜ。町の商人ができる範囲でな」
「よろこんでー」っと、一同。
◇ ◇
姫の部屋。
「姫様、ミノル姫様。件の御坊様をお連れしました。開けて下さいまし」
ことり、扉が開くと……黒髪の若い女性が身振りで室内に招く。可憐だが無表情で目の下に隈がある。
院長が入室し皆が続くと、最後の黒衣侍女の目の前で……礑と扉を閉じる。
素早い動作で扉の内側に耳を付け、唇に人差指を当てて……沈黙せよとの仕草。
「(あ、婆さん聞き耳ね)」とアルくん身振りで(多分)そう言うと、姫様首をコクコクと肯う。
先程と別人のように……表情豊かだ。
◇ ◇
……なかなか帰らない。
「姫。随分と気鬱に塞がれとるようじゃな。どれ、この長椅子に掛けて、脚を伸ばして楽な姿勢になされ。ほぉら、大きく深呼吸」
イーダさん横になり「(すぅ、はぁ)」
退屈のあまり……小芝居を始めた。
暫し他愛のない話で茶番を続けていると……漸く気配が遠のいて行った。
「行きました……」
長椅子のイーダさんを……覗き込んだアルくん。
「マジ寝ですかね」
「姫様気鬱でお部屋に閉じ籠られて居るやに聞いて参ったのじゃが、お元気そうで何よりじゃ」
「元気有り余っておりますっ。今週は濫りに外出するなと言い含められ初中終覗きにこられては、気だけは鬱になりますがっ」と、大きな身振り。
「先の侍女殿に『籠っておれ』と・・かの?」
「あの妖怪婆は兄の手の者なのですっ。いえ純血のヒト種ですが」
「まぎらわしいッ!」
「あれは元々が祖母ガルデリ女子爵の侍女で、母の輿入れに随いて当家に来て、今は兄に従っています。ガルデリの御家に忠義なら、わたくしに一段愛想好くしても良いのにっ」
「当主以外に冷淡な家臣なら骨肉のお家騒動経験者には割といるよ」さらりとスレナス長兄。後ろの弟二人……二度頷く。
「いえ、アイセーナはわたくしに厳しすぎですっ。いつもどっかで見てるし、いない時はヒルデガルドが側を離れないしーーあ、あれの一の乾分みたいな鉄壁女ですっ。もと近衛隊長の嫁になって御城を下がったけれど昔は裏近衛と謂われた豪傑女で、目力が凄いっていうかアイセーナと良い勝負」
「左様か、お母上の侍女とは、彼の人のことじゃったか」
「ご存知ですのっ?」
「いやなに! いやその・・二十四年前の魘魅事件の件でな」
「そうですか、師の御坊様にはもうすべてお耳に入っているのですね。あれが姉上の母君を呪詛で亡き者にし、罪のないたくさんの子供達を贄にわたくしと母の蘇生魔術を執り行ったとーー
「むむっ」
「ーー父を奪った寵妃を憎み生母を慕い同母妹を思う十二歳の少年の心を揣摩忖度したのだと。盲目的な忠誠心が人を鬼にしたのだとーー」
「爺さん、知ってた?」
「いや、カマ掛けただけで此の姫さん喋るわ喋るわ、吃驚じゃ」
「あの人でしたか。ギルド長さんから聞いた印象と随分違いますわね」
「完全別人ッ!」
「……でも、笑いさえしなければ、今でも結構な美人さんではないでしょうか」
「じゃが、殊と笑い顔は人外の何かを思わするのう。何が彼女を左様させた!」
「美女が妖怪にガブって変化するギャップがもうホラーだってッ!」
「あれ、強いぞ」とスレ兄……
……外見とやかく言わない紳士の好感度が私の中で……また上がる。
「ーーそんな世間の人の噂に、強く疑念をお持ちなのですね? そう、禁断の呪法まて用いて生を繋ぎ止めた娘の扱いが何でこう雑で雁字搦めかとっ」
「(おらんが)」
「(そんなの誰も知らんしッ!)」
「発して正鵠失わずっ。人の噂は皆な的外れ。彼女は犯人ではありませんっ」
「(ちゃうんかッ!)」
「首魁は誰あろう兄なのですっ。兄にとっての大事は母で、わたくしは別にどうでも良く、而て母が大事だったのは、あの時まだ祖母ーーガルデリの女子爵が存命だったからっ」
……ひと呼吸も置かず
「遙か草原の彼方より駒馳せ来たる御先祖がガルデリ谷に居を定め、星霜幾百過ぎて猶ほ固有古来の習俗が頑固に続いて居りますのっ。族長家長の継承には男女の区別隔て無く唯だ長幼の一辺倒。なので実子に先んじて兄弟姉妹が跡目です。あの悍ましき事件当時、祖母の嫡男すでに亡く相続第一順位は母っ。しかし母が襲位目前に逝くならば、兄は十二の未成年、従兄は十六元服済み。序列は兄のが下位でしたっ。兄にとっての母ぁ様は所詮が所詮おばあ様が亡くなる前は生きて居て貰わねば万事不首尾という、たった其れだけの駒でしたっーー」
「なるほど、呪詛事件を起こして不利益しか無いのは伯爵夫人であって、伯爵家そのものには、子爵領を食えるか食えないかの大きな違いが有ったわけだな」
「ーーわが伯爵家とガルデリ家は領地接する武門の家。遥かいにしへの世代より抗争が絶えませんでしたのっ。それが祖父祖母の代になって歴史的和解が成りまして、子爵世子、ええ、伯父様に叔母様が嫁がれたのですっ。あ、訳わかりませんか? 母上のお兄様に父上の妹様が輿入れなさったのですっ。継嗣を儲けられた矢先にお二人共々不幸にも亡くなられたのですがーー」
「なんかキナ臭いのお」
「露骨に和解反対派の陰謀ですわ」
「分家筋あたりから婿養子に入って姫の母ちゃんお飾り当主にって筋書きですかね?」
「それらしい婿候補の男性もポックリ亡くなりましてっーー」
「ああ、もう想像通り過ぎる展開ですわ」
「そこは夫れ和解推進派の旗頭が当主である祖母ですからっ」
「ポックリさん、息子の仇容疑者第一位ですよねえッ」
「ですっ」
「デスデス、それで結局は母ちゃんが政略結第二弾で伯爵に嫁いで和解派最終勝利ッと」
「反対派が角を矯めて牛を殺した様ですわね」
「ちなみにポックリさんは遠乗り中に落馬で亡くなられたとのことで、ボッキリさんが正解ですっ、正確には男爵Andrea di Voccili-Gardelliと仰いましてーー」
「いや、その人もういいからッ」
:扨て問題の姫君に御目通り叶い、追次暴かれる新事実。一同さらに如何なる秘密を知りますかは、且く下文の分解をお聴き下さいませ。