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インターミッション 本作の世界観32 ー 嫡庶ー

 血族の項で簡単に触れましたが、リアル中世では故意の殺人を犯した本人が国外逃亡した場合、限定的にではありますが、彼の男系血族が賠償責任を引受けます。男系親族が誰もいない場合は女系血族とギルド同胞が負担します。

 これはウェセックスのアルフレッド大王法典27です。(King Alfred:871-900)

Gif fædrenmæga mægleas mon gefeohte「mon ofslea,」þonne gif medrenmægas hæbbe, gielden ða þæs weres ðriddan dæl, [ðriddan dæl þa gegyldan, for ðriddan dæl ] he fleo.

Gif he medrenmægas nage , gielden þa gegildan healfne, for healfne he fleo.


 ウェセックス王国はサクソン系の国と言われ、海を渡りブリテン島に行ったサクソン人とドイツに残ったザクセン人は同系統です。言葉も非常によく似ています。æとかðとか今日IPAの発音記号として残っている文字って、古代に実在したその発音のアルファベットなんですね。"dæl"は今日の"deal"で、部分partの意味です。


 もし(Gif=If)父方親族fædrenmæga がmægleasだった場合、つまりザクセンでいう剣親(schwertmage=sword + mage)がまず第一に逃亡した血族の不始末に責任を取るべきところ、そうすべき男系がmægleasつまりmageが欠lessだった場合は、母方のmacつまりmedrenmægasが、本人(逃亡してしまった犯人)のギルド仲間gieldenと連帯して、それぞれ三分の一相当部分ðriddan dælづつ賠償責任を負います。ちなみに残りの三分の一部分ðriddan dælは、彼が逃げたhe fleoために被害者遺族は徴収不能と諦めます。

 本人が為出来しでかした不始末の責任を血族が引受ける義務があるということは、裏を返せば、本人の得可うべかりし利益について血族には利益配分される権利が有るということです。相続の権利義務に於いて男系血族と女系血族に確然はっきりとした格差が先取特権として生じていることが解ります。


 これがケント王エセルバルト法典 (AEthelberht, King of Kent :560-616)では、まだ血族は一体で、男系・女系の格差が見られません。つまりブリテン島では、日本で言えば飛鳥時代から平安時代くらい、人なら聖徳太子と菅原道真くらいの時間幅の中で男系・女系の尊卑が確立したと見ることが出来るでしょう。

 無論、男女そのものの差別は古い時代から在ったものですし、出産可能年齢にある自由人女性の人命金が1,000シリングであるとき、出産可能年齢にないと三分の一に値崩れする(八世紀のサリカ法典)という価値観もありました。家畜かよ! と一瞬思ってから冷静に戻ると、まぁ過失致死の賠償金を余命と年収から算出する現代人としたる違いも有りません。


 ここで、もう一つ興味深いのは、もっと後世に都市部の商工業の世界で発達したというイメージの強い「ギルド」が、九世紀に個人の所属すべき社会集団として、血族と比肩するポジションにもう存在してるということです。

 これは「ジッペに属さぬ者はすべての政治的権利を欠き、人より狼に近い」という古典的理解が今日は通用しないという意味ですが、それは個人がそのまま社会的存在たり得たということではなく、血縁によらない兄弟分たちの社会集団が、考えられていたよりずっと古くから構成員の政治的権利を保障していたということだと思います。もっと露骨に言えば、血縁集団そのものが実際にはとうに擬制的同族であったということではないでしょうか。


 以上見て来たように、男系優先絶対型の相続原理が未確立であれば、十三世紀のSachsenspiegelに見られるような嫡庶の峻厳な区分が古く遡れる筈も無い。ゲルマン部族社会にはルーツを持たない新しい社会的慣習ということになります。


 法喪失rechitlosについては幾度か触れて来ました。前述の「すべての政治的権利を欠き、人より狼に近い」人狼ワーウルフ状態に置くのが、一つには、犯罪者が物理的な処刑を免除される代償として喪失宣告される場合。敗訴したボニゾッリ氏が拒絶したのは、これですね。もう一つには容疑者が逃亡せず法廷に出頭するよう促すため宣告する場合。このタイプは誘拐実行犯七人組が登場しました。以上が、宣告によって法喪失するケースであります。

 そのほかに、身分差別のため生まれついての法喪失者である場合があります。そのような身分である「決闘人」が登場人物に二人います。懲罰的な法喪失宣告ほどには過酷な扱いではありません。もう一人・・いや実は数人、生まれついての法喪失者が登場していますね。echtlosな人です。


 嫡出echtでない者(echtlos)と法喪失者rechtlosは言葉も似ていますが、似て非なる別カテゴリーです。法を喪失した状態では当然ながら合法な婚姻関係は結べないので、法喪失者rechtlosの子は必然的に嫡出echtでない者(echtlos)ですが、生得の法を持ちながら合法な婚姻関係を結ばない者、結べない者の子も嫡出echtでない者(echtlos)です。子本人の責任でない点では同じです。


 ストーリーに絡んでくる、このechtlosな人の一人目が、ボルサ家のお嬢さん周辺、二人目がブシャール博士周辺、三人目が・・です。彼らの運命と、彼らに接する人の態度=持っている社会的常識、あるいは囚われている社会的規範などが、そのままプロットというわけです。

 さあ、人里に潜む人狼ワーウルフたちが登場し、お話はどう展開していくでしょうか。

 明日の更新をお待ちください。





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