16.街道南して怪異に遭うの事
時系列同時進行のアナザーストーリー
「ドラ猫の憂鬱」
が進行中です。
https://ncode.syosetu.com/n2740gu/
同じ事件を別のパーティ視点から記述しています。
夜が更ける。
交代で歩哨に立つ事になったのだが、二の腕をつんつん突かれて……目覚めると、スレナス長兄がいた。
「ちょっと付き合って貰えない?」
「交代じゃ……なくて?」「うん、交代じゃなくて」
月が山の端に懸かる。真夜中だが、誠実そうな妻帯者……スレナス長兄が、ちょっと困った顔をして呼ぶので断れない。
「現場は半里も離れていない」
「現……場?」と聞き返す。頷きの返事。
「歩哨は……しなくても?」
「うん。たぶん状況が終了した」
硫黄の臭気が……強くなって来る。
「遺体は3個分隊三十九名からなる1個小隊と小隊長で四十体。二里四方索敵かけたが剣呑な気配はない」
「……何だと思います?」
「意見保留かな。外傷なし。かなり苦悶の表情で総員その場で絶命」
「硫黄の匂いが……しますね」
「誰も、居た場所から一歩も歩いていないよ。瞬時にからだが痺れたか意識が飛んだか。立っていた者は即刻その場に倒れ、座って居た者は立ち上がりもせず。嘔吐する間も無く皆んな一斉に死んでしまった」
「私……を、起こした理由は?」
「勘。いちばん冷静に対応する気がした」
「じゃ、手分けして……騒ぎそうにない人から順に……起こしましょう」
アルが最後だった。
◇ ◇
結局……アサド師が仕切る。
「原因を詮議しても仕方あるまいて。理解らぬものは理解らぬでな。目の前の結果を受け容れて事後処理から考えようぞ」
「事後って何の事後ですかね・・」
「其りゃ絶命の事後じゃろが。折角坊主も此処におる。仮埋葬は無理としても、少しゃ小綺麗にして遣ろう。この凄絶な形相で、苦悶の姿そのままに固まって了わぬ裡にのう」
……緊急時でも聖職者は聖職者らしい。自分たちを追ってきた者等ーー多分襲撃しようとーーの横死に慈愛を以て報いている。
「夜営が不吉とは此のことか」
「へッ?」
「いやなに、知り合いが聞いた占いの話じゃ。今夜は夜営が不吉な日なんじゃと」
「全員ここでお弔いしますの?」
「指揮官の遺体だけ連れて帰るのじゃ。入城する大義名分に宜しかろ? そしてここに遺体回収に来るよう仕向ける。」
「ふむ成る程、人手を割かせる作戦ですな」
……慈愛ばかりでも……なかった。
「指揮官だれでしょうかねッ?」
「ふぉほほ、俗世の垢に塗れすぎた者は身元を隠せと命じられても能う隠さん。ホレこのように」
或る遺体の華美な差料の柄頭に……仕込んだ銀の板がするり出て来た。
「ポンティ準男爵バルトロ。悶絶した変顔が一番傑作だったのでデスマスクをとって後世に伝えてやろうかいのう」
……まったく慈愛で……なかった。
「爺さんあんた高僧じゃなかったんでしたかね くしゃッ」
「突っかかるのう」
師、ひとり呟く。
「明日は御城が不吉じゃと・・」
◇ ◇
《三月十日土曜、明ける》
朝まだき、町を離れて初めて田園風景を見る。
「そう言えば此処ら、もう春小麦の作付けですわね」
農夫に聞くと、御城までは村を出たら十里と少しと言う。
一本道だし、小半時も行けば城郭の偉容が嫌でも目に入るとの事。
牛がのろのろ棃を引く。あれで午前中に耕せる広さが1モルゲンだ。
自由農民はひと月かけて自分の土地を耕す。そして、その並の人の三倍は農地を持っていないと、郷士と名乗るには恥づかしい。まぁ騎士の血筋のお家なら三十倍と迄は言わないが、二十倍は持っていて普通。つまり集れば一寸した村まるまるだ。
郷士らは、農業の傍ら村の裁判集会の廷吏役など勤めるが、一朝有事って領主様から陣触れ有らば、蔵から兜やら鎖帷子やら引っ張り出して馳せ参ずる。まあ封臣や常備兵が居るので村まで御声が掛かる事は先ず無いが、嗜好んで行く奴は居る。其れが罷り間違って軍功など立てて殿様のお褒めに預かると、然可き広さの耕地など賜って一代騎士に御取立被成ったりする。
珍しいことのように言ったが、実はそう珍しくは無い。それが、騎士仲間同僚朋輩或いは先輩の娘と結婚して、生まれた息子が復た功を立てる程有能に育つ。此れはだいぶん珍らしい。一代騎士が二代続くと三代目は世襲騎士である。祖父祖母四人揃って騎士の家となれば、程よく品種改良が進んでいる。こうして、村に騎士様の家系が生まれる。滅多に無いが偶に居る。
見えてきた村は、西谷へ向かう追分の岐路。三叉の辻の立て札から先が幾重にも生垣で囲まれ家々が軒を連ねる。小高いところに七人衆ら豪農たちの館が袋広場を囲んでいるのか、其の石壁の連なりが不格好な小城にも見える。人ほども背の高く育つ蔓草たちの蔓を乱杭に絡めてやると勝手に天然の生け垣が出来て、大自然が墻壁を作ってお恵み下さるのだそうである。騎士の一人や二人、いるかも知れぬ。
「是りゃ断れんのう」
村で不幸があったようだ。いや、あるようだ。
道ゆく僧形が目を引いたのか、村人がわらわら集まって来て了った。
村には町から週二回ほど助祭が来るのみ。カペレの代わりに聖者の祠があって優婆塞のお婆ちゃんが通いの堂守している模様。
「今は先を急ぎたいところじゃが、僧侶が来合わしておって往生に手向けせぬ臨終の懺悔も聞かぬでは済まされまいて」
案内されて富農の館の一室に通される。
「随分と顔色の良い死人じゃの。かんかんのうの一差しも躍り出しそうじゃ」
「……生きてますが」
「重篤なとき顔が紅潮する病もありますわ」
「なぁんの! 儂にゃあ解る。儂が喝を入れりゃ持ち直す」
……何やら、むにゃらむにゃら唱え始めるが言葉は聞き取れない。
「ふんぬ!」と、院長。
「あら、息を吹き返しましたわ」
「ううむ、回復魔法ですかな?」
「僧侶がそんな魔術使う道理あるまい。気合いじゃ! 気合い!」
「でも回復したよねッ!」
「ちゃうわ。これは『支援法術』じゃ。僧兵じゃった頃によく使った。突撃前に皆が気勢上げるのに火酒一杯引っ掛ける程度の効果じゃわい」
「ふぅん? すごいね」と、スレ兄。
「んまぁ死に水代わりの火酒一杯で生き返る死人も殊にゃ居るじゃろ」
「いねえしッ」
「院長様、そこの娘さんに伏し拝まれてますわ」
◇ ◇
「まさか有徳の高僧様が通り掛かるとは。兄も果報者でございます」
「いや、体力を嵩上げして耐えさせとる丈じゃから、早くちゃんとした医者に診て貰いなされ」
「実は御庄屋様のところに、此処ふた月み月ほど御城に通う腕のいい薬師が逗留されておりまして、今朝駆け込んだのですが擦れ違いに登城なさってしまって」
「……薬師?」
「御城に誰ぞ病人でも居られるのかな?」と、院長が探りを入れる。
「私も、お洗濯係で御城に上っていますが、詳しい話は存知ません。ただ最近、黒っぽい吐血のような染みが付いたシーツを何度か洗った覚えがあります。この村の者は昔から伯爵家の恩顧を賜っている領民ですから、厨房の方で働いている者なら、あるいは詳しく存じ上げているかも知れません」
「他に御城に上がっている方が在っしゃいますの?」
「この村の娘は大概が八つくらいから御城に通い奉公に上がっておりますから、兄の看病で急遽今日のお暇いただいた私を除き皆な留守です。日暮れ前には定期の馬車で戻りますが」
「左様か」
娘に重々お礼をされたがお布施は断り、祠へ向かう。
「さっすがに夕方まで待っちゃらんないよねッ」
「……あの杉林の……炭小屋から夜中に帰って来た時は既にかなり具合が悪かったと」
「硫黄の臭いも髪に少し残っておったのぉ」
「お庄屋に聞かないのッ?」
「庄屋じゃと村長と違う。お領主様の代官寄りじゃ。此処は自重しようぞ」
祠に着く。
袋広場の一角にて、父祖たちが両脇の屋敷と屋敷の間に屋根差し渡し、祠を雨風から凌いだ物が、建て増し建て増しで今は小さな堂宇に成った。聖人像前に亡き準男爵殿鎮座在しまして優婆塞の婆さま一人手を合わせて居る。
「心優しき清信女どのにも聖女様の格別の御慈愛がまた届きます様にのう」
「旅の御坊様、この村でお弔い致します?」
「いや、家臣どのらの居る処までお送りしようと思うてなあ」
「それは慈悲深く在らせられますこと」
「……(違います)……」
「村の娘御らは揃って御城に御奉公とか伺いましたわ。何ともご立派な志です」
「村長夫人が通い女中頭としてきっちり躾けておられまする。また御城の侍女様が格式ある御家の方で礼儀作法を教えて下さるうえ、必ず日のあるうちに下がれるよう取り計らって頂けて勿体無いことですわい。私などが御城に上がって居った時分は随分遅くまで働いておりましたがのう」
「それでは……帰り道が大変でしたでしょう」
「あの頃は戦争なんかもありましたし、御城に貴婦人がたが幾人も居られましたんで、侍女様方も数多居て、御城の女中部屋に泊めて頂いた方が安心でしたわい」
「そういう事情も有りましたわね」
「行儀見習で侍女にいらして居る良家のお嬢様方と子供同士夜中じゅう他愛のない話をしたり、結構楽しゅうございましたわい。今は貴婦人が伯爵家の嬢様お一人に、お付きの侍女様もお一人で、住み込み女中の一人も無し。えろう寂しくなりました」
「御城えろう寂しいって、夜は野郎ばっかしなのッ?」
「今の侍女様、修道院育ちじゃとて、村の娘らも行儀作法に着付に身躾、加之読み書きや算術も習うとるが、そりゃもうお厳しい教師様なそうじゃ。形無き嫁入り道具ひと財産じゃゆへ文句言うたら罰が当たるが、日が落ちたらあの方と二人きりとは姫様に同情いたしまする」
「朝まで口煩冗い先生と二人ッ限りですのね。妾、経験ありますわ」と、溜め息混じり、
「シャンセ*の編み上げ袖口絞るのも一人じゃ大変ですわ。妾も苦労しました。まぁ、還俗尼の小姑が居られるんでは、お姫様さぞや厳格に質素な暮らしをお躾けられましたんでしょう」
「そうそう。大礼服でもなけりゃ一人で着付けできる様に厳しく躾なさってるそうじゃ。確かに清貧は美徳じゃが、貴婦人さまがまるで修道女じゃわい」
「息が詰まりますわね」
「侍女様が公用でお留守の夜は女中頭が泊り込んでお側に侍るが、あれも御城に常時控えて居った頃は御客間詰女中で侍女様の一番弟子みたいなもんじゃて、四面四角で窮屈だわいな。まぁ昼間は村の子供らも御側におるんで和まれるじゃろ」
「……お体の弱いお嬢様……なのですか?」
「まさか! 伯爵様の箱入り娘と人様は称うが、それは男衆を近づけぬというだけ。村の娘ら伴に連れ、村娘の格好でひょいひょいお外出に成りまする」
「町におられる時は町娘風になさってますわ」
「お供の騎士も連れずかの?」
「連れたら忍びになりませぬゆえ」
「そんなこた無ぇだろッ! って、町で変態に絡まれたらどうすんの」
「鬼の侍女様がひねり殺すから心配のう」
「へえ、おっかないね」と、スレ兄が何故か納得顔……。
「なーんだ、侍女のばあさんって結構自由にさして与てっじゃんッ」
そこへ村の男の子ら。
「ばあちゃん、こんなのでいい?」
献花が来た。
皆に礼を言い、準男爵の遺体を馬車に積んで出発する。
定員超過で半数は徒歩。
「着くのは昼過ぎかのう」
:扨て 奇天烈不可思議な事件を見ないフリして先を急ぐ一同が何をどうしますかは、且く下文の分解をお聴き下さいませ。
註*: シャンセ (Chainse) Bliautの下、Chemiseの上に着用。
袖口が人目に触れる。