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61.憂鬱な頭目

《三月六日、宵》

 エリツェの町、中央区北、公文書館長公邸。

 ワルトラウテ・ディ・トロニエ、窓辺で夜風に当たっている。

「いい風」


「奥方、お寒うござりません?」

「あらセトさん、玄関通った?」

「いえ、近道より」

「あの下男さんたち、何んにも知らないですわ。巻き込まれないよう配慮してあげて下さる?」

「御意」

「調べていたのは、あの頃の御曹司の交友関係でしたわ。人名なら帝国古典語が覚束なくても読めますものね」

「搦手で参りまするか」

「薬屋さんに目を付けてましたわ。あんなだけど、あの子って、鋭いところは妙に鋭いみたい」

「随分と情緒が不安定な若者と見受けました」

「それを承知で、いじめたりとか・・してる?」

「若干」

「癇癪の一つも起こして何かやらかして、勝手に市外追放でもされたらいと?」

故意々々わざわざ泉下に赴いて頂く迄も無ければ結構かと」

「どうせ背後に誰かいるんでしょ?」

「ヘンリク・コラードの紹介状を持って当家を訪ねて参りました」

「はぁ・・駄目な子! 御曹司の政敵だから大丈夫とでも思ったの? 鈍いところは酷く鈍いのね」

「『白か黒か』でしか物を考えぬのでしょう」


「然れども最後の最後、審判は白か黒かの其れで可也よし

「あら、お姉様! ・・今日は千客万来だわ」


                ◇ ◇

 市警本部、地下牢。

「此処なら幾ら騒いでもいいぞ」


「警吏の旦那、お取調べはなさらないんで?」と、下男ダム。

「ひと晩中、寝かさず取り調べて欲しいのか?」

「いや、ゆっくり寝かして欲しいす」

「俺もゆっくり寝たい。じゃな」

 警吏ウォルフガング、去る。


「わっわー! わっほわっほ」と、下男ら三人。

「お前ら。うるさいぞ」

 牢番が来る。

「騒いでいいって言われたから、騒がにゃ損だ」

「いいけど明日お解き放ちの後で、あっちの牢にいる陰気で粗暴な奴にボコボコ殴られるぞ。お前らの自由だがな」

「ぶるるっ。 静かにしてるべえ」


「殴ったらっ! ・・平和破壊罪で訴えてやるっ!」

 ブッカルト博士また吠える。

「だめだな。お前ら『安眠の平和を破壊した罪』現行犯で入牢一晩、法喪失半日の刑執行中だからな。明日お解き放ちの後すぐ誰に物陰でボコボコ殴られても、殴った奴は無罪だ。お前ら法喪失中だもの」

「げっ! 俺らぁ殺されても犯人が無罪なのかぁ?」


「そもそも犯人じゃねえから。明日正午まで、法はお前ら守らねえ。お前ら殺しても犯罪にならねえ」

「そんなー、俺らどう身を守りゃいい?」

「お解き放ちんなったら、そのまま正午の鐘まで門番の横で座り込むのさ。人前で暴力振るうのは平和破壊罪になるから、誰も手ぁ出さねえよ」

「晒し者けぇ!」

「そのくらい恥かかせても、虎箱ぉ宿屋代わりにする奴が無くならねえ。ついでに物乞いして儲けてく奴まで居る。それで、なんか虎箱常連客は尻叩き刑って法案が通りそうらしい」

「お役所さん、さぞお困りでしょうねえ」と、シャル。

他人ひとごとみてえに言いやがって。おめえら此の丸薬飲んどけ」

「なんだ? 毒か?」

「そんな高価なもん振る舞うもんか。安い下痢止め薬だ」

「腹具合なら問題ねえぞ?」

「腹を冷やして皆んな下痢すんのさ此処は」

「そうなのか・・」

「飲め飲め、俺の奢りだ。心置き無くたんと飲め」

「奢りなら謹んで頂くべえ」

「優しさなのか?」

「掃除が嫌だ」


「んじゃ、明日午前中は物乞いで稼ごう。練習するぞ」

「応」

「右や左の旦那様、一文めぐんで下しゃんせ ♪

  明日のあなたの運命と思って今日は恵みなせえ ♪

   左様すれきっと神様が明日のあんたに優しくなる」


 他の牢でも歌い出す。

 いつしかコラールが輪唱になる。アーメン終止。


 ブッカルト博士、膝を抱えて何かぶつぶつ言っている。


                ◇ ◇

 ヴェルチェリ領、民兵宿営地の望楼。

 クリスたち、遥か遠くの小さな焚き火の灯りを見ている。

「あれか」と、男爵。

「業腹ですが、手を出さないのが上策かなー。このままソプラヴィ団が是れ見よがしに防備を固め、たぶん罠を仕掛けてるだろうベラスコ家を狙うように、それとなく仕向ける。残党が逃げてきたら待ち受けて叩いて、それで一件落着」

「クリスさんって・・世が世だったら姫将軍とかに成ってたりして」と、ヴィレム伍長。

「あそこ、南街道から此っちに入る三叉の辻から、だいぶ北だよねー。野盗に情報流してる奴、取っ締めたいけど悔しいなあ」

「南へ戻ってくる野盗の男をやり過ごしてからじゃあ見失っちまうだろう。馬で追ったら気付かれる。ここは野盗本体対策を優先するとこだな」と伍長。


 と、後ろの小さな人影。

「領主様! おれ、北に回り込む抜け道知ってます。おれに跡つけさせて下さい」

 火の番係の少年だった。

「アベルか・・それは許可できん。相手が何者か分からんし、別の危険な者の一味かも知れん」

「兵隊さんたちが野盗を潰しても、手引きするやつが残ってたら、きっと次があります。危険な事はしないから、どうか物見に行かせて下さい」

「お前を実の子のように思っている者がおるのを知っている。冒す危険の割に得る物はきっと大きくない。ここは我慢せよ」と男爵。

 ・・エステルちんの旦那、やっぱり優しい人だ。

「嶺南男児の心意気ですっ! おれ、領主様の初陣の時より年上なんです」

「たった一歳だけでしょう! それに私は友軍の真ん中で馬に乗ってただけです」

 ・・旦那、だんだん口調が柔くなってる。

「それなら、抜け道を街道まで案内して引き返すにゃ。今夜は伍長さんたちも居るから、おれが偵察に出ても大丈夫にゃ」

「おう! 三人もいるぜ」と伍長。


 ヴェルチェリ男爵、大きな溜息。

「街道に出たら戻ってくるんですよ。いいですね?」

 アベル少年、返事はいい。

「『町まで行っちゃう』に1ダニロ」とクリス、小さな声で。


                ◇ ◇

 エリツェの町、西区流通会館通りの物蔭。

 既に外出禁止時刻で人通りが少ないから目立ちそうなのに何故か目立たぬ男がひとり。

「・・もう・・此処に帰っている以外にゃ、考えられねえ」

 赤煉瓦亭の中には未だ多数の客の気配。

 此の角度からは、換気のために半ば開いた勝手口の扉越しに、調理する亭主の後ろ姿と帳場脇の階段の一部が見える。赤煉瓦建て建物上層階。あの騎士が借りているであろう部屋の窓は、ぴっちり鎧戸が降りている。

「俺って、対人の聞き込みとかは得意だけど、からだ使って張り込むとかは苦手なんだよなぁ」とか、男・・弱音を吐いている。


                ◇ ◇

 沃野の平原。小さな林。焚き火をする男ふたり。

「大槍を使う鈍足気味の装甲騎兵が六騎。俊足の偵察隊が六騎。但し、只の偵察兵じゃあないです。短弓使った騎射で結構な戦力らしい」

「追って来たら遅い六騎を撒いて残りを討てばと思ったが、騎射とは少し厄介か・・」

「少しなもんですか。死地乗り越えて来た古参兵どもですよ」

「距離を取ったまま追って来られ、追い払おうとすると射掛けて来ては逃げる・・。結局しまいに隠れ家を知られて、数で勝る歩兵に包囲される・・。一網打尽の最悪シナリオしか浮かばん」


「まともに直面ぶつかる手は無いですよ」

「軽騎兵に気長にパトロールされても困る。おびき出して潰せるもんなら潰したいが、余程上手く仕掛けんと、数が倍でも返り討ち食らわん保証はない・・か」

 野盗の男、考え込む。

「契約期間・・分からんかな・・」

「簡単には、ちょっとね」

 情報屋らしき男も考え込む。


「ちょっと金を使えば、あるいは・・」

「あるいは?」

「町に流れ着いたはいいが金に困ってる連中は、掃いて捨てるほど居ます」

「お前もだろ?」

「俺より腕の立つ奴もね」

「下手にギルドに喧嘩売ったら、そこらの軍隊より怖そうだぞ」

「まさか! 強いもんに喧嘩売るのは正気の沙汰じゃありません。喧嘩は弱い相手とするもんです」

「というと?」

「田舎の男爵とのさまがギルドに行って傭兵雇ったわけゃありません。仲介した口入れ屋がいる筈です。そいつを見つけて・・」


「暴力的に聞き出す、てか?」

「それくらいしか方法無いでしょう。それか、アジトは捨てて暫く遠くで当分凌ぐか」

「・・町で食い詰めてる同胞ゲルダンに俺らの稼ぎを少し回すのも友愛ってか」

「そうとも言うでしょう」

「どのくらいの予算でいける?」

「いま、同胞は傭兵の相場の半額で命懸けの仕事に食い付きますね」

「数字で言え」

「剣士クラス四人三日間雇って三両」

「安ッ! 町に行った連中って今そんな窮状なのか」

「ちんぴらなら人数三倍集まります」

「傭兵の相場・・払ってやってくれよ」と、野盗の頭目は財布を渡す。 


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