インターミッション 本作の世界観29 ー 盾序列ー
封建身分制度の根幹にある盾序列について、登場人物に絡めて説明いたします。
盾序列は、皇帝(Keiser mhd. ; 史料Auctor Vetus)もしくは国王(König ; 史料Sachsenspiegel)を頂点に下級騎士まで七段階あり、主君に忠誠宣誓を捧げ授封を受けるという相互の交換関係を連鎖させます。換言すれば、国王から配分された封土を再配分する連鎖体系とも言えます。
図は、第三序列の大公Herzogが自由領主Freiherrの忠誠宣誓を受ける姿。
Sachsenspiegelマンガ版(ハイデルベルク大所蔵)から、トレース加工。
Ssp-5v-1s
レーン法20 § 5 Satz 2: Vorzug der Kommendation aus der Hand des Fürsten mit Fahnenlehnen;
第一序列は皇帝もしくは国王。誰かの思い出話に少しだけ登場。
第二序列は神聖諸侯 Geistliche Fürsten。司教や修道院長など。
封建社会が未成熟なうちに旧帝国の支配機構が崩壊したため、古い植民都市や荘園でそれらを継承したのは各地の教会組織でした。封建社会が若干後付けでそれらを取り込んだことは、Auctor Vetusで六段階だった盾序列が、若干成立年代の降る史料Sachsenspiegelで七段階に増えていることでも判ります。ここでは皇帝・諸侯の関係が、国王・神聖諸侯・世俗諸侯と複雑化しており、忠誠宣誓⇄授封という基本形が崩れています。木に竹を接いだ感が否めません。
世襲はありえず、選挙で後任が選出されます。
話中では、エルテスハバール大司教(大修道院長が兼任)のヴェナンツィオ師が登場。出家前の身分は王弟で、異教徒討伐を事としていた修道騎士団を傘下に持つ嶺北の頂点です。現時点でアル・アサド師(俗名レオン・ダ・パルミジエリ)が次期大司教に内定。
第三序列は世俗諸侯 Weltliche Fürsten。大公Herzog、方伯Landgraf、一部の伯爵Grafなど。
家臣に旗Fahnを授与するという古い習慣(古くは槍に結び付ける旗印などを授与。のち、盾を授与するようになる)が、国王の最上級の家臣にのみ残っています。(上図参照)
世襲の地位だが、当主が死去した場合に、嗣子に旗が授与されるまで一時的に自由領主になる期間がある。このことから、選抜され特殊化した自由領主に由来することが解ります。
話中にはパルミジエリ伯爵、ガルデリ先代伯爵(のちに旗を返上して左記伯爵に臣従)、プフスブル太守キルヒャーハイム侯爵(本人は登場せず、専ら長子の判事補Iudexが代理として活動)、グランミゼル侯爵(噂話中のみ)らが登場。
第四序列は大部分の伯爵Grafと自由領主Freiherr。国王の直臣もしくは諸侯Fürstの家臣。伯爵が中央から下向した裁判官の土着勢力化したもので、自由領主の特異な変種であることが解ります。
現ガルデリ子爵(伯爵の甥で次期伯爵候補)は、先代ガルデリ伯爵(第三序列)が晩年政争に敗れて降格した後の後継者。盾序列で同格の者に忠誠宣誓すると、盾序列は一段降格します。エリツェプル市長のマッサ男爵は伯爵家の比較的新しい家臣。その他、多数登場。
第五序列は参審自由人、自由領主から授封されている家臣(騎士)、もしくは両親の両親四人とも「騎士の家系Ritterbürdig」である者。
クリスの一家など。
盾序列は、個々の主従関係が連鎖した決して強固とは言えない序列体系であり、主君と封臣の主従どちらが世代交代しても、主従関係の更新が必要となります。主家が断絶した場合、元主家と同格の新主家と封建関係を結ばないと封臣は現在の序列を維持できません。
本家フィエスコ男爵の男系が断絶しているため、クリスの一家は「生得の法」として参審自由人の身分のみ維持している(次世代には承継不可)か、或いは新たな主君を得た上で他者に実効支配されている旧領の帰属について係争中であるか、となります。従姉妹の輿入先ヴェルチェリ男爵家とは、言動から主従でないと思われます。そのヴェルチェリ男爵夫人エステル(ラツァロ・フィエスコの娘)がエリツェプル市長マッサ男爵の母を「マッサの大奥様」と呼んでいることから、ラツァロがマッサ男爵の封臣となっている可能性があります。両家の関係は、クリスティナ・ダ・フィエスコの従姉妹ナネットがマッサ男爵の従兄弟の嫁です。
第六序列は、参審自由人から授封された家臣。
第七序列は、参審自由人の陪臣。他者に授封すること不可。
以上が封建身分の盾序列です。
上記、封建七序列のうち、参審自由人が三等級ある自由人のうち第一等であることは史料上明確になっており、世襲地を有しない第三等のラントザッセが封建身分を持ち得ないことも明白です。しかし封建身分の第六序列と第七序列を形成するのが第二等の自由人プフレークハフテに当たるかどうかは明確でありません。この「義務を負っている自由人」という矛盾した語義を持つ自由人の実態については議論が分かれています。
作中の独自解釈として、この「義務」を兵役と解釈して「兵役義務負担を代償として世襲地を獲得した元・小作の自由農民という設定を一部で用いているが、根拠の無いものでもありません。
自治都市における自由人と封建身分上の自由人の関係について筆者は定見を持ちませんが、国王罰令権(重罪に対し流血を伴う刑の判決を下す権限)の行使が伯爵から市長に権限委譲されることから、自治都市における自由人にも参審人の属する階層とそれ以外の区別があることを想定しています。実在の中世法では都市参審人に徒歩または騎馬で武装して都市領主に奉仕することが「できる」規定が見られ(「ブランケンベルク法域法」など)るなど、封建関係と平衡ではないようであります。また、市民の意味にHuyslüde(=House People)という単語が使用されている例から、市内に居住用不動産を所有することが市民権獲得の条件となっている自由都市が実在すると考え、設定の一部に用いました。
なお法廷の様子を描写したプフスブルは太守の城下町であり自由都市ではないので、登場する参審人たちは盾序列に属する騎士たる参審自由人たちであり、判事たる太守の代理として判事補Iudexが裁判長を務めています。