インターミッション 本作の世界観28 ー 結婚ー
「生得の法」と言う言葉があります。
「法」は原語が「レヒト」ですので「権利」と訳した方が解り易いと思います。生まれついた身分に付随して来る諸権利ですね。
例えば「自由人」として生まれた時点で手にした諸権利は隷属民とは大きな格差があるだけでなく「自由人」の間でも三段階の格差があります。話中では亡きモルト氏の人命金が百両(=200シリング)でしたが、参審自由人であるマリウス君なら百八十両になります。
生まれついた時点での身分ですから、クリスちゃんのように現時点で領地が紙ぺらの上にしか存在しなくとも、ふらふら冒険者してても、封建身分は盾序列五位の参審自由人です。婚期を逸した美女、プフスの受付ミランダ嬢は男爵令嬢で第二位相続権者ですから盾序列四位のフライヘル階級ですね。
さて、伯爵家のお家騒動はただいま甥っ子派優勢で決着寸前。嘗ての負け組であったマッサ家やトルンカ家の巻き返しが確実になっています。クリスちゃん実家の領地を実効支配している御曹司派貴族が敗退すると、男抜きでシンデレラ・ストーリーが来るかもしれません。何せ、実家の本家であるフィエスコ男爵家は男系が絶え、係累の最後には女二人を残すのみ。そのうち一人が既にヴェルチェリ男爵夫人です。あの夫婦の性格なら、自分たちが全部取ろうとはしないでしょう。そうなったとき、最初に寄って来そうな男は誰でしょう? そう、結婚したい男マリウス君ですね。彼は出生時点では両親とも男爵の血筋の次男ですから、自由領主の法を継承可能です。金では動かぬが女で動く男と自ら豪語していますが、街で評判の器量良しに爵位が付いてたら、確実に飛んで来ます。
そして確実に蹴られます。
女性で最下層の一人はルキア・ボルサ嬢。彼女は「お嬢」と呼ばれながら非嫡出なので、現在の身分は浮浪児と同じ。しかも連れ子付きです。壁新聞で取り沙汰されていた街で評判の器量良しの中で、最も結婚を敬遠されそうな彼女ですが、実は彼女には小公女ストーリーが待っています。何せ祖父は屈指の富豪で権力者スパダネーロ老ですから。教会に祝福された結婚を諸般の事情で未公表にしていたことにするくらい、海千山千の警視閣下にすれば造作も無い事です。
しかし子供はどうでしょう。嫡出問題を裏からクリアしても、「劣等身分継承の原則」は、いかなスパダネーロ老でも曲げるのが難しいでしょう。
商工ギルド組合員はヨーロッパ中世の史実と同じく嫡出の自由市民しか受容しませんが、本作中の探索者ギルドは身分を問わないため、多彩な階層が属しています。多くは都市の自由を手に入れた人々ですが、主人に随行して組合員資格を手にした下僕身分の人や、遊芸人など法喪失者身分のままの者もあり得ます。
さらに、自由人でも参審自由人を頂点に三つの階層があります。プフレークハフテとかラントザッセンとか字数が多いので仮に一等〜三等で略しますと、一等が領主階級と紙一重の参審自由人。二等が標準的地主階級で、ここまでが封建身分。三等が世襲地を持たない自由人です。
一等の女性が三等の男性と結婚すると夫と同じ三等身分に下り、夫と死別すると一等に復帰します。子は常に父の身分を継承するので三等となり、母の財産は相続できません。身分を超えた婚姻と看做されて「劣等身分継承の原則」は発動するのです。ところが、夫が一等で妻が三等の場合は、夫の生存中は妻も一等となり、子も一等を継ぎます。同じ自由人同士の婚姻なの身分を超えた婚姻とは看做されず「劣等身分継承の原則」も発動しません。
この違いは、三等自由民の多くが、解放されて自由となったもと隷属民であることに起因します。男性は婚姻によって生得の法を超えられないのです。
結局、ルキアちゃんの子の身分は探索者だった亡きご主人次第という事です。
ファッロとローラの場合、ファッロが農地を所有していないから三等自由人なのか、曲がりなりにも市内に不動産を所有しているから二等に食い込めるのか、それはエリツェプル市法域法を精査しないと判りません。ローラちゃんは不明です。ミラちゃんのように零落したお嬢様かも知れないし、最下層出身かも知れません。本人に聞いても要領を得ないかも・・
さて、ラマティのおじいちゃんが、どんな裏の手を用意しているか、ご期待ください。