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60.憂鬱な主人と下男

《三月六日、日没時》

 ヴェルチェリの城。

 傭兵ソプラヴィ団のウィレム騎兵伍長が語る。

「野盗が十三騎という情報は、ゲルダン正規軍の分隊編成と一致しますので、正確でしょう。我が方は装甲騎兵六、威力偵察を主務とする軽騎兵六、それに歩兵二十七という構成です。兵力差は歴然で負け無しと見えますが、実は我が方、機動力で劣っています。こちらの振り回した拳を掻い潜って、守るべき三つの村の一つにでも火をかけられたら、それはこちらの負けです」

 男爵大いに頷いて、

「分かってらっしゃる! 官軍は得てして護るべき民衆そっちのけで匪賊討滅に夢中になりますからねえ」


「別の言い方をしますと、敵が略奪で儲けたいと損得勘定しているうちは比較的安全ですが、意地でも男爵様に一矢報いたいと思わせてしまったら失敗だということです」

「こっちの兵力見せつけて、向こうが避ければ大成功。戦わずして勝ちでしょ?」

「クリスさん、それってきっと兵法の極意ですよ」

 男爵、嬉しそうだ。

「確かに、本隊の部隊編成は拠点防衛向きで、追討には不向きです」


「ねえ、言っちゃって、いい?」とクリス、男爵を見る。

「ええ、ちゃんと情報共有しておきましょう」

「十と七、八里南のベラスコ家が『攻撃特化型の一流どころ』を雇ったって情報が入ってます。ベラスコは皆殺しされたリッピ家の身内じっぺです。たぶん待ち伏せ部隊を仕掛けて仇討ち戦さヴェンデッタを狙うでしょう。こっちは是れ見よがしにガチガチに固めとけば・・あっと、物見わっけの勤務時間だ。もう行かないと」

 会釈して走って行く。


 後ろ姿を見送る伍長。

「俺たちも、あれくらい情報通と組まないと・・時代遅れの傭兵で終わっちまいますね」

「ここだけの話、あの子って僕の奥の従姉妹でね、由緒ある武家娘だ。剣を捨てたのは親の代だけど、本人も思うところがあるんだろう。伏せたがってるみたいだから、あんまり他人ひとに言わんでね」

「へー?」


                ◇ ◇

 平原の遥か西に山の端が見える。西日が落ちて未だ残る明るみの上に蛾眉のような月が輝いている。

 星が瞬き出す。

「さて、今夜は来るかにゃあ」


「お客さんでも来るのかな?」とウィレム伍長がやって来る。

「とっ捕まえたいとこだけどさー、自重中」

「何者?」

「十中八九ねー、町の情報屋の誰かが野盗に情報流してる。あの辺で奴らと落ち合う」と指をさす。

「とっぷり暮れてからだけどね。こっち、灯火を落としてるから、あちらさん見られてるの気づいてない」

「この辺に詳しくない奴ってことか?」

「町もんだけど、城門外に栖処ねぐらの有る奴。お灸据えてやりたいけど余裕がない」

「成る程、自重中か」

「ツナギ取ってる現場を押さえてやりたいのは山々だけどー、野盗の恨み買っても美味しくない」

 クリス、結構口惜しそうで、自分に言い聞かせている。


「あら、今日はお早いお着きだにゃん」

 カンテラっぽい小さな灯りが北から来る。


                ◇ ◇

 エリツェの町、公文書館。

「旦那、ずいぶん時間かかりやしたね」

「馬鹿糞田舎記録官が旧帝国古典語なんかで文章書く化石頭だからだ。死語でもの書く老害どもが」

「んで、探し物ぁ見つかりましたんですかい?」

「ああ、でっかい魚を釣る良い餌がな」

「旦那いつも腹減って餌喰っちまうから魚釣れなくって困るでしょ」

「お前ら随分飲みやがったな」

「んだっておいらら字が読めねえから手伝いもしようが無ぇし、飲むしきゃ無ぇ」

「殊勝に待ってりゃいいだろう」

「そんな人生無駄にゃ出来ねえ。人間いつ死ぬか知れねぇのんに、飲める時間は潰せねえ」

「めめんともりもり、もーりもり」下男ら歌い出す。

「俺にも寄越せ」

「済まねえが旦那、もう一滴もねえ」と、酒瓶を振る。

「それより旦那、あの執事・・夕食は定刻に遅れたら残り物を食えとか言ってなかったか?」


「時刻・・過ぎてるな」


                ◇ ◇

 西町歓楽街。

「いいか手前てめえら、これは任務だと忘れるな。女郎屋に行ったら情報を拡散する。枕から枕へだ」

 座長「モンク」の言葉に一同怪気炎。

 西区のはずれ、言わば場末の端切れの土地の三角の広場を囲むように女郎屋が軒を連ねる。

 寺町では廓といっても店じゃなく曖昧宿に見番から組合作ってる娘らを直に呼ぶが、西町じゃ一軒一軒独立した女郎屋で、娘らは店の従業員。同じエリツェの町の中、花街なのは同じでも仕組みも気っ風もずいぶん違う。


 三角広場は屋台で埋まる。客皆なここらで一杯やって、景気つける者、空き待つ者。「モンク」ら一座も此処で飲む。

「普通の客に見えるようにだ」と問わず語り。


                ◇ ◇

 残り物食うくらいならと、町で飲んで喰って帰ることにしたブッカルト博士ら。

「ときに、あの執事さん・・門限ンなったら閉めるって言ってなかったすか?」

「あ」

「そりゃあ・・裏口からしかれねえぞって意味だろう・普通」

「あそこ・・普通っすかね?」

「普通じゃねえな」

「俺はちゃんと紹介状持って訪れた客だぞ」

「でも、門限ンなったら閉めるって言われましたよね・・」

「閉め出すって言ってたような気もすらぁ」

「だったっけ?」


                ◇ ◇

 ヴェルチェリの民兵宿営地、望楼の上。街道を北から来るカンテラっぽい小さな灯りが見える。

「早くも来なすったかね」と、伍長。

「ここは我慢だにゃ」


「伍長さんの馬って、やっぱり部隊の共有財産なの?」

「ああ、野盗でも『自分の馬』を持ってる奴が羨ましいぜ。馬ってなあ相棒だから、共有じゃ気心の知れ具合がどうもなぁ。野盗が略奪してきた馬だって、自分一人のものにしたら互いに情も濃ゆくなるさ。まあお貴族な将校さんたぁ中身が違う騎兵『伍長』様だ。仕方ねえ」

 南から来るのは一味のひとりだろう。移動速度から言って馬だ。

「成る程、時折ちらっと光るだけか。また上手に光を隠したもんだ」

「で、追跡のプロとかかなーって」

「あんたも、あれ良く見つけたもんだなあ」


「実は、最初は村にレポ係がいてツナギ取ってんのかと思ってアセったにゃ」

「しかし・・『せっかく兵隊呼んだんだから一挙に攻勢に出よう』とかいうタイプの殿様じゃなくて安心したぜ」

「小競り合いでも始まっちゃってたら、その方がいいんだけどね。幸か不幸か始まってない。というか、襲撃された隣村の殺られた人で太刀筋見て気付いたんだけど、人数で劣勢だと連中もきっと自重する」

「太刀筋? ヘタレっぽいって話?」

「というより抵抗した村人、二人懸かりで斬られてた。素人相手にえらく慎重」

「誘いの隙に迂闊うかうかと乗っては来なさそうな奴・・てか」

「てか逆に・・村を襲うためにこっちをおびき出そうとか、そゆこと考えそうなタイプかなー」

「やらしい相手だな」

「夜襲が忍び寄ってバッと奇襲するんじゃなくって、此れ見よがしに手に手に松明持って攻めてきて威嚇するとか、抵抗した者は必要以上に切りさいなむとか、露骨に演出入ってる。それで、元々が民衆相手の暴動鎮圧とか見せしめ処刑で弾圧とか、そんなことやってた治安警察軍みたいな連中ぽいなーって」

「反政府軍に負けて敗走して来たんじゃなくって、蜂起した民衆のリンチが怖くて逃亡げてきた連中ってか」

「まあ、当たってなかったら凄く侮辱しちゃってますけど」


「でも、言われると、それっぽいな」


                ◇ ◇

 エリツェプル東区、閑静な御屋敷町の丘の上のの屋敷。

「閉まってますね」

「表門の格子から玄関・・結構遠いっすね」

「そもそも裏門とか・・ねえし」


「お前ら、鉄格子ぃガンガン叩いて人を呼べ」

「旦那そいつぁ怒られべえ」

「やれ」

「旦那が責任取って下さいやしよ」

 叩いて呼ぶ。

 巡回中の警吏が来る。

「あんたら、静かにしろ。近所から苦情が来た」

「なんだとぉこの犬獣人風情がぁ! 警吏の赤外套マント着て偉くなったつもりかぁ!」

 警吏ウォルフガング・ティーア、喉を鳴らして牙を剥く。

「あんたら、ちょっと署まで来てもらおうか」


「旦那お見事! 今夜の宿を確保なさりゃした」と三人拍手。


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