15.一同街道を急行して怪異に遭うの事
「一歩、遅かったか。横着すると覿面だな。借り出したのは?」
「二次会までやったのが致命傷ですかねッ。案の定のアサド師?」
「上申で見る限り、それで当たりですわ」
「門衛に……」
「いや、ギルドに寄ろう。そろそろ危機意識を持つ頃だろうからな」
「なんで……今度は正式に借り出したんでしょうね」
◇ ◇
探索者ギルド。
美人受付嬢がニコニコして
「院長さまならぁ、為替でばーんとスレナス兄弟雇って御城へ発たれました」
「協会って手形の引受やってましたかしら?」
「賞金支払受託業務の絡みでぇ」
「買掛金立ってました?」
「それはぁ、ホンコの引受と違って前受金でぇ、財務卿振出の特例でおっけい」
「財務卿振出の……為替手形?」
「あのね、突っ込むとこソコ? 何で? なんで爺さんが伯爵の居城に突ってるとこ皆スルーなの?」
「あの三人雇えば、街道で襲われてもそうそう遅れは取らないですわぁ」
「襲われるって……? 誰に?」
「尾行者いましたからぁ。おおかたゲルダンのスカウト崩れですぅ、訛りで」
「だから問題は途中の街道じゃなくて着いた後だと思うんですがッ、違いますかね」
「あら、そう言えば『院長さま』って、アサド師が?」
「ええ、新しい京兆大司教*にご内定なされたベナンチオ院長の後任人事ですぅ。わたしも昨日聞いたばっかりですけどぉ 」
「急ですわね」 *:Cardinal的な要職に選ばれ首都の聖堂に異動
「猊下が王都へご出立で、日曜の典礼の終わりに急遽壮行式やって、お見送り後に町挙げて宴会やることになってぇ、礼服の寸法直せってギルド長が、あぁもう鬱陶しいです太るなよ。こんな時しか働かないくせにぃ」
「まだ『猊下』じゃないのにヴィナったら気が早いですわ」
「お見送り式に……新院長外出中とか……」
「問題ないですぅ、今回の主役は新副院長。典礼デビューして壮行会仕切って、終わったら町の皆が彼囲んで慰労懇親パーっとやるって進行ですからぁ。それより、これで騎士団長ぐっと若返るじゃないですかぁ。きゃあきゃあ」
「また話がそれるッ! なんか皆、敢えて目を逸らしてる?」
「スレナス兄弟三人! 尾行承知で三人出発したのですわね?」
「ええ、スレ姉ウチでバイトですぅ」
「そう。男三人だけで出ましたか。さすがに危機意識持ったのですね、重畳ですわ」
「へっへへ。貸しは作っとくもんですよぉ。護衛成約でぇ、金貨大量換金したから貸金庫ご新規さん開設成約でぇ、芋蔓芋蔓。ウチ、両替商認可もあったら良かったのにいぃぃ」
「このギルドの守秘義務どうなんでしょうかね」
「あら、わたくし同僚のイーダと話しておりますのよぉ。周りに人もいませんしぃ」
「ぼく、虫ですか? 鳥ですか?」
「鳥っぽいので三歩でお忘れ下さいなぁ」
「ちょっと可愛いと思いやがってこの腐れメーゼ*ッ!」
(*:ネット検索非推奨)
「あの、それより……尾行者は訛った言葉で、誰になんと言ったのです?」
「『それより』じゃないと思うんですがね」
「例の猫さんに『カズー』とひとこと」
「また無視かよッ!」
約2名血相変えて
「まずいぞ」「まずいですわね」
「どういう意味ですかね?」「『1個小隊』の符丁だ。スレナス兄弟でも流石にどうにもならんぞ」
「そいつぁ重畳ですぁね」
「どういう意味……です……?」「狼狽しただけだよッ!」
「とにかく足の速い馬車でも借りて追い付こう。合流すれば道も開ける。 ーーこともある」
「開けますかね」
「信じよう」
「旦那よく龍斃したね」
「ヴィナ、妾あした急な腹痛で休むわ」
「はいはい、明日ですね。お大事にぃ」
「あの、もし!」
「あら、スレ姉ちゃん、お留守お願いしますわね」
「何卒うちの人たちにご加勢を」
「おッ任せーください黒髪美人さんッ!
ぼくたちも全力で共闘しちゃいますよーーですよねえッ?」
「アルさん彼女結婚してますからぁ」
ニート戻って来る。
「エクイダ四頭立て……借りられました……ふう」
「エク??」「あ……馬のことです……郷里の方言で……」
「うむ、急ごう」
強殺の件も気になるが……優先順位。
「美人さん一緒に来ないんですかね」
「アルさん、だからぁ人妻ですよぉ」
◇ ◇
市の北門を出ると……数里の間こそは田園風景も広がっていたが、門衛局の見附を境に荒涼とした原野ばかり。植樹された街道沿いと川筋の他、禄に緑も無い。
門衛は、というと市民兵の出で立ちだけ揃えた、祭日の広場の迷子係の様な、気の良さそうな若者が三人……とても実用武器には見えない斧矛を杖代わりにして四阿の中に立っていて、誰何するでもなく「お気を付けて」と手を振る。
あれで門衛、強くもないのに市民のために破落戸と戦って……殴り殺され死体になっても噛み付いて離さなかったという都市伝説があるらしい。どこかの喇叭手か? 町で人気の連中だ。
対して道の反対側には伯爵家の厩があって、仏頂面した兵士が無骨な戦闘用ピッケルを手に、差し掛け屋根の下のベンチに座っている。御用商人の納品してくる荷の番のようだが……歩哨も立っていない。四方見晴らしが良すぎて立つ必要も無い様だ。
これまた……誰何するでも無い。
「城から輸卒の荷馬車が来るのですわ」
言われて見ると、街道の遥か先、地平線の辺りに芥子粒の様な車影が見える……ような気がする。
……中継所であった。
「御用商人も城に入れないんですかねえ」
居城というが、官衙でも御屋敷でもなく、ひたすら軍事施設……のように思えて来る。
◇ ◇
同じ頃、正門を出る馬車。
昨日は「豚六匹」運んでいた車。今朝来た新人が必死で洗った。
後ろには農耕馬でない一匹が繋がれて、とぼとぼ馬車を追う。
馭者台には農民ぽい平服に身を包んだクイント氏。俺を雇うなら金貨5枚だと嘯く御仁が、飲みすぎたので小銭で軽い仕事を受けた。南のベラスコ荘園ーー正確には元・荘園だがーーまで馬車を返しに行くお使いだ。暫く納屋にでも住みついて、襲撃した連中の巣を探す。そっちの成果で稼ぐつもりだから、陰ながら警護するのはサービスだ。
体格がどう見ても農民には見えないので、賭博に狂って店を追い出された元・鍛冶屋とか、いつもは名乗る。今度も蹄鉄や農具でも鍛いて宿代稼ぐか、とか思っているので、ちゃっかり工具も持参だ。もうベラスコ側に漏れていて盛大な歓迎会が待っていることは、本人まだ知らない。
「プロ公、ちゃんと説明したかな」
ギルド長プロキシモ・ガルデリーニの愛称が、彼の仇敵と同じなのは全くの偶然であった。
◇ ◇
此方はドラゴンスレイヤー氏一行の四人。
川沿いの街道を一路北へ、馬車で飛ばし捲ること一刻半可り。
輜重車の一隊とも擦れ違って……暫し行くと、街道は林の中へと続いた。
イーダが緊張感のない声で、
「あ、スレナス兄弟」
見ると……杉林の中ながら道から見える小高い木陰で老人と護衛三人組がこれまた緊張感なく何か食している。
「おいおい君ら、さっさと行かないで待ちたまえ」
呼び止められてしまったので……仕方ないから、車椅子を固定した関を抜き、車輪を付けず左右のフックに八尺杖を差し込んで輿に仕立てる。
重量に……優男二人が喘ぐ。二人の背丈がだいぶん違うので、輿が先棒のアルくんの方に傾き、アランさんも肘掛を握る両の手で体重を支え眉根に八の字を寄せている。
漸くして……三人が院長らの処に着くと、もう……イーダさんと随分話が進んでいた。
「うむ。1個小隊相手では難儀かのぉ。荒っぽいお出迎えと限った訳でもないが、まぁコソコソ撒きながら行くか」
歴戦の護衛が華奢に見えて来る老人が、外見に似合わぬ口調で……飄々と言う。
「冒険はしないに限るよ」と、スレナス兄。
「もう冒険だってッ!」
三兄弟揃って黒ベレー風のフェルト帽子を斜に被り、厚い肩パッド入りでクッションをキルティングにたっぷり縫い込んだ揃いの焦げ茶色レザージャック……傭兵にしては地味目だが、今日は貴族と名乗って可訝くない出で立ちなのに、徒歩。大きく開いたダブルの襟口から前開きの白亜麻シャツがゆったりしたドレープの衿を覗かせている。都会人ふうの粋な感じだ。
重たい防具類を全く身に着けていないので、迅さ第一のタイプなのだろう。が、よく見ると体を動かすとき紅天鵞絨の腰サッシュに……不自然な膨らみが見え隠れする。腹だけは目立たぬ様それとなくラメラー装甲か何か縫い込んで守っているようだ。
「今日はお洒落さんですわね」
「うん、向こうでお歴々に会うかもだから盛装」
「徒歩でよかった。早く合流出来ましたわ。妹さんが加勢をって、あ、奥様でした」
「馬、失ったら勿体無いからって。必要になったら敵から奪うし」
驢馬一頭曳いて軽装の旅だ。
……合理的とは思いますが……
イーダさんが小鬢に手を当てて……今たぶん想像してます。
老将のような風格の大男が乞食坊主の格好して鉄鍋を被りーー
側には一歩下がって貴族めく若い剣士。
三歩下がって左右に、お小姓っぽい少年が何故か一人前の大人の剣士の格好でーー
驢馬を索いて、街道てくてく歩いて来た光景。
……ほら、口元が笑った……
「(そう言えば彼女・・締まり屋ですわね・・)」
「敵の数も伝えなきゃと」
「ありがとうね。貴女が来てくれて余裕できた」 後ろの弟二人二度頷く。
「余裕ッ? 敵さんの人数聞いてたッ?」
「……スレナス兄さん、なんで姓しか名乗らないんですか?」
「んー、縁起担ぎ、かな? スレ兄って呼んでね。傭兵時代にシェフが陣中では姓しか名乗らない人で、以来なんとなく習慣だね。ギルドには本名届けてあるよ」
「承っておりますわよ、男爵」
シェフが言わない理由が『呪詛にはフルネームが必要だから』だったことは、知ってたんだけど、言わない。だって習慣と言いつつ、結果的には自分も迷信なんかに縛られてるのが一寸恥ずかしいからねーーとか内心思っていた矢先、問われてしまった。
「……弟さん困りません?」
「それじゃ、これがスレ弟Aで、こいつがB」
「雑ッ!」
……言われて順番に座った儘レベランスの真似する仕草が妙に可愛いが、
「……いいんですか、それで?」
「ちゃんとイニシャルだよ」
「…………」
……スレ兄って、ハンサムだし優しげでフランク。感じ好いけど……思考読めないところある。
「スレ兄さん冒険はしないって、最初から冒険そのものじゃないですかねッ、爺さん先々勝算あって言ってるんでしょうかねッ くしゃッ」
「まあ何とかなるじゃろ」
「そだね」
「こんな連中ばっかりかよー」というアルの絶叫を聴きながら日は傾く。
◇ ◇
やがて左右に山塊迫り鬱蒼とした杉林を背に奇岩の聳える辺りに差し掛かって落日。
「ここいら、夜道を行くには有難くなく、コソコソ野営をするには上々有難じゃろ」
院長が背の笈から木炭を一掴み取出して何やらむにゃむにゃ唱えると、火が熾る。三本の鉄棒を金輪で束ねた折り畳み五徳を組み立て、菅笠の様に背に負っていた鉄鍋を掛ける。小さな筒から捻り出した煮凝り状の物が溶けて汁に成っていく。
また笈から厚紙束様のものを取出して、はたはた折って鍋を腰巻に覆うと、明かりがほんのりとも漏れない。焦げも燃えもせず、ただ火勢が強まる。
「周囲に厄介な獣もおらん。頭しか毛のないのは除いての。居場所を知らせてやる義理もあるまいて」
「ほう、御坊も旅慣れたものですな」
厚手毛布のような灰色僧衣ひとつ、磊落な高僧が車輪を外した車椅子の肘掛脇に寄り掛かってごろり横になる。
脇道に入って馬車を隠した辺りからイーダが食材を持って現れる。水は既にスレナス弟らが汲んだ。八人車座ひしめき合って食事する一同の声が段々大きくなり、追跡されている者の緊張感は欠片も窺えない。
「へえぇ、イーダさんも暗器とか使うんですかねッ?」
「あ、これ? まあそうですわ」
スレナス弟らが黙って早速真似をして、細長い釘に似た投擲武器を取り出し鍋の肉を刺して器用に口に運び始める。二人は前から面識がある所為か、将亦た上に姉がいる所為か、自然にイーダに打ち解け馴染んでいる。二人揃って投擲武器に小芋を刺して子供っぽい仕草で掲げて莞爾り笑いかけると、イーダも何やら紋章のエングレーヴされた超小型の三叉鉾に小芋を刺してポーズし笑って応じていた。まるで目が見えている様だ。
「さて、順を追って話そうかのう。二十四年前のこと、北の麓の村で子供が5人も拐かされ無残にも殺されたのじゃ。揃いも揃って皆な片目を抉り、右人差指の先を切り落とすという異常性から、誰もが悪魔崇拝の邪教徒を連想した」
「人差…指?」 「くしゃッ」
腸詰を食していたアルが嚔して粗相する。
「その色眼鏡が滅法いかんかった。教会本庁が捜査に乗り出したものの、結局トリヴェロ派の異端審問に政治利用されて泥仕合になり、未解明のまま幕引きじゃ。税を払う異教徒とにたにた笑って会食しとる奴らが異端は許せんと喚く茶番会議で、手を打つタイミングを潰された。儂も悔いを残す羽目になったわ」
「では、御坊は二十四年前の事件の全貌をご存知だったのですわね?」
「全貌とは言わんが大枠の構図は見えとった積もりでな。じゃからこそ今度は、事が国王領にまで拡がったのを『いの一番』に確認に走った次第じゃ。切り札になるじゃろ?」
「ふむ、それでは私たちの町の公文書館から資料を借り出されたのは何故ですかな?」
「一つには、そちらの公式記録はまだこの目で読んどらんかったのじゃ。伯領に顔をちと出しづらい事情があっての。二つ目は湮滅防止。いつの世にも暴走する馬鹿がおる。三つ目は、儂が来たと伯爵家に伝えるためじゃ」
「ケンカ売ってたんですかねッ くしゃッ」
「ふゎはは、流石に1個小隊でお出迎えとは思わんじゃったわ」
「院長様…今回は右手の…中指なのでは?」
「くしゃッ」
何故か嚔の絶えないアルくんに寝付きを邪魔されつつも……漸く眠りに落ちる。
:扨て 果たして長閑に一日終わりましたるかは、且く下文の分解をお聴き下さいませ。