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51.憂鬱な野盗供

《三月五日、宵》

 エリツェの町、西区。

 フィエスコ館で身内のささやかな宴。


「義叔父さまはクリスちゃん心配じゃ無いんですか?」

 ナネットが眉根に八の字。


「ああ、心配しとらん。あのは無鉄砲なように見えて、怖いものは怖いと理解わかっとる。あれは本当に危ない橋は決して渡らん。勘が人一倍鋭いんじゃ。そそっかしい様で、ちゃんと物は見えとる」

「信頼してらっしゃるのね」

「襲われたリッピ屋敷の件とか検案書わしが書いたんだが、いま領南を荒らし回っとる野盗共って腕前は大したこと無いんじゃ。太刀筋がへろへろしとるから被害者は致命傷に至らぬ小傷をいっぱい受ける。滅多斬りされた遺体を見たら残虐な奴らな気がするじゃろ? 実はあれ単に、下手くそが数人懸かりで夢中でやった結果じゃわ。そこでクリスが応援に行ったヴェルチェリ領じゃが、槍を持つのも初めてな民兵でも何でも兎に角まぁ、頭数だきゃかず揃えて警戒しとるわけじゃ。しつはアレでも人数でまさっとけば襲って来んと踏んだヴェルチェリ男爵、ろくに戦績もない若造に見えて、いくさの本質をよく見抜いとる。きっと大丈夫じゃ」

 一杯加減で義叔父殿の舌がよう回わる。


「それと、伯爵家の新春の集まりで、マッサの大奥様がヴェルチェリを『親類』と呼んだって話があってな、これが多分良い牽制になる。どうも野盗どもに情報が流れてて、連中も伯爵家の係累は襲ったらまずいと認識しとるらしいってことだから」

「大奥様が?」

「お前さんがマッサの家に嫁に入ったろ? それでフィエスコ家も『親類分』から『親類』に格上げになって、それでフィエスコ家から嫁とってるヴェルチェリ家がまた『親類』だってわけさ」

「義叔父さま、なんか・・『風が吹いたら穀物商が破産する』みたいなお話しですよねえ」

「ふぁはは・・我ら都市まちに永く住んでると血筋が如何とか鈍感になって来るが、田舎じゃ血筋が万事じゃからのう」と、叔母も笑う。


 夫の伯母上が只の優しい老貴婦人だと思ってるナネット、さっぱり自覚がない。


                ◇ ◇

 件のヴェルチェリ領、民兵の宿営地。付け焼き刃の辿々たどたどしい軍事教練を終えた皆の喧騒で、目を覚ますクリス。

 夜の帷が降りて来ればクリスと猫の出番だ。

 男たちが入って来ないうちに薄物を脱いで亜麻織のスモックを被る。下は彼女のトレードマーク。膝小僧の出るぴっちりしたレギンスの裾を折り上げ、太腿を丸出しにして掌で二、三度叩く。膝の屈伸運動をする。腰のベルトでスモックを手繰上たくしあげ、尻の割れ目が見えるか見えないか位に短くする。仕事柄よく走るので裾の纏わりつくのが嫌いなのだ。

 隣で猫も着替えているが、猫だから気にしない。指が第二関節まで出る革手袋を着け、旧帝国軍ふうの軍用編み上げサンダルに膝当て付きの脚絆を巻いて出来上がりだ。偵察にけっこう膝歩きするので、手袋と膝当ては必需品だ。


「にゃあ、お前って武器は持たないの?」

「持ってると頼りにしちゃって、逃げる判断が遅れる気がするー」

 腰に下げてるナイフは食事用だ。

「小盾くらい持つといいにゃん」と、自分のボォクルを見せる。

「あんたのそれー・・お皿じゃん」

 事実ハンドル外してお皿に使ってることの方が多いので、猫が黙る。

 仕事場の望楼に登る。

「さあって! 仕事するか」

 此処からは、平野の結構遠くまで見渡せる。猫の方が夜目が利くが、クリスも結構できる。まぁ勘の方が頼りだが。


 階下では、葡萄酒を一杯振る舞われてた民兵たちが、火の番の小僧ひとり残して早々と床に就く。小僧は昼間寝ていていいので、今日の徹夜は合わせて三人になる。クリスらも昨晩は初日なので交代で仮眠をとったが、今日は昼間それなりに寝てある。

 何事もなく夜が更けていく。


                ◇ ◇

 プフスの町、北の門外。

 商人オロスの買い上げた馬車が初仕事だ。北のアグリッパの町まで「買い付け」に行くので、ついでに人を乗せるのは運輸業者ギルドの専業権干犯に当たらない。しかも金を取らずに乗せたのだから、文句を言われる吸い合いは全く無い。馭者兼護衛にミュラ、案内人にルーティ兄弟、そしてもう一人。

「こんな時刻、グランミゼル領の関所は如何するのかね?」と、ヨアヒムが問う。

「あそこは治安のための関所じゃねえ。通行税取るための徴収所だ。がめつく終日営業中よ」

「馬鹿だね。夜は閉めれば宿屋が儲かるのに」

「あの強慾ごうつく侯爵、自分の目先の直接収入しか考えてねぇから」

「通行税取られるのか」

「じゃじゃ〜ん! 『さる筋』から頂いた『御免』状。これと引き換えで馬車チャーター料金も要らず」

 棚から牡丹餅。偶然とんでもない利権を手に入れるオロス・フェリックス。もちろん口止め料込みである。


 北へ一路、夜逃げの馬車は行く。


                ◇ ◇

 南の平原を見渡す望楼。猫が訝しむ。

「あんなところに灯りが見えるにゃ」

「もちろん、村なんか無いわよね」と、クリス。

「少人数の野営ってことかにゃ」

「へー、こんな野盗がバッコバコする場所で野営なんてするのは・・」

「野盗のお友達しか居ないにゃ」

「わざわざ灯りを点けてるのってー、お待ち合わせ様か何かね。こっちが討伐隊の斥候だったら見逃さないとこだけど」

「どっかの村に入り込んだレポ係さんがツナギ取ってる現場って疑いもあるにゃ。探りに行きたい状況だけど・・」

「ここを手薄にしたら本末転倒だしー」

「そうだにゃ。今は我慢して、明日朝にでも手掛かり探しに行くのが正解にゃ」

「うん、様子見ねー」

「後で、こっちの村に誰か帰って来る様だったら即マークするにゃ」

「まあ、村の人疑いたくは無いけどね」


                ◇ ◇

 その灯りの場所。

 とんがり頭フード付きマントの男が小さな林の蔭で小さな焚き火をしている。

 一見して農民ではなさそうなので、クリスら杞憂であった。

 灯りを頼りに一騎来る。

「モラーニ軍曹?」

「ああ」

「ヴェルチェリは襲ってませんよね?」

「襲っておらん」

「よかった。あそこ、最近伯爵家の縁者になったらしいです」

「情報の出どころは?」

「町で裏の情報屋から買いました。銀貨三枚」

「四枚持ってけ」と、渡す。

「利鞘が一枚じゃ厳しいぜ」

「これを付ける」と、指輪。

「こういうもんは、足が付きそうで嫌だなあ」

「嫌なら付けない」

「要りますよ! 要ります」

「裏の情報屋って、どんな奴だ?」

「ルテナン・ジーグって奴。王国くにの元情報将校です。地獄耳ですよ」

 ・・ジーゲの聞き間違いだった・・

「こっちの情報売ったりしてないだろうな?」

「売ってませんよ!」

 口の中でもごもごっと「・・(売り時じゃないから)・・」とか呟く。


「他に情報は?」

「町のギルドで登録してる二番手の大手が昨日契約終了で帰ってきました。ところが今日新しい契約の話を断ってます。予約が入ってるらしい」

「人数どれくらいだ?」

「一個小隊くらいいます。これ以上の規模んなると、もう領主や大手商会と長期契約する傭兵軍団になりますから、フリーのグループとしちゃ最大クラスです」

「俺たちの討伐を引き受けてる可能性ありか?」

「先月リッピをってるじゃありませんか。親類のベラスコあたりが予約入れてても不思議じゃないです」

「ちなみに最大手ってのは?」

「通称ドンナーっていうフリー騎士がアタマ取ってるグループで、これも一個小隊くらいですが、騎士くずれ集団で機動力が凄えって噂」

「そんなのが追討にこられたら、やばいな」

「でも雇うと高く付きますから、一応ご安心」

「で、その二番手ってのは?」

「こっちは敗戦で潰れた傭兵団の生き残りが再結成したグループだそうで、残党イメージがあるんで値段的にはずっとお安いけど、逆境で生き残るだけあって頑強でお得と言われてます。その名もソプラヴィ団」


「あんまり追討して来るイメージ無いなぁ」


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