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50.憂鬱な協会書記殿

《三月五日、夕暮れ時》

 役所街のギルド。

 エマは通いの料理人だから、下膳や洗い物は住み込みの雑用係に任せ、夫とさっさ帰宅する。家は目と鼻の先なので、たらたら歩いて帰っても日没ぎりぎり帰り着く。牽く痩せ馬の鼻面見つつ、エーリヒが低く呟く。

「良い馬ぁ見ちまうと、欲が出るなあ」

「もっと良いのに乗りたいの?」

 厩舎の前辺りで待っていた男。亭主の帰る日を指折り数え、間違えていたのに気付いたか、そそくさ夕闇に紛れ消えて行く。


                ◇ ◇

 ボニゾッリ家。

 ルーティ兄弟を伴ってヨアヒム・ローシーが入って来る。

「明日の埋葬に参列したかったのだけれど、今夜のうちが良かろうと夜逃げコンサルタントが言うもんで」

「夜逃げすんのに挨拶回りする奴があるかい! 変に義理堅い奴だな。閉門に遅れるぞ。急いだが良い」

「では、もうお目にぶら下がる事もないでしょう。おさらばです」

「広場でぶら下がらないでくれよ。そんな再会は御免だ」

 オト・ボニゾッリ、ひらひらと手を振る。


「法廷でも頑張ってくれたのにねぇ。生き延びでね」

 ありし人の三人の妾、声を揃える。


「日没前だら夕逃げだなぁ」と、ボルンがぼそっと。


                ◇ ◇

 百里西、エリツェのオルトロス街。

 探索者ギルド協会の窓口は成果報告の行列を捌くのに大童。

 そんな中、目鬘の女史がふと手を止めては何か思い煩う。

ついたちにラマティで子供二人が攫われた・・二日にウルドゥ村で迷子が一人、三晩明けても帰らない・・。今日は何故か嫌な相談事が舞い込みます」

 後ろがつかえているので考えるいとまがない。

「今はいいわ。わたしも後で悩みましょう」


                ◇ ◇

 地下水道。

「酷いな」

 下水の臭気が霞む様な悪臭に咽せながら、放免*たちが小さな遺体を三つ運び出す。  *註:懲役の一環として一部の模範囚を最下級の捕吏として使役するもの

 警吏が松明を翳して現場を確認し続けている。

 隧道の下水の流れを辿って下ると寺裏川。排水口脇に捕り方の使う梯子をゆわえて急斜面に設けた仮の桟道。見れば川向こう、段丘上には北の分庁街。退庁時間過ぎて人気ひとけが無い。北門の常夜灯にあかりが灯った。橋の袂の娼館は既に煌々。あとは段丘下の貧民街にちらり、ほらり。あれは煮炊きの焚き火だろう。

「発見者は?」

「北の門衛です。巡回路の城壁上から排水口に烏が集まっているのが見え、不審だったので中を探ったとのこと」

「あそこで此方こっちを見ている者らは?」

「既に門衛が誰何しました。昨晩入市した旅芸人一座です。無関係でしょう・・その・・日程的に」

「うむ。こちら三日、いや四日は経っているな。法医は?」

「蝋燭を山ほど用意してくれるんで無ければ明朝にしてくれと」

 ニクラウス曹長、溜息をつく。


「こりゃ、防疫局と揉めるぞ・・」


                ◇ ◇

 東区御屋敷町、丘の頂上に近い辺り。

「旦那、わざわざ何故こんな時間まで待ったんですかい?」

「追い返す口実を与えない為だ。たとえ居留守を使われたって、この時刻に追い返すのは非礼だからな・・少なくとも紹介状を書いた人間に」

 そう言いつつジャン・ブシャール、足が少し震えている。

「ここだ」

 門には、白薔薇の花弁内にチチャック兜とメイスと新月刀と薔薇の棘蔓の紋章。

「ガルデリ子爵家だ」


                ◇ ◇

 北の分庁街はずれの川端。「モンク」と乾分三人ばかり。

「結局ありゃ何だ?」

「戸板に乗っけて三人運び出された。筵が掛かってたけど、小さい。ありゃ子供だ」と目のいい大男。

「死骸は子供って! 俺らが触れ回るはずのデマは、デマじゃないのが確定かい。プフスやラマティの誘拐から、更にとんでもねえ事に成って来たな」

 決して好みゃしないが殺しや叩きの場数は相当踏んできた「モンク」・・この男にして少々腰が引けている。

「芝居のネタにして触れ回るなぁ若干危ない橋に思えて来たぜ。盛り場で触れ回ろう。手前ぇら喜べ仕事で遊べらぁ」

「おー」と、手下ら嬉々とする。

「取り敢えず、あすこに女郎屋っぽい灯りが見える。行ってみべぇ」


 取り敢えず、明るいとこへ向かう。というか、この辺ほかに何も無い。

 遠目で見たとおり小さな娼館であった。が・・なんか侘しい。

当家ウチゃぁイチゲンお断りだ。格式の高い見世だからね」と女将めく老婆。

「そいつぁ嘘だな」

「嘘だ。格式ゃ低い」

「正直な婆ぁだ。気に入ったぞ」

「んなら今夜の相手はあたしにしとけ。残り物だ、福があるぞ」

「済まねぇ、そいつだけぁ勘弁してくれ。親の遺言なんだ」

「そいつぁ嘘だな」

「嘘だ。遺言は無ぇ」

「まぁ気が付いちゃいると思うが兄さんや、ここはエリツェの離れ小島よ。昔あった北の支城を適当にくっつけたせいで、貧民街つき抜けて西区に入るか、町を半周して東区に入るかだ。だから分庁街じゃ宿舎住まいの若い独りもんばかりが働いてる。当家うちはそのにいちゃんらの気楽な御用達さ。固定客独り占めよ」

「結構な商売じゃねえか」

「だから寺町や西町みたいに婀娜な名花が妍を競ったりしとらん」

「もしや、ばばあ揃いなのか?」

「いや、ちゃんと若いがおる・・一応」

「じゃ、ご面相がアレか」

「皆まで言わすな」

「正直なばばあだな」

「気に入ったか。そんなら今夜はあたしにしとけ」

「いやそれは親の遺言で・・」

「嘘じゃろ」

「嘘だが本心だ。勘弁してくれ」

「若い妓がおると言うのは本当じゃぞ」

「あんたより若干か?」

「疑うなら、近くば寄って目にも見よ」

 呼ばれて娘が三人ほど顔を出す


「う・・ん。随分と味がある顔じゃねえか」


                ◇ ◇

 ラマティ街道から東門へ。

 閉門すれすれに風のように馳せ来たる名馬二頭、もとい騎士二人。

「じゃあ伯母様に帰投の挨拶に参ろう」

「俺も?」

「お前を回収に行ったのだもの」

「うーす」

 東門を入って直ぐ。伯爵家下屋敷の前を抜けて御屋敷町の坂を登る。丘の頂に庭園だけと見紛う庭の木々の蔭に小体な館がある。沈む夕日を背に、東屋に老婦人の姿。おぐし黒々と被成なさっているせいか、予備知識がないと余り老婦人に見えないが、御子息は四十半ばである。

「そろそろと思って此処で待ってたのよ。ごはん、食べてくでしょ?」

 名馬二頭、繋がれもせず木陰で静かに待っている。執事が飼葉桶を担いで来る。

「回収して参りました」

 弟の襟首摘んで着席させる。

 そこへ執事が卓上灯を提げて来る。

「ふーちゃんご苦労様。可愛いお嫁さんがいるのに泊まりがけでお出かけさせちゃって、ごめんなさいね」

「あちらで面白い学僧殿にお会いして、楽しい旅で御座いました」

「楽しい事があったのなら私も嬉しいわ。まーちゃん、少しは勉強になった?」

「はあ・・」

「貴方のことだから、お嫁さんが欲しくて飛んで行っちゃったんでしょ? 決闘の後で結婚を申し込むのは、だめなのよ。こわぁい罰があるんだから」

「お・・私は財産など貰う積もりは一切ありません」

「それでも相続権が発生しちゃうでしょ? よく考えなさいな」

「はあ・・」

「貴方ももう分家の家長なんだから、家と家のお付き合いを考えて行動なさい。ま、お説教はこのくらい。パイを焼いたから召し上がれ」

 自分の弟の子が決闘して如何だったとか、聞きもしない。


 執事が食器を運んで来る。

 騎士フェンリスには家で愛妻の手料理が待っているだろうと、マッサの大奥様は軽めの食事を用意したのだが、実はナネットは母親共々フィエスコ家で宴会をしていた。


                ◇ ◇

 そのフィエスコ家。

「クリスが留守の日はちと寂しぅてなあ。声を掛けて仕舞うた」

「フェンが留守の日は寂しくて、つい来ちゃいました」

「義弟くんって強いんだろ? 司法決闘くらい自由に出させて上げりゃ良いのに」

「義叔父様は司法決闘って、やったことお有りなんですか?」

「わしは城の門前でやるような決闘ばっかりだ。法廷じゃったこと無いな」

「見なさい。自分では経験の無いことじゃろ。ひとに安易に勧めるでない!」

「主人が言ってたわ。審判が弱い方の肩を持つんですって。相手を追い込んで疲れさすと審判が休憩させちゃうとか、やり難いこと夥しいのですって」

「連れ戻すのが正解じゃわ」

「ご主人、お仕事断っちゃって宜しかったの?」

「何が悲しぅて親族で食卓囲むと決まった日に呼び出されにゃならんのだ」


「クリスちゃん・・危ないことしてないよね?」

 義叔父の仕事から人死にを連想して、急に心配性になるナネットであった。


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