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47.憂鬱な夜逃げの人々

《三月五日、午後》

 プフス役所街のギルド。


「結局俺ぁ何もしてない。百両なんて大金受け取れねえ」

「でも、クイントさんが個人として受領して下さらないと皆が困ったことになりますのよ。あの黒騎士、エリツェの協会長の従兄弟に当たりますの。ギルドの収入になると、広い意味で代闘者との金銭授受になってしまいます」

 ちなみに黒騎士とは黒服の騎士のことでなく、訳あって紋所を付けていない騎士のことである。


「こちらのギルドの収入にすれば?」

「もっと拙いですわ」

「もっと拙いな」と、黒騎士クラウスが後ろの方で。

「私が一介の職員ならまだしも、こういう立場ですので」と、襟元から公印のストラップを摘んで見せる。

「んじゃあ、帰ったらクリスちゃんにどーんと奢るか」

「わしにもな」とヨアンネス典礼主任。


「戻りました」

 ファッロ、びっしりメモを取った板切れを手に、帰って来る。

「せっかく裏を探って貰おうとしてのに、ボニゾッリがぶちまけちゃったわね」

「黒幕云々ですか?」

「なので、もう調べない。ブラック・プリンス閣下には、知ってて黙ってる味方の顔をする」

「それが良さそうですね」

 答えつつ・・黒系統に人が多すぎると食傷気味で、早くローラに癒されたい・・と切実に思っている。

「ファッロは、あたしの子飼いって顔してりゃ大丈夫だから、夫婦で大船に乗った気でいてね」


(・・あの黒い旦那といい、この姐さんも底が知れないな)

 次代のギルマスの胸元をじっと見る。

 無論、その魅力的な曲線をではなく、公印のストラップをである。


                ◇ ◇

 カプレッティ家へ向かう近道の裏路地で、ヨアヒム。

 背後に人の気配を感じて、立ち止まる。

「俺に用事かい?」

「ああ、ちょっとな」

 大柄の男。


「町に舞い戻ってたのか」

「裁判の結末だけは見届けたかったからな」

「見られたのか?」

「まさか。法廷に入れる身ではない。『見届ける』は言葉の綾だ」

「でも、知ってるわけか」

「蛇の道は蛇だからな。教えてくれる人もいる」

 目を逸らす。

「あの決闘人がころりと負けるとは、俺も驚いた」

「まるで勝負にならなかったんだって?」

「ああ、勝負にならなかった」

「世間は広いものだな」

「ああ、広い」

「あんた、ボニゾッリが最初からテータを雇ってたの、知ってたんだろ?」

「今更とぼけても遅いか・・」

「知ってて俺を雇った」

「ああ、知ってて雇った」

「で、逃げるように仕向けた」

「雇ったあんたが負けて死ぬのを見たら、流石に寝覚めが悪いからな」

「冷静になって考えたら、あいつの対戦相手あんまり死んでねえんだよ。あんたは口車で俺に臆病風を吹かせた」

「・・俺を、殺しに来たのか?」

「返答次第じゃ・・な」

「・・・」

「誰の差し金だ?」

「・・・」

「俺が順当に負けて、カプアーナの身代を巻き上げて、ボニゾッリは万々歳だったはずだ。俺が逃げなきゃ逆転は無かった。誰の差し金だ?」

「・・・」

「あんたの舌先三寸で俺は臆病風に吹かれた。雇い主だしな、信用してたからな。いや、それぁ言い訳だ。自分のせいだ。俺ぁ決闘人として失格だった。格の違う相手が突然出てきて尻尾を巻いた。自分が悪いのさ」

「・・・」

「だがなぁ、あのテータが軽く捻られたってのを聞いて、俺ぁ気付いちまったのよ。隠し玉は最初から二重だったんだろ?」

「決闘したら、負けた方が死ぬんじゃないのか」

「テータが負けたのを見てたろ? 死んでねえだろ。代闘者は死ななくていいんだよ。降参したっていいんだ。雇った奴が斬首になるだけだ」

「でも、俺が見た決闘はみんな負けた方が死んでて・・」

「代闘者立てる権利がない奴が決闘人と戦えば、負けて死ぬさ。場数が違う。年季が違う。そんなの処刑と変わらねえ」

「剣が折れて、噛みつきあって悲惨な決闘だって見た」

「素人同士の決闘で、そういうのもあるな。降参すれば首を斬られるからな」

「・・・」

「決闘人同士の決闘だって、死ぬ奴ぁ死んでる。俺だってテータとって出合い頭に一発食らえば死ぬだろう。だが、死ぬたぁ限らねえ。決闘人同士て毎度どっちか死んでたら、決闘人がいなくなるだろ? 俺たち世襲の家業なんだよ」

「そうなのか」

「どっちでもいいや。俺は夜逃げして、もう決闘人じゃねえ。他所の街に流れ着いて、今じゃ殺し屋稼業よ。転職祝いに、あんたの首でも貰って行こうか」

「そうか・・俺もカプアーナの追求があるから夜逃げしようと思ってた矢先だ。お先も何もありゃしねぇ。すっぱりやるなら痛くねぇよう頼む」

「そう居直られるとやりづらいな。俺も決闘人の子に生まれて、決闘人になるしきゃ無い人生を後ろ指差されながら生きて来て、随分淹悶うんざりしてたのよ。町を飛び出す覚悟が出来て、感謝の一つもしてやろう」

 背を向けて去る。


                ◇ ◇

 伯爵領南部、ダ・ヴェルチェリ男爵の居城。

 平城で、居城というより居館に近い。

 ホルナートから帰って来たクリス、徹夜のまま若干ぼんやり気味で男爵夫妻と遅めの昼食。ちなみに猫は寝た。

「あの村、やっぱり伯爵の庇護下に入るかなー」

「何もしないでも勢力範囲を広げて行くって、伯爵さんも、えげつないよね」と男爵夫人エステル。

「しっかし、世の中わかんないもんよねー。エステルちんがお嫁に来たときは。それで伯爵家に目を付けられるってみんなビビってたのに」

「でも、風向きは常に変わり続けますよ。順風が吹いて来たからといって油断は禁物。明日は明日の太陽が昇る」

「ご主人だったら、きっと乗り切るよ。うん! 第一印象。あたしも一肌脱ぐし」

「クリスちん。ぱんつは脱がないでね」

 男爵赤面する。

「実は、不安材料にもなるから言おうか迷ってたんだけどー、ベラスコ家が大枚叩いてギルドで超一流雇ったらしい。あっちがガチガチに守備固めちゃうと、野盗がこっち来るおそれが有るんだけど、その雇った超一流ってのが、噂だと攻撃特化型の傭兵みたいなの。それだとグッド・ニュースだと思わない?」

「今は何でも安心したい気分ですね。それと、伯爵家から野盗どもに、どこを襲ったら伯爵家が怒るって情報が流出してるって噂があるのです」

「んまあ、ありそうな話よねー。独立系ばっかり襲われてて伯爵家に庇護を求める流れなんだから」

「それが、新春の集まりで、マッサの大奥様がヴェルチェリ家が親類だってお話をされたんですって。この話が拡散してくれたら有難いカトリセンコだって思わない?」

「領民にさりげなく流そー。うちの猫とか使って、ダイホンエー発じゃない感じで流してみるわ」


「助かります」と、旦那だんしゃく


                ◇ ◇

 プフス代官所の一室。

 若い貴族が寛いでいる。

「ああ、今日は疲れた」

 衝立の蔭に人の気配が現れる。

「どうだった?」

「何度も『かま』を懸けましたし、脅しもしましたが、旦那の名前は出しませんでした」

「そうか。じゃ・・ちゃんと後の面倒を見てあげるとするか」

「俺は・・エリツェに逃げたら、雇ってくれた人が本格的にやばい人で・・本当に運が無いです」

「懇意にしてる傭兵団に、推薦状を書いて貰ってあげるよ。それを持って北部に行けば、探索者ギルドで仕事が出来る。決闘人だった経歴を消して、元傭兵ということで生きて行けるようにしてあげるよ」

「若旦那、自由を有難うございます」

「都市で暮らせば大丈夫」

「若旦那を裏切って秘密を漏らしたら、紹介状が偽物だったって回状が回るんですよね?」

「何が怖いか分かってる人には、脅しなんてしないよ。心置きなく自由を手にして幸せにおなり」

「ご厚情に感謝いたします」

 衝立の蔭の気配が消える。


「じゃ、ヨアヒムの面倒も見て遣るか」

 黒いプリンスが寝椅子で伸びをする。


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