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45.憂鬱なお嬢様

《三月五日、午前中》

「尊き裁判長閣下。市民ヨアヒム・ローシー、司法決闘の代闘者資格について伺います」

「関連する質疑と認めます。右陪席」と裁判長。

「前回の定例裁判集会でカブアーナ、ボニゾッリ両家の係争について司法決闘を開始決定した直後、カブアーナ家の選任したる決闘人が失踪したため、急募に耐えるべく代闘者資格について決闘人に限定しない旨公示したところである。資格要件は当市市民もしくは在住期間十年を超える者。ただし現職の当市職員並びに州兵は除く」

「カブアーナ家代言人ヨアンネス、クイント・ソールディ氏が公示された資格要件を充足するか伺います」

「参審人」と、裁判長。

 七人の参審人、二本指を差して賛意を表明する。

「右陪席」と裁判長、掌をむける。

 右陪席、同様に賛意を表明。

「クイント・ソールディ氏の要件具備を宣します」


「尊き裁判長閣下、市民ヨアヒム・ローシー、人とドワーフが司法決闘で係争した過去事例が存するか伺います」

「本官が存ずる限り判告録上に在りませんが、条例上は市民の権利義務においてヒト種と亜人種に差がありません」

「それでは公平性の原則に照らして、ヒト種とドワーフ種の司法決闘は成立するか伺います」

「参審人」と、裁判長。

 参審人のひとりが一本指で挙手する。

「判決発見します。体格・身体能力に著しい差異ある異種族間の司法決闘は、法の公平性に背反するので不成立であります」

 別の参審人が一本指で挙手する。

「異見を申し述べます。同じヒト種でも身体能力の著しく秀でた家系や、戦闘に特化した部族出身者がおります。金銭授受を伴う代闘者を決闘人という単一職種に限定した慣習法の意図するところが公平性にあることは明白であります。公示による資格条件緩和は公平性の原則を特例として緩和し得ることを示しており、ヒト種とドワーフ種の司法決闘は個別判断により成立可能と存じます」

「参審人の意見が割れました。右陪席、評決を行うべきですか?」

 右陪席、両腕をクロスして顔を背ける。

「評決を行うと、そのまま判例になります。議論を尽くすべきでしょう」

「右陪席、本件の司法判断は正午に開始を予定されている司法決闘に直接影響しませんか?」

「それはクイント・ソールディ氏の戸籍を確認するのが先決と存じます」

執達吏ふろんぼて、公文書館に証拠書類を提出させて下さい」

「証拠書類が届くまで判断留保することとし、他の案件を進めます」


「尊き裁判長閣下、市民ヨアヒム・ローシー重ねて代闘者資格について伺います。金銭授受を伴わない代闘者には制限は無いと存じます。通常は親族や無私の朋輩がこれに当たりますが、婚約者もこれにあたりますか?」

「右陪席」と、裁判長。

「多数の判例により確立した立場である。婚姻により婚約者が多額の資産を受領する場合があるが、これは婚約時点で既に決定していた財産移転であり、代闘者受諾と因果関係が無い」

「それでは求婚者は?」

「参審人」と裁判長、掌を向ける。

 参審人のひとりが一本指で挙手する。

「判決発見します。求婚を受諾する意思が無ければ将来の財産移転も発生しないので、問題ありません」

「裁判時点で意思が無くとも、判決確定後に翻意する場合は如何に?」と裁判長。

「予め求婚を受諾しない旨の宣誓があれば宜しいかと」

 残り六人の参審人、二本指を差して賛意を表明する。


「えー?」と、傍聴席から声。

 騎士マリウス、たまたま執達吏が離席中で罰金を取られなかった。


 すれ違いに執達吏が戻って来る。

「主の御歳数えて千と二十二年四月二十二日、クイント・ソールディ氏の住民登録書類その他であります」

 裁判長に提出する。

「ううむ・・」唸る。

「右陪席」と、書類を渡す。

「これは・・」右陪席も唸る。

 執達吏に「参審人に」と渡す。

 参審人、回し読みして、みな唸る。

 傍聴席のクイント、怪訝な顔。

 参審人のひとりが挙手。

「ヒト種を示す『W』の前にあるのが汚損のインク滲みなのか『Z』の文字なのか、専門の鑑定人が必要です。『ZW』ならばドワーフになりますが・・判断留保が適切と存じます」

 残り六人の参審人、みな二本指。


「なんか風向きが怪しくなってきたぞ」とギルマス、ファッロに囁く。

「そこ、私語いけません。次から罰金ですよ」と執達吏ふろんぼて、右手に持った笞で自分の左掌をぺしぺし叩く先に短い革紐が付いているので、鞭かも知れない。


 参審人のひとりが「尊き裁判長閣下、しばしの休廷を願い奉ります」

「それでは暫し休廷と致します」

 傍聴席、一斉にがやがやする。

 参審人も。

「どうすんの、これ?」

「クイント氏に自分の種族を言って宣誓して貰えば?」

「ヒトだって言って誓っちゃったらどうすんのよ。信じるかお前?」

「書類見る限り経歴的には申し分ないぞ」

「証拠書類がある以上、宣誓だけじゃ通せないだろう」

「でも、どう見てもドワーフだろあれ」

「ドワーフって、会った事ある?」

「ない」

「実は俺も、ない」

「ヒト種で通して司法決闘終わったあと書類鑑定でドワーフと出たらどうすんの」

「昔の書記官だって絶対じゃないぞ。誤記もある」

「見た目でうっかり書き間違えるとか、十分あるぞ」

「いっそ『司法決闘でヒト種と亜人種に区分なし』って判例出しちゃった方が早くないか?」

「それ、猫獣人とか明らかに弱い側に配慮が足りてないだろ」

「それ、女性と同じで代闘者立てる権利を認めりゃいい話だ」

「それって、金のない猫獣人が標的にされないか?」

「わかった!」

「何がわかった?」

「すぐ結論出せる話じゃないことが、わかった」


 ファッロ、ギルマスに囁く。

「あの元家令、もうボニゾッリ側だってこと隠してなくないですか?」

「カプアナに解雇された私怨って言い訳も出来る。そのくらい考えてるさ」

「しかし随分としたたかな奴ですね。

「敵さん、あいつ一人で持ってる気もするな。


 ルクレツィア嬢、家政婦長に「白馬の騎士様のお姿は未だ見えませんの?」

「必ずお見えになりますよ。マリウス様よりはるかに強い方が見えると断言しておられましたもの。謙遜してご自分のこととは仰有おっしゃいませんでしたが、きっとお見えになりますよ」


 傍聴席が一瞬静かになる。アッソ・セスト・ボニゾッリが到着したのだ。傍聴席を確保していた取り巻きが座席にクッションを置くと、悠々と着座する。青白い顔で目の下に隈がある。

 執達吏が裁判長に何か耳打ちする。「使用を許可します」と声が聞こえる。

 板壁の近くに寝椅子が用意される。病身のカプアーナ老が到着するようだ。


「間もなく審理が再開されるので、一同速やかに着座されよ」と、右陪席。

「参審人、もう宜しいですか?」と、裁判長。

「それでは再開します」

「参審人七人起立し、端のひとりが発言する」

「参審人は、ヒト種とドワーフ種の司法決闘について午前中に意見をまとめる見通しが立ちません。クイント氏の戸籍については、判読の専門家に鑑定を依頼する必要ありと判断いたします。

「代言人ヨアンネス殿。決闘期日を延期したら、エリツェプルからクイント氏の出生証明が入手できますか?」と、裁判長。

「尊き裁判長、エリツェプルでは市民登録に人種を記録しません」

 ・・切り替えた方が良さそうだな、と呟く。

「尊き裁判長、代闘者の指名にあたり、金銭授受なき旨を候補者本人が宣誓し、原告ルクレツィア・カプアーナがその者とは婚姻関係を持たぬと宣誓すれば、なんぴとも代闘者として認められますか?」

「参審人」と裁判長。


 七人の参審人、二本指を差して賛意を表明する。

「右陪席」と裁判長、掌をむける。

 右陪席、同様に賛意を表明。


 そのとき、一人の騎士が進み出る。

「尊き裁判長・・」

「(白馬の騎士様! わたくしは貴方様が・・)」

 ルクレツィア嬢、心の中で叫んでいる。


「尊き裁判長、私は訴訟当事者ではないので中途退席しても構わぬでしょうか?」

「えっ・・ええー!」ルクレツィア嬢絶句。

「では、失礼いたします。回収」

 騎士フェンリス、弟マリウス・フォン・トルンケンブルクの襟首を掴んで去って行く。


「えっ・・えっ・・ええー!」

「間もなく正午」と、右陪席。




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