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35.憂鬱な姉弟

《三月四日、昼》


 プフスブルの町、路上。

 ボルンは股引き一丁で、毛布を被って歩いている。

 しかし、道行く人の纏うマントも毛布のような物である。

 上にホーズを履かず股引き一丁と言うのは、大変ださい、或いは田舎者臭い格好であるが、決して異常でも異様でもない。大層格好悪いが。


 なのでか如何かは知らないが、ボルンに話し掛ける人がいた。昨日の格好だったなら誰の一人も居るまいが。

「其処な御仁。ちと物を尋ねるが、探索者ギルドと云う機関、此の街の那処いづくに在るかご存知か?」

 馬上の人である。

 確かに多少解り難い場所にある。ボルン珍しく、間違えずにちゃんと説明する。

 間違えまいと頭を若干使ったせいか、余計なこと失敬なことを言う余裕がない。

 幸運であった。


「忝い」と、手短に。

 騎士の黒馬が説明どおりの道順を進んで行く。

 が、突然・・止まる。

「気配が・・こちらから聞こえるな」

 騎士、説明されたより二つも手前の通りで右折してしまう。


 ボルンもまた、一切気に留める様子もなく、色街の方に歩み去る。


                ◇ ◇

「まぁぁったくぅ!」

 ギルドの厨房で料理女のエマが両手を腰に当てて声を荒げている。

「突然『昼は皆で会食するから』とかあのオヤヂ、いつも急なんだから!」

 作っちゃった大鍋を前に吠えている。

「まあ、食い手にゃ・・事欠かないか。あたしの臨時収入にさせて貰うからねっ」

 広間に行く。


「昼飯五人分あるよっ! 早い者勝ち!」

 小走りに七、八人並ぶ。後ろの二人、諦めて戻るが、六人目が物欲しそうに列に残っている。


 この国は小額貨幣が信用下落であんまり通用しなくなってからというもの、飯代とかは1ファンが相場で、どこへ行っても変わりがない。だから同じ値段で行列ができるのは。エマの料理が美味いからである。

 別にエマが割といい女であるからといって、飯が美味く成るわけでもない。だから、めし時に職員の給食に余りが出るのを狙ってる奴らが必ず居るのは、純粋に彼女の作る料理の人気であった。

 職員の勝手で食べなかった分は投棄する残飯扱いなので、正当にそっくり彼女の収入だ。5ファンで1ダニロと4分の1。よしよし。


 今日は職員五人、昼に突然どこへ行ったか? ギルマスが突然思い立って、クリスの壮行会であった。

 留守中の番人を請け負ったグイ・オシリスキーが列の一番前に並んでいる。


                ◇ ◇

 峠の関所に老人が来る。

「やあ、じじい、おかえり。不用品は無事に不法投棄して来たのか?」

「苦情が来たら、仕方ないから後で拾いに行くわい」

「得る所はあったか?」

「若い女と、いい飯食って酒飲んで来た」

「結局、坊主か」

「いや、後妻でも貰おうかのう・・」

「倅に、ちくるぞ」

「黙っといてれたら、後でいい物をやる」

「嘘だな」

「嘘じゃ」

「身分証は見るか?」

「自分で書いた奴だろう」

「見んのか?」

「見る」

「噂の司法決闘、どうなっている?」

昨夜きのう、候補者と会って飲んだ」

「どっちの方?」

「弟じゃ」

「どんな具合だ?」

「いやぁ。嫌味な切れ者文官と聞いておったのに、聞くと見るとは大違いじゃ」

「女が絡むと地金が出るらしい」

「あれが地か・・。トルンカの嬢様も苦労なさっとるんだな」

「ご存知なのか?」

「ご存知も何も、わし元家臣じゃし」

「そいつぁ知らなかったな。人に歴史ありだ」

「どうして那の両親から、ああいう感じの子供が生まれるかのう」

「存外祖父がああだったりしてな。人には親見て憧れて育つ者と、正反対に生きたがる者の両極端が有るそうだ」

「そういうのも有るかも知らんが、あの兄弟って幼い頃が丁度あのゴタゴタの時期じゃろ? 外に預けられて居ったらしい。預かった先の気風の違いとか、有るんでないかのう」

「そう言ゃあ、俺んとこもダメ兄貴だな・・」


 グイ・オシリスキー、食事中にくっさめする。


                ◇ ◇

 黒馬に乗った騎士、「金の仔牛」亭の前まで来る。

「左様か・・職務で会食中であられたか。然らば邪魔は致すまい」

 馬首を翻して去る。


 店の厨房。

 亭主、定休日中に連日無理を言われても嫌な顔ひとつせず調理中。

 通い料理人も女給も居ないので、自分自身と女房と修行中の倅、それに住み込みの徒弟少年だけで切り盛りする。女房が割と出来た女だったりする。本人は、昨日覚えた新しいレシピを試したくて実はわくわくして居たりする。

「定休日に突然なんだもの。失敗しても咎められねえよな?」

 と、言いつつ、実は自信がある。

 そう。実は昨夜から眠りも忘れて、いろいろ練習していた所に突然不時の上客来訪だったりする。


 そう言う事だった。


                ◇ ◇


 ファッロが帰宅すると、三人娘も来て居る。

 皆で食卓を囲む。相変わらず椅子が足りていない。

「昨日の騎士さん、どう思う?」

「あれはないわね」と、カリナが言下に。

「額に汗をかくように性欲が吹き出して滴ってたわ。あたしには見える」

「そうね」

「朝まで責められて股関節脱臼しそうな男は、お嬢さん遠慮するのが正解かな」

「いや、そうじゃなくて。強そうか如何どうかって話なんだが」

「だから、強そうか如何かって話してんだけどな」

「強いよ、あれは」


「・・この会話、通じてんのかな?」と、ファッロが複雑な表情。


                ◇ ◇

 峠の関所。

 修道士姿の男が来る。

 法律上、坊主はフリーパスが原則だ。だが、本物か?

 騎士レンツォ腕組みして声を掛ける。

「そもさん!」

「説破」と、グィレルミ助祭。


「四方世界は如何に保つ?」

「十戒で保つ」

「三位一体の精霊は、ひとの身体の何処にか宿る?」

「目の下に在り」と、あかんベエをする。

「唯一無二の神とは何ぞや?」

「固いうんこ」


 騎士、平伏する。

 助祭、関所を通る。


                ◇ ◇

 黒馬を牽いた騎士が役所街のギルド厩舎に現れる。

「訪問中、馬を預かって貰えぬか?」

 まだ厩番で勤務中のマルロオ、跳ね起きる。

「善意の管理にゃ全力だが、千両も値しそうな馬にゃ責任は持てねえ」

「善意を尽されるなら其れにて十分」

「よろしいんですかい?」

「これが急に走り出したなら、其れは遠くで身共が呼んだ時であるゆえ、自由に放して頂いて結構」

「へい・・」


 騎士、立ち去る。

 マルロオ呟く。

「こらぁお手入れし甲斐のある馬だ」


 通用口から入ってきた赤黒いマントの男を見て、グイの食事の手が止まる。

 それでもグイは騎士だ。男の長身が目の前を横切る時、あちらの軽い会釈に答える余裕はあった。

 だが、少しちびっていた。

 男、職員居住区のある上階に上がって行く。

 騎士グイ・ダ・クレスペルが周囲を見回すと、誰も何も無かったように談笑している。

「俺だけに見えたなんてこと、あり得ないよな」とか、つい呟いてしまう。


                ◇ ◇

「金の仔牛」亭の前。馬車が待っている。

「じゃ、行って来るね」

「すっかり此の町の人みたいですねー」と、ゆーりん。

「じゃ、コンスルさんに宜しくな」

 ギルマスと握手する。

 ミランダは後ろで笑っている。手を振る。

 馬車が出て行く。


「先輩、やけに淡白ですね〜。昨日濃厚だった反動?」

「ゆーりん、お尻つねって欲しい?」

「すいません」

 四人、ギルドに帰る。


 帰ると、グイが青い顔して何か言おうとする。

「わかってるから大丈夫」と、頭をぽんぽんする。

 ミランダ、ペントハウスの自室に戻る。

「姉上、お久しう」

「人前でそう呼んだら殺すわよ。あんたの老け顔で『姉』とか呼ばれたら、翌日から『実はミランダ三十路みそぢ』って噂が立つわ」

「目前でござろうに」

「殺すわよ」


                ◇ ◇

 路上。

 スカートろっけを捲った女の絵が描いてある大きな木の看板の下。

「ああ、腹が減ったなあ」

 看板を見上げる。

「この尻もいい尻だ」

「しかし、絵です。描かれた物それ自体と、描かれた対象の実体。あなたにとって『いい』のは孰れですか?」

「なに言ってんだか、さっぱりわかんねえ」

「現実には存在しないような誇張された絵姿が『いい』のか、その絵を見て思い出した現実の何かが『いい』と思わず呟いたのか、その気持ちを私はつい貴方に聞いてみたくて、声を掛けてしまったのですよ」

「まったく意味がわからねえ」

「やっぱり・・なかなか理解してもらえませんね」

「それより、あんたみてえな身なりのいい、しかも黙ってても女から言い寄ってきそうな男が、なんでこんな場末の色町を歩いてんのか、俺には全く意味がわからねえ」

「『熊の穴』亭というのをご存知ですか?」

「知ってるも何も、行く途中だ」


「左様ですか。それは都合がいい。貴方の後をついて行けば良いのですね?」

「変な兄さんだな。せっかく見た目はいいのに可哀想に」


 ボルンが憐れむ。


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