13.死者は語らず、遺品は語りまするの事
ギルドのモルグ第二室。
「赤煉瓦亭の行き倒れですわ。月極契約で部屋を借りていた裕福なフリーランス騎士でゲルダン人亡命者。半年以内の国外退去を条件に巡察判事補が発行した滞在許可状所持。係累無し。投宿時の申告です。市警が事件性なしと判断したので、昨夜モルグの主任が亭主に泣き付かれて引き取りました」
「多分間違いなく確実に実行犯です……」
「口封じ早ッ!」
「市警の嘱託医も埋葬許可書にサインしてますけど、まあ腹芸ですわね。」
「ここ。耳道の奥が爛れてるのが見えるだろう? 左体側を下にして眠るヴェテランの習性が仇になったな」
「……左を下?」
「寝込みを襲われたとき跳ね起きやすく、かつ利き腕が自由な姿勢だ。体の下にして寝ていて利き腕が痺れたら困るだろう? その姿勢で睡った処を、右耳穴から強酸を流し込まれた。脳が溶けて即刻悶死だ」
「毒物反応が出ない……訳ですね……」
「市警マジ無能ッ!」
「あら、自分が被殺れそうな時を除いて、抗って勝てない猛獣に牙を剥かないのは、有能な野生動物です」
「姐さんは市警きらいすぎッ!」
「そんな嫌いでもありませんわ。客観的に見ている積もりです。是まで見てきた兵卒とは明かに格の違うゲルダンの戦士階級が、いとも易々と寝首を掻かれているのですよ」
「なんでわかんのッ?」
「防疫局を通さないで外国人の病死体に埋葬許可が下りる道理がありません。本物の検案書は間違いなく『故殺』で上がってますわ。それに他でもない協会の金庫番が『埋葬費用を出しても遺留の所持金と乗馬の売却代金で黒字』と査定して『おっけい』出しました。宿の亭主は黒字で収益が見込めるのに、うちに『泣き付』く理由がありません。市警が命じたのです。幾許か握らせたのか、何やらを見逃すと持ちかけたか。兎も角これだけで意図的なリークと解ります。『これ頼むよ』というメッセージですわ」
「……地下水道の遺体に続く第二報でしたか」
「拍車の絵を見せられるまで誘拐殺人との関連に思い至らなかった妾の粗忽です。昨日は地下水道の件で市警の曹長さんが明け方までおいででしたし、モルグから報告が上がったのは日暮れ後だったし、ヴィナが飲み始めちゃう前に早く査定依頼しなければとーー」
「……イーダさん、誰も責めてませんから」
「時間もなくて靴底も見ていませんでした。『騎士で大斧矛を振るう剛の者』という第一印象に惑わされて、残忍な子供殺しと結び付かなかったのですわ。我が国が受け容れたゲルダン人亡命者に故国から刺客が来たのは二度三度では有りませんし、覿切り別件の面倒事かと。ニートさん・ありがと・・」
「姐さん顔近い、顔近いッ!」
「ははは、アル君も焼き餅屋さんだな」「違いますってッ!」
……アランさん鈍いと思います。貴方と似た豪傑タイプに甘いんです……
「暗殺者も足の付きそうな物はあらかた持ち去ったつもりだろうがな、どっこい暗器は隠す物だ。それ!」
遺品棚にあった籠手の裏から……何か出て来た。
「これはな、この輪を中指に嵌めてこう握ると、すっぽり手の掌に隠れるが、ぐるり回してこう握ればこのとおり」
格闘用ナックル兼ハンドアックスが……登場した。
「うむ、これが犯行に使われた凶器だな」
「これで子供に……警戒されずに近づいて……?」
「隠し場所を改めんとは、暗器は余り使わぬ流派の暗殺者かな」
ニートがすんすん嗅いで
「血の匂いが……します」
「それ、血糊付いてるの見れば判るんですが、嗅ぐ必要あるんですかね」
「嗅いで回るの得手ですし……」
故人の主武器らしきハルバートもすんすん嗅いでいる。
「ニトすん、犬っぽッ!」
「ふむ、パワーファイターと見せてその実、暗器使いか」
「筋肉の付き方は……本物の力闘戦士のようで……それで騎士で、得物がかなり重量のあるハルバート……イニシャルは『X』?」
何やら頻り訝しんでいる。
「兵学初等では隊列組んだ雑兵が重装騎兵を引き摺り落とす長柄武器と教えているが、実際は古代の戦車兵も使っている。今の騎兵が使わないのは自分から落馬する未熟者が多いかだ。わたしも騎士だったが黒龍との決戦にはハルバートを選んだぞ。正確には特大のポラックスをな。狭い常識に囚われては戦士は勤まらん」
「でも、こいつ暗器使いですよねえ」
「む」
「イニシャルが『X』ということは、契約書にある名前の合法入国者ご本人は、今頃どこかの沼の底やらでお眠りでしょう。特殊任務の要員だったのですわ。極秘の汚れ仕事を請け負う闇稼業。一端の騎士だった頃は豪傑とも呼ばれたでしょうに、転落の果てが名も无い行き倒れ死体です。そのあたりに口封じされた理由が見えるかも知れません」
「被害者の遺体めっかって騒ぎになってる隙に一人高飛びしようとして仲間に消されたんじゃないッ?」
「その、逃げる好機に永遠に寝坊したわけですわね」
……市警の調書を捲り、
「Xさん……は、六日深夜に自室で就寝中死亡。朝食を届けに入った女給が第一発見者。地下水道での遺体発見は五日に三体、六日に一体……寝すぎです」
「逃げようとして捕まって監禁されて、殺されまではせんだろと油断して寝たとこ耳からジュワッち?」
「……大勢して監禁してたら宿の亭主が気付きます。どころか体に擦り傷一つ無い」
「女でもありませんわ。少なくとも過去一週以内に情交の形跡が見出せません」
「それ、何でわかんのッ!」
「アル君も何年だか鑑定します?」
「遠慮ッ」
「冗談ですわ。市警の調書にあります。婦人を遠ざけて精進する誓文を・・その、殿方の器官に巻いていて、奉納の日付が先月末です」
「むう・・願掛け女人断ちか。予察どおり、子供たちは邪教か何かの人身御供なのだな」
「…………」
「このXさん、市警が厳戒態勢をとっていても悠然と町を出ていける準備が万端なのですわ。騎士に『期限付き』の国内滞在許可状を提示されたら、市側としても軽々に引き留め出来ませんもの。むしろ市当局の警備強化で仲間が対応に追われる隙を突いて一人で高飛びする算段だったのなら、六日夜に未だのんびり寝ていても可訝しく無いでしょう」
「……『仲間を捨てて一人で高飛び』という私たちの想定が一人歩きしている気もしないではありませんが、そんなことをする動機は何でしょう?」
「報酬独り占めッ?」
「安いですわ」
「……そう。悪魔が固く契約を守るように、プロの悪党には妙な誠実さがあるものです。それが最初から計画的に仲間を出し抜こうと考えていたとしたら……」
「かなりの?」「お宝ッ?」
「つまり此の状況は……それを奪回されたとか……協力者を装った者に更に出し抜かれた……と、か……?」
……解説したくて仕方なそうなアラン氏、
「それから、この小さな移植鏝みたいなのはだなーー」
「あ、それ解説聞きたくないんですけど、聞かなきゃ駄目ですかね」
何か穿る所作を見て……察したアルくんが機先を制する。
「それでは敢えて言うまい」
「そうしてッ!」
◇ ◇
「被疑者死亡で捜査終わったりしませんよねッ?」
「アルくん、それ……何か嫌な思い出でも?」
「嫌な思い出になりますわね」「イーダ……さん?」
「事件のときの初孫の姫さま、よいかたなのですわ。よく孤児院の慰問にいらして、子供たちにも慕われていて」
「それが記録にあった事件の身元判明済み犠牲者6人中5人が孤児院の子供なの、知ってるんでしょうかね、知らないんでしょうかね」
「うむ、知らぬまま今後を生きる方が、後々辛かろう」
「そういうもんですかね」
「それで……次の新月はなんの日なんでしょう……」
「うむ、風の噂では上の姫の臨月だが、容態が随分と思わしくないそうだ」
「はあッ?」
「先代の初孫に……なんで更に上の姫がいるんです?」
「生母がコンクバインなのでそういうカウントらしい」
「そういうもんなんですかねッ!」
「生母が、寵妃? 二十四年前の新月に……呪殺された寵妃が、此岸に残した姫様ですか……」
「どうした、ニート君。考え込んでいるな。聞かせてくれないかね?」
「……はい、今からとても気味悪い事を言います……」
「言うのッ? ここ霊安所なのにッ」
「ははは、ぴったりだぞ」
「その……古文書なんかで虫食いで読めない部分を想像する要領です。韻文なんかが対句で書かれていると……そう手がかりがあったとき、どう読むか、みたいな」
「聞こう」
「二十四年前、新月の日から子供達が誘拐され始めました。そして……寵妃が発病、次の新月に死去して同日に伯爵夫人が御出産。先代伯爵が……おそらく箝口令を出しました」
「そして?」
「いま、新月の日から子供達が誘拐され始めて……次の新月に寵妃の産んだ姫様が出産予定ですが御容態が不予です」
「まさに宿世の因縁ですわね」
「……これが一対の『相似』の出来事だとすれば、欠けたピースを補っていくと……」
「なんか寒気がしてきたッ!」
「ええ」
「二十四年前に臨月だった伯爵夫人は、実は難産か何かで容態不予だった……そして……」
「うむ、そういうことか」
「……そして今これから、伯爵家で別の誰かが病に倒れ、次の新月に死にます」
「うわわわッ」
「……それから、疑問点も幾つか。ギルマスさんはクイントさんが疑惑の参事を探っていたと仰いましたが、本人は伯爵家の坊ちゃんの取り巻きの話しか……」
「そのうちの誰かの親、ということかも知れませんわね」
「……あと、記録ではダークエルフさんに関しては現行犯逮捕で唐突に始まっていますが、ギルマスさんの話では中旬からもうタレコミがあって、彼は既にマークされていましたね。どんな内容だったのでしょう?」
「うむ、資料がごっそり抜かれていたそうだからな」
「飲み直しがてら、広間に戻って聞いてみましょう。ギルド長、まだ潰れていないといいですわ」
「ともあれ、さっき見た記録にもう一度確認したいことが出来た。明日また公文書館に行こう」
「じゃま、早起きできるように、戻ってチョコっと飲みますかねッ」
「九十・・六年? おかしいですわ」
……イーダさんが、ぽつりと意味不明なことを呟いた。
◇ ◇
角部屋の会議室。
「殺し屋は行き倒れで片が付いた」
「プロスペロー、一体どんな圧力かけたんだ?」
「何もしてない。参事会で警視の発表を聞いただけだ。昨日あった事件は酒亭で長期逗留客の急死が1件。『遍歴の騎士が突然病死したが、特に問題あった人物でもないので、市の予算にて騎士の略礼で埋葬して宜しいか』という議案で、異議なく可決した。不審な所持品は無かったそうだ。何も持っていなかった。当然『あれ』もだが」
「はあ、次はそっちの問題か」
「皆で行って頭を下げよう。明日朝一番に立つぞ」
「それで済まなかったら?」
「困ったらどうするかは困ってから考えればいい。その方がいい知恵が浮かぶ」
「ニコロはどうした?」「まだ連絡がつかない」
「何やってるんだニコロ、ちゃんと奴に命令を伝えたのか?」
「パオロは?」「手下のところだ」
「ちょうどいい。留守を任そう。昼のうちに増援を回しておいた」
「準備がいいなプロスペロ」
「市警以外で嗅ぎ回ってる者がいたら現場の判断で掃除しろと遊撃を命じてあったゲルダン強襲分隊に、パオロに会って指揮下に入れと使いを送っておいた。手足に使うのは難しい荒らくれ連中だが、暴れさせるには向いてる。強いぞ」
「さすがはプロ公。しかし市警以外に嗅ぎ回ってる者のことなんだが、どうもオルトロス街の連中が動いてる。しかも事もあろうに、あの龍殺しが出るらしいぞ」
「それも大丈夫。若様にまとまった数の兵隊を借りてある。ついこの前まで南の正規軍だった部隊を、指揮官さらに格上にすげ替て戦力アップしたという本格的なやつだ。これも現場に配置ずみ。兵隊って自由裁量にOK出すと俄然やる気出すんだぜ。ま、俺たち商人が口出して碌なことないし。命令してないんだから責任も無いし」
「お見事なプロスペロー。食えるもんはダチの婚約者でも平気で食うえげつなさが、こういう時は心強いぜ」
「ははは、おめえ褒めてねえだろ。でも、夕食に帰って来ない奴がいたら、冷めないうち代わりに食うのが料理への礼儀だぜ。違うか?」「おお! さすが外道の鑑!」
「俺たちの飯は?」
「ここじゃ気が滅入る。晩餐にしよう。客間を取ってあるから夜一夜騒ごう。連合会の料理人に居残りさせて、ありったけ豪勢な奴を出させるぞ」
「明日早いのに、いいのか?」
「飲んだ方が早く目が覚めるんだよ」
:扨て酒は百薬の長にして百厄の頂、皆様明日早く起きられますかは、且く下文の分解をお聴き下さいませ。