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31.憂鬱な立候補者

《三月三日、日没》


 プフスブル西門。

 ファッロが帰って来る。

「遅ぇぞ。もう門閉めちまった」

「つい、あの人と話し込んじゃって・・」

「まあいい、聞かせろ」と、オルブリヒト警部。

「聞いたのは昨日プフス入りした騎士の話がほとんどで、例の旅芸人一座は大した動きが無く、ラマティで子供相手に人形劇とかやってるだけです。あちらさんも上に報告あげてるようで、派手に騒ぐようだったら昔の緘口令を盾に取り締りが始まるんじゃないかって、その程度」

「そうか」

「これ以上の聞き込みは日帰りじゃ無理です。週明けに少し本格的にあっちで聴き込みしてみようかって思ってます」

「そうか。これ以上だと、ちゃんと賃金払って頼まんといかんな」

 二人、話しながら通用口から市内に入る。

「異端審問官が来てる話は、絶対口外無用で頼むぞ」


                ◇ ◇

 聖ヒエロニムス修道院。

 いつしか修道僧数人が車座に成って居る。

「ですから、悪事の報酬として金貨を得た場合、その金貨を善行に使うことで悪事の罪が許されると思う行為、それ自体が過ちなのです。金貨の汎用性を通じて因果関係を歪めているではありませぬか」

「いや、それは赦しを与える人の領分を濫りに超えたことに問題があるのでは?」と、別の修道士が。

 盛んに議論している。

「騎士殿」と、院長。

「貴殿の来訪が契機きっかけとなって有益な時が過ごせて居る。巡礼ではない方をお泊めすることにも意義が御座いましたな」

かたじけなく存じます」

「旅の貴族の皆様は、大概が太守様の許をお訪ねになるのですがな」

「直接の禄を離れたとは言え、主家とはいささか折り合いの悪いお方様ですので」


「しがらみで御座いましたか」


                ◇ ◇

「金の仔牛」亭という料亭。本日は週末ゆえ営業していない。


「んちわぁ」と、ファッロ。

「おお、御亭主殿、お待ちしておりましたのじゃ」

「あ、先日は・・ども」

 ラマティの御隠居だっけ?

 店主も、立ち上がって挨拶する。

「初めまして、俺はここの店主だ。奥様がトスキニア料理に堪能だって聞いて、ぜひ俺も勉強さして貰おうと思ってよ。俺からも勉強料で謝礼を払わせてくれ」


 ファッロ、小声でローラに、

「お前に働かせちゃって済まないな。なかなか未だ稼ぎが安定しなくって」

「ううん、みんなにごはんつくるの、たのしみ」

「ちゃーす」と三人娘。

「お嬢ちゃんら、持ち込みの食材はちゃんとウチで買い取らせてくれ」

「ごめんね。鮮魚は昨日あたしら食べちゃった。煮たのやひと塩したのは、残ってるけど」

「うちの食材と調味料は好きに使ってくれ」と、店主。

「わーい、いっぱいある」

 香辛料やハーブ類を見て目を輝かすローラ。


「時に御亭主、先日の救出劇で評判のお方じゃが、料理待ってる間そこら披露して頂けんかね?」

「じゃ、俺は奥さんの見学してっから」と主人。

「いやぁ、活躍したのは猫のひとの先輩で、俺ってくっついて行っただけなんだけどな」

「謙遜するでねえ」

「ああ、俺らが遭遇した敵さんなんだが、考えれば考えるほど、ただの人買いじゃない。ラマティの関所で倍以上の守備兵を楽勝で蹴散らして伯爵領に入ってった。この目で見たよ。あれはプロの戦闘部隊だ・・ただ、市警、じゃなかった軍警から触れ回るなって言われてて・・」

「うちらの村も誘拐犯の被害者じゃ。子供が二人攫われとるんじゃ」

「・・あとで警部さんを紹介します」


 奥では、ローラが「じゅわっ」とか言いながら解説してる。

「あんた、情報屋さん? 月曜の司法決闘に何か面白い情報、ない?」

「・・旦那、もしかして伝説の騎士ハーケンのお弟子さん?」

「いや違う。弟子入りしたのは兄貴だ」

「お父上様の武勇伝も聞きました」

「おふくろの武勇伝は聞いてないか?」

「凄いご一統さんなんですね」

「それが、伯母さんの弟ってのがまた・・」

「はーい、おーどぶる!」

 話の腰が折れてしまった。

 おお!昨日煮込んでた蛸や烏賊、ガルムソースに漬けてた海老とかが、チーズ粉まみれの生野菜と一緒に登場だ。

 店主が皆に葡萄酒を注ぐ。

「こりゃ美味いのう」

「この甘辛いのは何だ?」

「旦那、それは蛸です」「ほぉ、蛸!」

「こっちの甘酢で軽く煮てある白いのは?」

「それが烏賊です」

「この、ぷりぷりしてるのは?」

「それは海老の浅漬けですね」

「こいつは困った。酒が止まらん。ぷりぷりでねっとり」

「昨日ガルムと酒粕みたいな何かで漬けてました。後で詳しく説明させましょう」

「めっちゃ美味い」

「びすくぅ!」と、ローラ、皆にでかいお猪口みたいなのを配る。

「なんだ、このスープ馬鹿みてえにうめえ、ちくしょう、ちっとしか無え」


 騎士殿が騒ぐ。

 三人娘が騒いでいるのが目立たないくらいに。


                ◇ ◇

 役所街のギルド。

 玄関が開いて、お祭りの衣装みたいなのを着た男が入って来る。

 着飾った小僧がお小姓役で、パレードみたいにやって来る。

「またミランダ姐さん、遊びやがったな」

 ルディフォスのルーティーが笑う。


 ギルマスの部屋。

 小遣いを貰った小僧たちが順番に礼をして走り去って行く。

 アルレキーノの衣装を脱いだ男が座る。

「実は俺、次回の棒役せこんどにも選ばれそうで、こうやって会うのは実はまずい。極秘で頼むぜ。まあ『利害関係ありました』って申告して、選任断っちまう手も有るけどな」

「ご迷惑はかけませんわ。公平性を損なわない範囲内でのご協力をお願いします」と、ミランダ。

「知ってるかとは思うが、戦意を失っちまった相手に無用な止刀とどめを刺さないよう制止する役目であいつに付いて、俺に出番があったことは無い。だいたい相手を死なないように気絶させるからな。中途半端に強い相手で手加減が出来ない時か、弱すぎて威嚇に振り回しただけの剣よけ損なうか、そんな時に死人が出る。まあ俺らは審判の指示があって初めて動くわけだから、俺らだって衆人環視の中で不当な介入するわけないけどな」

「いつでも圧倒的に強かったってわけかい?」

「ああ。今回相手に決まってた決闘人が夜逃げしちまったの、俺は責める気になれねえな」

「近くで見てて、そんなに強ぇ秘訣は何だと思う?」

「皆はパワーとスピードばっかりに目が行くようだが、相手の動きをよく先読みしてることが大きいと思うな、俺は」

「死角は無しか」

「ああ、年齢的にも脂が乗ってる最盛期だしな。失礼だが、あんた相当のベテランのようだが、長丁場になったらスタミナ無尽蔵だぞ、あいつ。大丈夫か?」

「まあ伊達に歳食っちゃいねえさ」

「戦場いくら渡り歩いた人でも、司法決闘は、また勝手が違うぜ」

「まあ、それを聞かせて上げたいわけなのですわ」と、女史。

「戰さ人が実戦で積み上げたテクニックで、相手を不利な状況に追い込むインサイド・ワークは役に立たねえ。審判が公平に修正させちまうからな。太陽が眩しい位置に上手く追い込むとか、だめだ。疲れさせて相手の息が上がっても審判がタイムを入れちまう。純粋に力と技で戦うことになる。逆に、弱い側が逃げ回って日没ドロンを狙うのは有りだ。弱者保護だってさ」

「うー、老獪なテクで戦うおっさんは不利だってか?」

「不利」


「あちゃー」と、クリス。


                ◇ ◇

「金の仔牛」亭。

「ふーん、肉をドンと塩ふって焼くんじゃなくて、漬け込んだり叩いたり、粉振ったり、色々するのか」

「おにくの、ガッていう歯ごたえも食べてて楽しいけど、おじいちゃんも食べるでしょ?」

「成る程」

「堅パンもきざんで、こうやってつかえばサクサクでカリカリ」

「お嬢ちゃん、いや奥さん。週に一回くらい、うちの厨房にヘルプに来ねえか? 通いの料理人にも見せてやりてえ」

 食卓の方はメインが来る前に歓談中。

「では、旦那は月曜の決闘に名乗りを挙げるお積りなんですか?」

「お嬢さんが騎士に選んで呉れりゃあな」

「でも、相手の決闘人って、めっちゃ強いらしいですよ」

「俺だって強いよ! 結構な。伯爵家で早く出世したくて、文官系の人材が少ねえから今の職場に志願したわけで、狙い通りこの歳で参審人にまで成り上がった。でも此処いらで、名にし負うマッサ兄弟の息子これにありと言っときたいわけよ」

「名にし負う?」

「そりゃもう、昔は棍棒マッサ兄弟に撲殺されるって皆がビビるくらい有名だったんだぜ」

「旦那、やる気まんまんですか」

「まあ、騎士に選んで貰えりゃの話だがな。カプアーナ家に挨拶に行ったのが丁度昼飯どきで、長々と自己紹介してたら昼飯食わせって催促してるみたいで格好悪いだろ? で、あんまりアピール出来なかったんだよ。しまったなあ」

「んでも、それであたしらとお昼したんじゃん」

「そうそう。あたしらのお尻触りっぱなしじゃん。お嬢さんでやってたら、騎士に選ばれるわけないじゃん」


「え? お尻触るのってご婦人への礼儀じゃねえの?」


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